+ ACT.25  前に進む為に そして 強くなる為に ( 2/3 ) +
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*

皆が寝静まった夜更け―
朱羅は1人、出窓のテーブル板に腰を下ろしていた。
「……………」
眉を顰め、朱羅はその場に立ち上がり、皆を起こさぬよう静かに部屋を後にした。

「―あれ、朱羅君」
「…瑪瑙…」

部屋を出ると、偶然瑪瑙と出くわした。
「こんな時間に……何処かに行くの?」
「…いや。少し外の空気を吸おうと思っただけだ」
「それなら私も一緒に行ってもいい?」
「早く寝た方がいいんじゃないか?」
「でも………私も眠れなくて……」
瑪瑙はぎゅっと、自分のポンチョを握り締める。
「…風邪を引かないよう、短い間だけだからな」
「…うん…!」
瑪瑙が、安心したような嬉しそうな、しかし何処か切なげな笑顔でそう返事をすると、朱羅の隣に並んでホームの外に出る。

厚い雲が空を覆い、昼間でも周囲は暗いが、夜間は更にその深さを増す。
そんな夜空の下、朱羅と瑪瑙はホームの庭先(…と言っても、洗濯物を何枚か干せる程度の空間だ)に置かれた古びたブロックに腰を下ろす。
「朱羅君は、相変わらず眠りが浅いの…?」
瑪瑙は隣に座る朱羅を見て問い掛けてくる。
「ああ」
「深く眠った事はあるの?」
「……どうだろうな。もっと幼い頃にはあったんじゃないか」
「………朱羅君は、1人でこんな所にいるという事は………おうちで何か……あったの…?」
瑪瑙は聞きずらそうな、しかし以前から聞いてみたいと思っていた事を、朱羅の様子を伺いながら尋ねてくる。
「此処にいる者は皆そうだろう。瑪瑙、君も同様に」
「………そう、だね………」
瑪瑙は表情を曇らせながら僅かに微笑む。
「………」
「……………」
少しの間、沈黙が周囲を包み込むが、その沈黙は瑪瑙によって破られる。
「………朱羅君は、聞かないんだね……私の事」
「瑪瑙が話さないという事は、話したくない事なのだろう」
朱羅はすぐに答える。
「………朱羅君は………私に興味がないのかな………」
「―ん…?何か言ったか?」
「ううん、何でもない。朱羅君らしい答えだなと思って………」
そう答える瑪瑙は、すぐに朱羅から視線を外し、身体を小さくした。
「…俺は話を聞く事しか出来ないが、それでも瑪瑙の心の支えが少しでも和らぐのなら、いつでも話を聞く」
「っ………」
瑪瑙は翡翠色の大きな目を丸くし、顔を上げると朱羅を見る。
「今すぐにだなんて言うつもりもないし、強要も勿論しない。だた、俺も瑪瑙には話を聞いてもらっているから」
自分を見つめる瑪瑙の瞳を、朱羅もまた真っ直ぐに見つめる。
「朱羅君………」
「………それに、何故だろう………」
「…朱羅君……?」
瑪瑙は途中で言葉を切る朱羅を、小首を傾げながら見つめる。
「………瑪瑙には、本当の俺の事も………知っておいて欲しいと……そう思っているようなんだ………」
「…本当の……朱羅君………?」
「でも今はいい。今は瑪瑙を優先したい」
朱羅は俯いていた顔を上げ、瑪瑙を再び見つめる。
「…朱羅君は、今、私に話さなくても………辛くないの…?」
「俺はもう、瑪瑙に助けてもらっているから問題ない。それに、斎には既に話してあるから」
「斎君に……?」
「斎は此処のリーダーで、少々入れ込んだ事情もあるから…先ずは斎に話しておこうと思ったんだ」
「……そっか………」
「……瑪瑙?」
朱羅は、朱羅のその言葉を聞いた後、顔を俯け、両手を握りしめる瑪瑙を見て疑問符を浮かべる。
「……………朱羅君は、昔、大切な恋人がいた人がその恋人を失った後、もし、別の人のことが気になり始めたとしたら…………その人の事、どう思う…?」
少しの沈黙の後、瑪瑙は視線を上げないまま、1人呟くように朱羅に問う。
「………」
朱羅は瑪瑙を少し見つめ、その問いに答える。
「俺は、罪悪感を感じる必要はないと思う」
「…っ………」
朱羅のその答えに、瑪瑙は僅かに身体を揺らす。
「その恋人がどんな人物であったとしても、いつまでも過去に囚われている必要はない。俺は、そう思う………そう、思えるようになった。瑪瑙や、斎達のお蔭で」
「朱羅君………」
瑪瑙は顔を上げ、切なげな表情で朱羅を見る。
「昔の俺なら……こんな事は言えなかった。俺自身がいつまでも過去の事に罪悪感を感じ、過去に問われて続けている人間だったから。でも、今は少し変わったんだ」
朱羅は瑪瑙から視線を外し、厚い雲が覆う空を見上げ、続ける。
「…勿論、自分の犯した罪は忘れられないし、忘れてはいけない。だが、だからと言っていつまでも前進しないのは愚者のする事だ」
「………」
瑪瑙は、黙ったまま朱羅の言葉に耳を傾け続ける。
「だから瑪瑙も、その恋人の事を無理に忘れる必要はない。だが、瑪瑙の恋人だったその人は、きっと心から瑪瑙の幸せを願っている」
「―っ………」
瑪瑙の目が、丸くなる。
「瑪瑙のような真っ直ぐで純粋で強い人の恋人が、瑪瑙の幸せを心から願えないような人じゃない」
「っ………」
瑪瑙の瞳から、滴が零れ落ちる。
そして―

「だから瑪瑙は、幸せになっていいんだ。その恋人はきっと、瑪瑙の幸せを願ってるから」

朱羅のその言葉は、今の瑪瑙にとって求めていた言葉であると同時に、彼女が無意識に避けていた言葉でもあった―

「―ふっ……………っく………」
「………」
俯き、肩を揺らし、零れ落ち続ける涙を拭う瑪瑙を、朱羅は優しく抱きしめる。
「……ゆっくりでいいんだ…瑪瑙。ゆっくり向き合って行けばいい………」
優しい朱羅のその言葉は、瑪瑙の心に深く深く刻み込まれた。

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