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"仲間想い"だなんて思ったこともなければ、言われた覚えもない。
それでも自分の元で仕事をしている部下達の管理は自分で行いたいし、他の人間にもっていかれるのはプライドが許さなかった。

だが、気が付けばアルトゥル以外の部下達もAsuraの実験台に自ら名乗りを上げていた。






 ACT.32  平穏と不穏






「…おい、一体どういうつもりだよ、ああ?」
白い天井と壁に覆われ、必要最低限の物しか置かれていないAsuranの研究棟の一室に、男はいた。
「どういうつもりって、一体何の話かな?」
明らかに怒りを自分にぶつけてきているその男に、銀色の美しい髪を持つ白衣の女性―瑠架は、椅子に腰掛け脚を組み、カルテに目を通しながら答えた。
「何勝手に俺の部下共を実験台にしてんだっつってんだよ!」
自分の感情を逆撫でする様に自分を一切視界に入れず、平然としている瑠架に、男はテーブルを思い切り叩き、自分の感情をぶつけた。
「君達のような人種は、自分の思い通りにいかないことがあるとすぐにそうやって暴力で片付けようとするから下等生物に分類されてしまうんだよ」
軽く嘆息し、カルテを閉じた瑠架は、そこで初めてテーブル越しに立っている男―ギルヴァに話し掛ける。
「下等生物でも構やしねぇよ…。もう1度聞くが…一体どういうつもりなんだ?」
ギルヴァはテーブルから手を離し、椅子に腰掛けている瑠架を見下しながら静かに問う。
「私が何かをした訳ではないよ。あの者達の方から実験台になりたいと要求してきたのだから」
「んな訳ねぇだろ!」
ギルヴァは再びテーブルに自らの掌を力一杯ぶつける。
「それじゃあもっと分かりやすく言おうか」
瑠架は両手を太股の辺りで組み、直情的なギルヴァを見据えて続ける。

「リーダーである君が不甲斐ないからだろう?」

「…不甲斐ない……だと……?」
その言葉が深く突き刺さったギルヴァは、彼女の言葉を目を見開きながら復唱するかのように呟く。
「リーダーである君に力がないから、そんな不甲斐ないリーダーである君の下で働かされてきたあの者達は強くあろうと願ったのだろう」
「っ………」
彼女の言葉に対し、彼には返す言葉が見つからなかった。
「そんな彼等の、自分の中でいつまでも燻っていたその想いが今のこの好機を掴もうと彼ら自身で考え、動いた結果というだけで、私は一切彼等に強要などしなかった。彼等が有用なモルモットになる補償はどこにもなかったからね」
「………俺に……力がなかった………」
ギルヴァは力なくそう呟く。
「その様子だと、君自身も自分の不甲斐なさに気付いていたのだろうな。規模はそれほど大きくないながらもBHの一パーティのリーダーであり組織の古株である自分に酔いしれ、カリスマ性の欠片もないというのにそんな自分に部下達はいつまでも黙っていても付いてくると信じていたのではないか?」
容赦のない瑠架の言葉の棘が、ギルヴァの心に深く突き刺さる。
さっきまでの威勢の良さが一瞬にして消え去り、彼女の言葉に反論出来ない自分は彼女の言う通り、自分の力のなさに気付いていたことを証明していた。
「私は努力をしないことを否と思わないし、努力をしてもそれが無駄になる者達も少なくないことを知っている。だが、自分の否を認めずに他者を咎め、責任転嫁するような無責任で情けない人間は気に入らない」
「……………」
「自分の力量も知らずに大きな顔をしているような人間に、存在意義などありはしないのさ」
瑠架は表情も声質も一切変えずに淡々とそう語ったが、彼女のその態度が逆に、ギルヴァに更なる追い討ちをかけた。
「モルモットとなることで力を必ずしも得られるとは限らないが、少なくとも何もせずにいる君よりはどんな形にせよ行動を起こした君の元部下達の方がまともな人間だと私は考えるかな」
立ち尽くすギルヴァの横を通る瑠架の銀糸が静かに靡く。
「君達に兄さんが持ち掛けた"モルモット集め"の役を自ら買って出てくれたということにもなるからね。彼等の方が君よりよっぽど有益な存在だよ」
それだけ言い残すと瑠架はギルヴァにそれ以上の言葉は投げず、黙って部屋を後にした。
「っ………!」
部屋に1人きりとなったギルヴァは最後に1度だけテーブルに拳をぶつけ、少しの間黙ってその場に佇んだ後、部屋を後にした。



*



瑠唯と朱羅の最後の接触の後から3ヶ月ほどの間、朱羅達の周囲には静かなときが流れた。
朱羅の定期的に薬を渡す為に現れる瑠架との軽い接触は月に1度ほどあったが、それ以外はBHの襲撃もなければあれだけ朱羅に執着していた瑠唯の接触もその期間、一切なかった。
そのことに不安感を抱かずにいられるほど朱羅や斎達は幸せな時間を経験してきてはいないが、必要以上にBHや瑠唯による接触に怯えるような暮らしもまた、意味を成さないと考えたのだ。

そしてその3ヶ月の間に年を越し、新たな1年が始まったことも要因のひとつだった。
裕福な暮らしではないが、それでも幼い子供達が共に生活するホームでは、いつからか年を越す時にはささやかながらパーティのような催しを行うようになっていた。スラムで暮らしている以上、"普通"の生活を送っている以上にいつ、何が起こるかわからない。今では製薬会社であるAsuraの支社があるとは言え、スラムで伝染病が流行すれば危険であることには変わりはなかったし、人の出入りの少なくないこの街には協力し合って生活することを拒む者達も確かに存在した。そういう者達が暴力事件や殺人を犯すことも時にはあり、斎達と親しい人がその犠牲になったこともあった。そういう殺伐とした無慈悲な顔を持つ街に住むからこそ、生きるそのときを有意義に過ごすことに対し、斎達は努力を忘れることはなかった。
先に述べたこと以外にも、仲間との生活を有意義にしたいと願う要因が、メンバーが養子となってホームを去ることもあるということだ。
この3ヶ月の間にもトウカに良い養子縁組の話が持ち掛けられたのだ。リーダーである斎の調査や1週間ほどの共同生活の中で、その養親には問題点はなく人としても養親としても信頼することが出来、大切な仲間を預けられると判断した。
トウカはホームから離れることに対し不安や寂しさを抱いていたが、ホーム内でも幼い方に分類されるトウカには自分達以上に未来があり、この機会を逃してしまえば次はないかもしれないと斎は考え、強要することは勿論なかったが、トウカにこれは滅多にないチャンスなのだと話をした。今までもメンバーが養子として新しい道を歩み出したこともあり、最終的に幼いながらもトウカ自身が養子となることを決め、新しい人生を歩む道を歩み始めた。

いつ何が起こるのか、いつ別れが訪れるのかなんて誰にもわからない。
スラムに住んでいるからこそ1日1日を有意義に過ごす必要があるのだと、斎を始めとしたホームのメンバー達はトウカが新しい人生を歩み始めたことや新しい1年を迎えるにあたって改めて感じ、姿の見えない影に怯えて生活することを良しとしなかったのだ。

また、Asuraの支社の運営も軌道に乗り、スラムの暮らしも少しずつ変わって行った。
今まで汚れて痛んだままになっていた道はスラム街にあるとは思えない美しい道に生まれ変わり、廃墟と化していた建物や痛んだままになっていた建物等は新しい店として生まれ変わった。店が増えればそこで働く者が必要となる。働けば給与を得ることが出来、給与があれば欲しいものを購入することが出来る。そんな極単純な生活の基盤がこの街には存在せず、人々の生活は貧しいままだった。
だが、そうやって生活水準が少しずつ向上していったことにより、スラム街は少しずつ普通の街として生まれ変わっていった。勿論、未だに薄汚れて薬が売買されているような路地裏や廃屋は存在するが、今までと比べてみればその変化は歴然だ。
斎達のホームでも新しく出来た店のスタッフとして外で働くメンバーも出来、今までよりも金銭面での負担が軽減された。生活水準が向上すれば物価も上昇してしまうが、元々情報収集能力や得た情報を生かすことに長けていた斎や、昔からそんな斎に習っていた要、そして潜在能力の高さに加え飲み込みが早く即戦力となった朱羅を始めとする3本の柱の存在がホームの生活水準を向上させていった。

「ねーねー斎!今日はおっきなお肉が食べたーい!」
これから1週間の献立を考え、それに必要なものの買出しリストを書き出している斎の元には、今まで以上に少年達が纏わり付いていた。
「だーめ。そんな裕福な暮らしは人間を駄目にするのです」
斎は隣で大きな肉の要望を出した少年に答える。
「だって昔より僕達お金持ちになったんでしょ!」
「だったらいいじゃん!」
「いいじゃん!」
「お菓子だってもっと欲しいもん!」
1人の少年の要望が上がったことで、それに追随するかのように一気に声が上がる。
「ひとっていうものは、1度甘い蜜を吸うと戻れなくなるんだよ」
「僕達虫じゃないもん!」
「甘い蜜なんて吸わないもん!」
幼い少年達には斎の言葉が通じなかったようだ。
「だから、1度いい思いをしてしまうと、今のお前達みたいにあれが欲しいこれが欲しいと我侭になる。それをいちいち真に受けていたら今まで以上に貧乏な生活になるけど、それでもいいんだな?」
「……う……今までより貧乏は…やだ」
「…でもお金、今までよりあるのにどうするの?」
元から素直ではあった少年達は斎の言葉を漸く理解したが、それでもやはり幼いが故に引き下がれない部分も持ち合わせているようだった。
「お金はいくら蓄えててもいいけど、先ずは瑪瑙の薬代」
「瑪瑙のお薬代…!」
その言葉に、少年達は一瞬で反応した。
「そう。今までは最低限の薬しか処方して貰えなかったからな。瑪瑙の身体に影響を及ぼさず、でも瑪瑙の負担を少しでも軽くする薬に移行したいし」
「それなら僕達も我慢できる!」
「できるー!」
「よしよし、いい子だな!」
斎はわしわしと少年達の頭を撫でる。
「それ以外には、皆の暮らしも少しずつでもより良いものにしたいからな。ホーム内の改装とかも小規模でも始めていきたいかな。後は服とか日用品とか…」
「うー……お金があっても結局は色々なところで使っちゃうんだね」
「それが、生きてる証拠ってもんだ!」
斎は自分の考えを理解しようとしてくれている少年達に笑顔で答える。
「僕達貧乏なのに、いつも斎や要や瑪瑙達が美味しいごはん、作ってくれてるんだもんね!」
1人の少年が目を大きく見開き、斎に近付き、明るく元気のある声で語り掛けてくる。
「そうだよね!そうだよ、そうだよ!」
「それなのにわがまま言ってごめんなさい…」
「なさいー…」
1人の少年が斎に頭を下げると、周囲にいた少年達もまた、頭を下げて先程の自分達の言動に対し謝罪した。
「わかってくれればいいんだよ。これからもやりくりは必要だけど、料理の腕ももっと上げて今まで以上に美味しいご飯を作れるように頑張るからな!」
幼いながらも自分達の置かれた状況を理解し素直に謝る少年達の姿に斎は安心すると同時に、これほど幼いというのに子供らしくのびのびとした環境で生活することの出来ない子供達に、少なからず罪悪感のようなものを感じていた。
「…と、そろそろ君達の休憩時間もおしまいじゃないなかぁ?」
そこで斎は話題を変える。
「…あ!お掃除の時間!」
「いこいこ!早く行かないとごはん抜きになっちゃう!」
「急げー!」
「こらこらー!ホーム内では走るんじゃなーい!」
躾けに厳しい斎に少年達は恐らく現時点での1番の楽しみである食事を抜かれることを恐れ、バタバタと騒がしく散って行った。
「…ったく。子供なんだかそうでないんだか…」
「それはお前も同じだろう」
「うおっ!朱羅…!」
自分の注意も聞かずに走り去っていく少年達の後ろ姿を見ながら独り言ちていた斎だったが、そんな自分の背後に突如現れた朱羅に全く気付いていなかった斎は、振り向いて彼を確認すると同時に後ろに飛び退いていた。
「いるならいるって言えよ!吃驚するだろ!」
「わざわざ自分の存在を相手に伝える必要性がよくわからないし、俺はたまたま通り掛かっただけだ」
朱羅は大袈裟なリアクションをする斎に対し、表情も変えないままそう答えた。
「…ってか、俺も同じってどういうことだ?」
斎は驚いて飛び退きながらも彼の言葉をしっかり聞いていた。
「確かにあの子達に比べればお前は年長だし此処のリーダーという責任ある立場だ。だが、お前があの子達に罪悪感を覚える必要はないと、俺は思う」
「…朱羅………」
朱羅の第一印象が"ひとの感情など気にしない冷たい人間"だった斎は最近、確かに朱羅の持つ感情には欠如している部分があるのかもしれないが、だからと言って彼がひとの感情を軽視することはなく、寧ろ、恐らく本人に自覚はないのだろうが、彼はひとの感情を敏感に察知することもあるのだと考えるようになった。
自分の痛みには鈍感だと言うのに他人の痛みは敏感に感じ取る部分も持っている彼に、斎はどこか、瑪瑙や自分に似ていると感じることもあった。
「斎もまだ10台の子供だと言うのに、全然子供らしくない」
「…ぶっ…!!」
「…?」
自分の言葉に突然噴き出した斎に、朱羅は小首を傾げる。
「だってそれ………よりにもよってお前が言う?」
「俺が言うとおかしいのか」
「否、どう考えてもおかしいだろう。朱羅の方こそ俺なんかよりよっぽど子供らしくないしな」
「………」
「だろ?」
「…似た者同士と言いたいのか?」
「……まぁ、そんなとこかもしれないなぁ…」
朱羅の言葉に少し間を開けた斎は朱羅から天井に視界を移し、呟くようにそう答える。
「別に俺は今の自分の立ち位置に不満はないんだ。皆を護れることに対しても不満はない。ただ…あの子達に俺と同じ立場は経験させたくはないとは思ってる…かな」
「自覚はあるんだな」
「まぁなぁ。不満はないけど、今後のことを考えるとやっぱり不安はあるし、責任も重いしな」
「そうだろうな。お前は責任感の強い男だから」
「………まさか朱羅からそんな言葉が聞けるなんて驚きだな………」
変わらずに淡々と語る朱羅ではあったが、斎はそんな彼が自分の印象を語る上で恐らく1番在り得ないであろうと考えていた言葉を聞かされ、目をぱちくりさせていた。
「見ていれば誰でもわかる。一見軽い人間に見えるそれも、普段は演じているように見えるからな」
「演じてるって………うーん…そんな自覚はないけどなぁ…」
「あくまで俺個人の感想というだけだ。だが、斎が必要以上に責任を感じていることを案じている者がいることを忘れるな」
「…瑪瑙のことか?」
斎の表情が僅かに曇りがかる。

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