+ ACT.31  素直に求めるということ ( 2/2 ) +
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瑪瑙の部屋に場所を移すと、瑪瑙と朱羅はベッドの上に腰を下ろし、向かい合う形になる。
「…今更の話で申し訳ないのだが………」
朱羅は逡巡した後、視線を下げ気味にそう切り出した。
「…瑪瑙は、俺に幻滅しないのか……?」
「…幻滅?」
瑪瑙はきょとんと首を傾げる。
「…俺は男で、瑠唯さんも男だ。…それでも俺達は肉体関係を持っていた。瑪瑙は、そんな俺に幻滅しないのか…?」
朱羅は視線を瑪瑙に戻したが、その表情には彼にしては珍しく、不安の色が僅かに映っていた。
「元々私は同性愛は悪いことだなんて思ってないよ?だって、その人が男性だから、女性だから好きになった訳ではなく、その人がその人だったから好きになっただけだと思うから。朱羅君も、瑠唯さんが男性だったから好きになったんじゃないんでしょう?」
「……ああ……」
「それに、私ももし朱羅君が女の子だったとしても好きになれる自信があるもの!」
にっこりと瑪瑙は微笑んだ。
「…瑪瑙…」
朱羅の不安な気持ちは、真っ直ぐで偽りのない彼女の微笑と言葉によって打ち消された。
「…それを聞いて安心した。順番が逆になってしまったけれど、きちんと聞いて良かった」
「私も、朱羅君がこうやって私にお話してくれること、凄く嬉しいよ」
瑪瑙は朱羅の両手にそっと触れる。
「………それで、今日、彼と会って来たんだ」
「―うん」
朱羅は目を逸らしてしまうが、瑪瑙は変わらず朱羅を見つめている。
「彼は…今でも俺に戻って欲しいと言っていた」
「うん」
「でも俺は、此処にいたいから、瑪瑙の傍にいたいから、それは出来ないと答えた」
「―うん…」
視線を自分に戻し、真っ直ぐ見つめながら話してくる朱羅に嬉しくなった瑪瑙は、柔和な笑みを見せる。
「それでも彼は…納得がい出来ない―否、それを認めない様子だった」
「………それで………瑠唯さんは朱羅君を……」
「………強要された。…"強要"なんて言うと自分が被害者だと思っているかのように感じて好ましくはないのだけれど………俺の気持ちは今、瑪瑙と共にあるから」
「―ありがとう、朱羅君。……でも、その………身体は…大丈夫……?」
瑪瑙は、朱羅が彼に何をされたのかを理解し、だからこそ彼の身を再び案じた。
「…まだ痛みはするけれど、耐えられない程ではない。だから大丈夫だ」
「………」
瑪瑙は朱羅のその答えを聞き、少し間を置いて何かを考えた後、優しく朱羅を抱きしめた。
「―っ………瑪瑙………?」
ふわりと瑪瑙の胸元に誘われた朱羅は疑問符を浮かべる。
「…朱羅君の言葉は信じたいし、信じてる。……でも、朱羅君はいつも"大丈夫だ"、"心配ない"としか言ってくれないから………」
「………瑪瑙………」
瑪瑙の声は切なげで、朱羅の心の痛みを自分の痛みとして感じ、彼の代わりに受け止めているかのようだった。
「…大切な人に心配を掛けたくないって気持ちは凄く分かるよ…?私も朱羅君に心配掛けたくないから…。……でも、私達……以前までの"仲間"とは少し違う関係になれたから…。だから、私は朱羅君に寄り添って貰えるような存在になりたいの……」
瑪瑙は静かにそう話しながら、朱羅をぎゅっと抱きしめる。
瑪瑙柔らかな肌と穂のかに香る香り、そして彼女の優しい声が、朱羅が無意識のうちに見せていた虚勢を優しく溶かしていく。
「………」
朱羅は瑪瑙に抱きしめられたまま、彼女を感じていた。
「前…私が泣いてしまったとき………朱羅君は凄く優しくて………。私、凄く嬉しかったの。あの時、朱羅君は私が眠るまで傍にもいてくれた……」
瑪瑙は弱っていた自分をそっと抱きしめ、支えてくれた朱羅のことを思い出し、自分の想いを言の葉に乗せる。
「私…、朱羅君の傍に相応しい人になりたいの。だから―」
瑪瑙が言葉を続けるよりも先に、朱羅が瑪瑙の背中に両腕を回し、抱きしめ返した。
「―もう…、十分過ぎるほどだ、瑪瑙………」
「………朱羅君……?」
自分の肩に顔を埋め、力を込めて抱きしめてくる朱羅に、瑪瑙は呼び掛ける。
「瑪瑙はもう…十分過ぎるほどに俺を支えてくれているじゃないか……」
朱羅が腕を解くと自然に瑪瑙の腕も解かれ、互いに顔を確認出来る距離を空けてから、朱羅は彼女の頬にそっと手を添えた。
「俺には勿体無い程に…君は素晴らしい人だ」
朱羅は優しく微笑む。
「…朱羅君の方こそ、私には勿体無いよ…」
朱羅のその微笑が嬉しく感じた瑪瑙は彼につられてふんわりと微笑み、自分の頬に添えられた朱羅の手にそっと触れる。
「……………」
「………………………ふふ…」
互いに黙って見詰め合っていた2人だったが、瑪瑙がふっと笑う。
そして、朱羅も笑みを見せながら自然に額を合わせ、2人の時間や温もり、こころを共有する。
「…瑪瑙…」
「なぁに?」
暫くただ何をするでもなく、額を合わせたまま互いを近くに感じていたが、朱羅は少し距離を空けて瑪瑙に話し掛けると、瑪瑙は優しく微笑みながら返事をする。
「…また、抱きしめてもらってもいいか…?」
朱羅は僅かにはにかみながら、珍しく瑪瑙に自分の希望を伝える。
「うん…!」
彼自身が自分を望んでくれたことがとても嬉しかった瑪瑙は、頬を朱色に染めながら満面の笑みで答え、両腕を広げる。そして、朱羅はそっと彼女の胸元に頬を寄せた。
「………瑪瑙は暖かいな…」
朱羅は彼女に包まれ、穏やかて暖かな気持ちに包まれる。
「ふふ。朱羅君も暖かいよ」
自分の腕の中で頬を摺り寄せてくる朱羅に、瑪瑙もまた、優しく暖かな気持ちに包まれた。



*



「湊があんだけ敵対心剥き出し、みたいなことを言ったのに担当を外さないだなんて、瑠唯さんも懐が広いな」
上層部数人を交えた会議を終え、人気の少ない休憩所にやって来たのは湊と昴だった。
「懐が広い?彼が?それ、本気で言っているの?そうだとしたら、昴は相当おめでたい人間ね」
予め暖めておいたカップにお湯を注いで少し時間を置いた後、ティーバッグを静かに入れてソーサーで蓋をし、そのカップを手に持った彼女は、昴の向かい側に腰を下ろしながらそう言った。
「人を馬鹿にしてるのか?」
昴は彼女の言葉に少々ムッとしたのか、目を細めながら作り置きされていたコーヒーを注いだカップを口にする。
「彼があのまま溜め込み続けていきなり爆発させてしまったら、一体何をするかわからないからああやって嗾けたんじゃない」
「溜め込む?何をだよ」
「本当に貴方は駄目ね」
「へいへい、それは悪う御座いましたねぇ〜」
昴はチャラけた様子で彼女に返す。
「以前にも話したけれど瑠唯という人は典型的な自己愛者で、自分が欲しいものが手に入らないなんてことを考えもしない人間ね。今までだって自分で勝ち取った"戦利品"に酔いしれてきたはずよ」
「随分なものの言い方だな、お前」
「そんな人間が、たった1人の、しかも自分とは歳の離れた少年に魅せられ、1度は互いに愛し合った仲だというのに今では彼に見放され、更に、彼が本当に大切な存在を見付けていたとしたら…彼はどう思うかしら?」
「歳の離れた少年って………瑠唯さんって同性愛者なのか?まぁ今ではそれも珍しくないけど」
「…どこに論点を持って行っているのよ、昴は…」
昴が本来注目すべき箇所とはずれた部分に興味を持ったことに、湊は呆れるしかなかった。
「自己愛者で強欲な彼が、自分の愛するべきその少年に振り向いてもらえていないまま、一方的で返ることのない愛情を向け続けていれば、何れは何らかの形で爆発するに決まっているでしょう。まぁ、彼の愛情は酷く歪んでいて愛情とは呼べないものなのだけれど」
湊はそう言いながらソーサーを外し、その上にティーバッグを置き、カップを手に持って香りを楽しんだ後、ゆっくりと口に運んだ。「その爆発ってやつを少しでも軽減化させようとして、あんな嗾け方をしたって話か」
「ええ。それでも彼、大分溜まっていたとは思うけれど…まぁ、朱羅のことだもの、大丈夫でしょう」
「お前も、その朱羅って子供を迎え入れたいなら、早くスカウトして引っ張ってくればいいんじゃねーの?」
「本当に昴は頭が悪いわね。そんなことしても彼に逃げられるだけよ」
「…頭が悪いって………」
昴はカップを置き、表情を変えずに淡々とした口調で自分の目を見て話す彼女に、少なからずショックを受けたようだった。
「最終的にはきっと、彼の意思を此方側で無理に変えてしまうことになってはしまうだろうけれど、それでも私は可能な限り、彼の意思で此処に来ることを選んで欲しいと思ってる」
「瑠唯さんとは違うってことか?」
「そういうことかもしれないわね」
そう答えると、湊はカップに映る自分を見つめていた。



*



元気の良い「ご馳走様でした」の声と共に片付け担当の班員達はキッチンへ向かい、他のメンバーは食器運びや順番制の簡易入浴へと向かった。
「結局ご飯、一緒に食べそびれてしまいましたね」
優斗はテーブルを拭きながら、食器を片付ける斎に話し掛ける。
「夕飯前に呼びに行った時は後で行くって言ってたんだけどな」
斎はそう答えるが、瑪瑙の部屋にまで行ったのは本当だが、実は声を掛けてはいなかった。朱羅が瑠唯に連れて行かれた後、2人切りで部屋にいるということを考えれば、2人の邪魔はしてはいけないと考えた斎が取った行動だった。
(んー…でももうそろそろいいかな…)
斎は少し逡巡すると優斗に声を掛ける。
「俺、ちょっと様子見てくるわ」
「はい」
優斗の返事を聞くと、斎は持った食器をキッチンに持って行き、そのまま瑪瑙の部屋へと向かった。
彼女の部屋のドアの前に立つと、斎は盗み聞きする訳じゃない…と自分に言い聞かせながら、ドアにそっと聞き耳を立てる。
中からは特に声や物音はしない。それもそれで少々心配になった斎は、そっとノックをする。
「瑪瑙…?朱羅…?開けてもいいか……?」
斎は静かな声でドアの向こうにいるであろう2人に問い掛ける。
「いいよ」
中からは、斎同様小声で答える瑪瑙の声が微かに聞こえた。
「それじゃあ失礼しまーす……」
瑪瑙の返答を確認してから、斎はそっとドアを開けて中を確認する。すると―
「………って、あれ、朱羅………」
ドアを閉め、2人の様子を見た斎の目には、予想外の光景が映っている。
「…ふふ。朱羅君、熟睡してるの…」
斎の目に映ったのは、ベッドの上で瑪瑙に膝枕をされながら気持ち良さそうに眠っている朱羅の姿だった。
「…熟睡…?あの朱羅が……?」
普段は殆ど眠らず、寝たとしても小さな物音でも目覚めてしまう朱羅が熟睡していると聞き、斎は興味津々の様子で朱羅と瑪瑙の元に歩み寄り、朱羅の方を覗き込んだ。
「おお……」
瑪瑙の膝枕をされながら、長い睫毛の影が落ち、一定のテンポで動く肩。斎はその様子を確認すると彼の頬にツンと指で突くが、それでも彼は目覚めない。
「―本当だ。よく眠ってる…」
「朱羅君がこんなに熟睡するのが珍しくて嬉しくて……。ずっと見ていても全然飽きないの…」
目を細め、柔和な笑みを見せんがら瑪瑙は朱羅の頭をそっと撫でる。
「…瑪瑙と一緒だから、こんなに安心して熟睡してるんだろうな」
斎も目を細め、ふふっと微笑む。
「………ん………」
「あ…」
「お…」
2人で朱羅の寝顔を堪能していると、ふと朱羅が目を開ける。
「………」
「朱羅君、起きちゃった…」
残念そうに言う瑪瑙だったが、ゆっくりと身体を少し動かし、寝惚け眼で瑪瑙を見る朱羅に気が付く。
「…朱羅君、寝惚けてるのかな…?」
「…みたいなだ。これまた意外な朱羅の生態発見……!」
無言のまま、ただとろんとした瞳で瑪瑙を見つめる朱羅の姿を見た2人は珍しそうにそんな彼を見つめていた。
「……ん……」
「あ、起きた」
むくり…とゆっくりと両手を付き、朱羅は上体を起こし、そんな彼を近くで見下ろしていた斎は邪魔にならぬよう少し後ろに下がる。
「………瑪瑙………」
上体を起こした後も変わらず、朱羅は寝惚け眼で瑪瑙を見つめた後、彼女の名前を小さな声で呼んだ。
「なぁに?」
そんな彼に、瑪瑙は優しく微笑みながら小首を傾げ、問い掛ける。
「………瑪瑙………」
「わ、……」
「うお…!」
次の瞬間にとった朱羅の行動に、瑪瑙は少々驚いて条件反射でほんの僅かに後ろに下がり、斎は前に1歩脚を進める。
「……瑪瑙の匂い……だ………」
朱羅は瑪瑙の肩に顔を埋めて頬を摺り寄せた後、彼女の首筋に鼻を近付け、柔らかくほのかに甘い香りに恍惚としながらも安堵感を感じるような表情を見せていた。
「…意外に本能的に攻めるんだな…朱羅って………寝惚けてる所為か…?」
「朱、朱羅君………」
朱羅の意外な行動に興味津々でいる斎と、朱羅の意外で大胆な行動に驚く瑪瑙だったが、それでも彼女は朱羅を退ける訳でもなく制止する訳でもなく彼を受け入れていた。
「………瑪瑙………」
「んっ……」
朱羅は目を細め、首筋の香りを堪能した後そのまま首筋にキスをすると、瑪瑙の身体はピクンと反応を示す。
「………なんか……俺、ここにいてもいいのだろうか………って気分になるな………」
今の朱羅のを包む雰囲気が予想以上に扇情的でともて同年代とは思えない色香を纏っていた為、第三者である斎は更に距離を取り、頬を掻きながら2人から視線を外した。
「んっ…………」
「ん、………」
そのまま朱羅は瑪瑙の髪をそっと肩から下ろし、首筋に何度も口付け、時に甘噛みしながら上にゆっくりと移動し、そして彼女の耳たぶに甘噛みする。
「ふぁっ………!」
瑪瑙の肢体がビクンとが跳ね、彼女の甘い声とベッドのスプリングが軋む音が同時に響く。
彼女の体温が上がり、白い肌も朱色が帯び始め、息も少しずつ荒れていくが、朱羅はそれでも止めず、彼女もまた、そんな彼を止めなかった。
「………」
そして、居た堪れなくなった斎は無言のまま、そっとドアへと向かう。
「………瑪瑙………」
「んっ………!」
耳元で甘く囁く朱羅の大人びた声に、拭きかかる僅かな彼の息に、瑪瑙の身体は甘い反応を示す。
「…………好きだ…………」
「っ………」
今までよりも更に甘く囁くようにそう言うと、朱羅はそのまま意識を手放し、彼女の身体に凭れ掛かる。
「っ……………」
少々混乱していた瑪瑙だったが、意識を手放した朱羅がそのまままた眠りに落ちてしまったことが分かると耳まで真っ赤に染めながらも彼をいとおしげに抱きしめた。
「………って、あれ………」
ドアノブを掴んだ斎は最終確認をするべく後ろを振り返ると、朱羅が瑪瑙に凭れ掛かり、動いていなかった。
「え、えと………朱羅君、また眠っちゃったみたい………」
自分達の様子をずっと見ていた斎に羞恥心を感じている瑪瑙は、斎をチラッと1度見た後すぐに視線を外し、朱羅を抱きしめながら答えた。
「そ、そか………そかそか!そ、それじゃあ…そのまま寝かせて瑪瑙だけでもご飯にする?」
「えと………」
瑪瑙は自分の腕の中で眠る朱羅を見つめ、目を細める。
「…ううん。今夜はこのまま朱羅君といたい………から……」
いとおしげに朱羅を更に抱きしめ、彼の肩に頬を寄せた瑪瑙は静かに答えた。
「…了解。それじゃあおやすみ」
「うん。おやすみなさい」
1日の最後の挨拶を暖かな笑みで交わしてくる斎に、瑪瑙は斎を見てにこりと微笑み返した。
斎が部屋を後にした後、瑪瑙は朱羅を抱きしめたまま、数分間じっとしていたが、彼の肩に顔を埋めた後、静かに呟いた―

「……私も大好きだよ…朱羅君…」



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