+ ACT.24  特別な存在 ( 2/2 ) +
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真っ白な室内は強化ガラスによって2つの個室に分けられ、前方の部屋にはモニターが上下に6台ずつ並べられていた。
上段のモニターには、ガラス越しにいるモルモットの実際の様子が映し出され、下段にはモルモットの心拍数やアドレナリンの変動値等と言った、彼の身体情報を視覚化したグラフやパラメータが表示されている。
「薬を摂取してまだ5分も経ってはいませんが、徐々に心拍数、アドレナリン量も共に上昇していますね」
「現段階では躁性興奮の数値に近いですが、"彼"のように自我を保ちながらの行動は難しいかと…」
白衣を着た研究員達は機械音と共に変化しつつあるモルモットの様態を、自分達の後方に立っている管理者に端的に述べる。
「感情と行動がリンクし、理性の利かない状態も問題だが、それらが分離し、無意味で不可解な行動を取られるのも面倒だね」
両腕を組み、彼女は淡々と答える。
「どちらにせよ、彼と同様、興奮状態に遷移し、細胞の変化と共にリミッターが解除され、能力も変動するかと…」
「"どちらに"変動するかはわからないけれどね」
彼女が目を僅かに細めた瞬間、正面からの衝撃音と共に、先程まで室内に響いていた音とは異なるキーが高く、間隔も狭い機械音が鳴り響く。
「っ…駄目です…!今回も失敗です…!」
「細胞の変化による興奮状態からリミッター解除までの遷移時間がほぼなく、No.88のネクローシスが止まりません…!」
「つまり、急激な細胞の変化により、本来必要な細胞の変化の時間がない状態でリミッターが解除されてしまったこのモルモットは、もう使えないというとか」
「そっ…そういうことになる………かと………」
「何故、そんなに慌てる必要がある?アレがどんなに暴れようとも、アレは"彼"ではないんだ。君達を殺せるような能力は持ち合わせてはいないよ」
「でっ……ですがっ……」
研究員達が怯えるのも仕方ない。
目の前にいるモルモットはDNAレベルでの急激な細胞変化が原因で、生来持ち合わせている本来の姿を維持する能力が低下し続けている。そして、更なる外的刺激によって併発されたネクローシスにより、人間の姿を維持する事が出来ない状態で細胞、及び組織がその機能を停止し、一部の部位が徐々に異形へと化したまま硬化されている。
いくら強度が証明されている特注の強化ガラスとは言え、目の前にいる大柄で異形な"化物"が、細胞単位で全身に走る激痛によって目の前で苦しみもがき、固く握り締めた拳をガラスにぶつけている姿を見れば、普通の人間であれば恐怖心を覚えることは至極当然な反応であり、正常な反応なのだ。
その後、室内に鳴り響いた単調で一定の機械音が、モルモットの生命活動の停止を知らせ、室内に静寂が満ちる。
防衛本能の働いた研究員達は室内の後方に移動していたが、彼女だけはモルモットが暴れまわる中、一言も言葉を発さないまま前方に脚を進めていた。
そして、自分を殺そうとしているかのように、彼女に怒号のようなけたたましい雄叫びをあげながら拳をガラスに打ちつけ続け、その拳がその衝撃によって崩れ落ちようとも、その命尽きるまでモルモットは彼女の目から視線を外すことはなかった。
「―やはりそう簡単はいかないか」
身体の部位が所々崩れ落ちた元モルモットを見下した彼女は、そう呟いた。
「で、ですが、こっ………今回の実験、は………」
「ああ、そうだね。私が投与量を少々増やしてみた結果がこの様。君達に非はないよ」
長い銀色の髪を靡かせながら振り返る彼女はそう答える。
「い、いえっ……我々はそんなことを危惧している訳では………」
白衣の片方が彼女から視線を外しながら言う。
「薬の性能も次第に改善してきているからね、ちょっと試してみたかったのだけれど…やはり性急だったようだ。モルモット1体を無駄にしてしまって申し訳ない」
「い、いえ、とんでもないです…!瑠架様がわざわざこうして脚を運んでくださるだなんて光栄なことですから…!」
「私にまで媚び諂うことはないよ。君達は余計なことは考えず、研究を第一に考えていれば良いのだから」
コツコツとヒール音を響かせ、瑠架は研究員達に歩み寄る。
「―それにしても、やはり朱羅は"特別"だったということを、研究を進めれば進めるほど実感する」
「元々この薬も、彼を元に作り始めたものですからね…」
「君達にとっても、朱羅は貴重で惜しい研究対象だろう?」
「そっ……それは………」
「兄さんの"最愛の想い人"を研究対象―モルモットと認めることには抵抗があるかな?」
「………」
優しく微笑む瑠架だったが、彼女から問われた内容を前に、研究員達は口を噤んでしまった。
「ああ、済まない。不要な質問をしてしまったね」
瑠架はそんな研究員達の反応を見、自分の言動に対して謝罪の言葉を述べる。
「…さて、問題はBHのモルモットに使用する薬の濃度や使用量をどう見定めるか…だね」
「そ、そうですね」
「ただのモルモットとは言え、暴力的で攻撃的な組織に属している以上、ただの浮浪者よりは肉体もしっかりしているからね」
「事前の彼の生態検査でも、基準値以上の結果が出ています」
「ほう。我々が思っていたよりもあの組織は使えるのかもしれないね」
顎に軽く手を沿えた瑠架は研究員の言葉を聞き、感想を述べる。
「3日後には彼に薬を投与する約束だからね。それまでに彼用の薬を完成させよう」
「了解しました」
それだけ告げると、瑠架は銀糸を靡かせながら研究室を後にした。


+ ACT.24  特別な存在 +  Fin ...

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