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周囲には今では珍しい草木が生い茂り、数は少ないが、蝶などといった虫の姿も時々在った。
空は普段通りの厚い雲に覆われており、生まれてから陽が差す様を見たことがない。
大好きな本によると、未だ世界には自然が溢れ、陽が差し、動植物も数多く共存していた時代があったと言う。
環境破壊が進んだ今となってはもう過去の話ではあったが、それでも小さな少年の旺盛な好奇心をくすぐるのには十分過ぎる要素を持っていた。






 ACT.15  各々の選ぶ道






「姉さんも陽がさしている光景を見たことはないのですか?」

小さな少年は、もう、何度も読んでいる本から、テーブルを挟んだ向かい側にいる女性に問う。
「そうね。残念ながら私も見たことはないわ」
少し寂しそうに、残念そうに女性は答えた。
「やっぱりそうなのですね」
「朱羅は、お日様を見てみたいの?」
「はい!大陽も月も星も、この目で見てみたいもの、感じてみたいものは沢山あります!」
それまで萎んでいた花が一気に開花したかのような眩しい笑顔が女性の瞳に移りこむ。
「ふふ。本当に朱羅は好奇心旺盛なのね」
少年の可愛らしい答えに微笑んだ女性は、テーブルの上にある紅茶をひとくち口に含む。
「今では実際に見ることが出来なくても、こうやって本や映像で見ることは出来ます。それだけでも僕は嬉しいんです」
そういいながらにっこりと微笑む少年を見ると、女性はカップを置き、その場に立つ。
「朱羅は、本当に真っ直ぐで素直で強くて優しい子ね…」
女性は朱羅の前に移動すると膝を折り、椅子に腰掛けている朱羅の視線に自分の視線を合わせる。
「…姉さん……?」
自分の頬にそっと手を乗せ、黙ったまま自分を見つめる姉に、少年は小首を傾げ、疑問符を浮かべる。
「…私は貴方を愛してるわ、朱羅…。誰よりも…何よりも……」
女性は落ち着いたトーンでそう語ると、朱羅の額に親愛のキスを落とす。
「………どうかなさったのですか、姉さん……」
少年は、女性の普段と異なる雰囲気を敏感に感じ取り、不安げな表情を見せる。
「……何でもないの、何でもない…。大丈夫。貴方が私に代わり、当主となる時には、きっと御堂家の誇りも威厳も戻っているから…」
「…姉さん…?」
女性は、目の前にいる少年に語りかけているようで、自分自身に言い聞かせているかのようでもあった。
「― それじゃあ朱羅、私は行くわね」
笑顔で言い、その場に立った女性からは、朱羅が感じ取っていた違和感が消え去っていた。
「今日も会議…でしたよね」
「ええ。とても大事な会議なの」
優しい微笑みの中に見えた、女性の真剣な眼差しと想い…
それが、少年には感じ取れた。
「…僕も、早く姉さんを支えられる人間になります」
顔を上げ、自分の決意を述べる少年に、女性は腰を曲げ、少年の細く、柔らかな髪にキスをする。
「…ありがとう、朱羅」
そう呟くように伝えると、女性は迎えに来た1人の男性と共に屋敷の中へと戻って行った。
女性の背中を追い、暫く眺め、その姿が完全に消えた数分後、バタンという、車のドアが閉まる音が何度か朱羅の耳に入る。
「あの人達が来るのは、これで何度目だろう…」
敷地内の入り口から屋敷まで伸びる道を進む6人程の人物達を、少年は遠くから見つめていると…
「― ベオーク」
少年の手に一度擦り寄り、すぐ横に座る一匹の白い毛並みの狼の名を、少年は和らげなトーンで呼ぶ。
「…ねぇ、べオーク………」
朱羅はべオークから目の前を通る人物達に視線を移すと表情は変わり、眉を僅かに顰め、続けた。
「……やっぱり、あの人達からは―」
「― おい朱羅。こんなところで何してんだ?」
「朱鷺兄さん…!」
厳しい表情を浮かべていた朱羅の表情が、声の主を視野に入れた途端、歳相応の明るい表情に変わる。
「べオークと散歩か?お前も物好きだな」
朱鷺と呼ばれた少年は朱羅の隣で寄り添うべオークを見下ろしながら言う。
「物好きって、べオークはとても心の優しい狼です。兄さんは何をされていたのですか?」
「俺が何してようがお前には関係ねーだろ。姉さんは何処だ?会議室か?」
「ええ。先程先方が到着したようで、姉さんは会議室に向かいました」
「………」
「……兄さん…?」
柔らかな表情から一変し、時の表情が固くなったことに気が付き、朱羅は不安げに兄を呼ぶ。
「…なぁ、朱羅。俺達御堂家の一族には『キリス』って種族の血が流れてる…ってのは、当然知ってるよな?」
「― はい。つい最近ですが、姉さんに聞きました。多くの人々を殺めながら大陸を次々と領地化していった種族……と」
「…で、その種族が今日その名をあまり聞かなくなったのは何故だ?」
「単純に………絶滅したからだと」
「ああそうだ。純血種は絶滅した。…で、戦闘民族だった彼等を絶滅に追い込んだとある組織があった」
「……もしかして、それが今、姉さんが度々会議を行っている組織なのですか…?」
「そういう話だ。ま、俺が独自で調べた結果だけどな」
朱鷺はハッと笑みを漏らす。
「…でも、それなら納得がいきます」
「あ?何のだ?」
朱鷺に問われた朱羅は、客人達がやってきた方向に視線を向け、続けた。

「― あの人達から漂う、血の匂いの……です」



*



「今回で無事に契約を取ることが出来て安心しました」

黒の上等な皮を使用したソファーに腰を掛け、テーブルの脇に置いておいた紅茶を軽く口にしながら瑠唯は穏やかに言った。
「流石はやり手と言われるだけのことはありますね、瑠唯さんは」
瑠唯とテーブルを挟んだ向かい側に、同じく腰を掛けている30代後半程の青年が答える。
「元々私も孤児だったのですがね、それが逆に良かったのかもしてません。何事にも貪欲な性格になれたのですから」
爽やかな微笑を浮かべる瑠唯。
「孤児と言えば……噂で聞いたのですが、瑠唯氏は近々カストレイル地区に支所を設けるご予定だとか」
「ええ。そのつもりで現在計画を進めています」
「でもあの地区は孤児や放浪者が殆どを占める場所な筈…。何故、そのような所に?」
「我々の研究には常にモルモットは必要ですから。最近は研究も順調に進んでいる分、生命維持活動にも影響を与えるような実験も少なくないんですよ。だから、数が多いに越した事はないのです」
「― 本当に、それが理由なのですか?」
そう、瑠唯に問い掛けたのは、今まで瑠唯と話していた青年ではなく、その隣に腰を下ろしていた1人の女性だった。
「…と言いますと?」
瑠唯は脚を組みなおしながら女性に問いを返す。
「瑠唯氏は1人の少年に興味を抱き、今も彼を忘れられずにいると聞きました。そして、その少年が現在住んでいる場所がカスレイル地区だということも」
「…流石は諜報部も抱えている組織だけのことはありますね。ええ、そうです。私が現在1番欲しいものは"彼"ですから」
何の躊躇もなく、瑠唯は笑顔で答える。
「そんな個人的な理由で我々の援助を受けようとお思いなのですか?」
「おい、湊…」
尚も瑠唯に突っかかるような態度を見せる女性の名を呼び、同僚の青年は制止しようとするが―
「いいんですよ。実力と結果を持ち合わせている強い女性には私も魅力を感じますから」
「質問のお答えは?」
「確かに私の個人的感情が多少なりとも絡んでいることは否定しません。…ですが、貴方方の援助を得ることが出来る以上、結果を出すのも私達の務めであり義務だと、私は考えています」
湊と呼ばれた女性の目を真っ直ぐに見つめながら、瑠唯は瞬きひとつせずに答えた。
「…それを聞いて安心しました」
湊はそう言うと、今まで僅かに前方に掛けていた体重を後方に戻し、ソファーの背もたれに軽く背を添え、再び口を閉ざした。
「湊さん…と言いましたね。女性で諢名保持者というのも、やはりなかなか大変なものなのですか?」
「女だからと言って甘く見ている者はただそうしていればいい。私は私の任務を遂行するまでなのですから」
「ふふ。貴方も彼と似ているところがあるように感じます」
にこりと瑠唯は湊に笑いかけた。
「…と、これ以上長居をする訳にもいきませんね。我々はそろそろ失礼致します」
青年は2人の会話がひと段落するのを確かめると、そう言いながらその場に立ち上がる。
「今回もとても有意義な商談でした」
瑠唯も同じくその場に立ち、青年に微笑む。
「ええ。今後も良い関係を続けて行きましょう」
「勿論です」
2人はそう言うと握手をし、青年はドアに向かう。
「湊さん。また是非遊びに来てください」
瑠唯はそう言って、静かにその場に立つ湊に握手を求める。
「その必要があればそうします」
「ふふ。真面目な方なんですね」
変わらず笑みを見せる瑠唯を1度黙って見つめると、港は軽く瑠唯と握手をし、すぐに手を離す。
「それでは失礼します」
最後にドアの前で一礼すると、青年と湊は部屋を後にした。


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