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血の繋がったたった1人の姉をこの手に掛け、家を出でからと言うもの
各地を転々とする日々だった






 ACT.18  彼の変化






まだ10代前半だった朱羅にとって、生活する為に必要な資金を集めることは至難の業だった。
名家の次期当主として不自由のない生活をしてきたが、自分で出来ることは自分でやってきた。
使用人達に「自分達の仕事ですから」と止められることもあったが、朱羅は幼い頃から何事も自分でするべきだと考え、生きてきた。
だが、やはり外に出てみると、自分が如何に恵まれた環境で生活してきたのか、身をもって感じる事ばかりだった。
子供とは言え、次期当主候補として育てられてきた朱羅には様々な知識や技術があり、始めの頃はそれらを使って生活していた。
だが、こんな子供が1人でいるとなると、周囲の大人達が良くも悪くも放ってはおくことはなく、また、幼いとは言え彼から感じられる独特で魅力的な雰囲気が、更に周囲の人間達を惹きつけていた。
朱羅自身もまた、知識や技術を生かすことよりも、自分自身の身体を売る方が容易に稼げる事に気付いてしまった。
それでも朱羅が出来る事は、せいぜい身体を触らせたり抱きしめさせたり、軽いキスをさせる程度だった。
それ以上のことを求められることも多々あったが、"もう1人の自分"がそれを許さなかった。
客に強引に押し倒され、服を剥がされ、行為がエスカレートすると、決まって途中で意識が途切れるのだ。
そして、意識が戻った時には目の前に真っ赤な血が流れ出た客の亡骸が転がっていたこともあれば、亡骸がなくとも手が血で染まった状態で何処かの路地裏に佇んでいることもあった。

自分の中に潜む"もう1人の自分"がやったことなのだと
朱羅は冷静に判断した。

自分を生んだ両親からの愛情は感じられなかった。
朱羅は、幼いながらも自分は両親に愛されていないのだと理解した。
その理由を、両親自身は勿論、姉や兄、使用人達に尋ねることはなかった。
両親の言動を見ていれば、その理由が容易にわかるからだ。
両親が愛しているのは姉、唯1人。
その姉が、「もう1人、弟が欲しい」と両親に願い出て生まれたのが朱羅。
朱羅は姉に望まれて生まれてはきたが、両親が望んで産んだ子ではなかったのだ。
それどころか、愛している姉が朱羅に対して一心に愛情を注いでいることを両親は面白く思っていなかったようで、廊下ですれ違い際に「お前なんか生むんじゃなかった」と、母親に吐き捨てられたこともあった。
そんな朱羅を両親の代わりに愛してくれたのは、朱羅の誕生を誰よりも強く願った姉だった。
誰よりも優しく、だからこそ人にも自分に厳しく、責任感が強い女性だった姉。
―だが、いつからか少しずつ歯車が狂い、強く優しい姉の精神は崩壊していき、最終的には完全に気が狂ってしまった。
壊れた姉は朱羅を愛するあまり、自分と朱羅との間に子供が欲しい、愛していると朱羅に囁き、性的関係を強要した。
その一方で、兄もまた、愛する姉が自分に見向きもしない事によって次第に病んでいき、愛する姉が一心に愛を注ぐ実の弟―朱羅に肉体的暴行を加えるようになっていった。
始めは肉体的暴行のみだったそれは次第にエスカレートし、姉との性行為を終えた後の朱羅を捕まえ、朱羅の身体に残る姉の匂いや温もりを感じ、まるで姉と性行為をしているかのような錯覚を快楽や、姉が自分に向ける愛情だと思い込むようになり、それに満たされる為、朱羅に対して性的暴行も加えるようになっていった。
朱羅は、姉に偽りの愛を囁き続けられながら性行為を強いられるだけでなく、兄からも以前から与えられてきた肉体的暴行の延長でしかない性的暴行も与えられ、肉低的にも精神的も毎日苦痛を与え続けられた。

それでも朱羅は、誰にも助けを求めなかった。

自分を愛していない両親は勿論、自分を気に掛けてくれる使用人には迷惑を掛けまいと決めていたからだ。
その頃の姉は使用人だけでなく、客人であっても朱羅に触れることを良しとしていなかったのだ。
姉の精神状態によっては、その人物に対して暴行を加えることもあった為、少しずつ朱羅の身を案じる者達が減っていった
…ということも原因ではあった。
だが、姉に似て優しく責任感の強い朱羅にとって、使用人達のその行為は当然であると認識していた。
誰でも面倒事には関わりたくはない。
ましてや、自分の命が危ぶまれるとなれば尚更のことだから、と。

そんな環境下で過ごしていたからだろうか…
朱羅はいつからか、自分の中に違和感を感じるようになっていった。
始めのうちは気のせいだと感じていたソレも、家を出てから気のせいでも錯覚でもないと、根拠の無い確信を抱いていた。
時々、記憶が途切れ、よくわからない場所にいることが少しずつ増えて行き、誰かが自分に何かを囁いているような夢もよく見るようになった。
そういしていくうちに、朱羅は"もう1人の自分"は、朱羅自身を護る為に在るのだという結論に至った。
一種の自己防衛反応がもう1人の人格として強く芽生え、自分にとってトラウマである性行為を強要されると、決まって意識が途絶え、気が付くと相手が死にかけていたり、時には本当に死んでいることがあったからだ。
だがそれは性的行為に限らず、男の集団に殴る蹴るの肉体的暴行を受けた時も同様だった。

― どうしようもなかった

精神崩壊を起こし、自分の手で殺めた姉や、自分に苦痛を与え続けた兄と大差のない自分が、どうしようもなく醜く感じた。
だが、姉も兄も、最初からそんな人間ではなかった。
優しく、心から愛していた頃の2人を、朱羅は知っている。
だからこそ、朱羅は2人を護りたいと思っていた。

それなのに、今の自分はどうだろう…

姉を、生まれて初めて護りたい、護るのだと誓った人を自らの手で殺めてしまったと言うのに。
元々は心が優しく、自分を可愛がってくれていた大切な兄を、いつからか無意識に憎いと思うようになっていた自分。

自分の犯した罪を償うことなくまだ生きている自分は、生きている価値などない、生きる資格などないと、そうわかっているのに………

死ぬことは"逃避"だから
償うべき重罪から逃れることは赦されないから

それが理由であるとも感じてはいたが
朱羅が死ねない理由は、もっと根本的なところにあるのではないかと、彼は感じていた。



「キリス種族は生に対してとても強い執着を持っていたようだからね」



気が付くと意識が飛び、今まで見ていた光景ががらりと変わる。
飛んでいた意識が戻ると、始めに目に入ったのはカルテを持った青年だった。
彼は診察台の上で簡易着の紐を再び結んでいる自分に語り掛けている。
― そう、朱羅の"問い"に答えたのは彼だったのだ。

「強い…執着………?」
「ああ。キリス種族は自分の子孫や、より強い子孫を如何に残すか…ということが1番の生存理由だったようだ。だから、その血を引く君は本能的に自分が死ぬことを良しとしないんだよ」
「…詳しいんですね…」
簡易着の紐を結び終えた朱羅は手を下ろし、青年を見る。
「これでも製薬会社の代表者だからね。そういったことに関する知識はある方だと自負してるよ」

青年が語る通り、朱羅に語り掛けている彼は、今朱羅がいる場所 ― 『Asura』と呼ばれる製薬会社の若き最高責任者である。
各地を転々とし、生きる意味を見出せていなかった朱羅がとある雨の日、薄暗く不快な湿気に満ち満ちた場所に蹲り、自分が一体何処にいるのかも理解出来ず…― 否、それすらも関心がなかった朱羅は、何時間もその場に蹲っていた。
そんな時、朱羅は彼の目に留まった。
彼は、何処の人間なのかもわからない上に、伸びた髪が雨によってべったりと顔や首に張り付き、汚れ、破れた部分もあるみっとも無い姿をしていた朱羅を、何も言わず、何も聞かず、冷え切った小さく骨ばった手を優しく取り、自分の屋敷に連れ帰った。
屋敷に着くや否や、彼は使用人達に朱羅を風呂に入れるように言い、新しい服も用意させた。
家を出てからずっと放置し、伸びきっていた髪もその日のうちにカットされ、元々持っていた美しさが再び姿を現したことにより、みすぼらしい姿の少年は、使用人達が驚く程の美しい少年となった。

朱羅ににこりを微笑んだ青年は眼鏡を外し、診察台の上に座っている朱羅の前にやって来る。
「…でもまさか、生き残りが生きたまま私の元にやって来るとはね」
細い指で朱羅の顎をなぞり、目を細めながら青年は言った。
「…しかし、俺は純血種ではありません」
「まぁ、確かにそうだけど、絶滅したと言われていたその血が今も尚生き続けているという事実は素晴らしいことなんだよ、朱羅」
青年は、朱羅の細く柔らかな髪の毛を撫でながら続ける。
「君のような境遇の子はスラム街に行けば大勢いるし、今までも沢山私も見てきたけれど………何故だろうね。君は違ったんだ。一目見てわかった。君は"特別"なんだと」
「…過大評価し過ぎです…」
朱羅はぴくりとも表情を変えず、淡々とした口調で即答する。
「はは!君は本当に謙虚だね。でも、実際君は特別な存在だ。私の研究にも大いに役立ってくれるはずだよ」
楽しげにそう言いながら手元のカルテに再び目を通す彼の表情は、とても満足気だ。
「― それで、本当に朱羅はいいのかい?」
「…元々俺の行く場所なんて何処にもありません。こんな自分でも、誰かの役に立てるのなら……ほんの僅かでも人々を救える助力になれるのなら……寧ろ、恵まれた環境だと思います…」
少年の表情は、先程から全く変わることがなかった。口調もとても淡泊で生気を感じられない程だ。
「少しずつでもいい。君が、生きる意味を見付けられるよう私も努力するよ」
「…ただのモルモットに、何故貴方はそんなに気を掛けてくれるんですか……?」
朱羅はゆっくりと顔を上げ、目の前に立っている青年を見る。
「君が、ただのモルモットではないからだよ、朱羅。私にはわかる。…まぁ、私の直感だから説得力はないだろうけれど」
青年は、朱羅の頬に手を当て、彼の目をまっすぐ見つめる。
「…俺には、わかりません…」
朱羅のその答えに、青年は苦笑し、手を離す。
「何れわかる日がくるよ。それと朱羅、私のことは"瑠唯"と呼ぶように教えただろう?」
「…瑠唯社長……」
「瑠唯、でいいよ朱羅。私は君と仲良くなりたいからね」
「モルモットの俺が社長の貴方を名前で呼ぶなんておかしいです」
「……強情な子だ」
軽く嘆息し、苦笑したまま、瑠唯と名乗ったその青年は朱羅の頭を1回、ぽんっと軽く叩いた。
「理由はどうであれ、私は君を歓迎する」
「…俺には、何処にも行く場所はありませんから……」
「朱羅、何処にも行く場所がないのなら此処にいなさい」
そう言うと、瑠唯は自分の目の前にいる行き場のない少年を、優しく、暖かな笑みで見つめながら、頭をくしゃっと撫でた。

― これが 瑠唯と出会い 初めて会話を交わした時の記憶 ―

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