+ ACT.30  見える本意と見えざる本意 ( 2/4 ) +
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朝食を摂り終わり、分担された仕事を始めようと朱羅が同じ班のメンバー数人とホームの外に出ると、いつからそこにあったのかはわからないが、ホームの前に停められた黒の上等な車の運転席のドアが開き、中から黒のスーツを着込んだ男が1人出て来た。
その男が後ろの席のドアを開け、一礼すると、車内から黒のスーツを纏った別の男が姿を現した。
「誰だ、アレ」
1人の少年がスラム街では目立つ身形をしたその男を見ながら隣の少年に声を掛ける。
「あれって確か………」
「―…何の用ですが、瑠唯さん」
「瑠唯?」
話をしている少年達の前に立ち、朱羅は後部座席から出来た黒のスーツの男―瑠唯に問う。
「何の用って…つれないな、朱羅」
瑠唯は厳しい表情を見せる朱羅を気にする様子もなく、久し振りに再会した朱羅を愛しい眼差しで見つめていた。
「瑠唯って………あ!Asuraの社長だ!」
朱羅の後ろにいた少年の1人が瑠唯の名前を聞き、先程の問い掛けの答えが分かった為、現状の空気には似つかわしくない明るい声で言葉を発する。
「ああ、朱羅の―」
「瑠唯さん。仕事はどうされたのですか」
少年達の会話を途切れさせるように、朱羅は口を開く。
「今日は君に会う為、無理矢理都合をつけたんだよ、朱羅」
瑠唯は柔和な笑顔でそう答えながら、朱羅に手を差し伸べ、1歩前に歩み出る。
「俺には、貴方に合う理由はありません。帰って下さい」
「…朱羅………」
朱羅の冷たい答えに、瑠唯は困った笑みを見せると更に朱羅に近付き、朱羅の耳元で言葉を続ける。
「―君も、大切な仲間達に不要な怪我を負わせたくはないだろう?」
「―っ………」
耳元で囁く瑠唯の言葉に、朱羅の眉間に皺が寄る。
「君達には申し訳ないけれど、朱羅を借りるよ」
「―え?あ、はぁ…」
「…済まない。話が終わったら合流する」
瑠唯に素直に従うように、朱羅は後ろにいる少年達にそう声を掛ける。
「わかったー」
「それじゃあまた」
少年達は朱羅の言葉を素直に受け入れると、その場から去って行った。
静かに仲間達を送ると、朱羅は瑠唯に視線を戻す。
「それじゃあ朱羅、行こうか」
瑠唯は優しい声でそう言うと朱羅の肩を手に乗せて引き寄せるが、朱羅は直ぐにその手を払い、1歩後方に下がった。
「何処に行くのですか」
「Asuraの近くにレストランを造ったんだ。そこで食事をしながら君と話がしたい」
「………」
「嫌…かな?」
そう意味有り気に目を細め、元から朱羅にNOと答えさせるつもりのない瑠唯のその笑みを、朱羅はすぐに理解した。
「…わかりました」
「そうか、良かった。さぁ、乗って」
朱羅の答えに笑みを見せると、瑠唯は自ら車のドアを開け、朱羅をエスコートする。
「………」
瑠唯に促されながら朱羅が乗り込むと、瑠唯が続いて乗り込み、運転手が静かにドアを閉めた。
「これから食事だけれど、何か飲むかい?」
瑠唯は距離を置き、隣の窓際に腰を掛けている朱羅に優しく問い掛ける。
「いいえ」
朱羅は問い掛けてきた瑠唯の方を一切見ずに即答する。
「さっきは脅すような真似をして済まなかった。あれは私の本意ではないんだよ、朱羅。機嫌を直してくれないか?」
「………」
「ああでもしないと、君は私と話をしてはくれないのだろう?」
「貴方との話は堂々巡りなんです。俺はもう、貴方の元には戻らないと決めたんです」
「私も、君を手放すつもりはないと言ったつもりだけれど?」
瑠唯はそっと手を伸ばし、朱羅の髪を軽く梳きながら静かに言葉を紡いだ。
「…だから堂々巡りだと、時間の無駄なのだと言ったんです」
朱羅は自分の髪を梳く瑠唯には反応を示さず、淡々と答える。
その様子を見た瑠唯は無言のまま手を止め、元の位置に戻すと窓の外の景色を見やる。
「………」
普段とは異なる瑠唯の行動に朱羅は違和感を感じ、隣で黙ったまま外を眺める瑠唯の方に視線を向ける。
普段の彼であれば、冷たい態度を取れば無理矢理にでも自分の方へ意識を向けさせる行動をとるのだが、今回の彼はそうすることなく黙って朱羅から手を引いた。
そんな彼を黙って見つめていた朱羅だったが、そんな自分の思考が自意識過剰なことなのではないかと感じ、直ぐに彼から視線を外した。
「この街もこれからどんどん変わっていくだろうね」
「…え?」
突然、別の話題を切り出す瑠唯に、朱羅は再び視線を向ける。
「今から行くレストランも、支社で働く社員達は勿論、これから少しずつ生活が裕福になっていくであろう此処の住人達により良い食生活を提供する為に用意したものなんだ。まぁ、未だ住人達には手の出ない場所だろうけれど、これから少しずつ変わっていく」
自尊心が高く、貪欲で強引な彼ではあったが、企業の代表としての実力は確かなものだということを朱羅は知っていた。
瑠唯は時に非道な命令を、一切躊躇することなく命じることもあれば、今話したように仲間想いともとれるような行動をとることもある。大小はあれど、彼のその行動が巡り巡って自分の利益へと繋がるということを考えれば、彼のその行動にも理由は付けられる。だが、彼自身が元々スラムの出身であり、現在の地位を得るまで、特にスラムに住む者達には無償の施しを提案し、自ら率先して配給を行うこともあったと瑠架から聞いていた。
非道な命令も厭わない彼と、苦しい生活を強いられている人々への施しを行う彼と、どちらの彼が本当の彼なのか、未だに朱羅には掴み切れていなかった。
「ほら、見えてきた」
窓の外を見ていた瑠唯の声に、朱羅は意識を現実に戻す。
瑠唯が視線を向ける方を見ると、赤レンガ造りのレストランが見えてきた。細やかな装飾が施されたランプが配置され、此処では珍しい緑(緑とは言っても人工物であることはほぼ確実だろう)がレストランの外観を彩っている綺麗な作りではあったが、この街で浮き過ぎないよう高級感はほどほどという印象を受ける店だった。
「君にも気に入ってもらえるといいのだけれど」
レストランの入り口にある階段の前で車が停まり、そう語り掛けた瑠唯が先に車を降りると、反対側―朱羅の座っている側のドアをゆっくりと開けた。
「さぁ、どうぞ」
にこりと微笑み、朱羅をレストランへと誘う瑠唯。そんな瑠唯を見つめると、朱羅は無言のまま車を降りた。
「まだお客さんは我が社の社員が殆どだけれど、少しずつ此処に元々住んでいた人達も此処に来てくれるようになっているんだ」
朱羅が下りたのを確認すると、瑠唯はドアを閉め、中へと足を進めながらレストランの現状を一方的に語る。
「瑠唯社長。お待ちしておりました」
ドアを開け、チリンチリンとドアの上部に取り付けられたベルの音が鳴ると、このレストランの支配人を任されているのだろう、白のシャツに黒のベストとパンツを身に付けた短髪の男性が来店した瑠唯に一礼する。
「やぁ、支配人。今日は宜しく頼むよ」
「はい。最奥の特別室をご用意しておりますので、こちらへどうぞ」
「………」
"特別室"という単語を聞いた朱羅は、ほんの僅かに身体を反応させた。
「流石に、賑わう店内で君との大切な時間を過ごす気にはなれなくてね。会食等も催せる特別室を用意してもらったんだ。私と2人きりは嫌かな?」
「初めから俺が断ることなど許さないのでしょう」
朱羅は瑠唯を見ることなく即答する。
「ふふ。怒った顔も本当に可愛いね…朱羅」
朱羅の顎に指を添えて上を向かせると、瑠唯は朱羅の目を見つめながら目を細め、唇を三日月に歪めながら額に軽くキスをした。
だが、そんな彼にも朱羅は一切反応を示さず、ただそのままの状態で黙って立っていた。
「…相変わらず頑固だね、朱羅は」
朱羅のその反応を見ると瑠唯は手を離し、支配人はそんな瑠唯の様子を見ると、足を特別室へと進めた。
レストランの入り口から奥へと進み、レトロなドアの前で足を止めると、支配人は瑠唯達の方へと向き直り、一礼をした後にドアを開けた。
特別室に入ると真っ先に柔らかい柑橘系の香りを感じた。その香りを感じながら内部を見ると、大きな窓とレースカーテンがあり、中央に飾り細工の施された長テーブルが設置され、純白のテーブルクロスの上には今では珍しい生花が生けられた花瓶が彩りを与えていた。
中央の長テーブルの片側の壁際には白の大きいソファーが2つ配置されており、反対側の壁には薄型の大きなスクリーンが掛けられている。
「それではゆっくりとお寛ぎ下さい」
支配人は瑠唯と朱羅を席に案内した後、ドアの前で一礼をし、部屋を後にした。
「開店日に私もお邪魔したのだけれど、此処の食事はレベルが高いと思うよ」
テーブルの短辺側に腰を掛けた瑠唯はテーブルの上で両肘を付き、手を組むと自分の右斜め前方の席に腰を下ろしている朱羅に笑い掛ける。
「俺に話しがあるのではないのですか」
瑠唯と2人きりの室内に加え、ドアの前には瑠唯のSP2人が立っているこの状況は、朱羅にとっては好ましくない状況だった。
「それは食事を終えてからにしよう。それまでは私との世間話に付き合ってくれるかな?」
「………」
瑠唯のその言葉に反応を示さなかった朱羅。
室内は無音となるが、すぐにドアが開き、料理が運ばれてきた為、沈黙は一瞬だった。
2人の食事の速度に合わせて次々とテーブルに並ぶ料理に、一方的に朱羅に話し掛ける瑠唯。元々小食だった朱羅の食事の速度は遅かったが、少しでも早くこの場を去りたい朱羅は、無理をして胃に詰め込んでいく。
そうやって食事を進めて行き、最後のデザートと飲み物が漸く片付いた後、朱羅は改めて瑠唯に問う。
「食事は終わりました。早く本題に入って下さい」
「…朱羅…」
紅茶を楽しんでいた瑠唯は困ったように笑うとカップを静かに置き、朱羅を見つめた。
「………まぁいい。本題と言っても、私が君に話す内容はもうわかっているのだろう?」
「俺は戻りません」
「………朱羅、君はどうやら勘違いをしているようだ」
瑠唯は静かに、低めのトーンでそう切り出すと同時に、ティーカップを自分から離れた場所に移動させた。
「君に、決定権はないんだよ」
「………」
そう朱羅に語り掛ける瑠唯の瞳は、今まで見せてきた温厚な瑠唯のそれとは異なり、朱羅に有無を言わせぬ威圧感を纏っていた。
「君は私のものだ、朱羅」
「俺は、貴方のものではありません」
瑠唯は朱羅の顎に手を添えると、強引に自分の方へと顔を向かせるが、朱羅は表情も声のトーンも一切変えず、瑠唯を刺激しないよう淡々とそう答えた。
「………わかっていないな…朱羅」
「―っ…」
小さく、独り言のようにそう呟くと、瑠唯は朱羅の肩を引いて腕を掴み、素早く引き寄せてから抱き上げ、近くのソファーへ軽く放る。
「っ………」
すぐにソファーから離れようとするとするが、背中をソファーに当て、仰向けの姿勢になっている朱羅に馬乗りするように、瑠唯は素早く上から覆い被さった。
「………ああ………朱羅の匂いだ………」
瑠唯は朱羅を逃がさぬように体を密着させ、朱羅の首筋に顔を埋めながら朱羅の匂いを何度も嗅いでいた。
「…………止めてください、瑠唯さん」
あくまで冷静に、極力瑠唯を刺激しないように、朱羅は静かに言葉を紡ぐ。
「何故止める必要がある?君の全ては私だけのものだ」
目を細め、不敵な色を乗せた笑みを浮かべながら静かにそう答えると、瑠唯は朱羅の耳に触れる。
「―っ………」
敏感な箇所に触れられた朱羅は制御の効かない官能的で甘い痺れが身体を走り、ぴくりと僅かに反応させる。
―が、瑠唯はそれ以上、朱羅の性感帯である耳には触れてこない。
反応を示すと同時に無意識に閉じられた瞳をゆっくりと開けると、瑠唯は朱羅の耳を黙って見つめていた。
「………朱羅………」
「………?」
瑠唯の執拗な接触がないことに違和感を感じた朱羅は、瑠唯の呼び掛けに怪訝な表情を見せた。
「…このイヤーカフスはどうしたんだい………?」
「―あ………」
朱羅はその時、自分が瑪瑙と斎から貰ったイヤーカフスを身に付けていたことを後悔した。
「これは………」
朱羅はすぐに自分の手でイヤーカフスを隠そうとするが、瑠唯の手によって阻止されてしまう。
「………私がプレゼントしたピアスは付けるのが難しいからと言って1度も付けてはくれなかったと言うのに………」
「―っ!」
瑠唯が朱羅の耳に―イヤーカフスに触れた直後、それを外そうと指先に力が込められたことにすぐに気付いた朱羅は瑠唯の手を掴み、今度は瑠唯の行動を朱羅が制止した。
「…こんな安物………美しい君には似合わないよ…朱羅………」
「止めてください」
朱羅は少しでも瑠唯の気を逸らそうと、掴んでいる彼の手を自分の胸元に移動させる。
「そんなに大切なものなのかい…?」
「………」
肯定の言葉を口にしても否定の言葉を口にしても、彼の行動は容易に予測が出来た。
その為、朱羅はその質問に答えることが出来なかった。
「………ああ…朱羅………。君はあの子等に染められてしまったんだ。君は"病気"なんだ」
瑠唯は自分の手を掴む朱羅の手を、今度は逆に自分で握り締めながら、朱羅の菫の双眼を見つめながら眉を顰め、語る。
「私の知っている朱羅は、こんな子ではなかった。美しく、気高く……何よりも、私を愛してくれていただろう…?」
瑠唯は朱羅の髪を梳く。
「それが………あんな薄汚れた場所で貧しく暮らす子供達によって君は穢れてしまった………」
それまで哀れみの表情を見せていた瑠唯だったが、その言葉を発したと同時に眉が顰められ、怒りを露わにし始めたことに、朱羅は危機感を感じた。

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