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気が付くと
目の前には見知らぬ街が広がり
そこには

見知らぬ声
見知らぬ匂い
見知らぬ空気
見知らぬ人々

その全てが俺を取り囲んでいた






 ACT.06  過去と今を取り巻く世界






孤児やホームレスなんて珍しくない小さな小さな田舎街。
寂びれた街。
哀しい街。
希望も夢も生きる目的もなく、ただ、その場に座り込んで1日を過ごす者も少なくはない。

しかし、そんな街の雰囲気に誘われるかのように、自分の死に場所を求めてやって来る者も徐々に増え始めると、いつの間にか、1度は生を諦めた者達の中から商売を始める者が出始めた。


そんな街で、俺は1人の女性に救われた。


― 生まれて間もない自分を路上に棄てて行った人物を許せるか?

そう問われれば、「はい」なんて即答することは出来ない。
多少なりとも逡巡してしまう。
それでも俺は、恨んではいない。

確かに棄てられたことに対しては多少引っかかる部分はある。
それでも、目につきやすい人通りの多い路地に棄てられていた点や、俺が入っていた小さな箱の中に残されてあったという、震えた様な文字で書かれてあった『この子をどうか、お願いします』という小さなメモ。
それらが、自分に向けられた『愛情』だったのではないかと、俺は思っている。


俺を救ってくれた女性は孤児院を経営していた。
元々は別の場所で孤児院を経営していたが、この街の噂を聞き、居ても立ってもいられず、自分に賛同してくれたスタッフ数人と共にこの街にやって来たのだと言う。
そんな彼女の孤児院には、毎日笑顔が絶えなかった。
大きな子供は小さな子供の面倒を見る。
自分のことは自分でやる。
困っている仲間がいたら助け合う。
そんな、一見当たり前のように感じられることも、生活環境が整っていないこの街では珍しい事。
自分の、その日の生活だけでも保障は出来ないのだから。
だからこそ、彼女は心から人を思いやることの出来る大人になって欲しいのだと、孤児院の子供達に小さい頃から優しく教えてくれたのだ。

俺は、そんな『家』が『家族』が大好きだった。
― いや、今でも大好きだ。


物心つく頃には、孤児院には15人程の子供たちが身を寄せ合って生活していた。
俺が拾われた頃には当然、生まれたばかりの俺は1番年下で<、流石に幼い頃の記憶はないが、皆に可愛がってもらっていた温もりは、不思議と今でも鮮明に思い出すことが出来る。
決していい暮らしが出来ていた訳ではないけれど、俺にとっては大切な『家族』がいる場所であり、初めての『居場所』。

護りたいと

そう思った
そう願った

育ち盛りの俺達にとって、孤児院の食事の量は少ないけれど、俺はたくさん遊び、たくさん寝た。
同じ孤児院の仲間たちともたくさん話したし、同じ街に住む人達ともたくさん話した。
そうやって、他人を知ることが楽しかった。
人の数だけ価値観があり、思想がある。
それを知ることが、新しい発見をしたように新鮮で、楽しくて仕方がなかった。
そうやってたくさんの人達と接しているうちに、俺は、いつの間にか孤児院内での仲裁役という位置付けとなっていた。
先生(孤児院で働く大人をこう呼んでいた)達は俺に、「斎君は、人の心を読み取るのも、理解するのも掴むのも、本当に上手よね」
そう、話していた。

自覚はなかった。
でも、喧嘩が始まれば誰かが必ず俺を呼びに来るし、俺の話は、皆聞いてくれていたことは確かだった。
そうやっているうちに、俺は孤児院内での仲裁役からまとめ役となっていた。
まぁ、早い話が子供たちの中のリーダー的な役割だ。
まとめ役と言っても、やる事は今までと然程変わらず、喧嘩が起きたときの仲裁や1人1人の体調や心の様子に目を配り、先生達には言えない悩みを抱えている仲間の相談事に乗ったりもした。

俺でも皆の役に立てるんだ。

そんな、達成感に似たものを毎日感じることで充実した日々を送っていた。


そんな時

院長先生が突然倒れた


いつものように皆でテーブルを囲み、朝食をとろうと俺が「いただきます」と言う直前、いつもの満面の笑みで部屋の隅に立ち、俺達を見守っている院長先生が突然倒れた。

この街にある唯一の診療所。
診療所と言っても、中はとても狭く、ベッドも何処からか譲り受けたような、古びたものが2つある程度の心許ない診療所。
そこに運び込まれた院長先生だったけれど、運び込まれて30分も経たないうちに息を引き取ってしまった。

あっという間だった。

皆 たくさん泣いた。

わんわん大声で泣く子もいれば
静かに隠れるように泣く子もいた。
悲しさを表現する方法は違えど、皆 たくさんたくさん泣いた。

けれど俺は 俺だけは
泣けなかった。


俺を救ってくれた院長先生。
俺に家族や仲間の大切さを芯から教えてくれた院長先生。
悲しくない訳がなかった。
それでも俺には、『この場所を失いたくない』という想いが込み上げてきたのだ。

皆の為だとか、皆を護る為だとか… そんな綺麗事なんかじゃない。
『俺が俺であり続けられる居場所』
そこを護りたかっただけ。
そんな俺でも、皆は頼ってきた。
他の数名の先生たちでさえ、まだ10代頭の俺に相談を持ち掛けてきた。
どんなに身勝手な、自分本位な理由であっても、俺は、それが嬉しかった。


俺には必要なんだ
仲間が
家族が

そうでなければ
俺は俺を保てなくなる
そう思えて ひどく恐ろしくなるのだ



*



斎の朝は早い。

早朝の5時には既に洗顔と歯磨き、そして軽い体操を済ませ、賑やかな声が室内に響く前に朝食の準備を開始する。
朝の挨拶が「腹減った」である食べ盛りが多い為、少しでも朝食の時間が遅れると大変なことになってしまうのだ。
「斎君、おはよう」
軽い体操を終え、今朝のメニューは何にしようかと、食材置き場で見繕っていると、後ろから声を掛けられる。
「おはよう、瑪瑙」
にこりと斎も笑みを返す。
斎と同様に、瑪瑙も毎朝斎と共に早起きをし、朝食の準備をする。
呼吸器官が弱い瑪瑙は、たまに体調が芳しくなく、朝はゆっくりする日もあるが、ここ最近はもうずっと調子が良いようだった。
「朱羅君、ちゃんと眠れてるかな?」
2人で朝食のメニューを決め、形が不揃いな小さなじゃがいもを洗いながら、ふと瑪瑙はそんなことを言い出す。
「見た感じ大所帯は苦手そうだったし、どうだろな」
洗ったじゃがいもや他の具材を瑪瑙が鍋に入れ、味付けをする斎が答える。
「……ちょっと覗いてみようか?」
ことことと食欲を誘う香りと共に煮込まれている鍋の前で、ふふ、と瑪瑙は楽しそうに微笑む。
「……覗いてみますか」
斎も同じくふふ、と笑う。
「行ってみよう行ってみよう…!」
ぴょん、とその場で軽く飛ぶ瑪瑙の様子を見ても、彼女がとても楽しそうにしていることは容易に読み取る事が出来る。
普段から笑顔を絶やさない瑪瑙ではあったが、ここまで無邪気に笑うことは珍しい。
そんな姿が、斎にはとても微笑ましく、喜ばしく感じた。


ホームと呼ばれるこの建物内には、広さの異なる大部屋が2つある。
大部屋と言ってもスラム街に在る建物である為、広々と寛げる様な広さはなく、少年達が雑魚寝するには少々不自由を感じる程度の広さだ。
そして、朱羅が眠るのは広い方の部屋。
― 新入りなのだから、少しでも多くの仲間と一緒に寝なさい! ―
そう、リーダーである斎の命令があったからだった。

「静かに…静かに……」
朱羅の眠る部屋の前に着くと、瑪瑙はこそこそと小声で言い、膝を僅かに折りながらドアノブを握りると、静かにドアを開ける。
そんな瑪瑙の上から背の高い斎は顔を出す。
そうやってドアの隙間から室内を覗くと、そこには見慣れた少年達の寝顔があった。
眠る前にはきちんと布団を敷くのだが、1度眠ってしまえば、少年達は狭い部屋ながらも思い思いの場所で寝始める。
起きている時も走り回っている彼等は、元気が有り余っているのか、眠っていても、ごろごろと布団の上を元気に転がっている。
勿論、静かにきちんと決められた布団で眠っている少年もいるが、彼等は大抵、寝相の悪い少年達の下敷きになる。
「ふふ。皆いつも通りだね」
「眠ってる時くらい大人しくならんもんかねぇ」
くすくすと微笑む瑪瑙と、苦笑する斎。
2人はまるで父親と母親のような優しく暖かい表情で、思い思いに眠る少年達を見つめていた。
「…で、ですね」
「…どこにいるのかな、朱羅君」
未だ会って間もないが、朱羅はきちんと決められた場所で
静かに眠るタイプであろうと考えている2人は、自然に朱羅の布団に目を向けるが、そこに彼はいなかった。
蹴飛ばされたのか、若しくはごろごろ転がる少年に巻き込まれてしまったのか、そうも考えて室内中を見渡してはみるが、やはり朱羅の姿は見当たらない。
「まさか布団の下敷きに……ん?」
斎がやれやれと室内に入ろうとドアを大きく開けるのとほぼ同じタイミングで、細い廊下の、斎と瑪瑙のすぐ後ろにある窓から
ガリガリと何かがドアの木製柵を引っかく音が耳に入る。
「あ、ムクだ」
瑪瑙が音を発するものを見ると、その名前を呼び、笑顔を見せる。
そこにいたのは、片目に大きな傷跡の残る小柄な猫だった。
「ムクー、どした?朝ごはんはまだだぞー?」
斎もまた、ムクと呼ぶ猫を見付けると笑顔を向けて窓に歩み寄る。
いつもなら『ごはん』という言葉を耳にすると、斎や瑪瑙に懐いているムクは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるのだが、今はただ、みゃあみゃあと小さな前足で窓を引っ掻き続けている。
「何か俺等にご飯以外で用がある感じだな」
「ついて来て欲しい…とかかな?」
瑪瑙が首を傾げながらそう言うと、ムクはぴょんと窓枠から降り、背を向けてちょこちょこと通りを歩くと、再び斎達を振り返る仕草を見せる
「瑪瑙が正解みたいだ」
「行ってみよう」
そして2人はムクを追うため、ホームを後にした。



*



「…っておいおい…なんだよこの集会は…」
「わぁ…」
誘われるままに、スラム街の外れの路地裏で足を進めた斎の瑪瑙は、ムクが足を止めたその場所の光景を見て、口をあんぐりと開けた。
何かに群がるように集まる何匹もの犬と猫。
穏やかな表情で眠る犬と猫もいれば、ちょこちょことじゃれ合う仔犬と仔猫もいる。
初めはその群れている光景に目がいったが、よくよく見てみると、『何か』がいる。猫と犬以外で。
大型犬が、その『何か』の上に覆いかぶさっており、その隙間を埋めるように猫が数匹体を丸めて乗っているようだった。
「何だ…?」
首を傾げ、疑問符を浮かべた斎は静かに『何か』に歩み寄る。
「何何?」
瑪瑙もそんな斎のすぐ後ろについて行く。
斎達の存在に気付き、ぴょこっと頭を上げた大型犬は、静かにその場を離れ、すぐ横でお座りの姿勢をとった。
そして、斎と瑪瑙は埋もれていたものの正体を目にする。
「……っておいおいおいおい…」
「!朱羅君…!」
大型犬の下に埋もれ、未だに気持ちよさそうに眠る猫達を身体に乗せたまま、猫達と同様にすやすやと眠っていたのは、部屋で眠っていたはずの朱羅だった。
「この子達…朱羅君が風邪を引かないよう、暖めててくれたんだ…」
動物達の優しさに、瑪瑙の表情が綻ぶ。
「こいつ等の優しさには素直に感動するけども…これはいかんだろ」
「風邪、引いちゃうもんね」
「まぁ…それもあるんだけどさ………朱羅、とりあえず起きろー」
斎はその場にしゃがむと、地べたに横になって眠る朱羅の上体を起こし、ゆさゆさと体を揺さぶってみる。
「………」
「………なんつー眠りの深さ…」
「なんだか可愛いね」
呆れる斎とは対照的に、瑪瑙はそんな朱羅の姿を嬉しそうに幸せそうに見つめている。
「おーーーーきーーーーろーーーーーーー!」
「…………………ん……」
「あ、起きたよ斎君!」
先程よりも強めに何度も体を揺さぶると、今度は流石に目を覚ましたようだった。
「こんなとこで寝ちゃ駄目だろ!ほれ、帰るから立ちなさい」
「………ん………」
「あれ…」
斎に無理矢理起こされた朱羅は、ぼんやりした表情で目の前にいる斎を見つめると、ぽてっと、斎の胸元に倒れ込んできた。
「……相当な低血圧か、こいつ…」
「わー……朱羅君、可愛い……!」
ぽんぽんと自分に倒れ込んできた朱羅の頭を撫でる斎と、瞳をきらきらと輝かせて楽しそうに笑う瑪瑙。
「…しゃーない。…よっ、と」
このままでは拉致が開かないと判断した斎は、朱羅を抱き上げ、その場に立ち上がる。
「とんだ放浪お姫さんだ」
起きている時の印象とは異なる無防備な朱羅の姿に、呆れていた斎も絆されてしまったようで、眠る朱羅を見下ろす斎の表情も、自然に柔らかなものへと変わっていた。
「…って、うお!」
今まで朱羅を温めてくれていた猫の1匹が、斎の脚を駆け上がり、肩まで登って来ると、ぴょんっと朱羅の胸元に飛び降りた。
そして、朱羅の胸元でくるくると数回回って居心地の良い場所を決めると、その場で体を丸め、朱羅と共に眠ってしまった。
「ふふっ。本当に朱羅君、皆に愛されてるんだね」
朱羅を連れ帰る2人の隣や後ろについて来る犬や猫達の姿を見た瑪瑙は、まるで自分のことのように喜ぶ。
「…まさか、家までついて来ないよな……」
「凄く賑やかになるね!」
「いやいやいやいや…!これ以上住み込まれたら食糧が足りなくなりますから!」
途中で足を止める犬猫達は何匹かいたが、大半は未だに2人の後をついて来ている。
そんな犬猫達を見て、斎は現実的な心配事をし始めたのだ。
「大丈夫だよ斎君。この子達、賢いからきちんと分かってるもの」
「え…そうなの?」
「うん。ただ単純に、朱羅君の事が好きで、心配してついて来ているだけだから。
 家に着けば安心して帰ると思うよ」
「…相変わらず動物の気持ちがわかるんだな、瑪瑙は」
「なんとなく、だけどね。それに、私が勝手に都合の良い解釈をしているだけかもしれないし」
くすくすと微笑みながら、瑪瑙は斎に答えた。

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