+ ACT.20  彼女との再会 ( 2/2 ) +
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「探しているのは俺か?」
「「おわ!!」」


今までの会話では耳に入っていなかった者の声が突然後方で聞こえ、大の男が声を上げて驚いてしまった。
「―ってテメエ!!」
「さっきまでお前、あの店の前にいたじゃねーか!」
ガタイのいい男と長身の男はその声の主を理解すると、目を丸くし、納得のいかない現状に苛立っているのか、声を荒げて少年―朱羅を問い質す。
「あんな視線をずっとぶつけられていたら、人ごみの中にいても気が付く」
朱羅は淡々とした口調で答える。
「テメェみてーなガキが、何キロも後ろにいた俺等の気配に気が付いただと?」
「そんな訳ないだろ。こんなガキが」
「…それじゃあ、お前達の目が節穴だったということじゃないのか」
「んだとテメェ!!」
朱羅の言葉に苛立ちを抑えきれなくなったガタイのいい男は、すぐに朱羅との距離を詰め、大きな拳で朱羅を殴ろうと1歩、脚を踏み込むが―
「がはっ…!!」
次の瞬間、男は床に叩き付けられていた。
「「なっ…!」」
眼鏡の男も長身の男も、そして床に倒れ込んだ男自身も、今、一体何が起こったのか理解出来ずにいた。
「テッ……テメェ何をした!!」
続いて長身の男が、床に倒れた男の脇に立っている朱羅に向かって拳を奮う

―が…

「がっ…!!」
今度はその男の身体が壁に叩き付けられ、その衝撃音が周囲に響き渡る。
男の膝は折れ、その場に崩れ落ちた。
「おっ……前………一体何なんだ……!」
崩れ落ちた仲間2人を横目で視野に入れつつ、唯一立っている眼鏡の男は確実に朱羅を視界に留め、瞬きもせずに警戒していた。
「……答える義務はない」
「ひっ…!」
端的な単語を発しただけの朱羅だったが、表情がぴくりとも動かず、まるで人形のように淡々と答える異様な雰囲気に、眼鏡の男の背筋は凍てつき、思わず恐怖の声を上げてしまう。
1度相手に恐怖を感じてしまうと、どんなに強がっていても、自分を奮え上がらせても、その恐怖心は簡単に拭いきれないもの。
ましてや、無意識に、本能的に感じてしまった恐怖だったら尚の事。
明らかに朱羅より大きく力のある男が2人、いとも簡単に墜ちてしまった現実が、眼鏡の男の恐怖心を増幅させていた。
「なんなんだよ……なんなんだよ……」
完全に怯え、身体が小刻みに震えてはいるが、脚も腕も首さえも、動かない。
一体何が起きたのか、視覚で確認出来た訳ではない。
それでも一瞬のうちに近くにいた仲間達は地面と壁に叩き付けられ、崩れ落ちた現実は確固たるものであり、それがまた、目の前に立つ少年の身体能力が自分達より優れていることの証明だった。
そして、男は一瞬で理解した。

―自分は 自分達は この少年には勝てない―

本能的に敗北を確信すると、眼鏡の男は保身の為、仲間を見捨て、いう事のきかない身体を何とか動かし、逃げようとするが…
「これ以上何かをしようと思わなければ、俺もこれ以上危害は加えない」
それだけ言うと、朱羅はすぐにその場を立ち去ってしまった。
「っ………はっ…はっ………」
何に対する恐怖なのかも最早わからなくなってしまっているが、眼鏡の男は朱羅が消えた後、身体の力が抜け、その場に崩れるように座り込んでしまった。
「っ………な………なんなんだよ………アイツ………」
そう呟く男の目は大きく見開かれ、呼吸も不規則に乱れていた。



*



「……いつまでそうやって眺めているつもりですか?」

朱羅は人気のない路地裏へと移動してくるとそこで足を止め、後方の人物に尋ねる。
「やはり気付いていたのね。流石だわ、御堂朱羅君」
朱羅の問い掛けに答えて来たのは、路地裏の突き当りの壁から姿を現したスーツ姿の女性だった。
「……湊さん……でしたよね」
「これは驚いた。君と会ったのはまだ君が7、8歳くらいの頃、数える程度だったのに…まさか私を覚えていてくれるだなんて」
朱羅は体の向きを変え、湊と呼んだその女性を見つめ、続ける。
「1度見聞きした人の名前や顔は忘れません」
「それは素晴らしい才能ね」
ふふ、と湊は満足気に微笑む。
「…何故、貴方が今、俺の前に現れるんですか…」
「本当に大切な場所が出来た君にとって、自分の過去を知る私はお呼びではないかしら?」
湊は両腕を軽く組みながら僅かに小首を下げ、朱羅に問う。
「俺の質問に答えて下さい」
「相変わらず利発な子。私が君の前に現れたのは、たまたま君を見掛けたからよ」
「………」
「本当よ?きっかけは本当にそれだけ。でも、初めて会った時から君は優秀な人材になるという確信があったから、君に再会した時には私の望みを叶えたいと思っていたの」
「…貴方の望み…?」
朱羅が怪訝な顔を見せる。
「そう。ねぇ君、私達の所に来ない?」
湊は朱羅を真っ直ぐ見つめ、問う。
「…突拍子のない勧誘ですね」
「私の中では随分前から考えていた事だから突拍子のない言葉ではないのだけれどね」
「………"私達の所"って………」
「君も知っているでしょう?暗殺組織"ERASE"よ」
その名前を聞いた朱羅の表情が僅かに動く。
「……家を出た後、多少は調べました。何故、そんな組織が御堂家に目を付けたのか…」
「まぁ、君にとって私達の組織は敵になるんでしょうけれど」
組んでいた腕を解き、片手を腰に当てる湊。
「………ERASEが姉さんを追い込んだのでしょう………」
湊を見据え、そう語る朱羅の表情は、容易に抱くであろうと予測のつく憎しみや怒りといった表情はうまく読み取れない。
そんな朱羅に益々興味を抱いたのか、湊はふふ、と笑みを零す。
「そうね。元々は貴重なキリス種族…それも、種族の歴史の中で最も優れていた最後の長の末裔である御堂家を、我々は研究材料として欲していたわ。でも、君のお姉さんも優秀だったからね、そう簡単に研究材料にはならないと交渉してきたの」
「…姉さんは、御堂家を立て直そうと必死だった。…そこに付け込んだのが貴方達だ」
「あの当時、君は今よりももっと幼かったのにそこまで理解していただなんて驚きね。…そう。君のお姉さんであり、最後の御堂家当主だった彼女は、自分が研究材料となる見返りに、我々に資金提供を求めて来たわ。君の言う通り、傾き始めていた…いいえ、もう、いつ崩れ落ちても可笑しくない状況の御堂家を護りたい一心で」
そう語る湊の表情からは、先程まで見せていた笑みは消えていた。
「君だけは、我々のモルモットにはしないと、彼女は話していたわ」
「………」
その言葉が、朱羅の心を揺らす。
「…と、話がずれてしまったわね」
「………」
朱羅は黙って湊を見る。
「私は今、ERASE統括部所属になっていてね、…まぁ、組織全体の運営や管理を担っている部署なのだけれど、出来る限り早く、優秀な人材が欲しいと思っていたところなの」
「…俺は未だこんな子供ですよ」
「ERASEは実力主義だから、優秀であり、実績を残せるのであれば年齢も性別も人種も関係ないわ」
「だから、まだ若い貴方も責任ある地位に就けたという訳なんですね」
「そういうこと。まぁ、実力主義と言っても、中にはまだ20代の女が統括部所属という現実を認めていない者もいるけれど、そういう相手には自分の実力を示せばいいだけ。だから君にも十分やれる」
朱羅の目を見つめ、笑みを見せる湊の瞳には、揺るぎのない信念と確信があった。
「こんな子供を1人勧誘している時間があるのなら、もっと有意義な使い方はいくらでもあるでしょう」
「"こんな子供1人"が我々の元で大いに力を奮ってくれる。そして君は何れ、組織を率いる人物になる。その確信があるからこそ、君に割く時間は惜しまない」
「…随分と買い被られたものですね、俺も…」
朱羅は視線を外し、嘆息しながらぽつりと呟く。
「…私もね、組織を護ることに必死なの。暗殺組織だから敵も多いし、いつ我々が"狩られる側"に廻ってしまうかわからない。だからこそ、1人でも多く優秀な人物が欲しいの」
そう語る湊に嘘はない。
再び湊の目を見た朱羅は、それだけは確信した。
「勿論、今すぐに答えが欲しいだなんて言わないわ」
「俺は行きません」
「あら、随分性急な回答ね?」
肩を竦め、明るい口調で彼女はそう言った。
「…貴方もあの人も………俺を過大評価し過ぎなんです。俺は、そんな優秀な人間じゃない。欠陥だらけの人間なんです」
「それは、貴方の決めることではないわ」
「……え……?」
湊の言葉に、朱羅は僅かに眉を顰め、怪訝な表情を見せる。
「自分の能力を把握し、自分なりに評価することも確かに大切よ。でも、最終的に評価を下すのは自分ではなく周囲の人間。それに、貴方は本当の貴方の実力を正確に評価出来ていない」
「………」
「それに君の場合、自分を過小評価していても、自分を卑下している訳ではない。今の自分に出来る最大限の知識や能力を使い、最大限の結果を出そうという思考が出来る。そこも魅力的な部分ね」
湊は楽しげに朱羅を語る。
「私は長年組織の中に生きてきて、常に評価される立場にいたからよくわかる。貴方は周囲の人間達を束ね、指揮出来るカリスマ性を持った貴重な人物。個としての能力の高さもさることながら、組織の上に立つ人間にとって必要な要素も持ち合わせている。だから私は君に来て欲しいの」
「………」
「ふふ。それでも貴方は"買い被り過ぎだ"と言うのでしょうね」
口元にそっと指を添え、くすりと笑う湊。
「今はどんなに頑張っても貴方を迎え入れることは出来ないだろうから、一旦は身を引くわ。貴方は頑固な子だから」
「…俺は、行きません」
「答えは急いで出すばかりが正しいとは限らないわ。あらゆる可能性を考慮し、取捨選択すべきもの。だから、"然るべきとき"がきたら、また貴方を勧誘に来るわ」
「………」
そう語ると、彼女はこの場では朱羅からあっさりと手を引き、背を向け、路地を後にした。


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