+ ACT.30  見える本意と見えざる本意 ( 4/4 ) +
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「すぐに湯を張るから此処で休んでいるといい」
瑠架は自分の屋敷に朱羅を迎えると、自室の上等なソファーに朱羅を下ろした。
瑠架はAsuraの社長となる人物が代々受け継ぐ屋敷とは別の屋敷を持っていた。始めは兄である瑠唯が自分の資金から費用を出すと話していたが、彼女が自分の力だけで用意しなければ意味がないと頑なに拒み、最終的にその言葉通り、瑠架は自分の力のみで稼いだ資金で別邸を建ててしまった。
この屋敷には基本的に使用人はおらず、住んでいるのも瑠架1人だったが。兄がそれでは妹が困るだろうと数人の彼女宅専用の使用人を用意し、現在はその使用人達と共に生活している。
「此処にはたまに兄さんも顔出しには来るけれど、流石に今日は来ないだろうから安心するといい」
部屋の奥にある浴室から出てきた瑠架はソファーで休んでいる朱羅に話し掛ける。
「何か落ち着くものを用意しようか?」
「いえ…。大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか。まだ湯は張り気ってはいないけれど、先にシャワーで身体を綺麗にするといい。タオルや着替えは脱衣所に用意しておいたし、朱羅の服も直ぐに洗って着替えられるようにしておく」
「ありがとうございます。―っ……」
ゆっくりとその場に立ち上がろうとした朱羅だったが、ズキリと腰を中心に全身が軋み、傷みが走る。
「本当に1人で大丈夫なのか?」
瑠架は朱羅の元に歩み寄ると彼の身体を支え、問う。
「…時間は掛かるかもしれませんが、問題ありません」
「そうか」
「―………あの………」
「ん?」
朱羅が自力で歩いて浴室に行く中で腕を貸す程度の支えだと思っていた朱羅だったが、実際は先程の様に両腕で抱き上げられて運ばれている今の状態に、朱羅は言葉を途中で飲み込んでしまった。
「この体勢は…」
「お姫様抱っこは嫌いかい?君には似合うと思うのだが」
「………似合いません………」
朱羅は思わず目を細め、瑠架を見つめながら抗議する。
「朱羅は華奢で軽いから腕を貸すよりもこの方がずっと楽なんだよ」
そんな話をしながら進んでいくと、すぐに浴室が見えた。
「焦らずとも構わないからゆっくりするといい」
「…はい。ありがとうございます」
瑠架はそっと朱羅を下ろすとそれだけ話をし、浴室を後にした。
瑠架が浴室を出て行ったことを確認すると、朱羅は軋む身体への負担を最小限にするようにゆっくりと衣類を脱ぎ、中へと入っていく。
中は白に近いクリーム色で統一されており、それほど飾り付け等が施されているわけではないが、広さも十分過ぎる程あり、上等な雰囲気は多分に醸し出されており、落ち着きのある場所だった。
朱羅はゆっくりと脚を進ませ、浴槽の端の方に腰を下ろし、少しの間そのままの状態でいた後、意を決してゆっくりと秘所に触れる。
「っ………」
少し指を挿れ、抜いただけでも瑠唯の性液はとろとろと流れ出、浴室の床に零れ落ちる。そして、自分の指に絡めついたそれを視界に入れるが、朱羅はすぐに目を逸らし、指を洗い流す。
その後、朱羅は深く深呼吸をすると改めて意を決し、指を深く自分の中に挿入した。出されてから間もない為、中は戸惑う程に瑠唯の欲望に満ちており、ぐちぐちと淫靡な音や指に絡め付くような感覚が朱羅にとっては不快だった。
それでも早く事を済ませたかった朱羅は、嫌悪感を抱く自分の行為に耐え、何度も指を抜き差しし、自分の中の瑠唯の欲望を外へと掻き出し続けた。
意識を殺し、無心の状態でそうしているうちに、大体の処理が終わり、朱羅は自分の秘所や周囲を綺麗に洗い流す。
「はっ………は、……………はぁ………はぁ………はぁ………」
無意識に掻き出している時には息を止めていた為、自然に呼吸が深くなる。行為中は嫌悪感や自分でも整理し切れていない瑠唯への感情が交錯し、息が詰まっていたのだろう。

―姉さんが精神を病んでしまった時…俺は、ずっと姉さんの傍にいた
 でも、それが原因で姉さんの精神は益々病んでいってしまった………だから今回は………

呼吸が少しずつ落ち着いていく中で、朱羅の頭の中ではそんな思考が働いていた。
過去に実姉が精神を病んだ時、朱羅はそれでも自分が傍で姉を支えなければと、護らなければと必死で、最後に姉を自らの手で殺めてしまうその時まで、朱羅はずっと姉の傍にいた。
自分が姉の傍にいたことで彼女の精神崩壊を悪化させ、早めてしまったのではないかとその時の朱羅は思った。
そんな過去のトラウマが朱羅の中に根深く残っていた所為か、瑠唯の自分への想いが常軌を逸し始めていると感じた時、朱羅のこころが瑠唯自身を拒むような拒絶感に襲われたのだ。
彼を拒絶し、遠ざけることが良い策だとは思えなかったものの、朱羅にはどうすれば良いのかわからなかったのだ。
ただただ、また自分の大切なひとが壊れ、崩れて行く姿を見たくなかった。それだけが、その時朱羅の中にあった唯一の明確な感情だった。

―何故俺は………壊すことしか出来ないんだっ………

朱羅の拳が強く、強く握りしめられる。

―……だったら俺は………また、壊してしまうのか………?瑪瑙や斎を………

握り締められた拳が震え始めた為、もう片方の手でその手を包み胸元に持って来くると、朱羅はぎゅっと更に力を込めて握り締めた。

―………俺はっ…………一体どうすれば………

自分の身体を引き裂くような痛みを感じた朱羅は身体を小さくした。


その時、ふっと瑪瑙の笑顔が脳裏に浮かんだ。


―………今、ここで俺が逃げれば………瑪瑙や斎の信頼を裏切ることになるのか………?

瑪瑙や斎、そしてホームの仲間達は朱羅がトラブルメーカーとなってしまっていることを知っても尚、共にいることを許してくれた。そんな彼等を自分1人の気持ちで道を決め、彼らの元を立ち去ってしまえば、彼等が与えてくれた信頼で繋がれた関係を自ら壊してしまうことになるのではないか…。朱羅はそう感じた。
その考えが、彼等から離れたくない、彼等の傍にいたいという保身からきているものだとしても、朱羅は自分1人で全てを抱え込み、解決させることが良いことではないということを、ホームに来て瑪瑙や斎と出逢い、知ったのだ。

―…………今は、ホームに戻ることだけを考えよう………

今までは人と分かち合うことを無意識的にも意識的にも避けてきた朱羅だったが、瑪瑙や斎―特に瑪瑙と出逢ったことで、苦しみも悲しみも1人で抱え込むのではなく、分かち合える大切なひとと共に分かち合うということも互いの信頼や親愛を深め合うことが出来、1人で抱え込むでも他人に投げるでもなく、ひとと分かち合う術もあるのだと、朱羅は学んだ。

浴槽に張られていた湯が朱羅の足に流れてきたことにより、朱羅は現実に引き戻される。
丁度いい加減の湯が浴槽から溢れ、床に広がって行く。朱羅は現実へと意識を戻すと、湯にゆっくりと浸かる。浴室内に程良く広がる柔らかなローズの香りに、朱羅はこの時初めて気が付いた。肩より少し下まで湯につかり、柔らかで優しいローズの香りのお蔭か、朱羅の精神は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
元々キリス種族の血が流れている朱羅は自然治癒力が高いだけではなく、体力の回復も普通の人間に比べれば早かった。その為、静かで落ち着く環境の中に身を置いたことにより、随分体力も戻り、精神も落ち着きを取り戻していた。

それから十数分が経った頃、朱羅は浴槽を出て脱衣所に向かう。
用意されていたタオルで手早く身体を拭き、仮の着替えに身を包み、朱羅は浴室を後にした。
「思ったよりも回復が早かったようだね」
浴室から瑠架の部屋に戻った時、中央の上等なソファーに腰を下ろしていた彼女が朱羅の姿を見てそう言った。
「落ち着きのある環境を作って下さった瑠架さんのお蔭です。有り難う御座いました」
朱羅は丁寧に一礼をする。
「相変わらず律儀だね、朱羅は。その様子だと処理も無事に終わったようだね」
「…はい」
「それじゃあ何か飲み物と菓子でも用意させよう。朱羅の服もそうしているうちに用意が出来るだろう」
「いえ。お気遣いは―」
「人の好意は素直に受け取っておいた方がいいよ、朱羅」
瑠架は朱羅の言葉を遮りながらそう言うとソファーの前にあるテーブルの上に乗った鈴を鳴らした。
「ほら。立っていないで朱羅も休みなさい」
「―あ…、はい」
瑠架の屋敷だとは言え、彼女の変わらない自由奔放さに懐かしさを感じていた朱羅は、彼女の言葉でハッと我に返り、瑠架の向かい側に腰を下ろした。
「朱羅はカモミールティーでいいかな?」
「はい。有り難う御座います」
そんな会話をしていると、ドアをノックする音が響き、瑠架が入るように促した。
ドアが開くと、使用人がワゴンをゆっくりと押しながら入ってくる。ワゴンの上には白を基調とした細工の施されたティーポットとカップ、菓子や軽食が乗ったケーキスタンドが乗せられており、使用人は朱羅の近くで脚を止め、ティーポットから紅茶を慣れた手つきで注ぐと、音を立てずに朱羅の前に差し出した。
朱羅から離れ、反対側に座っている瑠架にも同様にカモミールティーを用意し、テーブルの上にそっと乗せる。そして最後にケーキスタンドを2人の中央に置くと一礼し、使用人は部屋を後にした。
美しく澄んだ色の紅茶を眺めていると、カモミールの柔らかな香りが朱羅の鼻を優しく刺激する。
「冷めないうちに飲むといい」
瑠架はそう朱羅に話し掛けながら紅茶を口にする。
朱羅は瑠架に促されながらゆっくりと紅茶を口にする。ほのかな甘みがすっと広がり、香りが鼻を抜けて行く。紅茶を一口飲んだ後、朱羅は静かに息を吐く。
「どうだい?落ち着くだろう」
「…はい」
「小腹が空いているのなら菓子や軽食も自由にとるといい」
「有り難う御座います」
ティーカップをそっと置きながら朱羅は瑠架に答える。
「このお茶は私と兄さんが此処に来て始めに口にした飲み物でね。そういう意味で思い入れも多少あるんだ」
「…そうですか」
「あの頃の兄さんは私の誇りでもあったのだけれどね」
瑠架はケーキスタンドから、中央に薔薇を模った細工が施されているクッキーを1枚手に取りながらそう言った。
「今は、誇りではないという意味ですか?」
「当然だろう。今の兄さんは誰が見ても明らかに異常だ」
クッキーを口にしながら瑠架は悪びれることもなく、淡々とそう答える。
「瑠架さんは以前から何を考えているのか…よくわかりません」
「私は自由気ままな暮らしを愛しているからね。その時々で考えも変わるのさ」
「…そのようには見えません」
「そうかい?」
瑠架を見つめる朱羅の菫の双眼を、瑠架は軽く視界に入れる。
「瑠架さんはいつでも物事を冷静に、現実的に見ていると思います。そして計算高く、常に一定の距離を保ったまま全てを監視している」
「そんな立派なものではないとは思うけれど、まぁ、君の言う通り距離を保っているのは多少自覚はあるかな」
「瑠架さんは、瑠唯さんを見限るおつもりなのですか?」
「そう言う朱羅は、まだ兄さんに未練があるのかい?」
「…未練なんて………」
「朱羅のその優しさがどれだけ兄さんを苦しめているのか、周囲に迷惑をかけているのか、君にはわからないのか?」
クッキーを全て頬張り、紅茶を2度口にしたあと、瑠架は続けた。
「まぁ、朱羅も優柔不断なところがあるからね」
「…自覚はあります」
「君がさっさと兄さんを見限れば、兄さんだって解放されると言うのに」
「………」
「君がさっき兄さんに言った"心から嫌いになりたくない"という言葉も、君の優柔不断の現れだ。君は中途半端なんだよ、朱羅」
「…やはり、聞いていたのですね」
朱羅は表情を変えず、正面の瑠架を見つめる。
「あんな残酷な言葉があるかな。"心から嫌いになりたくない"だなんて、言い替えれば朱羅が兄さんを本当に嫌いになりたくない、兄さんをまだ想っているということだろう?ああ、それとも朱羅の方が、兄さんが離れて行くことを心の底では恐れているのかな?―まぁどちらにせよ、なんて未練がましい言葉なのだろう」
「………わかっています」
「君のその中途半端で優柔不断なところが、今後君自身の首を絞めないことを願っているよ」
次々と、そして淡々と発せられる瑠架の言葉は朱羅の心に刺さるが、彼女の心が―本心が、本当にその言葉に込められているのだろうかと、朱羅は疑問に感じていた。
彼女の言葉に彼女の感情や本意が全く込められていないという訳ではない。だが、彼女の感情や本意のみで構築された言の葉だという確信も得られないし、感じられない。何よりも、一見彼女が朱羅を責めているように感じる言葉であるというのに、彼女の感情はそこにはなく、自身が彼女に責められているという自覚が酷く曖昧で、奇妙な感覚に襲われる。
彼女のこういった部分が、彼女を知る者達が数多く抱く"何を考えているかわからない"、という彼女の印象を色濃くしているのだと、朱羅は感じていた。
2人がいる空間を沈黙が包み込んだ少し後、再びノック音が響く。
瑠架が中に入る様促すと、使用人が朱羅の服を持ち、朱羅の元へと歩み寄る。
「済みません。有り難う御座います」
「いいえ」
使用人は一礼しながら服を手渡し、それだけ伝えると瑠架にも一礼し、そのまま部屋を後にした。
「―さて。君の服も届いたことだし、そろそろ君を送り届けよう」
瑠架は、自分が朱羅に放った彼を責めるような言葉を一切気にするでもなく、詫びるでもなく、寧ろ何事もなかったかのようなトーンで言葉を口にした。
「有り難う御座います」
そんな彼女に慣れていた朱羅もまた、何事もなかったかのように瑠架に礼をし、手早くその場で自分の服に着替えると、丁寧に瑠架が用意した着替えを畳み、ソファーの上に置いた。
「既に表に車を用意しているから早く行こうか」
「はい」
瑠架がそう語り掛けながらその場に立ち上がるとそのままドアに向かい、朱羅も彼女の後ろについて行った。


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