+ ACT.04  握れぬ掌 揺れる想い ( 1/3 ) +
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何故 出逢って間もない相手に対して
こんなにも 離れたくないと
自分の前からいなくなって欲しくないと
そう 思うのか

応えは 分からない

でも 身体は自分の心に正直だった






 ACT.04  握れぬ掌 揺れる想い






ざわざわとした喧噪の広がるスラムマーケット。
見上げれば、晴れ間など覗かせたことのない重苦しい色合いの、普段通りの灰色の空が広がっている。
見知った顔の店主や買い物客に声を掛けられる瑪瑙。
その度に、瑪瑙は笑顔で手を振り、答える。
そんなマーケットでの買い物を終えた瑪瑙は、いつもホームの中を包み込んでいる、明るく賑やかな空気とは一変し、重く、息苦しささえ感じるような空気が、ホームに充満している事に気が付く。
「どうしたの?」
両手に持っていた買い物袋をキッチンにあるテーブルに降ろすと、瑪瑙は、椅子に腰掛けながら顔を俯かせている斎の元に、ゆっくりと歩み寄る。
「…何も、言えなかったんだ……俺…」
顔を俯けたままだったが、瑪瑙は、斎が返事をしてくれた事が嬉しかった。
「誰に、何も言えなかったの?」
瑪瑙は、斎の前に腰を下ろす。
表情は読み取れないが、優しい表情で斎の顔を見上げながら、決して答えを急かす事無く、ゆっくり尋ねる。
「…朱羅に………今さっき会った人間と、今までずっと一緒にいた人間、どっちを取るかなんて、迷う必要はないって…」
瑪瑙は、その斎の答えを聞き、ホームの空気の重さと、今まで見た事の無い、斎の項垂れた姿の原因を察する事が出来た。
「…俺は、その言葉に対して何も言えなかった…。でも俺は……この場所を、ただ護りたかっただけでっ…」
斎は、ぎゅっときつく握り締めた拳を額に当てながら、苦しそうに声を出す。
恵まれた体格である斎が、小さく見えた。
気が付けば、そんな彼の身体がカタカタと小さく震えている。
「斎君は、優し過ぎるんだよ…」
瑪瑙は、そんな斎の背中に触れ、そっと摩りながら、昔の事をふと思い出す。


斎と初めて出逢った時もまた、斎は何処の誰かも分からない様な
そんな自分を笑顔で迎え入れてくれた。

事情は話したくなったらで良い。
話したくなかったら、ずっと話さなくても良い。
でも、この場所で生活していく中で困った事があったら
どんな些細な事でも良いから話して欲しい。

そう 斎は言ってくれた。
それが 凄く嬉しかった。
何て 暖かい人なのだろうと
何て 優しい人なのだろうと

瑪瑙は、この人だったら大丈夫だと
出逢って間もないけれど、理屈ではなく、そう感じたのだ。

それからずっと、斎や他の皆と生活する中で
瑪瑙は、斎の仲間意識の高さや優しい心に救われると共に、
ずっと不安感を抱いていた。

斎は、優し過ぎるが故に、たった独りで悩みを抱え込み、
そんな姿を、瑪瑙や他の皆に見せる様な事は無かった。

でもそれは、仲間を信頼していないからではない。
誤解して欲しくない。
本当は、皆を信頼しているからこそ悩みを打ち明けたい。

―それでもやはり 斎には出来なかった

弱い自分の姿を見せたくなかったのかもしれない。
リーダーである自分が弱い姿を見せてしまったら、皆を不安がらせてしまうかもしれない。
それが怖くて、出来なかった。
そんな自分自身に、斎は人知れず苛立ちを募らせていた。
そして瑪瑙は、そんな斎の苦しみに、ずっと以前から気が付いていた。
自分を救い、暖かい笑顔で迎えてくれた優しい人。
ずっと、自分を支え続けてくれた暖かい人。

そんな斎を、瑪瑙もまた、支えたかった。


「斎君、迎えに行こう」
その言葉に、斎は顔を上げる。
「朱羅君を、迎えに行こう」
真っ直ぐな瞳で、瑪瑙は斎に語り掛ける。
「俺だって!………本当はっ……迎えに行きたいよ…。…でもっ…でもな………!」
「朱羅君、誰かに追われていたんだよね…?
だから、朱羅君を迎え入れる事で、皆に何かあったらどうしよう。
…そう、斎君は考えているんでしょ?」
瑪瑙は、強く握り締め、自分の膝に置いている斎の拳に、そっと手を乗せる。
「…アイツは本当に、独りで生きてきたんだと思う…。だからこそ…放っておけなかった…。自分でも…よく分からないけど…放っておけなかったんだ………本当は」
自分の中で整理のつかない不可解な感情に、斎は戸惑っていた。
本当に、今さっき出逢った人間なのに、何故、放っておけないという気持ちがこんなにも強いのか。
でも、この感情は斎にとって初めてのものではなかった。
瑪瑙と出逢った時もまた、斎は今のこの感情と同じものを感じていた。

「斎さん、僕も探しに行きます」
不意に、別の声が耳に届く。

「…優斗………」
そこにいたのは、優しく微笑んでいる優斗だった。
「斎さん…いつも僕の事、心配してくれてるのに僕、何もお返し出来てないから。
だから、斎さんが彼を迎えに行きたいなら、僕も一緒に探しに行きたいんです」
優斗の口から発せられた言葉…
引っ込み思案で内向的な優斗は普段、自分の意見をはっきりと言う事は無かった。
それは、そんな優斗が発した言葉とは思えない程真っ直ぐで、力強いものだった。
「…ありがとな、優斗。…でも………」

「生憎、此処はお前だけの場所じゃねーんだよ」
そんな事を言いながら優斗の後ろから出てきたのは要だった。

「要…」
斎は、要を複雑な表情で見る。
「BloodyHoundに追われてるって事も、アイツが1人で仕事してるって事も。アイツの言う事は何もかも信じねぇ」
要は、コツコツと斎に歩み寄りながら、トーンの低い声で言う。

「でもな、斎。お前の事は信用してる」
「― っ……」

要のその言葉で、曇りがかっていた斎の表情がガラリと変わる。
「それに、瑪瑙の事もな」
要が、瑪瑙の方を見ながらそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑み返す。
「お前1人で何でも抱え込むんじゃねーよ。
お前1人の力だけで此処が成り立ってる訳じゃねーんだ。思い上がるな」
真っ直ぐな瞳で、要は斎を見ながら語り掛ける。
「だから斎、お前もたまには自分の事を第一に考えても良いんじゃねーの?」
要のこの言葉は、今の斎にとって、何より嬉しいものだった。
「でも、俺はアイツを探しになんて行かないけどな」
今までの表情をガラリと変え、吐き捨てる様にそう言うと、要はさっさと姿を消してしまった。

「…ありがとな、要…」
副リーダーである要に後押しされた事で、斎の中の迷いは消えていた。
「そうと決まったら早く探しに行こう!」
満面の笑みで、瑪瑙は斎の手を取る。
「行きましょう、斎さん!」
優斗は、ぱぁっと表情を明るくすると、斎や瑪瑙の傍に駆け寄る。
「…ああ、そうだな!」

そして、3人は足早にホームを後にした。

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