+ ACT.29  彼を変える"贈物" ( 2/2 ) +
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「それでは最終確認ですが、この提案で進めて構いませんね?」
1人の男性―昴は、操作し終えた端末を相手の方に向け、そこに表示されている内容の最終確認を求める。
「ええ。構いません。それで進めて下さい」
昴に差し出された端末をチラッとだけ見ると、昴のクライアントは背凭れに寄り掛かる。
「―今日はご機嫌が悪いようですね、瑠唯さん」
昴の隣に腰を掛け、テーブルを挟んだ向かいにいる瑠唯にそう言葉を掛けたのは湊だった。
彼女は、僅かに目を細めながら瑠唯を見つめ続ける。
「最近仕事が忙しくて疲れが溜まってきているようでね…」
ふっと、瑠唯は肩を竦め、湊に笑い掛けながら答える。
「そうですか。やはりこのように大きな企業の代表ともなると、その業務の多忙さは私達の比ではないのでしょうね。―ああ、そう言えば…」
そこで一旦言葉を区切ると、湊を纏う空気が変わる―
「此処に、あの"キリス種族"の血を宿した生きるサンプルがいると耳にしましたが」
自分が突然切り出した話題に、瑠唯の表情が変わったことを確認すると、彼女は続けた。
「―ああ、間違えました。サンプルが"いる"のではなく、"いた"の間違いでしたね」
にこりと湊は自分の間違いを訂正する。
「キリス種族って…」
初耳だったのか、相棒である昴も彼女の話に食い付く。
「そう。我々の組織が全滅させたとばかり考えていた、あの戦闘民族―キリス。その血を受け継ぐ家系の最後の当主…になるはずだった1人の少年が、つい最近まで此処にいたのよ。そうですよね?瑠唯さん」
湊は、昴に向けていた視線を前方の瑠唯に向け、問う。
「…何故、そんな話をするのですか?」
「あら。ちょっとした世間話ではありませんか。仕事とは言え、相手のことをよく知るのにこういう過程は大切だと私は考えますが?」
「……………」
瑠唯は黙って湊を見つめる。
「御堂朱羅…と言いましたね、そのサンプルの名は」
「…朱羅をサンプルと呼ぶな………」
普段は穏やかな雰囲気の笑みを見せるばかりだった彼が僅かに、そして一瞬だったが眉を顰め、怒りの感情を露にしたのを、彼女は見逃さなかった。
「ええ、そうですね。失礼しました。彼は1人の人間であり、サンプルではないですからね」
「………」
瑠唯は表情を変えずに湊をまっすぐに見つめ、彼女の本意を探っているようだった。
「ああ。湊がまだ若かった頃、護衛として付いて行ってたあの御堂家か。そう言えば御堂家の始祖はキリス種族最後の長だったな」
「ええ。私が御堂家に足を運んでいた時期は、丁度御堂家が完全に没落する時代だったわ。その時に出逢ったのが、その朱羅君なの」「へぇ。まさかお前と瑠唯さんの共通の知り合いがいたなんてな」
「実はこの間、久し振りに朱羅君に再会したの。私が初めて出逢った時は理知的で大人びていながらも笑顔がとても可愛い子だったのに、数年振りに再会した彼は、そんな幼少時代の彼とは違っていてね。少し吃驚したわ」
「………貴方は、朱羅の幼い頃を知っていると………?」
今まで口を閉ざしていた瑠唯は彼女の話を聞き、口を開く。
「ええ。貴方の知らない頃のあの子を知る数少ない存在ですから、私は」
「―っ………」
拳を握り、眉を顰めて自分を見つめる瑠唯の姿に、湊は確かな感触を感じていた。
「でも、朱羅は何故此処を出て行ったのですか?」
「………さて、何故でしょうね………」
彼女の質問に瑠唯は顔を俯け、低い声で答える。
「彼と偶然再会して、御堂家を出た後の彼のことを調べていたのですが…」
「……………何ですか…」
言葉が途中で消え、そのまま彼女が言葉を続けない為、瑠唯が顔を上げると、湊はこちらを見据えていた。
「―貴方と彼は、特別な関係にあったとか…」
「…え、特別な関係って………」
湊の言葉に、昴は怪訝な表情を見せていたが…
「貴方には、関係のないことでしょう」
殺気にも似た空気が一瞬にして3人がいる応接間全体に広がり、肌がピリピリと感じるほどだった。
「…瑠唯さん…?」
温厚で常に余裕を見せていた彼が見せる初めての表情に、昴は驚いた表情を見せながら彼の名を呼ぶ。
「あら。ご機嫌を損ねてしまったようで申し訳ありません。彼のことを貴方も知っていると聞いてちょっとお話してみたかったのですが」
「…彼のことを1番よく知っているのは私です」
トーンの低い声でそう静かに答える瑠唯からは、明らかに普段の彼からは感じられない余裕のなさや昂った感情が漏れ始めていた。
「私が知っているのは彼の幼少期だけですから、その頃より成長した彼をよく知る貴方の話に興味があっただけなのですが………、どうやら瑠唯さんはそのお話はしたくないようですね。それなら残念ですが諦めるしかありませんね」
そう言うと、湊は脇に避けておいたカップを手に取り、紅茶を口にする。
「…私はこの後、別の仕事があるのでお2人は帰って頂けますか?」
「―あ、申し訳ありません。それでは今回は失礼します」
その場に立ち上がり、後方にあるデスクに足を進める瑠唯の後ろ姿を見ながら昴はスッと立ち、一礼する。
「それでは失礼します」
「また次回の商談でお会いしましょう」
昴と湊がドアの前で一礼すると、部屋を後にした。
「………」
2人が部屋を出て行き、足音が遠退くのを確認すると、瑠唯はデスクの上に置いてあった物に抑えの利かなくなった感情をそのままぶつけるように薙ぎ払う。
「っ………」
感情を外部に吐き出したにも関わらず、全く静まらない怒りに身体を震わせる瑠唯。
「社長…!」
応接間から響いた衝撃音に驚いた秘書が中に飛び込んでくる。
「―っ……!い、一体どうされたのですか…!」
物が散乱し、普段とは異なる雰囲気を纏っている瑠唯に戸惑いを隠せない秘書は、反応のない瑠唯に駆け寄るが―
「出て行け!!」
「―っ…!」
今まで耳にしたことのない瑠唯の怒号に、秘書は脚を竦ませてしまう。
「でっ………ですが、この後キルディアル社との契約会議がっ………」
「瑠架に行かせろ」
「…瑠架さん……に、ですか………?」
「聞こえなかったのか!瑠架に行かせろと言っている!!」
デスクを思い切り叩き、更に声を荒げ、秘書に命令する瑠唯。
「しょっ……承知しました……!し、失礼致します………!」
瑠唯の異常な姿に完全に委縮してしまった秘書は声と体を震わせながらそう言うと、逃げるように応接間を後にした。
「っ………くそ…!!」
拳を強く強く握りしめ、瑠唯は再びその拳をデスクに叩き付けた。





「―え?会議には私が出席しろと?」
真っ白て清潔感のある自分専用の研究室に、血相を変えて飛び込んできた瑠唯の秘書の言葉を聞き返す瑠架。
「は、……はい………」
身体を震わせ、声も上擦っている彼女の様子に、瑠架はすぐに状況を把握した。
かけていた眼鏡を外し、デスクの上に置くとその場に立ち、身に付けていた白衣を脱いで椅子の背凭れに掛ける。
「錯乱している兄の尻拭いは妹である私の仕事…か」
「あ…あの………」
「"社長は一体どうしたんですか?"…だろう?」
「は…はい………。いつも笑っていて、いつだって冷静で落ち着いた社長のあんな姿を見たことが信じられなくて………」
秘書は胸元に手を置き、身体を小さくしながら動揺の色を隠せないでいた。
「兄さんは人一倍独占力が強くてね。そこが短所と言えば短所だから…かな。欲しいものは手に入れ、手元に置いておかなければ気が済まない人間なんだよ」
肉体関係を持つほど親密である筈のこの兄妹の関係を知っていた彼女は、そんな親愛しているであろう兄のことだというのに、全く興味のないように淡々と答える瑠架の姿に違和感を感じ、更に困惑の色を強めた。
「まぁ…元々は私を極貧生活から救い出す為に必死になっていただけの純粋な兄だったからね。私にも責任はあると感じて今までは兄さんのすることには干渉せず、協力してはきたけれど………」
そこで一瞬にして凍てついた空気に、秘書は悪寒を感じ、身体を大きく震わせた。
「そろそろ私も、兄さんを見限る時期なのかもしれないな」
凍てつき、感情が感じられないような生気のない彼女の言葉を聞き、その言葉を発した彼女の姿を見て、秘書は彼女が"影の支配者"、"監視者"と社員や研究員達に密かに呼ばれていることに納得してしまった。
「君も大変だね。給料がいいからと言ってもあんな自己中心的なナルシストのスケジュール管理や雑務までやらされるなんて、正直嫌気がさしているんじゃないか?」
彼女を纏っていた凍てついた空気が一瞬にして溶け、普段の彼女を纏う穏やかながらもどこか冷ややかで凛とした空気へと変わる。
「いっ………いえ…!そんなことはありません」
「それじゃあ……」
「―っ!」
突然、至近距離で膝を屈め、自分の両頬に手を添え、真っ直ぐ自分を見つめてきた瑠架に驚き、ビクリと体を震わせる秘書。
反射的に脚を1本後方に移動させるが、頬絵お抑え込まれている為、後ずさりをすることは出来なかった。
「私の目を真っ直ぐ見て、さっきと同じことが言えるかい?」
「―っ………」
瞬きをしない、透き通った水色の瞳で見つめ続けられながらそう問われた彼女だったが数秒間しか瑠架の目を見ることは出来ず、すぐに視線を外してしまった。
「―ほら。本心じゃあ、あの社長にうんざりしていると思っているんだろう?」
ふふ、と笑みを零しながらそう言うと、瑠架は両手を離し、彼女を解放する。
「………」
彼女は顔を俯けたまま、口を閉ざしている。
「確かに兄さんは優秀だよ。カリスマ性もあるし、知識も実行力もある。それは私も認めているし、尊敬もしている。ただ、彼を"1人の人間"として見た時、同様に尊敬の念を抱けるかと問われれば、私は迷うことなく"NO"と答えるよ」
「瑠架さん………」
「仕事に関しては私もどうこう言うつもりもないし干渉もしたくはないけれど、それは公私混同していない場合にのみ適応されることだからね。今の兄さんはもう、仕事よりも"彼"のことを最需要項目として認識してしまっているようだ」
「………彼?」
瑠架の言葉に、秘書は首を傾げる。
「秘書の君ならわかるだろう?兄さんが本気で愛している御堂朱羅のことだよ」
「あ………」
秘書は瑠架の言葉にハッとする。
「欲した物を全て手に入れてきたあの兄さんが、未だに完全に自分のものに出来ていない唯一の存在だからね、彼は。だからこそ、兄さんの執着も今までに類を見ない程にまで膨れ上がっているんだよ」
「………た、確かに………彼が此処を去ってから………ですね。社長の様子が少しずつ変わってきたのは………」
「だろう?」
口元にそっと手を当て、心当たりを思い出した秘書はそう語った。
「朱羅が出て行った後も兄さんは平常心を維持出来てはいたけれど、朱羅に続けて拒絶され、此処に戻る気がないと言われたことには、本人が思っている以上にダメージを受けていたようだ。だからこそ兄さんは高まり続け、抑止の利かない己の感情に戸惑い、苛立っているのだろう。……と、」
そこで瑠架は何かを思い出し、腕に付けている時計を見る。
「いけないいけない。契約会議まで1時間を切ってしまった」
「………あ…!」
瑠架の話に夢中になっていた秘書は彼女の言葉を聞いて我に返ったのか、自分の腕時計で現在の時刻を確認する。
「続きはのんびり車内でしようか。さぁ、行こう」
瑠架はそう言うとドアに歩み寄り、ノブを掴んでドアを開けた。
「も、申し訳ありません…!」
「君が謝ることじゃないよ。それに、飛ばせば30分程で到着するから問題ない」
真っ白の廊下を、瑠架が前方を歩き、その斜め後方で彼女に付いて行く秘書。
「………ありがとうございます………」
「せめて私の時くらいリラックスしていいよ。常にそのままでいたら君も疲れ切ってしまうからね」
「……す、済みません……」
「こういう時は"済みません"よりも"ありがとう"の方が相手に喜ばれると思うけれど?」
「す、すみ―――…ではなく、ありがとうございます」
声量を落とし、聞き取りにくい言葉で瑠架の要望を叶える秘書。
「そう。それでいいんだ。兄さんの事で何か困ったことがあったら何でも相談するといい」
「…あ、ありがとうございます………」
「そう。それでよし」
謝罪の言葉ではなく感謝の言葉を述べた彼女に、瑠架は満足したようだった。
「まぁ、私も私で出来ることはしてみようかな」
そんな風に語りながら前方を歩いている瑠架に、秘書は先程感じた"違和感"に関する質問を投げ掛ける。
「………あの、瑠架さん……。ひとつ、質問をしても構わないでしょうか?」
「ああ、なんだい?」
瑠架は脚を進めたまま、後方にいる秘書に視線を向けながらそう答えた。
「………瑠架さんは、社長のことをどう思っているのですか…?」
「私が兄さんをどう思っているか?」
「…はい。私がこんなことを口にするのはどうかとは思うのですが………」
秘書は両手の指を絡め合わせながら言葉を選ぶように逡巡し、再び口を開く。
「瑠架さんは………、社長のことがお嫌いなのですか………?」
意を決したような真剣な眼差しを自分に向け、問う彼女を見ると瑠架は脚を止め、後ろを振り返り、そして笑みを見せながら答える。


「ああ。私は彼の事が嫌いだよ」


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