+ ACT.16  別離の意思と別離の言葉 ( 2/2 ) +
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「…さて、それじゃあ朱羅の望むようにしよう。何が聞きたい?」
瑠唯はテーブルの上で両手を軽く組み、朱羅を見つめる。
「アンスズとパースの治療の件です。彼らを助けてくれたことには感謝しています。…ですが、彼らに与えた薬は、本当に治療薬なのですか?」
朱羅は自分を見つめる瑠唯の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「安心しなさい。ただの治療薬だよ。彼らはまだ身体がきちんと構築されていないからね。モルモットにするにも少々早い」
「治療費も、俺達に貸しを作るつもりで支払ったんですか?」
「これでも反省はしているんだよ。BHメンバーの管理がきちんと出来ていなかったからね。だから、せめてもの償いだよ」
「…貴方がそう言うのであれば、俺は今回の件に関して、貴方に対する恩義や貸しはないと判断します」
「それでいいよ。君がそうしたいのならそれでいい」
ふっ…と、瑠唯は優しげな笑みを見せる。
「…それでは今回の件はこれで終了ですね。それでは失礼します」
そう言ってその場に立つ朱羅だったが―
「…朱羅。何故君は私の気持ちを汲み取ってくれないのかな?」
「………」
瑠唯は哀しげなトーンで続ける。
「昔は君も私を慕っていてくれていただろう?それなのに何故、今はそんな私を嫌悪し、避けるのかな…?」
瑠唯はテーブルに残されていた朱羅の手を握り締める。
「…もう過去の話です。それに、貴方が俺に拘る理由はないでしょう。貴方には地位も名誉も財産もある。俺の代わりなんていくらでも手に入れられる」
「……君は時々自覚なく、さらりと意地悪なことを言うね………」
「痛ぅっ……!」
朱羅の手を握っていた瑠唯の手に力が込められ、朱羅は痛みを感じ、身を竦める。
「確かに…代表になってからの私は、自分の思い通りにいかないことは何もなかった。欲しいものは全て手に入れてきた。………そう、君と出逢うまではね…」
「―っ…!」
瑠唯は朱羅の手を引き、再び椅子に腰掛けさせると、椅子ごと朱羅を壁に押付け、自分の身体を朱羅の前に置き、朱羅を囲うように壁に手を添えて朱羅が立ち去るのを妨害する。
「…確かに、君の他にも性別・年齢問わず一緒に楽しんだ者は沢山いたよ。……でもね、朱羅?君と出逢ってから、私は君以外の者からは昂りを得られなくなってしまったんだよ…」
「っ……」
瑠唯の片手が朱羅の頬に添えられ、撫でられる。
「君は"特別"なんだ…。君の代わりなんて何処にもいない……」
頬を何度も撫で、暗示の一種に感じられるようなその言葉を、瑠唯は朱羅に囁く。
「こんなにも君を愛し、欲しているのに君はそれを理解してくれていない……。昔の君は、自ら私を受け入れてくれていたのに……」
瑠唯の長い指が朱羅の唇に触れ、顎を上に向けられる。
「朱羅……いつになったら君は私の元に戻って来てくれる…?望み通り、君を外の世界に出してあげただろう?」
そのまま瑠唯は朱羅に口付けようとするが、朱羅は自分と瑠唯の唇の間に手を割り入れ、口付けを拒む。
「…俺はもう、戻りません。そう、何度も言っています」
「……君の我侭は可愛いし、叶えてあげたいと思うけれど……」
「んっ………!」
ビクッと、朱羅の身体が震える。
朱羅に口付けの邪魔をされた為、瑠唯は朱羅の首筋に口付け始めた。
軽く首筋にキスを落とした後、瑠唯は舌を這わせ、何度も舐め上げると、再びキスを落し始める。
「………今回の我侭は、少々度が過ぎるようだな………」
「― っ………」
瑠唯の口付けが次第に首筋から下がり、胸元へと降りていく。
そして、片手を朱羅の服の中に滑り込ませ、いとおしそうに何度も手を朱羅の肌に滑らせる。
そうやって朱羅の身体をある程度弄ると、今度は敏感な胸の飾りを弄り始める。
「や、……めっ………」
抵抗を強める朱羅だったが、両手を背中側に回され、瑠唯の大きな手で縫いつけられてしまう。
そして、それまで服の中に滑らせていた手を1度抜き、朱羅の服を捲り上げ、肌を露にさせる。
痩せてはいるが、白く透き通った肌触りの良い肌が夜の冷たい空気に触れ、朱羅はピクリと反応を示す。
朱羅のそんな僅かな反応でさえも、瑠唯を更に興奮させるには容易く、無防備となった朱羅の身体に、瑠唯は片手で撫で回し、キスを落とし、舌を這わせ始める。
「…こうやって何度も身体を重ね…互いに満たし合い、愛し合い………君をここまで支えてきたのは私だと言うのに………」
「― ぁっ……」
朱羅の身体が今まで以上に反応し、跳ねる。
瑠唯が朱羅の胸の飾りを甘噛みした所為だった。
「初めて君を見た時から…私はきっと君に魅了されていたんだよ……。だからこそ、たかがモルモットだった君を、私は風呂に入れ、用意した上等な服に着替えさせ、私の個室に入る事を許した……」
肌を舐め上げていた舌を戻すと、ツツ…と、細く骨ばった瑠唯の長い指が朱羅の肌を伝う。
何度かそうやって楽しむと、瑠唯は朱羅のズボンを少し下にずらし、露となった腰骨を弄るように撫で始める。
「………私はね、朱羅………」
「っ…!」
瑠唯は愛撫を止め、朱羅の両手を片手で壁に縫い付け、朱羅との距離を少しだけ取ると眉を顰め、普段の穏やかな口調とは異なり、有無を言わせない強い口調で言う。

「君を手放すつもりは毛頭ないんだよ」

今まで瑠唯の口から発せられた愛の言葉とは異なり、朱羅は、今発せられた言葉から嫉妬や憎しみにも似た感情を感じ取ってしまった。
「君は…何も知らない彼らと、君の全てを知っている私とでは、前者を取ろうと言うのかい?」
「………」
「君は、彼らに未だ話してはいないのだろう…?君の過去の過ちや、君の中に住む血に飢えた獣の事も………」
朱羅の目を真っ直ぐ見据え、彼が胸の内に仕舞いこんでいる辛い過去に触れる瑠唯だったが、、朱羅は目を背けずに聞き続ける。
「……それを知られた時…果たして彼らに君を受け入れられるような器があるのかな…?」
朱羅の耳元で囁くように言う瑠唯の吐息が、反射的に朱羅の背筋をゾクリとさせる。
それは彼にとっては何気ない行動であっただろう。
しかし、その行動は、彼の深い闇が自分の中に流れ込んでくるようでもあり、また、自分でも制御するのが困難である性感帯を責められ、過去の記憶が具現化されてしまうのではないかという焦りを感じさせた。
「― もう、失いたくはないのだろう、朱羅?だったら私の元に戻ってくるべきだ。そうでなければ君はまた、独りになってしまうよ?」
「― っ……!」
「おっ…と……」
瑠唯が一瞬力を抜いた瞬間、朱羅は瑠唯を懇親の力で押し退け、その場から離れ、距離を取って身構える。
「……確かに未だ話してはいません。でも俺は、真実を話した事で彼らに軽蔑されても構わない。彼らが離れて行っても構わない」
「…ほう…?」
瑠唯は自分の背後に立つ朱羅に視線を向け、目を細める。
「…今、俺の中にある彼らへの想いは確かなものだから、例えまた独りになっても、それを教えてくれた彼らへの想いは変わらない…!」
「……朱羅……」
瑠唯は表情を変えないまま、朱羅のその言葉を聞いていた。
「俺の居場所は彼等のいる場所…。だから、貴方の元へは帰らない」
朱羅は、真っ直ぐに目を見据え、決意の篭った言葉で自分の想いを告げる。
「………」
「話はそれだけです。失礼します」
そう言うと、朱羅は律儀に一礼し、店を出て行く。
「………」
出て行った朱羅を追う訳でもなく、ただ黙って立っている瑠唯。
「…瑠唯さん、大丈夫ですか?」
揉め事を察知して距離を取って見守っていたマスターが、朱羅が去った後、瑠唯の元に歩み寄ってくる。
「……ああ、大丈夫ですよ。心配いりません」
ふっと、瑠唯が笑む。
「さっきの子供は………」
マスターは瑠唯を気遣いながら、朱羅の出て行った店のドアの方を見る。
「……マスター……」
「あ、はい」
ドアを見るマスターの肩に手を置き、顔を俯け、影を追いながら瑠唯は続ける。
「……愛憎とはよく言ったものだね……」
不意に顔を上げた瑠唯。
彼が発した言葉は深い闇と憎しみが纏っていたというのに、顔を上げた彼の笑顔にはそんな感情が一切感じられず、それ故に、マスターの背筋が凍てついた。
「愛と憎しみは表裏一体。先人の言葉には耳を貸すものですね」
「…は、はぁ……」
読み解けない瑠唯の感情に、マスターは無意識に彼との距離を取ってしまう。
それをわかっているのか、瑠唯はマスターから距離を取り、ドアへと脚を進める。
「マスター、騒がせて済まなかった。お代は此処に置いて行くよ」
カウンターの隅に財布から出した勘定を置き、にこりと笑みを向けると、瑠唯は店を後にした。
「はぁ………」
瑠唯が出て行ったのを確認すると、マスターは息を吐き、肩の力が一気に抜ける。
「どうしたんすか?マスター」
カウンターに座っている客の1人が、片手で酒の入ったコップを口元に運ばせながらマスターに声を掛ける。
「……さっきのお客さん。何を考えているのか全くわからなくてね…」
「長年色んな人間と接してきたベテランのマスターでも?」
「大抵のお客さんは入ってきた時にどんな人生を送り、どんな性格なのかは大体把握出来るんだけど……あんな人は初めてだよ」
「なーんにもわからねぇの?」
客の男がコップを置くと、カランと氷が落ちる音が響く。
「あの人の闇はとても深い………という事だけかな」
「闇……ねぇ〜……」
男はマスターの答えを上の空で聞き流しながら酒を再び口に含んだ。



*



「!朱羅…!」
時刻は22:30過ぎ頃だろうか。
周囲の店も店仕舞を始め出したそんな時間、ホームに戻って来た朱羅を迎えたのは、外で帰りを待っていた斎だった。
「…斎」
朱羅は駆け寄ってくる斎の名を呼ぶ。
「大丈夫か?あの人に変なこと、されなかったか?」
朱羅の身体を見回しながら、斎は心配そうな表情で問う。
「大丈夫だ。問題ない」
そんな斎の様子を見て、心成しか今まで自分の中にあった緊張感が緩む。
「…話の方はどうだった?」
「薬は本当の治療薬だったようだ。治療費も、彼が自分の失態を反省してとのことだから、このままで問題ない」
「………」
「大丈夫だ。あの人は理解に苦しむ人ではあるが、嘘は吐かない。良くも悪くも自分に素直な人だから」
「…じゃあ、俺は朱羅を信じる」
「斎…」
「朱羅がどう言おうが、俺はアイツを信じられないけど、朱羅なら信じられる。だから信じる」
「……ありがとう」
「……でも、"問題ない"は嘘だな」
「…え?」
斎はそう言うと朱羅の腕を軽く引っ張り、首筋辺りの匂いを嗅ぐ。
「…あの人の香水の匂いがする。セクハラ、またされたんだろ」
朱羅の手を離し、不機嫌そうな表情で斎は問う。
「………多少は…な。でも少し触れられた程度だ」
「いくら朱羅が美人だからっていい大人が…!」
「…だから、美人は止めろ」
「美人に美人つって何が悪いんだよ」
ズイッと顔を近付け、むすりとした表情で斎は朱羅に抗議する。
「2人とも、仲がいいんだね」
「!」
「瑪瑙…!」
そんな事をしていると、ホームから瑪瑙が姿を現した。
「冷えるんだから中にいないと…」
「でも、朱羅君が帰って来たんだし。おかえりなさい、朱羅君」
上にカーディガンを羽織った寝巻き姿の瑪瑙は、斎から朱羅に視線を移すと、いつもの優しい笑顔で朱羅を迎えた。
「…ただいま」
そんな彼女の笑顔と声を聞くと、朱羅の心が無意識に安ぎ、落ち着く。
「斎君から聞いたよ。…大丈夫だった?」
「大丈夫だ。アンスズとパースの身体には問題はない。治療費の問題も気にしなくていい」
「そっか……。ありがとう、朱羅君」
「いや、俺は何もしていない」
「…ううん。これも斎君から聞いたの。斎君やアンスズ君、パース君を助けてくれた人は、朱羅君と深い関係にあったって……」
瑪瑙は両手を握り、辛そうな表情を見せる。
そんな彼女を気に掛けつつ、自分から話そうとしていた事を先に話された朱羅は、無言で斎を睨むが、斎は苦笑いを浮かべながら朱羅の怒りを静めるような素振りを見せる。
「瑪瑙が案じることは何もない。大丈夫だ。問題ない」
「朱羅君……」
「俺の居場所が出来たから、俺はあの人に飲まれたりはしない」
「……朱羅君……」
今までは何処か脆く、危うい面が見え隠れしていた朱羅だったが、そう告げる朱羅からはそんなものは感じられず、彼が本来持ち合わせているであろう想いの強さと深さを感じられ、瑪瑙は瞳を瞬かせた後、ふわりと微笑む。
「朱羅がそう言うんだ。大丈夫だよ、瑪瑙」
ぽんぽんと瑪瑙の頭を撫でる斎。
「うん!そうだよね!」
今まで萎んでいた花が一瞬にして咲いたかのように、瑪瑙の笑顔は眩しかった。
「さて、夜も更けたことだし中に入って寝よう寝よう」
瑪瑙と朱羅の背を軽く押し、ホームの中に入るよう促す斎。
「そうだね。明日も早いもんね!」
ふふっと嬉しそうに笑う瑪瑙。
「明日の朝御飯は朱羅も手伝いだったな」
「…そうだな」
「勿論、お前は食器とか並べるだけで―」
「何度も言うな。わかっている」
「あー、斎君ってば朱羅君を怒らせたー」
「朱羅ってば俺の事、嫌いなのかー?」
「よくわかってるな」
「うわー!ひっどーーーーい!朱羅、ひっどーーーーい!」
「…煩い。他の皆が起きるだろう」
「むぐ…!」
ホームに入って騒ぐ斎の口を塞ぐ朱羅。
「ふふ。それじゃあ、おやすみなさい」
「もがういー」
「…おやすみ」
就寝の挨拶を交わすと、3人はそれぞれ自分の寝床へと戻って行った。


+ ACT.16  別離の意思と別離の言葉 +  Fin ...

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