+ ACT.22  男の意地 ( 2/2 ) +
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―まさか あんなに歯がたたなかっただなんて

男が1人、暗闇に包まれ、黴の匂いが周囲に広がる狭い室内にいた。

確かに、相手が子供だという油断はあった。
だが、あの時、その"子供"から感じた生命の危機さえ感じてしまう程の恐怖心は"異常"だ。
冷静な思考が可能となった今だからこそ、その"異常さ"が際立ち、男の疑問点となった。
まだ10代の子供から、本能的な生命の危機を感じさせるまでの恐怖心を発することなど出来るのか…?
それが最初の疑問点。
男自身、幼い頃からこんな暮らしをずっと続けてきているが故に、命のやり取りも多くあったし、九死に一生を得たことだってある。
だが、全身の機能が停止するかのようなあの感覚は、生まれて初めてだった。
今思うと、あれが恐怖心であったのか…?という疑問さえ浮上してくるほどに、あれは"異常"だったのだ。

「アジト内がまるで葬式会場のようだね」

突然、別の男の声が響く。

「…何の用だ…瑠唯社長さんよ……」
「ふふ。その様子だと、朱羅の返り討ちにあってしまったようだね、ギルヴァ」
真っ白なコートを身に纏った姿で気付かぬうちに室内に入って来ていた男―瑠唯は、真っ白なコートを纏い、長く美しい銀糸を僅かに揺らし、にこりと微笑んだ。
「はっ…。馬鹿にしに来たのか?社長ってのは暇な仕事なんだな」
ギルヴァはそんな瑠唯に悪態をつく。
「君達が斎君達のホームに襲撃したと聞いてね、丁度休憩時間だったから様子を見に来たんだよ」
「…いい趣味してんじゃねーか」
「それはどうも。…それで、どうだったかな?朱羅の腕前は」
瑠唯は軽く腕を組み、ギルヴァに問う。
「……テメェはあいつを研究してたんだろ?それなのに俺に聞くのか?」
「だからこそ尋ねているんだよ、彼に相対した君に」
「………あいつは一体何なんだ…?意味がわかんねぇ…」
「随分と曖昧でわかりにくい感想だね」
瑠唯は軽く肩を上げてそう言った。
「ただの餓鬼があんな殺気……じゃねーな……あれはなんなんだ………わかんねぇけど!…アレはただの餓鬼じゃねぇ…」
「流石にそれは感じ取れたみたいだね」
「…いちいち癇に障る奴だな…テメェは………」
ギルヴァは自分を見下すかのような、馬鹿にするかのような言動に対し、低く唸る。
「君は、"キリス種族"という戦闘民族を知っているかい?」
瑠唯の耳にかかっていた銀糸がさらりと落ちる。
「あ?それってもう絶滅した種族だろ」
「君も知っているんだね。そう、その種族の血を引いているのが彼―御堂朱羅なんだ」
「血を引いてる…だと?」
ギルヴァは怪訝な表情をする。
「そう。純血種ではないけれど、彼の一族―御堂家は、キリス種族最後の長の血と人間の血を宿した混血種なんだ」
「キリス種族って……ほんの1、2か月で当時の大陸の半分近くを占領したって話の獰猛な種族だろ?んなのお伽噺じゃねーのかよ」
「私も始めは信じてはいなかったけれどね。私の研究機関で調査を進めた結果、彼の中には確かにキリス種族の血が流れていた。それは曲げようのない事実」
「…で、あいつの異常さはそこからきてるってか?」
「私はそう考えているよ。彼の戦闘能力や彼を纏う空気は通常のそれとは異なるからね。獣のように人々を惨殺していた種族の血を引いているのだから、君達が本能的に絶対的な敗北を感じたのも頷ける」
「…んなこと、俺は一言も言ってねぇぞ」
ギルヴァは瑠唯の言葉に異議を唱える。
「君を見ていれば一目瞭然じゃないか。此処にくる途中で少し見てきたけれど、君の仲間達も恐怖に怯えていたようだったし」
「………」
「…でも、私なら君達の力になれると思うよ?」
トーンの上がった瑠唯の声が、それまで周囲を漂っていた辛気臭さを消し去る。
「力になる…だと?」
ギルヴァも瑠唯のその提案に、多少なりとも興味を持ったようだ。
「そう。今のままの君達では、朱羅には敵わない。それは私が言わずとも君達自身が身を以て理解していると思う」
「………」
「自分の敗北を素直に認めるところは評価に値するね」
「…テメェに評価されても嬉しかねーよ」
「でも、君達に朱羅に勝る戦闘技術を覚えさせるにはいくら時間があっても難しいだろう。だから…」
瑠唯はそこで言葉を一旦区切ると、コートのポケットから小さな小瓶のような物を取り出し、ギルヴァに見せる。
「まだ実験段階ではあるけれど、この薬は服用した対象の身体能力を引き上げる事が出来るんだ」
「…要するに、俺等にモルモットになれってことか?」
「私達からすればそうなるが、君達にだって利点はあるだろう?」
「その薬が、本当に俺等を強くさせると言う証拠がないだろうが」
ギルヴァは瑠唯を睨みつける。

「―だったら、俺が実験体になる」

「…アルトゥル」
ギルヴァは扉を開け、自分と瑠唯が話し合っている中に入ってきた眼鏡の男―アルトゥルの名を呼ぶ。
「おや、君は理解が早いね」
瑠唯は突然会話に入って来たアルトゥルを歓迎する。
「…俺は、仲間を見捨てて逃げようとした腰抜けだからな…。自分のその汚点を払拭したい」
「…いい度胸じゃねーか。この薬を飲んで、どうなるかなんてわからねぇんだぞ」
「確かにそうだ。…でも、コイツが利用出来るものは容赦なく利用することを知ってる。…だから、まだ問題があるにせよ、能力を向上させる効果はあると思う。……そうだろ、社長さんよ…」
「私は君達と"いい関係"を築きたいと思ってるんだ。意図した効果が全く見られないような薬を、そんな君達で試そうだなんて思っていないよ。モルモットだって数は多くとも無限ではないのだからね」
瑠唯はアルトゥルに笑顔で答える。
「………テメェ自身が決めることだ。俺がとやかく言うことじゃねぇ。勝手にしろ」
「わかってる。俺が俺の責任でモルモットになるさ」
アルトゥルは自分から視線を外すギルヴァを真っ直ぐ見つめ、答える。
「BHにも度胸の据わっている人物がいたんだね」
「度胸なんて据わってない。だから俺はあの餓鬼から逃げようとしたんだ」
「まぁ、経緯なんて私にとってはどうでもいいことだ。ほら―」
瑠唯はアルトゥルの言葉を受け流すと同時に、手に持っていた小瓶を彼に投げ渡す。
アルトゥルはそれを受け取ると、親指と人差し指で小瓶を持ち、軽く天井に翳す。
中に入っているのは、若干碧色をした透明な液体だ。
「…こんな少ない量で、本当に強くなれるのかよ……」
アルトゥルは思わず本音を漏らす。
「最初はもっと量が必要だったのだけれどね。私の所で飼っているモルモット達が命を懸けて実験体になってくれたお蔭でここまで量を少なくすることが出来たんだ。少量で最大の効果が出せるのが1番だからね」
「はっ。自分以外の人間を駒としか思ってねぇテメェが"命を懸けて実験体になってくれたお蔭"だと?笑わせるな」
「君は昔からよく私に突っかかってくるね。もしかして私に好意でも持っているのかな?」
くすりと瑠唯は目を細め、笑みを浮かべる。
「…テメェみたいな奴は、それはもう人生が楽しくて仕方ねぇんだろうな」
ギルヴァは呆れかえった様子で吐き捨てる。
「人生は1度きりだからね。愉しまなければ損というものだよ?…それでアルトゥル。その薬だけれど、服用して直ぐに効果が最大になる訳ではなく、遅行性の方が高いからそのつもりで」
「…どのくらいで効果がでるんだ?持続時間は?」
「そうだね、今までの実験結果を見ると、平均で効果が出始めるのは服用してから約30分後、継続時間は30〜40分というところかな」「飲むタイミングも考えないと駄目ってことか…」
アルトゥルは薬を見つめ、呟く。
「ああ…それと、その薬を服用した結果を知りたいんだ。だから、私の妹を君に付けたいと思うけれど、いいかい?」
「……問題ない」
「良かった。他にも何か質問があれば彼女に聞いてくれればいい」
瑠唯はそう言うと、ギルヴァ達に背を向け、ドアノブを掴む。
「それでは検討を祈っているよ」
そうして、瑠唯は部屋を後にした。
「………」
「昔から思ってたが、テメェは本当に救いようのねぇ大馬鹿野郎だな」
扉が閉まると同時に、ギルヴァのそんな言葉が室内に低く響く。
「そんなこと、ギルヴァに言われなくてもわかってる。でも、馬鹿には馬鹿なりの男の意地ってのがあるんだ」
「どうなっても俺は知らねぇぞ」
「ああ、わかってる」
ギルヴァの悪態にそう答えたアルトゥルは、静かに薬品を見つめていた。


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