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自分は、彼女にとって『特別な存在』であると感じている。
自分でこんな事を言うと自意識過剰かとも思うが、実際彼女にそう言われたことがあるのだ。
勿論、それは嬉しかった。
彼女の力になれているのだと
彼女を護れているのだと
そう、彼女自身に伝えて貰えたから。

―でもそれは 俺にとって 素直に喜べない言葉でもあったんだ…






 ACT.21  想いと信頼






「…よし。ぐっすり眠ってるな……」
斎は、呼吸が落ち着いてきた瑪瑙を横にし、眠るように促すと彼女は安心したのか、すぐに眠りについた。
長い睫毛が影を落とし、安定した呼吸により、一定のテンポで僅かに布団が動く。

白く美しい肌と、透き通るほどに澄んだ碧色の瞳、そして、柔らかでふわりとした長い金髪。
その容姿や佇まいから、彼女が裕福な家庭で育った人間であるということは、誰もがすぐに感じ取った。
実際、彼女の立ち居振る舞いは貧困層の人間のそれとは大きく異なり、何より彼女には教養があった。
言葉遣いも、親しみやすさがあり、且つ丁寧で、汚い言葉など1度も彼女の口から聞いたことはない。

だが、このスラム街にやってきた頃の彼女は、現在の彼女とは異なっていた。

長い金髪はぐしゃりと潰れ、乱れ、絡み合っていた。
今では美しく、澄んだ瞳もくすみ、彼女本来が持つ周囲を暖かで優しい気持ちにさせ、更にはその命を輝かせるほどに煌めいた生気は全くと言って良いほど感じられなかった。
元々、こんな街にやって来る人間には大なり小なり辛い過去を抱えているもの。
真っ当な生き方をしている人間の来るべき場所ではない。
この街で情報屋紛いの仕事をしてきた斎も、そんな人間達を数多く見てきたし、自分自身も例外ではなかった。

このスラム街にやって来る者達は、良くて中流階級で育った者くらいで、それ以上の環境で育った者はおらず、大半は斎達のような孤児や貧民層の人間達がそのまま流れてきて出来ているような場所。
その為、汚れ、生気があまり感じられずとも、その容姿や上流階級で育っていたであろう雰囲気を纏う彼女がこの街にやって来た時、斎は正直、"情報屋としての好奇心"が疼いたことを、今でも覚えている。
それがきっかけで斎は、初めて実際にこの目で見る、"自分とは異なる世界"で生きてきたであろう彼女をホームに迎え入れた。
ホームのリーダーで、外見も考え方も実年齢より大人であった為、周囲の大人達からも自分達と同様、1人の大人と殆ど変わらない接し方をされてきた斎ではあったが、やはり"子供は子供"。
純粋な好奇心に心を躍らせ、年相応の一面を見せることはあったのだ。

―そう
 最初の頃は確かにそうだった

彼女を迎え入れ、一緒に生活するようになり、少しずつ彼女のことを知るようになっていった斎は、気が付けば、彼女への想いが"好奇心"から"好意"へと変化していることに気が付いてしまった。
元々彼女にあった優しさや暖かさ、純粋さ。
そして、そんな柔らかで朗らかな彼女とギャップさえも感じる程の意志の強さ、芯の強さ。
彼女のことを知る度に、斎はそんな彼女への想いを募らせるようになっていた。

「…でも、瑪瑙にとって俺は『家族』…なんだよな………」

斎は、眠る瑪瑙を優しい目で見つめながらぽつりと呟く。

素性の知れない自分を迎え入れてくれた斎は、出会った時、彼女にとって『特別な人』となった。
斎は彼女の『命の恩人』であり、『大切な家族』。
そうなった斎は、それ以下になることはないが、それ以上になることもまた、ないのだ
まだ、『家族』だけであれば可能性はあったのかもしれない。
だが、純粋で真っ直ぐな彼女の『命の恩人』となってしまった斎には、彼女から『家族』ではなく『異性』として見て貰える可能性はほぼなくなってしまったのだと、斎は既に理解していた。

―それでも 彼女と共にいられるのなら それでも良かった…

斎は、そう思っていた。



朱羅と出会うまでは



今までは、自分自身も忘れていたのだ。
このホームには、彼女にとって『家族』しかいなかったから。
だから、斎は自分の想いを1度は心の奥に仕舞い込み、彼女の望む『家族』として接し続けてきた。
―だが、朱羅がやって来て、瑪瑙の彼への接し方が少しずつ、今までのそれとは異なってきていることに斎は気付いてしまった。

「…朱羅………か………」

瑪瑙の柔らかな髪に少し触れながら斎は目を細め、呟く。

多分…"彼"を知らなければ、自分の想いは今まで通り誰にも言わず、自分の中だけに留めていただろう。
だが、あの映像を見てしまった今、少なくとも彼を知らないまま、まだ本人には自覚がないであろうが、確かに彼女の中で生まれ、膨らみ始めた彼女の彼に対する想いを、心から応援する側には廻れないと、斎はそう感じたのだ。
彼を―朱羅を敵視している訳ではないし、彼への直感的な信頼を失った訳ではない。
自分の直感には自信があったし、今までもその直感を信じてきて裏切られたことはない。
だから、朱羅と初めて出会った時に感じたそれを、斎はまだ信じている。
でも、だからこそ、先ずは彼を知り、瑪瑙が想いを寄せるに足る人物であるのか確かめたいと思った。
彼女が傷付く事は出来る限り避けたいとは思ってはいるが、それは彼女を『護る』ということにはならないし、何より彼女自身がそれを望まないであろうことはわかりきっていた。
だが、この場合の『傷付く』という言葉の意味は、彼女の"心"が傷付くということであり、彼女の"心身"…もっと端的に言えば、彼女の"命"が傷付くという意味ではない。
どんなに心が痛み、傷付き、辛くとも、彼女なら乗り越えられる。
だが、彼女の身が…命が危険に晒される可能性があるというのなら、それは全く別の話になる。

「…俺も、朱羅を心から信じたいし、瑪瑙も応援したいんだ………だから………」

そう、言葉の途中で口を噤んだ斎の目は、揺るぐことのない強固な決意で満ちていた。



*



「アイツはマジでヤバイって…!!」

情けない程に乱れた精神状態の男が暗がりの室内で喚く。
「それよかお前……その朱羅ってガキにのされた仲間を見捨てて1人逃げようとしたって聞いたぜ…?」
別の男が1人、部屋の奥で咥えていた煙草を口元から離し、床に落として何度も何度も足で潰しながら静かに問う。
「だっ………、だって仕方ないじゃないか!あのガキに殺されたら何もかも終わりだろう!」
何故こんなにもこの男はそのガキ―御堂朱羅に怯えているのか。
その場に集まっている他のメンバー達には理解しがたい姿だ。
「殺されるってお前………」
別の男が苦笑しながら言葉を発していたが…

「……否、アイツは本物だ……」

頭に包帯を巻き、顔や腕にも治療の跡が残る大柄の男―
朱羅に返り討ちにされた男が隅にある椅子に腰かけたまま、ぼやくように口を開く。

「"本物"…?」
怪訝な表情の男が問う。
「…あれは実際に感じた奴にしかわかんねーよ…。あの殺気は本物だ。…それに…」
「それに、何だよ」
「…あいつは俺等なんかよりよっぽど血に飢えた恐ろしい獣を飼ってんだよ…」
そう語ると、男は僅かに震える自分の身体を鎮める為、片手で腕を握り締める。
「あ〜あ、BHも落ちたもんだよなぁ?」
煙草を消した男が立ち上がり、怯える2人のメンバーを見下し、揶揄するようにわざと声量を上げる。
「確かに?あの斎とかいう餓鬼共は餓鬼にしてはやるのは事実だ。でもなぁ〜…そんなクソゴミ溜めにたむろってるチビ餓鬼1人に大の男が、しかも仮にもBHメンバーの男が心から怯えてるだなんてなぁ?」
朱羅への恐怖心を曝け出した男の下に、ギルヴァと呼ばれた、先程煙草の火を消した男が一歩、また一歩と距離を縮めてくる。
「…お前にはわからねぇよ…まだ、あの餓鬼と対峙したことのねぇギルヴァ、お前にはな…」
「上等じゃねーか、ああ?!」
「ぐっ…」
ギルヴァは自分に対して抗議をした怯えた男の胸倉を掴み、ギリギリと引き上げ、怒号を飛ばす。
「だったら今夜にもで見に行ってやろうじゃねーか…その餓鬼をなぁ!」



*



―状況は最悪だった…

元から頑丈で、以前の傷が完治していないとは言え、日常生活を過ごすには全くと言っていいほど支障はなかった。
だが、それはあくまで"日常生活"の範囲内での話しであり、自分達より力のある男達との闘いでは不利となる状態だ。
更に、落ち着いたとは言え、体調が万全ではなく、またいつ発作が起こるかわからない状態である瑪瑙―
彼女は気丈に振る舞い、お荷物にはなりたくないと言い、ホームの緊急避難場所として存在している小さな地下倉庫に隠れている。
だが、体調が万全の状態でも彼女を1人にすることは出来ないのだから、そんな状態の彼女であれば普段以上の"護衛"をつけねばならなかった。
ホームの中でも斎や要、そして斎達に近い年頃の少年達には闘う術はあるが、このホームには幼い少年達も少なくはなく、彼らは揃ってこの状況でも「闘う」と言い出し、迎え撃つ気満々だった。


"この状況"…
―そう、今、ホーム内には襲撃に来たBHメンバーが侵入しているのだ


「こんな状況だから1人でも多く闘わせるべきなんじゃないのか!」
「いや、でも人質なんかにとられたら状況はもっと悪化するだろ…!」
広くはないホーム内ではあったが、元からあったこの建物には部屋が多くあり、更に、少しでも心地よく過ごせるようにと斎達が増改築したこともあり、更に部屋数は増えている。
そんなホーム内の廊下にバリケードをはり、バリケードの後ろでバットや太めの木の棒を持った年長の少年達が怯えながらも自分達を奮い立たせ、今後のことを思案していた。
「とりあえず今は年少組は瑪瑙と一緒にいさせておく。…確かに人手は欲しいが、彼らにはまだ無理だ」
そう、小声で返したのは、ホーム内に張り巡らせたケーブルを伝い、各所に設置している自作の防犯カメラの映像を別端末から確認している斎だった。
「くそっ……あいつら、俺等を目の仇にしやがって…!!」
別の少年が悔しそうに拳を握り、床に叩きつける。
「勝手に自分等の縄張りとか言ってさ……僕等にだって生きる権利はあるって言うのに…」

「誰に生きる権利があるってぇ〜…?」
「「!!」」

バリケードの先から1人の男の声が響くと同時に、少年達の身体が硬直してしまう。
「てめぇらみたいに"ルール"を護れない駄目なおこちゃま共に生きる権利なんてないんだけどなぁ?」
「"ルール"だなんて聞いて呆れる」
「相変わらず可愛くねぇ餓鬼だな、斎?」
ゆっくりとその場に立ち上がった斎は、バリケードの向こうに立っている男―ギルヴァを見据えていた。
「自分達にしか有利にならないルールなんてルールじゃない」
「俺等の縄張りで何しようが俺等の勝手じゃねーか」
「そうそう。それに、俺等が昔から此処で商売してんだ。テメェ等は後からやってきた分際で生意気なんだよ!」
ギルヴァの両脇に立つBHメンバーの男2人が口を開いていた。
「でもまぁ……餓鬼共にしちゃあ対侵入者対策がしっかりしてんじゃねーか。金もねぇのによくもまぁこんな防犯カメラ、取り付けられたなぁ?」
自分の後方―廊下の天井の隅に設置されている防犯カメラを見ながらギルヴァは口を三日月に歪めながら言う。
「それに、俺等が踏み込むとわかってからのバリケードの設置や配置の付き方がやけに早かったのも褒めてやる」
「あんた達がこうやって土足で踏み込んでくるから止むを得なくてね」
斎は身構えながら答える。
「…で?まだ完治してねぇリーダーのお前が俺等の相手をしてくれるって?」
そう言うギルヴァは、腰のホルスターからゆっくりと銃を取り出し、斎達に見せ付ける。
「まぁ…別にそれでもいいんだけどよぉ……あのチビ餓鬼、さっきから見当たらねーじゃねーか」
「チビ餓鬼…?」
「なんつったっけ…なぁ?」
「朱羅ですよ、ギルヴァさん」
「あーあーそうそう。朱羅、朱羅だ」
「…何故、朱羅を探してる…」
斎はギルヴァを睨みつける。
「聞いたんだよ。朱羅って餓鬼がそれはそれは恐ろしい獣を飼ってるってなぁ」
「…"獣"…?」
斎は真っ先にあの映像の返り血で真っ赤に染まった朱羅を思い起こす。
「更に言えば、今日も俺等の仲間を可愛がってくれたって聞いたんでね、1度お手合わせ頂ければと思ってねぇ〜」
片手に持った銃をとんとんと肩に当て、辺りを見渡しながらギルヴァは言う。


「―俺に何か用か」


少年の声が廊下に響く。


「おうおう随分待たせてくれたじゃねーか、朱羅君よぉ?」
ギルヴァは脇の廊下を見つめ、そこに立っている少年の名を呼び、三日月に歪めた唇を更に歪ませながら彼の登場を喜んでいた。


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