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目の前に立つ彼には、以前の彼の雰囲気は殆ど感じられなかった...






 ACT.27  互いに告げる想い






腕から滴る血が地面に落ちる。
ぽたぽたと落ちるその血は、水溜りのようにその面積を少しずつ広げていく。

「朱羅君…!!」

少女の叫びが周囲に響く。
少女は今の自分の身を案じ、呼びかけてくれているのだが、今はそちらに視線を向ける事に意識が働かない。
自分の中に眠る獣の本能が、目の前の男から視線を外すことを許さないからだ。

「………瑪瑙は、中に隠れていろ………」

傷付き、流血している腕を押さえ、朱羅は静かに告げる。
「でもっ……!」
「いいから中に入っていろ」
「―っ…」
普段と変わりないその冷静で曇りひとつない静かな声を、今のこの状況下で耳にした少女―瑪瑙は、少し、違和感のような…本能からくる一種の恐怖心にも似た…そんな印象を受ける。
「―斎達が戻ってくるまで俺がこの男の相手をする。中にいる皆にも、決して外には出るなと伝えて欲しい」
朱羅は、それまで目の前の男にしか向けていなかった視線を瑪瑙に向け、彼女の目を真っ直ぐ見ながら伝えた。
その言葉に、その瞳に、瑪瑙は自分の知っている朱羅がそこにいるのだと感じ、安堵する。
「………わかった………。でも、絶対に…絶対に、無茶はしないで。………絶対に………」
「―俺は、君の前から消えたりしない」
「―っ………」
過去のトラウマを思い出し、身体を小さく震わせていた瑪瑙に、朱羅は表情を僅かに綻ばせ、そう伝える。
「………うん………!」
瑪瑙は瞳に溜めた涙を拭い、ホームの中へと戻って行った。

「………貴方は、本当にアルトゥルさんなんですか?」

朱羅は、静かに問うた。



斎や要が、同時に外の用事を片付けにホームを離れることは滅多にないことであり、稀な事だった。
だが、Asuraの支社が出来たことで少しずつ生活の質が向上している中、最近になってスラム街の中で組織された総会と呼ばれる会合に、ホームのリーダーである斎は出席しなければならなかった。
その為、本来斎が行く予定だった次の仕事の依頼主の所には、副リーダーの要が出向かなければならなくなってしまったのだ。
それにより、いつの間にか周囲からリーダー・副リーダー補佐の地位を確立されていた朱羅は、ホームの留守を任された。
補佐と言っても、ホームの子供達は小さいながらも上の者が下の者の面倒をよく見ているし、下の者も大概は上の者の言う事も聞く為、これと言って特別な役割はなかった。
今日の役割分担を決め、仕事を始め、朱羅も仕事をこなしつつ瑪瑙に話すことを頭の中で整理していたそんな時、突然、男が1人ホームを訪れた。
その男は以前にもホームを襲撃したBHメンバーの1人―アルトゥル。
ホーム内には一気に緊張が走り、朱羅は直ぐに子供達をホームの奥に避難させ、男が黙って立っているホームの外へと脚を進めると同時に周囲の気配を読み、アルトゥルの仲間の数の数えるが、周囲にはその気配はなく、この場にいるのはアルトゥル1人だけのようだった。
「何の用ですか」
いつまでも黙って朱羅を見つめるアルトゥルに、朱羅は静かに問う。
「………君で………試してみろと言われたから………」
ぽつりと小さな声でそう応えたアルトゥルは、気が付けば瞬きをしていなかった。
以前に会った時には感じなかった彼の異様な雰囲気に、朱羅は身構える。
すると次の瞬間―
「―っ!」
確かに目の前に立っていたアルトゥルの姿が一瞬にして消えていた。
朱羅はすぐに気配を呼んでその場を飛び退けたが、男の気配は背後に在った。
「くっ…!」
気配は感じ取ったが、自分のすぐ後ろに瞬時に移動していた彼には対応し切れず、朱羅は身体を捻らせ、身体の向きをアルトゥルの方に向けつつ、右腕で頭部をガードした。
その瞬間、腕が切りつけられ、痛みが走る。
「―っ……!」
朱羅は切りつけられると同時に男の腹部を蹴り飛ばし、間合いを取った。
腹部を蹴り飛ばした筈のその男は、間合いを取った後も、痛みを感じる様子も、息切れする様子も見せず、朱羅の血が付いたナイフを手に持ち、黙って朱羅を見つめていた。
「朱羅君…!!」
ホームの中に避難させた筈の瑪瑙が、そこに立っていた。



「……そうだよ。俺はアルトゥルだ………」
瑪瑙をホームに返した後、問い掛けた朱羅に、彼は静かに答えた。
「そうには見えませんが」
「昔の俺は……死んだから。お前が生意気に抵抗するから………だから俺は死んだんだ。死ぬしかなかったんだ………」
ブツブツと独り言を呟くようにアルトゥルは言う。
「………Asuraの実験体になったんですね………」
朱羅は、アルトゥルの言動を見て、一目で分かった。
以前いたAsuraでよく見ていたモルモットのそれと、酷似していたからだ。
「ああ、そうさ………。俺……に、も………男の意地ってもんがあるからなっ―」
「―っ!」
動体視力に優れた朱羅にも、殆どと言って良いほど予備動作が見えなかった。
頭よりも身体の方が直感的にアルトゥルの行動を感じ取っていた為、最初の一切りを避けることは出来たが、朱羅の防御動作を読んだ瞬間、彼は脚の1本を軸にし、朱羅の頭部目掛けて回し蹴りを喰らわせようと動いていた。
その攻撃を両腕で防御した朱羅だったが、想像以上のパワーに華奢な朱羅の身体はその場から吹き飛ばされ、背後の廃屋に衝突してしまった。
「ガッ……!」
背中から全身に走るその痛みに、朱羅は声を上げる。
脆い廃屋の壁も朱羅の衝突による衝撃により、ガラガラとその場に破片が崩れ落ち、その破片は背中を打った衝撃でその場に座り込む朱羅の上に落ち、更に鈍痛が走る。
「………お前は、モルモットとしても、そしてキリス種族としても俺の先輩なんだよな………」
「ッ…!」
"キリス種族"という単語に反応を示して顔を上げると、アルトゥルが静かに歩み寄って来ていた。
「俺をこんな風にしてくれた薬………お前の血…や、細胞から生まれたんだ………」
「ぐぁっ…!」
男のナイフが、朱羅の左肩に突き刺さる。
「…お前はいいよなぁ………生まれた時からこんなつえー力…持ってんだからなぁ………」
「がっ……あ、っ………」
肩に突き刺さるナイフを、アルトゥルはグリグリと捻り回し、朱羅に更なる痛みを与える。
「お前みたい…な、やつにはさ………きっと、俺みてーなよえー人間の気持ちな…んて、きっとわかんねぇんだろうなぁ………。…だからさ、おれ、思ったんだ………」
「ぁ、っ……はっ……はぁっ………」
呼吸を整えながら、自分の肩に刺さるナイフに手を伸ばし、アルトゥルの行為を止めようとした朱羅だったが―

「―っ……!!」
朱羅の右首筋に激痛が走る。

「ああ…ッ…!」
その痛みが走ると同時に状況を確認しようとする朱羅の目には、彼の歯が自分の首筋に食い込んでいる姿が映っていた。
朱羅の首筋に噛み付き、歯を更に食い込ませるアルトゥルは、朱羅の右肩に突き刺さったナイフにも手を掛け、左右に螺旋回し、更なる苦痛を与えていた。
「―ぁ、ッ……くぅっ………」
そんな中でも朱羅は、アルトゥルを引き剥がそうと動くが、彼の予想以上の力の前には華奢な朱羅の力は及ばず、身動きを取る事が出来なかった。
そうしているうちにアルトゥルは突き刺さった歯を離し、朱羅の首筋から流れ出る血を、舐め取り始めた。
「―ッ…!だ、めだっ………止めろ……!」
その行動に、朱羅は声を荒げた。
舌で朱羅の血を舐め取るアルトゥルは朱羅の言葉も抵抗も無視し、今度は傷口に唇を押し当て、血を直に飲み始めた。
「やっ………めろ!」
朱羅は両手に渾身の力を込め、アルトゥルを少しだけだが引き剥がすことに成功すると、間髪入れずに両脚で彼を蹴り飛ばした。
痛みを堪え、朱羅はすぐにナイフを抜き取り、壁に体重を預けながらその場に立ち上がる。
「ん………」
蹴り飛ばされたアルトゥルは朱羅の抵抗を特に気にする事なく、口に含んでいた朱羅の血をごくりと飲み込んだ。
「…はァ……………。………おまえのチ………すっげーウマいな………」
この時、初めてアルトゥルの表情に変化があった。
口の両端を三日月形に歪め、朱羅を妖艶な笑みで見つめ、そう言ったのだ。
「っ………自分の…やったことを、理解して……いるのか………」
噛み付かれた箇所を押さえ、朱羅は眉を顰めて彼に問う。
「……あア………わカって、ル……さ………」

― このままでは…

朱羅は出血と吸血により意識が揺らぎ始め、朱羅は危機感を覚える。
自分の命の危機ではなく、自分自身が"血"に飲み込まれることに対する危機…
だが、朱羅はそれを感じると同時に、それ以上に、アルトゥルの危機を感じていた。
「あのクスり………オ前のちとほかのせいブんのわリあ、い……がタイセつなんだっていって……た、かラな………」
自分の口の周りに付いている朱羅の血を手の甲で拭い、そのまま舌で舐めとるアルトゥル。
「つまリ………オまえのちをもっとトれば……おレはもっと強くなレ―」
「ッ………」
突如起きた身体のビクつきの後、アルトゥルの動きが止まる。
すると、彼の身体がガタガタと震え始め、明らかな彼の体の変調を表していた。
「ガッ………ああアアあああアアアああああアああア………!!」
痙攣にも近いその身体の震えは次第に酷くなり、口からは涎が溢れ出し、眼球も充血し始めた。
「だから駄目だと―…ッ」
朱羅がアルトゥルの元へ駆け寄ろうとした瞬間、朱羅よりも早くその行動を取った者が姿を見せた。
「ッ………瑠架さん………」
普段通りの黒のボディスーツに身を包んだ瑠架が、朱羅の背後に立っている廃屋の屋上から飛び、アルトゥルの近くに着地した。
「全く。不完全体である君が完全体であり、オリジナルである朱羅の血を大量に摂取してはいけないだろう」
瑠架は呆れたように淡々とそう語ると、腰のポーチから透明な筒の中に薄紫色の液体が入った器具を取り出し、アルトゥルの首に打ち込んだ。
「―ガッ…………アアああアアあああ………」
すると、次第にアルトゥルの痙攣は治まったが、意識を失ったのか、彼はその場に倒れこんだ。
「まぁ……自分の親のような存在であるオリジナルの血に惹かれるのも、わからないでもないけれど」
自分の足元で気を失っているアルトゥルを見下ろしながら呟く瑠架は、すぐに朱羅に視線を向ける。
「怪我は大丈夫かい?朱羅」
ヒールの音を響かせ、瑠架は朱羅に歩み寄るが、朱羅は直ぐに身構える。
「…瑠架さんが差し向けたのですか……彼を…」
「私はきっかけを与えただけだよ。その後、君の元へ向かったのは彼自身の意思。さぁ、怪我を見せて」
「止めて下さい。止血ぐらい自分で出来ます」
肩を押さえ、傷口を自分の目の前にいる瑠架に見せまいとする朱羅。
瑠架はそんな朱羅を見て、嘆息する。
「君のホームの"貴重な"応急セットでも使うつもりなのかい、朱羅」
「っ………」
彼女のその言葉に、朱羅の眉間に皺が寄る。
「…だろう?だったら私に見せなさい。そのままだと君が、"消えてしまうよ"…?」
「……………」
朱羅は無言のまま肩から手を外し、彼女の傷口を見せる。
「ああ…思っていたより思い切り噛み付いたようだね、アレは。ほら、そこに腰掛けて」
瑠架に言われるがまま、朱羅は大人しく近くの崩れた廃屋の破片のひとつに腰を掛ける。
朱羅の服を軽く裂き、朱羅の傷口を確認すると、瑠架は一旦少しその場を離れ、スーツケースのようなものを手に持ち、戻って来た。
「肩の怪我も後で見るけれど、先ずはこちらからだ」
再度首筋の怪我を確認した瑠架はそう言うとケースを開け、消毒液や包帯等を取り出し、手際よく手当てを始めた。
その間、朱羅はただ黙り込み、動かずにいた。
「君は痛覚も少々鈍いとは言え、この傷でよく普通に立っていられたね」
「……………」
「まぁ、君は痛みにはとても強いからね。…だからこそ、痛みに歪んだ君の表情は美しく、そそるのだけれど…」
「―ッ……」
瑠架は噛まれた跡を治療しつつ、空いた片手で朱羅の傷口を強く握り締め、朱羅の反応を窺う。
「…相変わらず、朱羅は可愛いな」
「痛ぅッ………」
手当てを止め、肩の傷を指で抉るようにしながら、瑠架は朱羅の噛まれた跡を舐め始める。
「や、めッ………」
朱羅は瑠架のその行為を止めさせようと動くが、動くと肩の傷を深く抉られ、その痛みによって抵抗の邪魔をされてしまう。
「―大丈夫だよ、朱羅。私も君の血を少しずつ摂取していたから、ある程度の免疫はある………」
朱羅の血を堪能するように何度も舐め、時には血を吸い、飲む。
「アレも役には立ったね。お陰で普段よりも濃度の高い君の血を堪能出来た…」
そう言うと瑠架は朱羅の首筋から離れ、指で口周りに付いた血を拭い、それを舐める。
「さて、これで手当ての代金は受け取ったし、さっさと手当てを済ませよう」
「………」
朱羅は瑠架に向ける視線を凍てつかせる。
「朱羅。そんな怖い顔を彼女にも向けるつもりかい?」
「………―!」
瑠架に言われ、その時初めて朱羅は気が付いた。
朱羅の視線の先―ホームの玄関より少し進んだ所で、彼女が―瑪瑙が立ち、こちらを見ていた。
「瑪瑙っ………」
「全てではないけれど、私が君に行った行為を彼女は見ていたようだ。…さて、彼女には私と君の関係や、先程の行為の意味を、どうとるんだろうね」
「っ………」
興味深げな視線を朱羅と、自分の背後に立っている瑪瑙に向けると、瑠架は手当てを完了させる。
「君の治癒力があればこれで大丈夫だろう。それじゃあ朱羅、幸運を祈る」
スーツを閉め、それだけ言うと瑠架はその場に立ち上がり、ポーチから小さな端末を取り出すと端末に付いているボタンを押す。
「ああ、私だ。No.2253の回収を頼む。その際、他の者には一切手を出さないよう頼むよ」
瑠架は端末に向かってそう命令すると、短い機械音の後、通信は終了した。
「アレの回収は我々の方で行うから気にしなくて良い。早く彼女を安心させてあげたらどうだい?」
フッと笑みを見せて言うと、彼女はその場から去って行った。

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