+ ACT.17  少年と少女の追憶 ( 1/2 ) +
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ホーム内の掃除や料理と言ったものは当番制で、メンバーを班毎に別け、それぞれが担当となった仕事をこなす。
だが、洗濯だけは瑪瑙が毎日行っている。
ただ、沢山の服等を瑪瑙1人で洗濯するのは負担になる為、補助役として1〜3人程が手伝うことになっている。
今日は比較的洗濯物が少ない為、朱羅が1人、瑪瑙の手伝いを行うことになった。






 ACT.17  少年と少女の追憶






瑪瑙は洗濯物を取り込み、朱羅に渡し、朱羅がテーブルの上に置き、最後に2人で畳むような流れで仕事を進めている中で、瑪瑙はふと、洗濯物を取り込みながら朱羅に話し掛ける。
「お日様が昇っていたら、きっとすぐに乾くし、お日様の匂いがするんだろうね」
「お日様の匂い…」
朱羅は思わず小首を傾げてしまう。
朱羅の中で、過去にあの人と― 姉と、そんな話をした記憶が甦る。
懐かしさと共に、寂しさや虚しさ、悔しさ、そして罪悪感…
そんな、様々な感情が一瞬のうちに朱羅の中を駆け巡り、朱羅の表情に影がかかる。
「そう、お日様の匂い!私もどんな匂いなのかわからないけれど、きっと心がぽかぽかする匂いだと思うの」
そんな朱羅の一方で、ふふ、と嬉しそうに微笑む瑪瑙。
彼女はいつだって楽しげだ。
辛いことがあり、傷付いた時には哀しげな表情を見せることがあっても、いつまでもその記憶を引き摺ったりはしない。
自分はただでさえ身体が丈夫な方ではなく、皆に迷惑を掛けているから、せめて精神的な支えくらいにはなりたいと、そんな話を少し聞いた覚えがある。
彼女は、優しく、そして、強い人だ。
「…?どうしたの、朱羅君」
いつの間にかそんな事を考えていたようで、瑪瑙の声で朱羅は我に返る。
「ぼーっとしてるみたいだよ?大丈夫?」
「― ああ。大丈夫だ」
「考え事?」
「…そんなところか」
「むぅ………」
何故か瑪瑙が不機嫌そうに頬を少し膨らませながら朱羅を見つめている。
「…そんな顔をして、一体どうした」
「…また朱羅君、1人で何か抱え込もうとしてるんじゃない?」
眉を少し顰め、瑪瑙は朱羅の真意を探るような目で問う。
「そんなんじゃない」
「…本当に?」
「本当だ。それよりも雨が降りそうな天気になってきた」
「え?…あ!本当だ!急いで取り込まないと…!」
朱羅が向かい合わせの瑪瑙から、少し視線を上げ、空を眺めながらそう言うと、瑪瑙は慌てて洗濯物を次々と取り込み始めた。
普段よりも雲が厚く、いつ雨が降ってきても可笑しくない曇天。
朱羅の敏感な鼻には、既に雨の匂いを察知していた。
「…瑪瑙、1人で抱え過ぎだ」
「だっ…て、急がないとせっかく洗濯した服が…―って、わわっ…!」
「― っ!」
華奢な少女1人の腕が2本あっても危うそうな量の洗濯物を抱えていた瑪瑙は前が見えなかった所為で足元にあった大き目の石に気づく事が出来ず、足を引っ掛け、洗濯物を持ったまま前に倒れこんでしまった。
「うっ…!」
ドン、と瑪瑙の全身に少しの衝撃が与えられる。
だが、感じ取れたのは固い地面の感触ではなく、それよりも多少柔らかで、少し暖かい感触。
衝撃に備え、無意識に瞑った目を、瑪瑙が再び開けると―
「…しゅ、朱羅君…!」
瑪瑙の下にあったのは、朱羅の華奢な身体だった。
地面に倒れ込んだ瑪瑙を護る為、朱羅が前から瑪瑙の身体を包み込むように抱きしめ、衝撃を和らげていた。
「ごっ…ごめんなさい…!」
瑪瑙は下敷きになっている朱羅から慌てて離れると、頬を朱色に染めつつ少しだけ距離を取ってその場に座り込む。
「…怪我はないか?」
朱羅は上体を起こし、目の前に座っている瑪瑙に尋ねる。
「私はないよ!朱羅君が助けてくれたから」
「そうか。良かった」
「良くないよ!…朱羅君こそ怪我してない…?」
瑪瑙はハッとして朱羅の腕を捲り、傷がないか確認する。
「怪我はない」
朱羅は瑪瑙のしたいことを止めることはせず、怪我がないかどうか確認させたまま答える。
「…良かった。何処も怪我してない…」
瑪瑙は朱羅の腕を離し、ほっと胸を撫で下ろす。
「…瑪瑙…」
「何―…って……」
瑪瑙は思わず目を丸くし、身体が固まってしまう。
「ぁっ……の………」
瑪瑙は途切れ途切れの単語を発するので精一杯だった。
何故なら、朱羅の顔が瑪瑙の目の前まで近付いてきたからだ。
睫毛がぶつかるかと思った。
身体が固まって動けなかった。
― だが、朱羅はそのまま少しだけ瑪瑙の顔から外れると、瑪瑙の後頭部(よりも右側)付近に手を回す。
丁度、瑪瑙を正面から抱きしめているような体勢になっていた。
「…ゴミ、ついてた」
「あ……!」
朱羅が片手で瑪瑙の髪についていたゴミを払うと、瑪瑙は我に帰る。
「………瑪瑙?」
朱羅は目の前で赤面しながら黙って固まっている瑪瑙を見つめ、小首を傾げる。
「………熱でもあるのか?」
「―!」
思わず瑪瑙の身体がビクリと反応を示してしまう。
先程勘違いをした光景が今、広がっている。朱羅の顔が、本当に目の前にあるのだ。
互いの睫毛がぶつかりそうなくらいの至近距離。近過ぎて焦点が合わず、朱羅の顔自体は瑪瑙の視界には収まりきらないが、朱羅の水晶のような透き通った美しい菫色の瞳に吸い込まれそうだった。
「…少し熱いな。部屋で休むか?」
コツンと朱羅は瑪瑙の額と自分の額を合わせ、彼女の熱をはかる。
「…!だ、大丈夫……!」
瑪瑙は半ば朱羅を突き飛ばすように両腕で朱羅を退かせると、慌てて距離を取り、朱羅に背を向けてしまう。
「…?」
「大丈夫!熱とか全然ないから…!」
瑪瑙自身、何故こんなにも自分が慌てているのか理解出来ていなかった。
だからこそ、普段見せることのない取り乱し方をしている。
「…立てるか?」
「― ご、…ごめんなさい…。その……少し…、そっとしておいて欲しいの……」
「……?らわかった。洗濯物は俺が取り込んでおくから瑪瑙はゆっくり休むといい」
「あ……ありがとう……」
瑪瑙は朱羅を見ずにぽそりと呟くように礼を述べる。
朱羅はてきぱきと洗濯物を全て取り、テーブルの上に置くと、今度は室内へと運び始めるが、瑪瑙はその場に座り込んだまま、うんともすんとも言わずにいた。
「瑪瑙。雨が降ると冷えるから、中には入った方がいい」
「…う、うん。あとちょっとだけこうしてる……」
「わかった。ここの戸、開けておく」
「…うん」
それだけ言うと、朱羅は取り込んだ洗濯物を持ち、ホームの中へと入っていった。
「………はぁ………」
朱羅の気配が感じられなくなると、瑪瑙は座り込んだまま大きな溜息を漏らす。
「………前、朱羅君におでこにキスされた時もこんな風になっちゃったっけ………」
ぽそぽそと、瑪瑙は言葉を紡ぐ。
「…斎君や要君、他の皆にもこういうこと、されたことはあったのに……」

― 何故、朱羅君に対しては恥ずかしくなってしまうの…?

瑪瑙の中に、ふと、忘れていた疑問が思い起こされる。

怯える瑪瑙に朱羅が額へキスをした時、瑪瑙の中に安堵感よりも先に羞恥心が走ったことを、瑪瑙は感じていた。
斎や他の仲間達も挨拶程度に額にキスをすることはある。
それは瑪瑙にとって親愛を意味するコミュニケーションのひとつであり、それ以下の意味も、それ以上の意味もなかった。
― しかし、朱羅にキスをされた時にはそうは感じられなかった。
最初は怯えていた所為だったと思った。
怯えていた時に突然キスをされ、ただ、驚いただけだったのだと。
確かに驚きはした。が、驚きの後にすぐに感じとれたものは、気恥ずかしさと胸の苦しみ。
でもそれは、まだ"家族"になったばかりの朱羅相手に慣れていないせいなのだと、そう思っていた。

― だが、それも違うと感じるのだ。
違和感を感じる。しっくりこない。

今はまだわからない。
けれど、もしかしたら私は
気付かない振りをしているのかもしれない

そう感じる理由すらも、今はわからないけれど…


― …瑪瑙
  君はもう 僕のことを忘れるんだ


「― !」
瑪瑙の目が見開かれる。


心に何かが突き刺さる。
ズキリと、深く、鈍い痛みが走る。
朱羅から額にキスを受けた時に感じた胸の苦しさに酷似しているような感覚。

覚えのある痛み
自分の中で"歯止め"として残している痛み


今まで思い出すことはなかったのに………


「……"貴方"は優しい人だから……。…でも私は、そんな貴方の優しさを、まだ受け止めることが出来ないの……」
瑪瑙は両手で両肩を押さえ、身体を小さくしていたが、両手に力が込められ、更に身体を小さくする。
「………中に戻ろう……」
瑪瑙は冷えた身体を僅かに擦りながらホームの中へ、ゆっくりと戻っていった。

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