+ ACT.25  前に進む為に そして 強くなる為に ( 3/3 ) +
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*

 この人となら幸せになれる…
 ううん
 この人となら 例え辛い事があっても苦しい事があっても
 一緒に乗り越えられる



 そう 思っていたのに………



葉月瑪瑙は、裕福な資産家の一人娘として生を受けた。
家族想いで慈愛に満ちたは両親の元、一心な愛情を受けて育った瑪瑙は、両親の愛情溢れる性格と芯の強さを受け継ぎ、周囲からも愛される少女へと成長した。

そんな葉月家と古き時代から親密な関係にあったのが『萩埜家』。
葉月家同様、由緒正しき名家である萩埜家の次期当主と決まっていたのが萩埜御崎―瑪瑙の許婚だった。
許婚とは言っても、瑪瑙と御崎、双方の両親は共に恋愛結婚で結ばれた関係であった為、2人に恋愛感情がなければ許婚の関係は解消し、2人が自分自身の意思で決めた人と結ばれることを望んでいた。
だが、許婚の関係を知らされないまま幼き頃から共に育った2人は自然と惹かれ合い、恋愛感情を抱く関係となっていた。
互いに想い合い、尊敬し合い、共に成長し、共に一生を添い遂げようと10代の頃から決めていた瑪瑙と御崎を慕い、応援する者は大勢いた。

―だが、ある日突然、その幸せの日々が奪われてしまう―

両親が交通事故に遭い、この世から―瑪瑙の前から消えてしまったのだ

葉月家の資産を狙った者による計画的な犯行ではないかと当時は騒がれもしたが、瑪瑙にとってはどうでも良い事だった。
一瞬にして、自分を心から愛し、ずっと傍にいてくれた優しく強い両親が、ある日突然いなくなってしまったのだから。

交通事故で両親が亡くなったと知った日、瑪瑙は泣く事が出来なかった。
突然襲われた不幸に、突然叩き付けられた現実に、瑪瑙は現実味を感じていなかったからだ。
だが、両親の葬儀を終えて屋敷に戻って来た後、リビングを始めとした屋敷内に両親の匂いや面影が残ってはいるものの、両親の姿はどこにもなかった。
親戚や使用人達のすすり泣く声が静かに響き、暖房が効いているはずなのに芯から冷えるような寒さを感じた。
その寒さが彼女の心を凍てつかせたことにより、今まで自分が見て、感じてきた暖かく、優しかった世界が色を失うと同時に、それまで感じられなかった"現実"が一気にその色を帯び、鮮明になったその日、瑪瑙は一晩中泣き続けた。
目が腫れ、声も枯れ、ボロボロになった彼女だったが、傍にはずっと恋人の御崎がいた。
瑪瑙の両親と学生時代から親交のあった御崎の両親もまた、瑪瑙が落ち着いた後、"自分達の家で一緒に暮らして欲しい"と、そう申し出てくれた。
その言葉に甘えてもいいのかと、瑪瑙は悩んだ。
だが、御崎や御崎の両親、そして御崎家の使用人達は瑪瑙を説得し続け、彼女は御崎家で生活する事を決めた。

両親の死後、本来であれば屋敷内の私物は全て撤去され、国の管理物となるはずだった歴史的建造物である葉月家の屋敷も、御崎の両親の働きかけにより瑪瑙達の過ごしていたそのままの姿で、国の文化財として認定されることとなった。
今までの様に自由な出入りは難しくはなってしまったが、そのままの姿で保管・管理されることに、瑪瑙は少なからず嬉しさを感じていた。
そして、使用人としてこれからも瑪瑙や葉月家に仕えたいと申し出た葉月家の使用人達も、御崎の両親の働きかけや意向により、萩埜家の使用人として働くことを認められると共に、葉月家の管理者として葉月家に残って職を続けることも許された。
自分達の実の家族の様に、瑪瑙だけではなく葉月家自身を護ろうと働きかけてくれた御崎の両親達は、何度も繰り返し礼を言い、頭を下げる瑪瑙に対し、笑顔で"瑪瑙や葉月家は私達の家族だから"と笑顔で答えた。

そんな御崎の両親達に育てられてきた御崎もまた、両親達以上に瑪瑙を想い、これまで以上に彼女の支えになっていった。
彼女の傍にいて支え続けるだけではなく、時に適度な距離を取り、成長しようと前に進む彼女を黙って見守ることや、彼女に厳しい言葉を掛けることもあった。
瑪瑙はそんな御崎の本当の優しさを真っ直ぐに受け止め、感謝し、彼に対する尊敬の念も更に強まり、そして彼への愛しさもそれ以上に増していった。
そうして御崎と瑪瑙がひとつ屋根の下で暮らし始めたことで、2人の絆はより強く、深いものへと発展していった。
共に暮らし始めて1年と半年程経った頃には、2人の結婚式の日取りが決まるまでに至り、瑪瑙達自身は勿論、本人達以上に御崎の両親や使用人達は歓喜した。

―だがそんな時、更なる不幸が瑪瑙を襲った………

強盗犯が萩埜家に侵入し、御崎の両親や使用人達を殺害する事件が起こったのだ。

丁度、瑪瑙の両親が事故死した2年後のことだった。
その時期は萩埜の両親と御崎、瑪瑙も4人で旅行へと出掛けていた為、それに合わせて使用人達の殆どが休暇を取っており、屋敷内も普段より静かな頃だった。
そしてその日は丁度、4人が旅行先から戻り、屋敷に帰ってきた日だった。
屋敷の人手も少なく、4人が心地よい疲労感を感じていたその夜、瑪瑙と御崎が自室で旅行の余韻に浸っていた頃刻、突然1階から「逃げろ!」という御崎の父親の叫び声が屋敷内に響き渡った。
異様な空気が屋敷内を包み込んでいながらも屋敷の異変を示す警戒音は鳴らず、ただ、人々の悲鳴が響き渡っていた。
危険な匂いを感じ取り、2年前の辛く苦しい記憶が蘇った瑪瑙は青褪め、身体を震わせながらも自分を引き取ってくれ、第2の両親と慕っていた御崎の両親の元へ駆けつけようと、言う事を聞かない身体を何とか動かしたが、直ぐに御崎に止められた。
「君は今すぐ逃げろ」と、彼は彼女の両肩を強く握り、真剣な眼差しで瑪瑙に伝えた。
混乱し、御崎のその言葉を聞き入れられない瑪瑙を何とか落ち着け、御崎は今いる自室のベランダに設置されている、屋敷の外に通じる外梯子から彼女を下ろし、こう言った―


  …瑪瑙
  君はもう 僕のことを忘れるんだ


その言葉が、御崎の最期の言葉だった



*



いつ辿り着いたのかも
どうやって此処まで連れてこられたのかも
瑪瑙にはわからなかった

気が付いた時に瑪瑙は、病院のベッドの上で横になっていた



「………その時私ね……1か月くらいはショックで今までの記憶が断片的にしかなくて……………私の両親と御崎の両親、そして…御崎の事を、私は綺麗に忘れていたの………」
瑪瑙はベッドの上に腰を掛け、両手を握り、静かな声で言葉を紡いだ。
そんな瑪瑙の前で椅子に腰を掛け、話を聞いていたのは朱羅。
瑪瑙の身体が冷えてはいけないと、朱羅は落ち着いた瑪瑙に自室に戻り、眠ることを勧めた。だが、瑪瑙は朱羅に話したいと言い、自室へと迎え入れ、自分の過去の事を、恋人の事を話していた。
「…御崎の両親達は勿論……御崎自身もとても優しく、強い人だったの………。だから、最期に自分の事を忘れろって………」
握り締めた瑪瑙の両手に力が籠る。
「だからこそ、瑪瑙がいつまでも自分や過去に囚われ、苦しみ続ける事を、御崎さんは望んではいなかったんだろう」
朱羅は優しく語り掛ける。
「御崎とは生まれた頃からずっと一緒だったから………御崎が何を望んでいるのか、それは頭ではわかってるの………。朱羅君の言う通り、御崎はきっと私の幸せを願ってくれてる。だから、私が御崎の分まで幸せになる事が、御崎自身の願いなんだって………―でもっ………」
瑪瑙の頬に、滴が伝い、そして落ちる。
「………やっぱり、遺された………生かされた私だけが幸せになるなんてっ………そんな事、私には出来ないっ………」
「………瑪瑙………」
泣きながら、言葉を詰まらせながら語る瑪瑙はまるで、少し前までの自分自身を見ているかのように朱羅の瞳に映っていた。

大切な存在だったはずの姉を手にかけ、家を、自分の責任を投げ捨て、逃げ出した自分。
そんな自分の所為で、狂気に晒された兄が両親や使用人達を皆殺しにしたと後に知った時、朱羅は自分の犯した罪の重さを改めて知ってしまったのだ。

そして家を出た後、自分の中で次第に大きくなり、支配力を増してきていた"もう1人の自分"をどうして良いかわからずにいた彼に手を差し伸べてくれた瑠唯。
彼は良き理解者"だった"…。
自分の事を心から心配し、"貴重なモルモット"としてではなく、1人の"人間"として認め、接し、愛してくれた。
―それなのに、自分はまた、そんな瑠唯を―大切な人を、変えてしまった………

今までに自分が犯してきた罪を悔い、自分には幸せになる資格などないと思い続けていた朱羅。
だが、そんな朱羅を瑪瑙や斎、ホームの皆が少しずつ変えてくれたのだ。
そして朱羅は気が付いた。
自分の罪を悔い、罪悪感を感じ、自分の所為だと責め続ける事自体が"逃避"なのだと。
自分を責める事は簡単な事であり、1番楽な事なのだという事も。

「すぐに自分を許せなんて言わないし、そんな事は言えない」
朱羅は瑪瑙の肩を抱き、続ける。
「でも、瑪瑙は優しく、そして強い。だから、いつかきっと乗り越えられる」
「っ………」
その言葉を聞いた瑪瑙は顔を上げ、涙が溢れる瞳で朱羅を見つめる。
「だから、焦る必要はないんだ」
「―っ………!」
自分の頭を撫でながら目を細め、優しく微笑む朱羅。
そんな彼を見た瑪瑙は、考えるより先に朱羅の胸へと飛び込んでいた。
「っ………朱羅、君っ………私、私っ……………!」
朱羅の服を両手で握り、泣き続ける瑪瑙と、そんな彼女を優しく、そして力強く抱きしめる朱羅。
「…俺を1番にこんな風に変えてくれたのは瑪瑙、君なんだ。だから俺も力になりたい」
「っ………朱羅君っ………」
顔を上げ、瑪瑙は溢れる涙を零しながら朱羅を見つめる。
「…瑪瑙………また、辛い想いをさせてしまって済まない。でも、話してくれてありがとう」
「―っ………」
朱羅は優しくそう語り掛けると、瑪瑙の額にキスを落とし、そのまま力強く抱きしめた。
「………朱羅君っ……………」
自分を包み込む朱羅の匂いと彼の体温、そして重なり合う心音を感じ、瑪瑙は自然に心が安らぐのを感じ取っていた。


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