+ ACT.26  日増しに募る想い ( 1/2 ) +
ACT.25 << Story Top >> Next


その日は何故か眠れなくて、目がずっと冴えていた。
そうすると、思い出したくない過去が鮮明になり、恐ろしくなり、更に眠れなくなってしまった。
体温も下がり、肌寒ささえ感じる。

もう真夜中で、起きている人はいないだろう...
でも、部屋で1人でいるのが怖くて、耐え切れなくなって部屋を出た。

すると、廊下には朱羅が立っていた。





 ACT.26  日増しに募る想い






目が覚めると、心地良い生活音が耳に入ってくる。
食欲を誘う朝食の香りも鼻を擽り、久し振りに気持ちよく目を覚ますことが出来た。
上体を起こし、何となく周囲を見渡すが、やはり朱羅の姿はそこにはなかった。

瑪瑙は服を着替え、軽く髪を梳かすと部屋を後にした。

「おはよう瑪瑙!」
「瑪瑙、おはよー!」
「おはよう、皆」
部屋を出ると、廊下の掃除をしている少年達数人が笑顔で瑪瑙に挨拶をしてくる。
いつもの光景だが、瑪瑙にとっては幸せを感じる時でもあった。
少年達に笑顔で挨拶を返し、そして尋ねる。
「―ねぇ、朱羅君を見なかった?」
「朱羅?朱羅なら洗濯物干してるよー」
「そっか、ありがとう」
「いいってことよー!」
瑪瑙は朱羅の所在を教えてくれた少年に礼を伝えると、小走りでホームの外にある小さな庭に向かう。
「朱羅君、おはよう」
外に出て洗濯物を干す朱羅を見つけると、瑪瑙は両手を前で軽く組み、笑顔で挨拶をする。
「おはよう、瑪瑙」
朱羅はシャツを1枚干し終えると、瑪瑙の方を見て挨拶を返す。
「よく眠れたか?」
「うん。朱羅君が…いてくれたから……」
瑪瑙は視線を下げ、少々頬に熱が篭るのを感じる。
「それなら良かった」
そう答えると、朱羅は残った洗濯物を干し始める。
「あ、私も手伝うね」
瑪瑙は洗濯籠からタオルを何枚か手に取り、腕に掛けると、慣れた手つきでタオルを干していく。
「…朱羅君、昨日は本当にありがとう」
ぽつりと、瑪瑙は呟くように礼を言う。
「感謝されるような事ではないが……瑪瑙の重荷が少しでも軽くなったのなら良かった」
「…それに、私が眠れるまで傍で手を握ってくれててありがとう……」
瑪瑙はそう言いながら隣の朱羅をちらっと横目で見るが、すぐに視線を戻した。
「役に立てて良かった」
朱羅は一言、そう答える。
「…朱羅君は、やっぱりとても優しいひとなんだね…」
にこりと朱羅に微笑みかけながら瑪瑙は呟く。
「優しくなんてなっ―…」
そんな彼女にいつもの答えを返そうとした朱羅だったが、身体の異変を感じ、言葉を詰まらせてしまう。
―どくんっ…と心音が大きく鳴り響き、体中が急に火照り出し、呼吸も乱れ始める。
「はっ……ぁ、っ………」
「朱、朱羅君っ……!」
瑪瑙は突然身体を小さくし、その場に蹲る朱羅に駆け寄り、背中を擦る。
「朱羅君、朱羅君……!」
朱羅の急激な様態の変化に、瑪瑙は焦りを覚えるが…
「っ……い、じょうぶだっ………」
顔を何とか上げ、瑪瑙にそう答えると、朱羅は身体に鞭を打ち、その場から1人離れた。
「ちょっ…朱羅君、何処行くの!私もっ…」
飛び出した朱羅を追い掛けようと朱羅を追ったが、そこにはもう、朱羅の姿は見当たらなかった。



*



「はっ……はっ……………―っ………」
人気のない路地裏で、汚れた壁に背を付け、ポケットから取り出した小さなケースから薬を1錠取り出すと、朱羅は勢いよくそれを飲み込んだ。
「んっ……………はっ………はっ………はぁっ………」
胸の辺りを強く握り締め、全身の火照りや乱れた呼吸が落ち着くのを静かに待つ。
そうやっているうちに少しずつ体調が落ち着いてきたことを確認すると、朱羅はゆっくりと、服の上から自分の秘所にそっと触れる。
「―っ………」
触れた箇所は極僅かではあるが湿気を含んでおり、朱羅は思わず顔を顰めた。

性欲が人間以上に強いキリス種族の血を継ぐ朱羅には、"定期的な性処理"が必要だった。
それを知る前までは、各地を転々としている時、こちらから誘わずとも周囲の人間達がそういった事を目的に朱羅に近寄ってきた為、例え本人が望まずとも、性欲を処理することは出来ていた。
そして瑠唯や瑠架と出会った後は、2人に処理されていた。
瑠唯との行為は、始めこそ"朱羅の生命活動維持の一環"としての目的のみだったが、瑠唯に愛された後は"愛情表現のひとつ"としての目的へと変わっていた。
―だが、瑠唯と決別した後、処理は朱羅1人でしなくてはならなくなった。
幼い頃から実姉・実兄に性的虐待を受け、家を出た後もずっと処理され続けてきた朱羅自身による自分を慰める行為は、自分の中に蓄積されたそれを満たすまでには至っておらず、朱羅の全てを理解していた瑠唯によって、Asuraを出る時に受け取った薬で性欲を鎮め、誤魔化してきた。
元々、後々Asuraへ戻すと考えていた瑠唯から手渡されたその薬の数は決して多くはなく、当然、この辺りで手に入るようなものではなかった。その為、Asuraを出てからは限界を感じた時にのみ服用するようにしていた。
しかし、戦いの中に身を置くことでその血を滾らせ、細胞を更に活性化させることで自身の能力を上昇させるというキリス種族特有の生態が、BHとの対峙という戦いの場に身を投じている朱羅の血を滾らせ、キリス種族である彼の中に在る性欲を今までよりも増幅させているようで、薬の服用頻度は少しずつ増加傾向にあった。
自分で自慰行為が出来れば問題はないのかもしれないが、幼少期の兄による性的虐待により、朱羅の身体は自分1人ではイくことの出来ない身体にされてしまっている為、それは難しい事だった。
本当に無理なのかどうか今までも何度か試してはみたが、先入観をなんとか拭ってみても、やはり1人では己を満たすことは出来なかった。

「その薬、私が君に届けてあげても構わないよ」
「―っ…!」

突如、頭上から聞き慣れた声が響く。
「………瑠架さん………」
頭上の廃屋ビルの非常階段から飛び、静かに地上に脚を着ける瑠架。
美しく細い銀糸が靡き、静かに落ちる黒のボディスーツにその色を一際輝かせる。
「……今の話は、どういう意味ですか」
朱羅は自分との距離を縮めてくる瑠架に警戒しながら問う。
「その言葉の通りだよ。君の性欲を抑制するその薬を、定期的に君に届けてあげるという単純な話さ」
「見返りは、何ですか」
「流石は朱羅。よくわかっているね」
瑠架は僅かに微笑む。
「君の血が欲しいんだよ、朱羅」
「………俺の血…?」
「そう。今、ちょっとした研究を進めているのだけれど、今後のことを考えると研究の要である君の血の量が少々心許無くしまってね。だから、君の血とこの薬を等価交換、という条件はどうかな?」
そう言いながら、瑠架は腰に付けた小さなポーチから朱羅が持っている薬の入った透明のケースを出し、見せる。
「大丈夫。私なら此処で直ぐに採血出来るから、"採血の為にAsuraに来い"だなんて言わないよ」
「…本当に、それだけですか?」
朱羅は尚も警戒心を解かない。
「…何だい朱羅。それは私を誘っているのかな?」
くすりと微笑み、舌なめずりをし、目を細めて朱羅の身体を嘗め回すかのように見つめる瑠架。
「………わかりました」
そう言うと、朱羅は腕を捲り、瑠架に差し出す。
「物分りの早い子は好きだよ」
瑠架は朱羅に近付き、ポーチから採血セットを取り出すと、朱羅をその場に座らせ、慣れた手つきで採血の準備を始める。
「君の血は研究所に保管はしてあるし、ある程度の純度で培養も可能だけれど、それでもやはり完璧ではないし、オリジナルの、しかも生きた君から採取する血液は別格だからね。助かるよ」
「………」
瑠架の手にある透明の注射器の中に流れ込む自分自身の血を、黙って見つめる朱羅。
「丁度君も盛っていた頃合だったし、多少血を抜いた方が君の為にもなるだろう」
「………」
瑠架の悪びれないその言葉に、朱羅は注射器から視線を外し、瑠架を見る。
「ああ、済まない。言葉が悪かったね。………と、よし。こんなところだろう」
欲しい量の血を確認した瑠架は針を抜き、止血テープを朱羅の腕に貼ると、採取した血を小さな銀のケースに入れ、鍵を閉める。
「ありがとう、朱羅。ほら、約束の薬だ」
瑠架は朱羅に約束の薬を渡す。
「………ありがとうございます」
朱羅は薬を受け取ると、直ぐにケースの中に補充した。
「―私はてっきり、少しは躊躇すると思ったんだけれどね」
「…え?」
朱羅は突然の問いに疑問符を浮かべる。
「"君の"血液を使って研究をしていると私は言ったのに、君はすぐにYESと返答した。我々の研究内容がどういうものなのかを理解している君なら、自分の血の提供を拒むか、若しくは躊躇くらいはすると思っていたのだけれど………」
朱羅を見つめる瑠架の目が、細くなる。
「…ふふ。君の中の迷いが、どうやら払拭されたようだね」
「………俺は、生きると決めたんです」
朱羅の瞳に光が差し込む。
「君の命が生き永らえる為に、今までどれだけの人間の命が失われたのか、それを知っていても尚、君は自分を生かすと決めたと?」
「はい」
瑠架の目を真っ直ぐ見つめて答える朱羅のその瞳には、曇りひとつなかった。
「………それは、実に興味深い変化だね」
瑠架はその答えを聞くと顎に手を沿え、軽く腕を組む姿勢を取る。
「そういう生き方…私は好きだよ。人間が苦しみもがきながらも生きようとする姿は見ていて面白いし、もがこうともせず、死を受け入れた人間なんて観察するに値しないからね」
瑠架はそう言うと、朱羅の頬に手を添える。
「…いいね、朱羅。益々君に興味が沸いた」
「………」
朱羅は動揺せず、静かに瑠架を見上げる。
「やはり君は面白い。興味深い。これからも応援しているよ、朱羅」
にこりと微笑み、瑠架は朱羅の頬にキスをすると朱羅に背を向け、その場から離れるが、何かを思い出したのか「あ」と短い単語を発し、再び振り返る。
「そんな君にひとつ、助言を与えておこうか」
「……助言…?」
朱羅は唐突な瑠架の言葉に訝しげなを見せる。
「君もわかってはいるだろうけれど…あまり時間がないよ、朱羅。今のうちにしておきたいことや話しておきたいこと…それらを出来る限り消化していた方がいい」
「………」
「君にならこの言葉の意味がわかるだろう?私は君の味方ではないけれど、だからと言って敵でもない。そんな私の言葉をどう取るかは君次第」
ふっ…と微笑み、言葉を残すと、瑠架は静かにその場を去って行った。

[ ↑ ]

ACT.25 << Story Top >> Next