+ ACT.05  新しい仲間の手料理 ( 1/3 ) +
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まだ 実感がわかない
言葉にならない違和感がある

それでも自分は
無意識のうちに求めているのだろうか
探し続けているのだろうか






 ACT.05  新しい仲間の手料理






既に陽が落ち、普段から薄暗いこの街に、更に影が入る。
比較的過ごし易い気候ではあるが、陽が落ちると少し肌寒さを感じる。

日中は薄暗いとは言え、それなりの店が軒を連ね、、需要と供給が上手く噛み合っているこの街は、建物や路面の汚れや罅割れ等は目立ちはするが、その寂れた印象さえも拭い払ってしまうような活気が溢れている。

そんな街の中に漂う、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
身体を冷やさないようにと、斎は瑪瑙の身体を案じ、ホームに戻ることにした。


…このままついて行ってしまってもいいのだろうか


光の加減で黒味を帯びた猫っ毛を靡かせる朱羅の、紫水晶のような美しい色合いの瞳に長い睫毛の影が入る。

未だ、自分は迷っているのだと自覚した朱羅は、なんて女々しいのだと、心の中で自嘲の色を乗せた笑みを零す。
悩んでいる、という表現は的確なのだろうか。
そんな疑問も、ふと脳裏を過る。
どちらかと言えば『戸惑っている』という表現の方がしっくりくる。
2つの言葉に、然程違いはないのかもしれないが。

― ふと
暖かく柔らかな感触が、体温の低い朱羅の掌に触れる


「朱羅君、帰ろう?」


首を僅かに傾け、尋ね人である朱羅に同意を求める瑪瑙。
暖かく、慣れない『自分ではない人間』の体温が、朱羅の戸惑いを大きくする。

…何故か、落ち着かない。
どこか、自分が融かされていくような…そんな感覚に襲われる。
自分の中に入り込んでくるような、内部から浸食されるかのような感覚に、思わず朱羅は瑪瑙の手を払う。

「…人に触れられるの、苦手?」
瑪瑙は、払われた自分の手を元の位置に戻し、自分から視線を外し、口を閉ざしたままの朱羅に尋ねる。
「………あまり、慣れていない」
瑪瑙に触れられ、未だ瑪瑙の体温が残る自分の手に、無意識に爪を立てながら、ぎこちない口調で答える。
「…そっか。…ごめんね?嫌な思い、させちゃって」
瑪瑙も朱羅から視線を外し、申し訳なさそうに詫びる。
「ほらほら瑪瑙も朱羅も帰るぞ!2人とも可愛いんだから暗くなった街にいちゃ危険だ」
「ふふ。確かにそうですね」
後ろでいつまでも帰路につこうとしない朱羅と瑪瑙に痺れを切らし、少し距離を置いて見守っていた斎が声を掛けてくる。
そして、斎の隣で同じように2人を見守っていた優斗は斎の言葉を受け、くすりと笑みを零す。
「斎君と優斗君と、それと……」
「…?」
不意に自分に向けられる瑪瑙の視線に気付いた朱羅は、ゆっくりと顔を上げる。
「朱羅君もいるから、私は平気!」
にっこりと、暖かな微笑みが向けられる。
「俺等の可愛い可愛い可憐で強いアイドル瑪瑙ちゃんに気に入られて羨ましい限りですなぁ、うりうり」
いつの間にか自分の隣に立っている斎に、頬を左右に引っ張られる朱羅。
「…離せ」
「やーん!朱羅ってばつめたーい!美人で可愛いからって誰にでも好かれると思うな!」
「………」
真面目なのか、それとも根っからの能天気人間なのか…
ころころと表情の変わり、いちいち反応の大きい斎に対し、朱羅はすぐに『鬱陶しい人間』という認識を持つ。
「…ナンデスカ、その哀れなものを見るような目。俺に向ける視線は、尊敬と憧れと好意の視線だけにして下さい」
「朱羅さんにそんな視線を向けられちゃったら、ドキッとするんじゃないですか?」
「ああ!駄目だよ朱羅!いくら美人で可愛い朱羅でも、俺とお前は男同士だし!はっ!いや!恋愛に性別は関係ないよな!よし、朱羅!今すぐ俺と結婚しよう!」
「斎君ずるい!朱羅君は皆のものだよ!」
「………」
早く家に帰ろうと言っていた斎を中心に、いつの間にやらコントと化しているそのやり取りに、朱羅は距離を置いて他人事のような視線を送っていた。

…いつも、こんな調子なのだろうか…
ふと、そんな疑問が過る。

自分がおかしいのだろうか
そんな疑問も浮かんでくる。

出会って数時間しか経っていないというのに、何故こうも人懐こいのか。
素性の知れない人間と一緒に生活をしようだなんて、そんな事を考えるだなんて。

自分のいる世界とは別の世界に住んでいるのだと、そんな思考にまで達する。

自分が関わっているというのに、いつも何処か他人事。
自分でも理解している。
他の人間と一緒に生活するのは自分自身であって、他の誰でもない。
その筈なのに、目の前で未だコントを続けている3人とその仲間達…
そんな場所で生活するのは自分とは別の人間なのだと、そんな感覚ばかりが纏わりつく。

いつまで経っても消えない『他人事的思考』

それは『逃避』であり
自分の脆さ、弱さの体現。

幸福、喜び、希望…
その感情を捨てる代わりに
苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ…
それらの負の感情を感じない道を選んだ。

何も感じなければ、傷つくことはないのだから。

他人と距離を取れば、不必要な接点を排除出来るし
自分は1人でも生きて行けるのだという証となる。

そうやって『意味のない生』にしがみついている自分が滑稽で仕方がない。

何故、生きているのかも分からず、死ぬ事さえも選ばず、
ただ、存在しているだけの身体。
魂の抜け殻。
肉塊。


果たして これを『生』と呼ぶのだろうか


そんな生活を続けてきた所為か、
最近では感情だけではなく、肉体に対する直接的な痛覚さえも
鈍くなってきたように感じる。

怪我をすれば赤い血が流れる。
息が上がる。
そんな、視覚から与えられる情報から、
自分が痛みという感覚に襲われているのだという『知識』はある。
肉体が壊れているのだという『知識』もある。

しかし、その感覚さえも何処か遠く、
感じているのは自分ではないような
そんな、薄っぺらいものでしかなかった。

痛みという『感覚』ではなく、痛みという『知識』でしかないような
そんなことさえ感じる様になってきている。

自分の身体は自分のものである筈なのに
何もかもが遠く、朧げで。


心の宿らない自分の身体に
一体何の意味があるのだろうか

欠陥だらけの自分という存在に
一体何の意味があるのだろうか

今となっては
そんな思考さえも『他人事』となっていた

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