+ ACT.05  新しい仲間の手料理 ( 3/3 ) +
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「さぁーって皆。揃ってるかなぁ?」
使い古された食器を、『夕飯取り分け班』の少年達が慣れた様子で、恐らくこの建物の中で1番大きいであろうテーブルに並べていった。
1人1人座る席が決まっており、その椅子に腰を下ろす人物専用の食器が並べられていく。
1人が椅子に腰を下ろすと、その後ろを通れるのは1人が限界であろうそんな狭い空間で、動き廻る少年同士がぶつかる事無くいられるのは慣れは当然だが、集団生活を送る上で必要な決まり事がしっかり身についているからであろう。

朱羅にとって、それは殆ど経験のない光景だった。

広い屋敷の中の一室。
実際に食事をとる人数に見合わない大きく、繊細な細工が施された長いテーブル。
そんなテーブルの上には、毎日使用人が生ける美しい花が、可憐ながらも、テーブルと同じく繊細な細工が施された周囲に置かれたの調度品に負けず劣らず、清潔感と存在感を漂わせていた。
優しい口調で自分や両親に語り掛ける姉と、そんな姉を溺愛して病まない両親。
家族から…
姉以外の家族から、距離を置いている兄の姿を見る日は殆どなかったが、その頃の自分は、今はなき家族と共に食事をとっていた。
そんな穏やかな日々を過ごしていたことを、朱羅はふと思い出す。
自分が生まれた時から、何処か欠落しているような感覚を覚えていた『家族』だったが、その後に待ち受ける悲劇を思うと、そんな家族でも、共に食事がとれていた頃は、きっと『幸せ』だったのだろう

でも 何故だろう

過去に自分が感じていた『穏やかさ』と、斎や瑪瑙と出逢って感じている『穏やかさ』は同じものだと感じられないのだ

取り繕っているような雰囲気や継接ぎだらけで、僅かな衝撃にも崩れ落ちてしまうような感覚…
そんなものを、自分の家族に感じていたことを思い出す

ああ そうか…

血は繋がっているけれど、偽りと継接ぎだらけの人々で構成された場所と、血は繋がっていないが、心から想い遣ることの出来る人々で構成された場所…
同じ筈がないのか

それでも
当時の自分には『それ』しかなく、縋り、手繰り寄せ、手放すことがないよう必死だった


「朱羅」

気付かぬうちに意識が飛んでいた自分を現実に引き戻す『音』がした。
その『音』が、自分の名を呼ぶ斎の声だと認識するのに、多少時間が掛かった。
「大丈夫か?具合でも悪い?」
「…いや。問題ない」
1度はテーブルの隅に腰を下ろそうとした朱羅だったが、そこには先約がいたようで、朱羅はテーブルの4辺のうち<、幅のある1辺の中央に腰を下ろそうとする斎に手招きをされ、斎の隣に腰を下ろすよう言われた。
斎を挟んだ反対側には、穏やかな笑みを見せる瑪瑙が腰を下ろす。
そうやって隣に座らせた朱羅の様子を心配した斎は、体勢を低くし、朱羅の顔を覗き込むように動き、朱羅の身を案じた。
男にしては白く美しい肌の色に、最低限の肉しか付いていないような華奢な身体。
どことなく浮世離れしているような独特の雰囲気。
そんな朱羅に対し、斎は『身体が弱い少年』という認識を抱いたのだろう。
眉を寄せ、小首を傾げた斎の姿が、そんな思いを顕著に示す。
「そっか?んじゃあそろそろ……はい!」
朱羅から視線を外すと、斎はテーブルを囲む仲間達に視線を向け、パン!と手を叩く。
「今日も命に感謝して………いただきます!」
「「いただきます!」」
斎の食事前の挨拶が室内に響くや否や<、仲間達も斎と同じように挨拶をしながら手を合わせ、我先にと箸を手に持ち、目の前に並べられたおかずに手をつける。
「それじゃあ早速、新入り君が作ったおかずでも頂こうかな!」
仲間達が見せる普段通りの食欲と笑顔を一通り微笑ましく眺めると、斎はスプーンを持ち、朱羅が唯一、1人で味付けまで行ったスープの入った皿を片手で持ち上げる。
「朱羅君、料理したことないなんて嘘みたいだったよね!包丁捌きも凄かったし手際も良かったし」
斎の脇からひょっこり顔を出しながら瑪瑙は朱羅と斎に話し掛けてきた。
「確かにあの包丁捌きは凄かったよなぁ……」
スープにスプーンを沈め、掬い上げると、斎はそのままスプーンを唇に当て、音を立てず、綺麗に口の中に入れる。
「斎君、お味はど………」
「………」
口にスープを入れ、何故か動きが止まる斎に気が付き、始めこそ笑顔だった瑪瑙の表情も、次第に疑問符を浮かべるものへと変化していく。

「うぐっ……!!」
「!」

制止していた斎の身体が動いたかと思えば、斎の顔色がみるみるうちに青白くなり、片手で喉元を抑えながらその場に崩れ落ちる。
「ちょっと斎君、どうしたの?!」
「何やってんのー斎ー」
「何々っ?」
勢いよく崩れ落ちた為、斎の身体と床が衝突する音は大きく室内に響き、食事に勢いよく喰らいついていた少年達が目を点にしながら視線をこちらに向けてくる。
「美味しさのあまり…崩れたとか?」
「いや、それにしたって斎の顔、青白いし変な汗かいてるぞ」
「え…それじゃあ………」
床に崩れ、そのまま喉元を抑えながら大きな身体を小さく丸め、何やら呻き声を上げながら小刻みに蠢いている斎を見下ろしていた少年達の視線が、少し距離を置いた場所で一言も言葉を発さない朱羅に向けられる。
「しゅっ………朱羅………」
「あ、動いた」
「動いたー。斎復活ー」
肩から息をしている斎がゆっくりと上体を上げると、噴き出る可笑しな汗によって長い髪が張り付いた顔も同じようにゆっくりと動き、次第に斎の表情が読み取れる角度になる。
「…お前………何入れた…?」
完全に表れた斎の表情には、朱羅を叱責するような色が乗せられている。
「…何って…」
「調味料とか他にも……何か変なやつ、入れたんだろ…?」
「入れてない」
「そんなことがよくもまぁ、いけしゃあしゃあと言えたもんだなぁ!」
「いけしゃあしゃあと言われても…」
顔色の悪さから予測もつかないような斎の機敏な動きに、周囲の少年達は目を丸くすると同時に、何人かの少年の顔には、何か面白いものを見付けたようなキラキラとした表情が浮かぶ。

…と

「ぬあああああ…!」
「まっずーーーーー!!」
「ふべっ………」
叫び声や間の抜けた声が不意に室内に響く。

「あ……」
1人の少年が、目の前に次々と倒れこむ仲間達を見下ろしながら、短く、気の抜けたような言葉を発する。
「ほれみろお前!この料理…いや…こんなの料理とは言えん!こんな不味いもん、よく作れたもんだよ!」
…あまりに口に合わなかったのだろうか 斎の瞳の淵には涙がじわりと広がっている。
しかし、顰められた斎の表情は依然、朱羅への叱責の色が乗せられている。
「そんなに変な味がするの…?」
膝を立て、朱羅の両手をぎっちり掴みながら訴える斎のすぐ後ろで、瑪瑙が自分のスプーンを手に持ち、スープへと運び始める…
「「駄目えええええ!!」」
「ふえっ…!」
斎を含め、床に倒れこんだ少年達が酷い顔色を更に悪化させながら、スプーンを持った瑪瑙の手を払い、瑪瑙が、朱羅の作ったスープを食するのを阻止する。
「折角朱羅君が作ってくれたんだから、私も食べたい!」
「駄目。絶対に 駄目」
言い含めるように、斎はゆっくりと力強く、瑪瑙の両腕を掴みながら言う。
「えー………」
斎が自分に向ける表情が真剣なものであるが為に、瑪瑙は軽く抗議の姿勢を示すが、それ以上駄々を捏ねることはなかった。
「…朱羅。お前、今後は一切味付け作業には携わるな。いいな」
「…分かった」
瑪瑙の腕を掴んでいた自分の手を外し、片膝を立て、その膝に片手を乗せると、ぐっと力を入れて斎はゆっくりと立ち上がる。
そして、自分の後ろに言葉少な気に立っている朱羅へと向き直り、朱羅の瞳を正面から射止める。
先程までは、恐らく斎自身、状況が飲み込めず、まさかこれ程までに不味い料理を作ることが出来る人間がいることに驚き、思考が追い付いていなかった為に、斎は朱羅を責めるような表情を見せていたのだろう。
しかし、顔色は依然善くないままではあるが、大分落ち着いてきた斎は、朱羅を責めるのではなく、朱羅には味付け担当を今後一切任せないという通達を出した。(食材を切るスキルが高いという意識は変わらないようだ)
適材適所
これに尽きる。
斎はそう思ったのだ。

「…斎…。朱羅が作ったのって、スープだけ…だよね…?」
『まさか、他にはないよね?』
言葉にこそ表さなかったが、斎の背後から恐る恐る掛けられた少年の言葉に含められたそんな疑問を、斎は容易に汲み取ることが出来た。
「大丈夫だ。スープ以外の料理の味付けは俺と瑪瑙がやったから!」
斎のその答えに、一気に安堵の溜息が漏れる。
「………」
自分の料理はそんなにも不味かったのか、と
朱羅は、大袈裟にもほっと胸を撫で下ろす少年達を眺めながら、何となくそう感じ取る。
…まぁ、自分で料理を作ったことなど覚えていないのだから。
「…でも皆、何だか楽しそう」
くすっと漏れる優しい笑みと、そんな笑みを見せる瑪瑙の暖かな言葉。 少年達は瑪瑙に視線を向け、目をぱちぱちと瞬かせた後、近くにいる少年達に視線を移し、互いにきょとんとした表情を浮かべる。
「普段も賑やかだし楽しそうだけど、今日は特にそんな感じがする」
「いやいや瑪瑙さんや…。俺、死ぬかと思ったんですよ、はい…」
「それでも何だか顔が笑ってるよ、斎君」
「……………ぶっ!」
瑪瑙と視線を合わせた斎は、数秒間、目を瞬かせると、突然笑いを噴きだした。
「確かに!まさか何でも器用にこなしそうな可愛い仔猫ちゃんが、こんなにも不味い料理を作るなんて吃驚だ!」
噴き出した直後にはもう、斎は眉を下げながらも、楽しそうに笑い声を上げていた。
そして、そんな斎につられるかのように、他の少年達も次々と笑い始める。
気が付けば、殆どの少年達が笑みを零していた。
「んでもさ、安心したよ」
「…?」
斎が、きょとんとした表情を僅かに浮かべている朱羅の肩に手を乗せる。
「パッと見さ、何でも器用にこなす奴だと思ってた。
それだと面白くないっつーか、完璧な人間って何かロボットみたいだし」
「…ロボット…」
「朱羅は美人だからロボットと言うよりお人形さん?ま、そんな人間味のない奴なのかなーって思ってたからさ。こんな風にちゃんと出来ない事もあるって分かって、安心した」
「………」

出来ないことなら沢山あるし
欠けているものも沢山ある

そんな言葉を投げかけようかとも思ったけれど
わざわざ言葉にする必要もないのかもしれないと
斎の柔和な笑顔を見て、朱羅は言葉を飲み込んだ。

「さてさて皆!冷めないうちに食べてしまおう!」
食事の最中であったことも忘れ、笑いあったりじゃれ合ったりしている少年達に
斎は明るい口調と笑顔で言葉を掛けた。


+ ACT.05  新しい仲間の手料理 +  Fin ...

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