+ ACT.11  人生の先輩の助言 +
ACT.10 << Story Top >> ACT.12


少年達に連れられて朱羅がやって来たのは、スラム街の端にある、寂れた2階建ての小さなアパート
…だった場所。と言った方が正しいかもしれない。
あちこちに染みや汚れが付いており、剥き出しのコンクリートはあちこちが崩れ、中から鉄骨が見えており、今でも人が住んでいる事に疑問を抱くような建物だった。






 ACT.11  人生の先輩の助言






「おーいヴァル爺さーん!」
「ニーノとキオと新顔の朱羅だぞー!」
「………」
崩れかけたアパートの入り口に立ち、大声で来たことを知らせるニーノとキオ。
「おっかしいなぁ。いつもなら俺等が来る前に玄関で待ってるのに」
「散歩かなぁ」
2人が話しているのを横目で見た朱羅は、少しその辺りを捜すことにした。

玄関を通り、荒れたアパートの中に入る。
中に入ると古く寂れた建物特有の黴臭さはあるものの、思っていたより手入れが行き届いていた。
建物自体は既に廃墟と言っても可笑しくない程の痛み具合だが、ゴミは散らかっておらず、黴臭さ以外の異臭はない。
入り口を入った左手には8つの郵便ポストがあったが、今となってはその役割を果たしていないのだろう。どのポストにも郵便物は入ってはいない。

奥に進み、殆ど壊れているドアを通ると更に奥に進むと、中央に2階に上がる階段、左右に廊下が現れた。
左右を確認すると、左に2部屋、右に2部屋。2階も同じ構造だろう。
朱羅が右手に進もうとすると、背後に人の気配を感じた。
―おじいさんだろうか…
殺気は感じられなかった為、朱羅は特に警戒することなく方向を変え、左の廊下を進む。
すると、手前の部屋のドアが開いた。
「おやおや。どちら様ですかな?」
「…朱羅と申します。ニーノとキオと一緒に清掃に…」
朱羅は目の前に現れた老人を見る。
皺や染みのある白い肌を立派な白い髭で覆い、同じく白く長い立派な眉が朱羅の気配を感じ、上にくいっと上がっている。
その老人は片手には杖を持ち、もう片方の手で朱羅の手を握る。
「―少年よ……君は今まで辛い思いをたくさんしてきたんだね」
「………」
老人は顔を上げ、瞼を開き、朱羅見上げた。
その時に朱羅は気付いた。

この老人の目が、見えていないことに。
老人の目は両方とも白く濁り、光がない。

「目が見えずとも、見えるものは沢山あるものだよ、少年」
ふぉふぉふぉと笑い、老人は手を離す。
「あー!ヴァル爺さん!」
「ったくもー何処行ってたんだよー」
後ろからニーノとキオが駆け寄ってくる。
「君達が来ると言うから茶菓子でも用意しようと思ってのう」
「いいってそんなのー」
「爺さんの為の金だろー。自分のために使えよ」
「ふぉふぉふぉ。君達はいつもこの老い耄れに優しくしてくれるのう」
ヴァルは髭に触れながら楽しげに言う。
「ところで、この美人さんは新入りだね」
ヴァルは朱羅の方を向きながら問う。
「そうそう新入り!俺等の後輩!朱羅ってんだ」
朱羅を挟み、ニーノは朱羅の背中を叩き、キオは背伸びをして朱羅の肩に手を乗せ、ヴァルに紹介する。
「またもべっぴんさんが来たもんだ。瑪瑙嬢と同じくらいべっぴんさんじゃの」
「何言ってんだよ爺さん!」
「瑪瑙の方が何百倍も美人だ!つか、比べること自体変だ!」
「………」
このやり取りから、斎達がこのヴァルとの付き合いが長いことも伺えた。
「…掃除。しなくていいのか」
朱羅はヴァルに抗議している2人に、本来の目的を告げる。
「あ!いけね!」
「掃除掃除!爺さんはゆっくりしとけよー!ほれ朱羅ボサっとすんな!」
「………」



*



「よーっしゃ!こんなもんだろ!」
「朱羅もよく頑張ったな!褒めて遣わす!」
「………」
掃除は2時間程度で終了した。
元々散らかってはいなかったが、目の不自由なヴァルの為に、3人で物が取りやすいよう纏めたり、使用頻度の高い物を下に置いたり、なくなったものを補充したことで、大分使い勝手は良くなっただろう。
「ほいヴァル爺さん。斎からの差し入れ!」
「1週間分くらいはあるからあったたりして食べてなー」
キオとニーノは掃除中、部屋の隅に置いていた、布を被せた大き目の籠を2つ持ってくると、小さなキッチンにあるテーブルの上に置き、ヴァルに説明する。
「いつもいつも済まないねぇ。でも斎君のこしらえてくれる料理は格別だから嬉しいのぅ」
ヴァルは嬉しそうにそう語ると、ニーノをキオに言う。
「済まないが、ニーノ君とキオ君や、お茶を淹れてくれるかのぅ。朱羅君はちとワシの話し相手になってくれんか?」
「おっけー!」
「ちょこーっとだけど斎から手作りクッキー貰ってきたから休憩しよー!」
「………」
朱羅はお茶の準備を始める2人の傍ら、椅子に腰掛けているヴァルの近くに椅子を持ってくると、同じく腰を下ろした。
「さて…。朱羅君や。君は自分が疫病神だと思っているね?」
「―っ!」
ヴァルの言葉を聞いた朱羅の目が丸くなる。
「ちょいと手を借りるよ」
そう言うとヴァルは朱羅の手を取り、両手で包むように触れる。
「………そうかそうか。自分に関わると大切な人が傷付くと、そう思っているんだね」
「……何故、貴方にはわかるのですか…?」
「伊達に年は取っておらんよ。それにのぅ、ワシには昔からその人に触れると何を考えているのか、何を感じているのかが何となくじゃが、感じ取ることができるんじゃよ」
「…そうですか」
朱羅はヴァルから手を戻そうとするが、ヴァルはそれを良しとはせず、ぐっと力を込め、制止する。
「若い時には一杯失敗しておくもんじゃ。どんなに辛かろうとも、君になら乗り越えられる。じゃから、君はもっと自分を大事にすることじゃ」
「…ですが…」
「自分にはその資格がない。自分は幸せになってはならない。…そう考えているようじゃのぅ。…全く、その年で何故そうも責任感が強いのかのぅ。君は斎君にそっくりじゃ。あの子もあの年で責任感が強過ぎる」
朱羅は無言でヴァルを見る。
「…あの子も自分の幸せより他人の幸せを考えられる子じゃが、少なくとも君のように自分を蔑ろにしはしていないよ?だから、彼の周りには人が集まる」
「……そうですね。俺と斎は違う…」
「本気で何かを、誰かを護りたいと思うのなら、まずは己を大事にし、己に素直になることじゃ。自分も大事に出来ぬ者に、一体何が護れると言うのか」
「………」
「…君には必要なんじゃと思うがのぅ…。…大切な存在というものが…」
「…大切な……存在………」
朱羅は自然と復唱する。
そしてニーノとキオが準備を終え、朱羅とヴァルを呼ぶ。。
「ふぉっふぉっふぉ。老い耄れ爺さんの戯言だと思って構わんよ、べっぴんさん」
ヴァルはそう言うと、ニーノとキオが準備したお茶を口にする。



*



休憩を終えると、陽も傾き、ホームに戻る時間になっていた。
「それじゃあヴァル爺さん、またな!」
「何か困ったことがあったらすぐに教えてくれよな!」
「実に頼もしいのぅ。ありがとうよ」
ヴァルは髭に触れながら嬉しそうな声のトーンで答える。
「それじゃあ!」
「またな!」
ニーノとキオは手を振って駆け出す。
「ほれ、君も行かんと怒られるぞ」
ヴァルは黙って自分の前に立ったままの朱羅に言う。
「……また、来てもいいですか…?」
「ワシはいつでも暇してるからのぅ。こんな爺さんでよければいつでも来るといい」
ヴァルは朱羅の腕をポンポンと2回、優しく触れながら答える。
「…ありがとうございます」
朱羅は深く一礼すると、アパートを後にする。
「よく悩み、よく学べ。そして前に進むがよい。若者よ」
そう言うと、ヴァルはアパートの中へと戻って行った。


+ ACT.11  人生の先輩の助言 +  Fin ...

[ ↑ ]

ACT.10 << Story Top >> ACT.12