+ ACT.15  各々の選ぶ道 ( 2/2 ) +
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*



「― 今までビジネスの面以外で積極的に瑠唯さんに話し掛けたことすらないお前が、今回はどうしたんだ?」
先程まで商談を行っていた小さめの会議室を出て長い廊下を歩き進めながら、青年は自分のやや斜め後方にいる湊に問い掛ける。
「あの質問も、ビジネスに関しての質問だと自分は考えているけれど、何か問題でもある?」
「まぁ…それも半分、ってところじゃないのか?」
「昴は相変わらず勘が良い」
「ってことはあたりか?」
「勿論、我々の資金提供に見合った結果を出してもらわなくては困るという意味合いも含んではいたけれど……」
「瑠唯氏が欲しがっているという"彼"絡みか?」
「― まだ確信はないけれど…私が未だ正規部隊員になったばかりの頃、護衛として訪れていた任務先で見掛けた小さな少年のことではないかと思って」
「…ほう?」
「1度だけ話したことはあるのだけれど、とても利発で聡明な美しい少年だった。年齢の割りにとても落ち着いていて、まだ10歳にも満たない子供だとは思えないくらいに」
「お前がそこまで言うのも珍しいな」
昴は僅かに目を丸くし、湊に言う。
「彼の姉も印象に残る人物ではあったけれど、彼には劣るわね」
「…で、その少年と瑠唯さんが求める少年が同一人物であると」
「現時点では私の憶測でしかないけれどね。…でも、その少年だったとすると、私は我々の組織に欲しい人材だわ」
「瑠唯さんを差し置いてスカウトでもするか?」
「― …それはどうだろう。彼のその少年に対する想いはとても…危険な気がする」
「…危険?」
「一言で言えば"歪んだ愛情"…と言ったところかしら」
「歪んだ愛情…ねぇ〜」
「瑠唯さんは欲しいものは必ず手に入れないとキレちゃうタイプだと思う」
「…っておいおい。そんな相手に資金提供なんてしていいのかよ」
「だから言ってるでしょ?あくまで私の憶測であり、確定事項ではないのだと」
「…お前の勘ってよっくあたるからなぁ……蔑ろには出来ないんだよ」
昴は頭の後ろで両手を組みながら天井を見上げ、困ったような笑い方をしながら港に言う。
「それでも、彼の実力は私も十分認めているから、今の段階では問題ないんじゃないかしら」



*



ホームの仲間達の前で改めて自分の意思を示した数日後、朱羅はヴァルの元へと向かっていた。
自分の背中を押してくれたヴァルには礼を言うのが筋だと思ったから。
自分よりも遥かに長い時間を生きてきたヴァルにとって、あの言葉は単なるアドバイスで、朱羅が感じているよりもずっと軽く受け流す程度のことなのかもしれない。
それでも朱羅にとっては瑪瑙の言葉同様、彼の言葉は悩み、留まっていた自分にとってはとても大きなものだったのだ。

斎にヴァルの元へ行くと伝えると(何処かに出掛ける時には斎に声を掛けてから行く、というのがホームのルールなのだ)、「それじゃあこれを渡して」と、斎はお手製の日持ちのする料理をいくつか包み、朱羅に持たせた。
その時、朱羅がぽつりと独り言のように「斎は本当によく気がきくんだな」と呟くと、彼はやけに嬉しそうにニカッと笑った。

そうこうしているうちに、朱羅はヴァルの住む古びたアパート(もどき)に辿り着いていた。
朱羅はヴァルがいるであろうアパートの中に進もうとすると、不意に後ろから声を掛けられた。
「おや、朱羅君だね」
「!」
朱羅の体がビクッと驚きの感情を示す。
「やはり今回は朱羅君1人なんじゃの」
「…ええ。……散歩をしていたのですか?」
朱羅はヴァルの方を向いて問い掛ける。
「ちょいとその辺をの。途中でお前さんの気配を感じて戻ってきたんじゃよ」
「…気配を全く感じませんでした」
「ほほ。死期が迫っているじさまは気配も薄れるもんじゃよ」
「………」
わははと高らかに笑うヴァルを見つめる朱羅は、複雑な表情を見せていた。
「いい若者が湿気た顔をしておるとワシも哀しくなるのぉ」
「…済みません」
「まぁええ。…で、今回はどんな御用かの?料理はまだ1日分くらいは残っておるが?」
「……今回は、お礼を言いにきました。後、斎から料理も少し…」
「斎君はほんとに気のつくええ子じゃのう。ありがたく頂くよ。…それで?お礼とか言ったの?」
ヴァルは朱羅から手渡された料理を受け取ると、近くに置いていた古びた椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「はい。先日、ヴァルさんに背中を押してもらえたお陰で俺は自分の望みを素直に受け止めることが出来たので…」
「なんじゃなんじゃ。そんなことでわざわざワシに礼を言いに来てくれたじゃと?お主も真面目な奴じゃのう」
ふぉふぉふぉと、ヴァルは軽く笑う。
「ヴァルさんにとっては軽いアドバイス程度のものだったかもしれませんが、俺にとってはとても大きな言葉だったんです」
「ふぉふぉふぉ。若者の手助けが出来るなど、老い耄れ冥利に尽きるのう」
「ですから、きちんとお礼を言いたかったんです。ありがとうございました」
朱羅はヴァルの前に立ち、深々と礼をする。
「君にわざわざ言うことではないとは思うがの、自分の責任で生きていかんと駄目じゃからの」
「はい」
「誰かの言葉で自分のこれからを決めることになったとしてものう、それを決めたのはあくまで己自身じゃ。他人に責任を求めちゃならん」
「はい」
「…やはり君には言う必要はなかったのう。これからも自分に素直に進んでいけると良いの」
「…はい」
自然と朱羅の拳に力が入る。
「じゃから、そんなに力まんでいいんじゃよ。お前さんは特にの」
「…あ…」
無意識に握っていた拳に気が付き、朱羅は力を弱める。
「お前さんは確かに多くのものを失ってはおるが、お前さんの中にある思いやりは今も昔も変わってはおらんよ」
「…え?」
朱羅は疑問符を浮かべる。
「愛情を本当に受けたことのない者が、お前さんのように優しくなんてなれんと思っておるからの。お前さんは一般的とは言えぬ厳しい環境で育ってきたかもしれんが、幼き頃に僅かにでも受けた愛情を、お前さんは今でも忘れちゃおらんよ」
「……愛情……」
「そうじゃ。だからこそ、お前さんは優しいんじゃ」
「………俺は、優しい人間ではありません」
「ほほ。やはりお前さんはそう言うんじゃの。そう思っているのならそれでいいんじゃ。周囲が君をどう感じているかはお前さんの主観とは別じゃし、君に対する評価は周囲の自由だからの」
「………」
「ほれ、暗くなる前に帰らんと」
「……あ、はい」
ヴァルにそう言われ、ハッと周囲を見ると、いつの間にか暗さが強まっていた。
「今日はわざわざ礼を言いに来てくれて有難う。説教臭くなってしまったがの、ワシは嬉しかった」
ヴァルは朱羅の肩をぽんと優しく叩きながら伝える。
「…本当に、ありがとうございました」
朱羅は再びヴァルに深々と一礼する。
「気をつけて帰るんじゃぞ」
「はい。ヴァルさんもお体にはお気を付けて」
「わかっておるよ。有難う」
ヴァルの見送りを受け、朱羅はホームへと帰路をとった。

「― 本当に、実直な子じゃのう」
ヴァルは朱羅の背中を見ながら呟く。
「優しいが故に己に厳しく、険しい道を選んでしまうような子じゃな、あの子は……」
そう語るヴァルの表情は、朱羅のこれからを案じながらも優しいものだった。


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