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今日も朝から賑やかなホーム内。
だが、今日のホーム内にあるのは賑やかさではなくざわめきだった。






 ACT.19  誰かの役に立ちたくて






「トウカがいない?」
あまり広くはなく、だが、料理器具や食材が整然と並べられたホーム内にあるキッチン。
そこで朝食の準備をしていた斎に、メンバーの1人がざわめきの原因を報告に来た。
「お部屋の隅で眠ってたりもしていないの?」
斎同様、朝食を準備していた瑪瑙は包丁を置き、手を近くにあったタオルで拭いた後、報告しに来た少年の方を見て問う。
「…いない。トイレも探したし何人かで外もちょっと見に行ったんだけどいなかったんだ…」
「トウカはいつもは誰かかしらと一緒にいるからな…」
斎の表情も曇る。
トウカと言うのは、ホーム内でも下から数えた方が早い小さな少年だ。
斎や瑪瑙や他のメンバーに少し勉強を教えて貰ってはいるが、どうも頭を使う事は苦手なようで、頭で考えるよりも先に行動するところがある。
おまけに甘えん坊で人懐こく、こんな街に住んでいるというのに人を疑う事を知らない。
そんなトウカのことを考えると、姿が見えないことにより一層不安を覚えるのも仕方がたなかった。
「瑪瑙、悪い。何人かでちょっと外探してくるから、瑪瑙は此処で待ってて」
斎は片手で着けていたエプロンを取り、近くの椅子の背凭れに掛けながら瑪瑙に言う。
「…そうだね、入れ違いになるかもしれないし、私は此処で待ってる」
一瞬表情を曇らせた瑪瑙だったが、斎の提案が1番良いと考えたのか、斎を真剣な眼差しで見つめ返した。
「それじゃあ行って来る。なぁに大丈夫だって!すぐ連れて帰るから!」
斎は瑪瑙やその場にいた仲間達の不安を掻き消すかのように明るい声と笑顔でそう言うと、何人かのメンバーを連れ、トウカを探しにホームを後にした。



*



―近い…

路地裏を少し足早に進んでいた朱羅が、探していた人物の気配を察知する。
自然と足も更に速くなる。
そして、目視での確認が出来、予測が確信へと変わった時、彼は声を掛けた。

「こんな所で何をしている?」
「わ!!」

不意に背後から声を掛けられ、身体がビクリと跳ね、間の抜けた声が路地裏に響く。
身体が跳ねた後、ゆっくりと少年は後ろを振り返る。
「…朱……羅………?」
吃驚したような、しかし何処か悔しそうなやってしまったというような…そんな色んな感情が込められた瞳が背後に立っている朱羅の名を呼ぶ。
「質問の答えになっていない」
「…え?」
尚も淡々と自分の会話を続ける朱羅に、少年は疑問符を浮かべる。
「こんな所で何をしているんだ」
「……何で朱羅、こんなに早く僕を見付けちゃうの……」
両社共に互いの問いには答えない回答を述べる。
「早朝、人目を気にして1人外を出て行こうとする者がいれば気には掛かるだろう。それにトウカは未だ幼い」
漸く朱羅はトウカの問いに答える。
「…バレてたの…?僕……」
「他のメンバーは熟睡中だったが、俺は眠りは浅いから」
「うう………。朱羅ってもしかしてニンジャかなにかなの………」
頭を軽く抱え、朱羅が自分を追って来てしまったことに対し、苦悩の表情を浮かべるトウカ。
「皆が心配することはわかっていただろう」
朱羅はトウカに少し歩み寄り、声を掛ける。
「………それはわかってたけど……でも………」
「でも?」
「…僕、馬鹿だから皆に甘えてばかりでね、そんな僕も皆の役に立ちたいってずっと思ってたの」
「………」
朱羅は黙ってトウカの言葉を待つ。
「だからね、皆が話してた何だっけ……朱羅のお知り合いの人がいるお薬作る会社…にね、僕も働けないかなって思ったの…」
「…その会社…Asuraに行こうと、朝、抜け出してきたのか…?」
朱羅の問いに、トウカはこくりと頷いた。
「斎も皆も、それに朱羅も……そのお薬屋さんには近付いちゃ駄目だって話してたけど…でも、おっきなところなんでしょ?おっきかったらお金、たくさんあるんでしょ?そこで働けたら、お金もためられるんでしょ?」
トウカは何かを訴えかけるかのように朱羅に問い掛けてくる。
「…トウカの役に立ちたいという気持ちを理解することは出来る。だが、Asuraは駄目なんだ」
「なんで!ねぇ、なんで駄目なの!!」
トウカの悲痛な叫びともとれる言葉が周囲に響き渡る。
それだけトウカの仲間達への想いが強く、真っ直ぐであることがすぐに読み取ることが出来た。
「……Asuraが行っている研究の大部分は、人体実験なんだ」
「……?じんたい、じっけん……?」
朱羅の口から出た聞き慣れぬ言葉に、トウカの頭上にはいくつもの疑問符が浮かんでいる。
「…簡単に言えば、人の身体にどんな影響が出るかまだわからない薬を、人の身体に使って実験をすることだ」
「どんな影響が出るかわからない………え、それじゃあ、もしかしたらそのお薬で死んじゃうかもしれないの…?」
「そういうことだ」
「ええ…!じゃ、じゃあそんなの駄目じゃない!」
トウカは両手で拳を握って言う。
「…だから、Asuraは駄目だと言ったんだ」
「そんなぁ………」
トウカは自分で一生懸命考えた計画がいとも簡単に頓挫し、その場に崩れる。
「駄目だとわかったら早く戻るぞ」
「……このまますぐに戻っちゃったら、僕、また1人じゃ何も出来ない駄目な子になっちゃう…」
悔しそうに、悲しそうに眉を顰めるトウカ。
「お前はまだ小さい。1人で何かを成し遂げるのは未だ先でいい」
「うう………」
甘えん坊なトウカも、本当は皆の元に戻りたい気持ちでいっぱいなのだろう。だが、幼いながらにもそれなりのプライドがあるらしく、どうしようか逡巡している。
「…あ、そう言えば…」
不意にトウカが顔を上げ、朱羅を見上げる。
「さっきの何とか……って会社、朱羅がいたとこなんだよね?」
「……ああ」
「それじゃあ…朱羅もじっけん、されてたの?」
悪気のない、ただ疑問点をぶつけられたに過ぎないその言葉が、純粋だからこそ朱羅の心に突き刺さる。

だが、実験体となっていたことが突き刺さるのではない。
きっかけは成り行きだったとは言え、それは自ら志願したこと。
Asuraで瑠唯と共に過ごした時間が、そこで起きた沢山の出来事が、朱羅にとっては忘れることが出来ないことだった。
だからこそ、未だにそれらは朱羅の心に深く突き刺さり、残っているのだ。

「…朱羅?」
いつまでも黙っている朱羅に、トウカは怪訝な顔を見せる。
「…ああ、そうだ」
「朱羅もじんたいじっけん、されてたってこと?」
「ああ、そうだ」
トウカの問いに、朱羅は素直に答える。
「じんたいじっけんって……どんなことをされるの?僕にも出来る?」
「……未だ諦めてなかったのか」
「だ、だってぇ……」
トウカは朱羅の呆れた表情を見、泣きそうな表情を見せる。
「…そんなに、皆の役に立ちたいのか?」
「当たり前だよ!」
トウカは拳を握りしめ、迷わずに、朱羅の目を真っ直ぐ見て即答する。
「それなら、尚更すぐに皆の元に帰ることだ」
「えー………」
「今だって、皆お前を必死に探してる」
「………そう……かなぁ……?」
「お前が大好きな皆は、そんな白状な人間なのか?」
「…?はくじょう?」
「…あの場所にいるメンバー達は、いなくなったお前を見捨てるような冷たい人間なのか?ということだ」
「そんなことないよ!皆すっごく優しいもん!…時々怒られるけど……でもでも!僕は皆が大好きだもん!」
トウカは朱羅に噛みつく勢いでそう反論した。
「だったら心配してるに決まってるだろう。それに、トウカも斎や瑪瑙が急にいなくなったらどう思う?」
「う………」
朱羅の指摘に、トウカは言葉が出ない。
「…トウカ。お前も皆と共にいたほうが本当は嬉しいのだろう?」
「……それはそうだよ…。僕、皆が大好きだもん……」
眉を顰め、小さな声で答えるトウカの両手は、力強く握りしめられている。
「だったら、皆の所へ戻ればいい。皆の役に立つのは、もう少し大きくなってからでも十分だ」
「……そうかなぁ……」
「…それに、大切な人や場所は、簡単に手放すものじゃない…」
「……朱羅…?」
僅かに朱羅の雰囲気が変化したことを敏感に感じ取ったトウカは小首を傾げて朱羅を見る。
「…いつ壊れるのか…失われるのか……わからないのだから…」
朱羅は、トウカでもホームでもない、何処か遠い場所を指して述べているようだった。
「………朱羅は、大切なひとをなくしちゃったの……?」
幼いながらに、聞いて良いのか悪いのか悩んだのだろう。
トウカは聞きにくそうに声を抑えながら尋ねてくる。
「………そうだな。2度、失った……」
「2回も………?!」
「ああ」
「…!」
朱羅の答えを聞いたトウカは、その場に立ち上がり、朱羅の手を強く握った。
「大丈夫だよ、朱羅!僕はずっと朱羅と一緒にいるもん!」
純粋で真っ直ぐで強いトウカの瞳が、朱羅を真正面から見つめてくる。
「………ありがとう、トウカ」
朱羅は僅かに逡巡したものの、素直に感謝の気持ちをトウカに伝える。

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