+ ACT.23  告白 ( 1/2 ) +
ACT.22 << Story Top >> Next


― 万が一の時には、俺を殺してほしい ―

そう言う彼の瞳には 曇りひとつなかった






 ACT.23  告白






「…って朱羅、大丈夫か…?」
「……ん………」

―思考が働かない

「―朱羅、おい、朱羅ってば」

最近は感じる事のなかった酷い眠気。
それが今、斎に自分の事を話そうと彼の部屋にやって来た朱羅を襲っていた。

襲撃を受けた3日後、一時的な箇所もあるがホーム内の修理が済み、やっと落ち着きを取り戻し始めた頃。
斎はあの時の続きを聞きたいと朱羅に申し出、朱羅も素直にそれを受け入れた。
そしてその日の昼食を終えた後、朱羅は斎と共に彼の部屋にやって来たのだが…
「体調が悪いなら別な日にしていいから…」
「………」
目の前に立つ斎の声は確かに耳には届いているのだが、自分の思考回路が遮断されているかのような感覚を覚える朱羅。
思考が停止しているだけでなく、口を開くことさえも億劫に感じるほど身体機能も大部分が停止しているようだった。

「…っておい!」
「―っ………」

最後に覚えているのは、身体が斜めに傾く感覚と、斎の慌てる声とほぼ同時に感じた、自分の身体への軽い衝撃だった―





―何をしているの………?

初めに感じたのは鼻につく鉄臭さ。
その次に、聞き覚えのある声…

―………姉さん………?

その単語が耳に響いた瞬間、視界が一気に鮮明になる。


此処は彼が昔住んでいた屋敷の一室。
屋敷に古くからある調度品が綺麗に並んでいる"彼女"の部屋だった。
「なん、でっ………」
瞳から滴が零れ落ちると同時に、彼は鼻をつく鉄臭さの原因となっているもの―大切な人へと駆け寄る。
「何故って……。だって朱羅?"ソレ"が貴方を惑わそうとしていたのよ?」
真っ赤に染まったナイフを手に持つ彼女は瞬きひとつせず、"ソレ"と呼んだものを見下しながら答える。
「アイリアさんは僕を惑わそうだなんてしてません!」
彼は瞳に涙を溜め、自分の前に立つ彼女を見上げ、叫ぶ。
「何を言っているの、朱羅。ソレが私の可愛い朱羅を惑わし、私からあなたを奪おうとするから。だから、私はそれを阻止しただけなのよ?」
彼女はナイフ同様、返り血で黒に染まった紺色のドレスを身に纏い、彼女の血を浴びたその顔で優しげに微笑んだ。
「アイリアさんはっ………僕、の……相談に乗ってくれていただけなのに………!」
彼はもう動くことのない、動くことの出来ない彼女の手を握り、声を震わせる。
「ソレは使用人のくせに主である私の可愛い可愛い朱羅を狙っていたの。酷い女………」
そう、吐き捨てるように、しかし淡々と語る彼女がアイリアの屍を見下す目は酷く凍てつき、紅色に染まり切っていた。
「…でもね、朱羅。1番悪いのはあなたよ?」
そう話す彼女は、彼の前にゆっくりと歩み寄り、膝を折ると、アイリアの血が付いたナイフを放り投げ、血で染まった両手で彼の頬に触れた。
「…あなたが、私以外の人間に興味を示すから…」
「っ………」
彼の背筋に酷い悪寒が走る。
「……あなたが、彼女を殺したようなものなのよ?朱羅…」
そう、朱羅の耳元で囁いた後、彼女は目を細め、動けなくなった彼の唇に深く深く口付けた―





「朱羅!」
「―っ…」
朱羅の身体がビクリと震えた。
「目が覚めたか?ったく吃驚するだろ…!」
上方から最近聞き慣れたような声が響く。
「……ぃ、つき………」
ぼんやりと霞んでいた視界が少しずつ鮮明になり、朱羅は自分の真上に見える斎の顔を視界に入れる。
「なんかすっげー眠そうにしててヤバイと思ったら案の定、いきなり倒れたから吃驚したんだぞ」
「………」
朱羅は、ゆっくりと記憶を辿る。
そして、ついさっきまで現実だと思っていた光景が、自分がまだ生家にいた頃の記憶だったことに気が付く。
「………済まない………」
朱羅はゆっくりと起き上がる。
「いいって、無理すんな。俺の簡易ベッドでも良ければ寝てろよ」
斎はそう言うと、"簡易ベッド"と呼んだ、痛んではいるけれどよく繕われている大きめのソファーで上体を起こす朱羅の肩にそっと触れる。
「………」
朱羅は無言のまま、自分の肩に添えられた斎の手を見つめる。
「…朱羅?」
斎はそんな朱羅を見て、小首を傾げる。
「………暖かい………」
「って、朱羅っ………」
斎は驚き、思わず硬直してしまう。
自分の手を見つめていた朱羅が、その手に軽く擦り寄って来たからだった。
「………生きてる………」
「……朱羅…?」
斎は朱羅の小さな呟きを聞き、硬直させていた身体を解く。
「………斎は………生きてる………」
そう呟く朱羅の表情は、悲しみの色を乗せていた。
「…ああ、生きてる。俺もお前も、瑪瑙も皆も。ちゃんと生きてる」
斎は無意識に、自然に、朱羅を抱き寄せる。
そして朱羅もまた、それを嫌がらず、素直に受け入れていた。
「……………」
無言のままだったが、朱羅は自分を抱きしめる斎に擦り寄るように頬を寄せてきた。
「何だよ朱羅、甘えん坊の猫みたいだなぁ〜お前」
何だか少し照れくささも感じるが、朱羅が自分に身を任せ、甘えて来てくれていることが何より嬉しい斎は、優しく朱羅の頭を撫でる。
「………少し、怖い夢を見た………」
「怖い夢…?」
「……いや、夢じゃない………。俺の中に残る………多分………本当は忘れたいと思っている記憶………」
朱羅は斎の服を握り締める。
「……朱羅……」
第一印象は"一匹狼"。
誰にも心を許さず、例え多少なりとも心を許したとしても、甘えるどころか自分のことを全く話すことなどないと思っていた朱羅が今、自分を頼り、朱羅自身のことを話そうと決め、自分の元にやって来てくれている。
だが、それが嬉しいと感じると同時に、今まで感じてきた朱羅の重く、辛い過去の記憶を思い起こさせ、心に深く刻み込まれているであろう傷を再び抉らせてしまうということに、斎の心境は複雑だった。
「…本当に大丈夫か?体調も万全じゃないみたいだし…」
そう斎が問うと、朱羅は斎の腕を解き、少しだけ距離を置いた。
「…体調が悪い訳ではないんだ。…ただ、強い眠気に襲われているだけ…」
「眠気…。そう言えば此処に来た頃も凄く眠そうにしてたな。最近はなかったけど」
「…斎は『キリス種族』と呼ばれる種族を知ってるか?」
「キリス種族…?ああ、身体能力が異様に高い戦闘民族ってやつだろ?」
「…そうだな。そう言われている」
「でもその種族、あまりに多くの人達を殺したからって、キリス種族討伐組織か何かが結成されて絶滅させられたんだよな?」
「ああ…。だが、その種族の最後の長は人間の女性を愛し、一緒になった」
「一緒になったって………つまり、キリス種族と人間の混血種が生れたってことか?」
斎は小首を傾げる。
「…呑み込みが早いな」
朱羅は思わず感心する。
「まぁ、これでも情報屋紛いのことを稼業にしてるんでね」
斎は肩を竦めて答える。
「―で、もしかしてその祖先が朱羅………ってことなのか?」
「…ああ」
「………やっぱり。つーか、それでちょっと納得した」
斎は朱羅を見つめる。
「納得…?」
「なんかさ…お前からは俺達とは違う"匂い"がしてたんだよ。なんつーか…野性的な何か…っつーのか異様さ……っつーのか……上手く表現出来ないけど、なんかそんな感じの。その答えがずっとわからなくてさ、ちょっとモヤモヤしていたんだけど、今の話を聞いて納得した」
「……そうか」
「それに、朱羅の身体能力も、BHの連中に見せた恐ろしいまでに静かで冷徹な殺気も、同年代の子供のものとは到底思えないからな」
「………」
朱羅は無言のまま、視線を僅かに落とす。

[ ↑ ]

ACT.22 << Story Top >> Next