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「千隼斎君…か」
調度品の机に灯りを灯し、パソコンを眺めながら瑠唯は肩肘を付き、言葉を発する。






 ACT.14  他の誰でもない 己自身の責任で






「私は未だ見たことはありませんが、兄さんは何度か会話を交わしたのでしょう?」
青年に紅茶を差し出した瑠架は後ろから両腕を回し、彼を軽く抱きしめる。
「彼はよく纏めていると思うよ。スラム街にいるのが勿体無く感じるくらいにね」
「兄さんがそんなに褒めるなんて珍しいですね」
「…まぁ、朱羅に比べれば彼の魅力なんて小さなものだけれどね」
くすりと笑みを漏らす瑠唯。
「それでも彼を"選んだ"のは兄さんです。…どう思っているんですか?」
「彼はいい"役者"になると思うよ。私の目に狂いはないだろう」
瑠唯はそう言うと、ディスプレイに表示されている斎を一瞥する。
「…それに、瑪瑙という少女も……そうだね、使えそうだ」
「随分と愛らしい少女ですね」
「朱羅が心を許すことがあるのだとすれば…恐らく斎君よりもこの子の方だろうね」
「心を許す…?」
瑠架は瑠唯の発した言葉を、思わず復唱する。
「心を許すと言ってもね、瑠架。許す相手を間違ってしまってはいけないんだよ」
「………」
「朱羅を1番に想っているのは他の誰でもない……この私しかいないのだから…」
瑠架はそう語る瑠唯から腕を解き、背後から見下ろしている。

少しの間、2人しかいない室内は静まり返り、互いに言葉を発しなかった。
その沈黙を破ったのは、ドアのノック音だった。

「社長、失礼します」
ノック音の後にドアの向こう側から聞こえてきたのは、落ち着きのある低めの男の声。

「ああ、入っていいよ」
瑠唯の応答を確認した後、声を発した男が1人、室内に入ってくる。
「お客様が到着致しました」
男は瑠唯と共にいた瑠架に一礼すると、瑠唯の客人が訪れたことを告げた。
「商談の時間を早められて朱羅との時間をを奪われたのだから、それ相応の結果は欲しいところだね」
自分の腕時計を見て時刻を確認した瑠唯は、にこりと微笑みながらその場に立ち上がる。
「これからの商談の相手は……………何と言ったでしょうか、兄さん」
「ふふ。相変わらず瑠架は無関心だね」
表情を変えぬまま、何の興味もない上で自分に尋ねてくる瑠架に、瑠唯はくすっと笑ってしまった。
「今後、恐らく我々のスポンサーの中で最重要となってくる組織だよ?流石の瑠架も名前くらいは覚えておかないと。…それに…」
瑠唯の表情に、フッと影が入る―
「御堂家を滅亡に追い込んだ組織…と、私の耳には入ってきている。そして、『キリス狩り』でキリス種族を絶滅に追い込んだ組織…ともね」
「― やはり、兄さんの興味は彼等の資産や影響力よりも"朱羅"なんですね」
「そうだね、否定はしないよ。元々私が彼等に興味を持ったのも、彼等と朱羅が繋がっているということを知ったからなのだから…」
そう語りながら微笑む瑠唯の瞳には、瑠架でさえも理解が難しい、深い深い闇が渦巻いていたようだった。



*



「あああああ……ホントにあの朱羅の言葉は皆に聞かせたかった……!」
ダン!と、斎は広間のテーブルに、水を飲み干したカップを音を立てながら置くと言葉を続けた。
「朱羅が何て言ったんだー?」
斎を取り囲む少年達のうちの1人が身を乗り出して斎に問う。
「俺の胸元に擦り寄って来てさ〜…おまけに俺の服をぎゅっと握り締めながら…"皆と…………斎や瑪瑙…ホームの皆と……………仲間にな"―」
そこで言葉が途切れる。
「お前の口の軽さは危険だな…?斎……」
「ってえええええ!」
脳天に肘鉄を喰らい、斎は痛みの走る脳天を両手で押さえながら悶絶する。
「朱羅ー!邪魔するなー!」
「なー!」
斎の話を興味津々に聞いていた少年達は、斎の話を邪魔した朱羅に抗議する。
「邪魔とかそういう問題ではないだろう…」
朱羅は少年達の勢いに、多少後ずさりをしながらそう答える。
「ばーか。大事な話だろーが」
不意に、朱羅の背後から別な少年の声がする。
「俺等はテメェが此処に残ることを許したが、肝心のお前自身からの答えは曖昧になってんだろーが」
普段通りの、朱羅に対する言葉の悪さが感じられる要の言葉だったが、そんな要の口からハッキリと『朱羅を仲間として正式に受け入れる』と言われ、朱羅は少々驚いてしまった。
「俺の答え……」
朱羅はそんな要を見ながら独り言のように呟く。
「こういう所では仲間通しの明確な信頼感が重要になってくんだよ。だからこそ、テメェ自身がどうなのかハッキリさせる必要がある」
要は真剣な表情で朱羅を問う。
「………」
「…朱羅の本当の気持ちでいいんだよ」
無言のまま立っている朱羅の肩に手をそっと乗せ、優しく語り掛けてきたのは斎だった。
「あん時に朱羅が言ってくれた言葉を信用してない訳じゃない。…でも、あん時はあの人がいて、多少なりとも接触を受けた後だっただろ?だから、あの時の朱羅は多かれ少なかれ心に翳りがあったんじゃないかって思ってさ」
「……あの時の言葉が、俺の真意かどうかはわからない…と、そういう事か?」
朱羅は斎を見上げて問う。
「……まぁ、そんな感じかな?…だから改めて聞きたいんだ。お前の"答え"を」
斎は肩に乗せていた手を離し、朱羅と正面から向き合う体勢になり、朱羅の"答え"を待つ。
「………」
朱羅は逡巡する。
― が、今までのそれとは内容が違っていることを、朱羅自身は感じていた。


今までは『自分が斎達に迷惑を掛けるから一緒にはいられない』という考えだった。
そこに、"朱羅自身の望み"は全く含まれてはおらず、朱羅自身も己の卑怯さを感じていた。
他人を理由付けに利用し、己自身の弱さから逃げているという卑怯さを。

だが、今は違う。

今までと変わらず、皆に迷惑を掛けるから、という懸念は消えずに残ったままだ。
しかし、今現在は朱羅の中に小さいながらも"望み"がある

― 皆と共にいたい

そんな、朱羅自身の望みが。

自分は壊すことしか出来ない
大切な場所や大切な人を不幸にすることしか出来ない
…そんな、自分自身に対するどうしようもない闇を、今の朱羅には克服することは叶わない。
だが、そんな闇を抱えている自覚があっても、自らが"此処にいたい"とこんなにも願ったことは、恐らく生まれて初めてだろう。
自身が生まれた家族の中にいた時にも
瑠唯と瑠架の元にいた時にも
こんなにも明確になった"自分自身の願い"は記憶にはない。

― 後は、その想いをきちんと周囲に伝えるだけ…


「……俺は…」


これからは、他人を理由付けに利用して生きていくのではなく
他の誰でもない、己自身の責任で己自身の責任で生きていく


― だから
自分自身の願いを、大切な仲間達に伝えよう



「俺は、皆と一緒にいたい」



気が付けば、先程よりも広間にいる人数が増えていた。
軽く見渡しただけでも、恐らくはメンバー全員が集まっていたのだろう。

…そして…

「…やっと見つかったんだね」

朱羅は、自分の想いに1番最初に答えてくれた少女を真っ直ぐ見つめる

「朱羅君の…朱羅君自身の"願い"が」

そう言う少女― 瑪瑙は、まるで自分自身の事の様に、嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
「…ったく。なげーんだよ見つけるまでがよ」
そんな瑪瑙に続き、要は相変わらずに悪態をつく。
「んな事言っちゃっていいのかなぁ要ぇ〜?」
斎はいつの間にか要の横に立っており、彼の肩に肩肘を突きながら続ける。
「"ったく!アイツはいつになったら俺らに申し出てくんだよ!"って、朱羅が加入を申し出てくるのを待ってたくせにぃ〜」
いやらしい目で要を見ながらそう言う斎の胸倉を、要はすかさず掴み上げる。
「ああ?デタラメな事言ってんじゃやねーぞ斎…」
「え?でも要君、朱羅君が仲間になってくれる事、ずっと待ってたよね?」
「!」
ひょこっと要の横に出てきながら、何の悪びれもなく大きな瞳で見上げてきた瑪瑙に、要は思わず赤面する。
「…この状況で、どう言い逃れをしようというのだね、要君?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる斎を突き飛ばし、要を自分の顔を隠すように俯き
「勝手にしろ!」
それだけ言うと、1人でさっさと広間を立ち去ってしまった。
「ツンデレ要め〜逃げたなぁ」
「斎君も、あんまり要君をからかっちゃ駄目だよ?」
「へいへーい。……っつー訳で!」
斎は立ち去る要を見送ると、再び朱羅の近くに移動する。
「これでもう決まりだからな?朱羅。お前はもう、俺達の立派な仲間だ」
ニカッと大きな口で笑みを見せる斎に、朱羅は何となく安堵感を覚える。
「…わかってる。これからは俺自身の意思と責任を持って生きていく」
「…朱羅君」
瑪瑙は朱羅の両手を優しく手に取る。
「そういう難しい事は未だ考えなくていいと思うの。…あ、勿論そんな朱羅君の考えを否定している訳じゃないよ?…でも私、朱羅君はもっと"子供らしく"することも必要なんじゃないかと思って
「…子供らしく……?」
朱羅は瑪瑙の言葉に疑問符を浮かべる。
「朱羅の言う事は難しくてわかんないけど、瑪瑙の言うことならわかる!」
「朱羅はもっと遊べ!俺達と遊べ!」
「…いや、瑪瑙はそういう事を言ってる訳じゃないんじゃないかな…」
瑪瑙の発言に、今まで黙って見守っていた少年達が声を上げ出す。
「ううん。私が言いたい事にそういう事も含まれてるよ」
にっこりと微笑む瑪瑙。
「ほれみろ!俺ってばあったまいー!」
「しっかりしてる朱羅君だけど、必要以上に自分自身の責任として背負っちゃうような、そんな感じがあるの。だから、朱羅君ももっと此処にいる私達みたいに、年齢相応に遊んで、お話して、時々失敗もして、それでも皆で楽しく生活出来ていけたらいいな……って、いつの間にか私の希望のお話になっちゃったね」
困ったように笑う瑪瑙ではあったが、何処か嬉しそうでもあった。
「………そうだな。そう出来る様努力する」
「朱羅ってば全然わかってねー!」
斎がそうツッコミを入れると、わっとその場で笑いが起きた。
そして、その笑いが落ち着いた後、瑪瑙は最後に続ける。
「少しずつでいいの。それに、さっきお話したのはあくまで私達の希望だから。朱羅君自身が感じ、考え、出した答えなら、きっと私達も納得出来るものだと思うから」
そう言って自分の手を強く握り締める瑪瑙から、朱羅は、先は見えないけれど、自分が決めた道が間違いではなかったのだと、そう感じたのだった。


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