+ ACT.32  平穏と不穏 ( 2/2 ) +
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「瑪瑙は、斎が自分に、他の仲間達に寄り掛かれないでいることが心配なのだと言っていた」
「…瑪瑙は優しいからな。そうだろうとは思ってた」
斎は悲しげにそう答えながら笑った。
「でもさ、要もいるし、今では朱羅もいてくれるし。これでも俺、昔より肩の力が抜けたと思ってるんだぜ?」
先程まで見せていた表情が一変し、斎は普段よく見せる豪快な笑みを見せた。
「…それならいいんだが」
「いやさ、本当だって。俺もさ、たまーに自覚することはあるんだよ。肩に力が入ってるなって。別に頼りになる人がいないってことじゃないんだけど何でだろうな。いつからか1人で何でも背負い込むような自分になってたんだなって」
困ったようににへらと笑いながら斎はそう言った。
「俺1人の力じゃあ高が知れてるっていうのになー」
「それでも斎の存在は、此処の皆にはとても大きいものだ。でも、だからと言って独りで背負い込む必要もない」
「そういうことなんだよな。本当の仲間ってやつはさ」
「そういうことなのだと、俺も此処に来て気が付いた」
「要は勿論、朱羅のことも頼りにしてるんだからな!」
「ああ。俺も斎のこと、頼りにしている」
そこで、斎と朱羅は自然に握手を交わした。
「…朱羅、話は変わるんだけどさ…」
斎は朱羅との握手を終え、手を離しながら話題を変える。
「―瑠唯さんやBHのことか?」
斎の表情や声のトーンから、朱羅は彼が話そうとしている話題がすぐに感じ取ることが出来た。
「3か月の間、何の接触もないと流石に静か過ぎるだろ?」
「…そうだな」
「皆の前ではわざわざ話題に出すこともないとは思うけど、あの人のことを良く知る朱羅にはちょっと聞いてみたいと思ってさ。…どう思う?」
斎は周囲を軽く見渡し、誰もいないことを確認すると低めの声量で朱羅を見ながら問う。
「自分のプライドが傷付けられたままでいるような人ではないことは確かだ…。このまま何もないということはないだろう」
「当然…そうだよな」
朱羅の答えに、斎も納得する。
「警戒しておく必要はあるが…、そのことだけを意識している必要もないと思う」
「あの人のこと、四六時中意識してるのも何だか腹が立つしな」
少し機嫌を損ねたような色を表情に乗せながら、斎はそう話した。
「朱羅ー!いつまで油売ってんだよー!」
「―あ」
そんな話をしていると、背後から1人の少年が朱羅に声を掛けてくる。
「あー!斎までサボってる!」
「働かざる者食うべからず!」
続けて2人の少年達が顔を出し、立ち話をしている斎と朱羅に抗議してくる。
「済まない。今行く」
「俺も朱羅もサボってないからな!」
少年達にそう答えると、斎と朱羅は1度目を合わせ、軽く頷くとそのまま自分の持ち場へと戻った。



*



「朱羅。君にちょっと話があるんだ」
間接照明に照らされた自室に、仕事を終えた瑠唯は朱羅を呼び出し、ソファーに腰を下ろさせるとその隣に座り、話を始めた。
「明日から君の仕事を変更させることにした」
「………え?」
突然の話しに、朱羅は少々怪訝な表情を見せた。
「君には私の秘書をしてもらう」
「秘書って……でも、今の秘書の方は―」
「ああ。彼女は元々そこまでスキルが高い訳ではないからね。今日付けで辞めてもらったよ」
「辞めてもらった……?」
「彼女よりも君の方が私のことをよく理解してくれているし、能力も高い。…何より………」
そこで言葉を区切ると、瑠唯は朱羅の頬に手を添え、目を細めながら恍惚な表情で見つめ、続ける。
「…君との時間を、今まで以上に増やしたいからね…」
甘く囁くようにそう言うと、瑠唯は朱羅の柔らかな唇に自分の唇を重ねようとするが―
「―1番の理由がそれですか?」
朱羅は口付けようと近付く瑠唯から距離を取り、真剣な表情で問う。
「…愛する君と共にいたいということは…間違っているかな?」
「プライベートの時間では間違いだなんて思いません。でも、それでは公私混同だと思います」
「君の能力が長けていて、私はそれを評価しているだけだと言うのに不満かな?」
「………」
「………確かに、君の言う通り公私混同かもしれないが………」
瑠唯は朱羅の腕をそっと掴み、引き寄せて抱きしめる。
「…君がこれ以上、薬漬けにされている姿を…私は見たくないんだ………耐えられない………」
朱羅を抱きしめる彼の両腕に、更に力が込められる。
「………瑠唯さん………」
朱羅は彼の名を呼ぶが、抱きしめ返すことはなかった。

―社長のお気に入り―
最近、朱羅はAsura内で自分がそう呼ばれていることを知った。
貴重な"生けるキリス種族"の血を持つ者としての朱羅の存在意義は確固たるもので、だからこそ絶対的な存在である瑠唯が朱羅を目に掛けていると思っていたAsuraの社員達だったが、いつからか瑠唯の朱羅に対する言動が、そんな理由からくるものではないと明らかにわかったからだ。
始めは公私混同することなく、自分と朱羅の関係を公の場で見せることはなかった瑠唯だったが、気が付けば社員達がいる場でも朱羅を見掛ければ引き寄せ、口付けをするようになっていた。
そんな姿を見れば、否でも瑠唯と朱羅の関係性が"社長と被検体"ではなく"恋人関係"であると周囲は理解する。
被検体―モルモットである朱羅の立ち位置は当然、社員達に比べれば低いものであり、朱羅自身もそのことを十分理解していたし、自分の立場に不満などなかった。だが、瑠唯の自分に対する言動が変化してきたことにより、社員達が自分に向ける視線や感情も同時に変化してきたことをに対しては違和感を覚えていた。
その違和感は、陰で自分のことを"モルモットの立場を理解していない"と悪く言う社員達に対して向けられたものではなく、公私混同している瑠唯に対してのものだった。
自分はモルモットとしてAsuraに来たと言うのに、その立場を逸脱した存在意義が自分の意識とは別なところで確立されそうになっているこの現状に、朱羅は引っ掛かりを感じていたのだ。

「それに、次の総会では君のことを私の恋人…否、婚約者として紹介することに決めたんだ」
「―え………?」
瑠唯の言葉に、朱羅の目が見開かれた。
「そうすれば君はもう、社員達にとやかく言われることもなくなるだろう?」
朱羅から少し距離を取り、朱羅の顎に軽く手を添えながら瑠唯は続けた。
「君はただの被検体でいるような存在ではないんだよ、朱羅。君には他の者よりも秀でた能力があり、それは認められるべきなんだ。何よりもこの私が心から愛する者なのだから、それ相応の立場で在るべきなんだ」
「………」
彼の言葉に、朱羅は一言も返さない。
「此処は能力のある者は、例え上司と言えどもそれを踏みつけてでも上に上ることの出来る場所なんだ。だから君は、私の秘書になるべきだ」
瑠唯は目を細めながら微笑み、朱羅の唇に指を添え、なぞる。
「本当は今すぐにでも君と式を挙げ、秘書と言う役割さえもなくしてしまいたいのだけれど…それでは君は納得してはくれないだろう?」
「………式って………」

ここで朱羅は気が付いた
―自分と彼との意識の違いに

彼は自分と結婚し、恋人関係から更に発展させた関係になることを望んでいるが、自分はそんな意識などなく、自分のことを理解してくれる彼の傍にいられるだけで良かった。それ以上の関係は望んでなどいなかったのだと。
だからこそ彼の最近の言動に違和感を覚え、少しずつ彼との間に溝を感じ取ってきているのだと、朱羅は今までよく理解出来ていなかったその違和感に納得がいった。
だが、朱羅自身も彼と恋人関係であるという意識がありつつ、周囲に隠れてそんな関係でいるこの状態を、客観的に見れば必ずしも良しと出来るものではないという考えもある。いつまでもそんな中途半端な関係であることに、朱羅もどこか自責の念のような負い目のものを感じていたことは確かだった。
そんな様々な思いに、朱羅はずっと1人で悩んでいたのだ。

―1番中途半端なのは俺なんだ…

「んっ……」
「…朱羅……一体誰のことを考えている…?」
「ん、っ………んぅっ………」
ソファーに押し倒され、次第に濃厚になっていく瑠唯との口付けに、朱羅は現実に引き戻された。
「はっ………ん……………はぁっ……………、んぅっ………」
舌を絡め取り、何度も口付けてくる瑠唯は朱羅の服の中に手を差し込んだが、その手を掴んだ朱羅によって元の位置に戻された。
「………朱羅、誰のことを考えていた…?」
自分の行動を制止されたことに多少不満はあったが、愛しい朱羅に対してその不満をぶつけることなく静かに瑠唯は問い掛けた。
「…誰のことを…考えていた……?」
無意識のうちに自分の世界に意識を移していた朱羅は、瑠唯に指摘されるまでそのことに気が付かなかった。
「…私と2人きりだというのに…私以外の者のことを考えていたのかい…?」
朱羅の頬に手を添えながら、瑠唯は表情を曇らせながら問う。
「………」
彼に問われ、朱羅は自分のことを考えていたことを思い出し、言葉を発することが出来なかった。

―結局俺は……いつも自分のことしか考えていないのか………

そう考えた朱羅の影が落ちた表情を見た瑠唯は、突然朱羅の服の中に手を入れ、弄りながら彼の首筋に噛みついた。
「いっ……!」
朱羅は突然の痛みに表情を歪めた。
「―君には、いつでも私のことを考えていて欲しいんだ。他の者のことなど、例え一瞬であっても考えさせたくない」
「っ……瑠唯、さんっ………」
強引に朱羅の首筋に噛みつき、舌を這わせ、朱羅の抵抗を無視する姿に戸惑う朱羅。
「…私以外のことを考えている君は………欲しくない………」
「痛ぅっ…!」
独り言のように低い声でそう言うと、瑠唯は今まで以上の力で朱羅の首筋に鋭く噛みついた。ギリギリと歯が肌に喰い込み、朱羅は懸命に引き剥がそうとするが、そうすればするほど噛みつく力が増し、痛みも増していった。
「………それに―」
瑠唯は数十秒間朱羅の首筋に噛み付き続けた後にゆっくりと唇を離し、朱羅の目を見つめて続けた―

「君は私のものだ。だから、そんな君が私よりも劣った者達に虐げられるだなんて……私は許せない………」
「………っ……………」

朱羅は息を飲む。
そして、そう言い放つ彼からぶつけられた怒りにも似た感情によって、朱羅の身体に凍てついた悪寒が鋭く走り、冷や汗が背筋を伝う。
そんな朱羅を見つめていた瑠唯はふっと表情を柔和にし、血がじわりと滲んでいる朱羅の首筋を舐め始めた。
「………ふふ。痛みや快楽を与えられれば、その時間、君は私のこと以外考えられなくなるだろう…?」
舐めるのを止めると、白い朱羅の首筋に赤く残った自分の跡に瑠唯は満足気な笑みを見せる。
「………瑠唯さんは……本当に俺のこと………」
「…ああ。心から愛しているよ、愛しい私の朱羅………」
優しく甘い声で囁く瑠唯だったが、朱羅は彼のその言葉と、先程自分にぶつけてきた彼の"本心"との間に違和感を覚えていた。
「…………………考えさせて……ください………」
「考えさせる…?」
ここで、朱羅の言葉に瑠唯は初めて耳を貸した。
「………突然、皆さんに瑠唯さんとの関係を公表されることも………式……を挙げることも………俺にはまだ、よくわからないんです…」
「………朱羅。君は私と結婚したくないと言うのかい?」
そう問い掛ける瑠唯の表情に、目の前にいる恋人を愛しく想う以外の色が乗せられていることに朱羅は気が付いた。
「………済みません………」
はっきりしない優柔不断である自分の不甲斐なさを痛感した今の朱羅が、彼に返すことが出来る言葉は謝罪の言葉だけだった。
「………」
朱羅の言葉にはいつでも何かしら返してきた瑠唯が、この時、初めて言葉を返さなかった。
「……………済みません………」
雰囲気が凍てついた現状に、朱羅は謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
「………君が、ここで謝罪の言葉を口にするなんて思ってもいなかったよ」
静かにそう答えると、瑠唯はその場を離れた。
「………」
「いいだろう。君に3日、時間を与える。」
「………ありがとう…ございます…」
「………」
上体を起こし小さな声でそう答え、両手を握りしめる朱羅の姿を、瑠唯は静かに見つめていた。
「………朱羅………」
「っ………」
顔を俯かせていた朱羅だったが、視界に黒の革靴が映ったと同時にふわりと抱きしめられた。
「………君を責めるような言動をとってしまったね………済まない………」
「えっ………」
瑠唯の思わぬ謝罪の言葉に、朱羅は驚く。
「君と私の想いは一緒だとばかり思っていたから………少し驚いてしまってね……」
抱きしめながら、瑠唯は優しい声でそう話しながら朱羅の頭をそっと撫でる。
「………済みません………」
「…謝ってばかりだね、朱羅は………」
哀しげな声で瑠唯は言う。
「…でも、確かに今回は1度に事を進め過ぎてしまったね…」
朱羅と距離を取り、朱羅の表情を確認しながら頬に手を添え、瑠唯は続ける。
「でもせめて、君の被検体としての立場を変えることは納得して欲しい」
「………秘書として…働くことになるんですよね…」
「始めは補佐を付けるから心配することはない。君になら出来る」
「………わかりました…」
瑠唯が案じていることと自分が考えていることに差異を感じながらも、いつまでも我儘ばかり述べている自分の姿を恥じた朱羅は、瑠唯の申し入れを受けれることにした。
「…そうか、良かった」
瑠唯はふわりと微笑むと、再び朱羅を抱きしめた。
「―朱羅………。私は君を愛してる………」
「………ありがとう…ございます」
そう答える朱羅を抱きしめる瑠唯だったが、その表情から笑顔は消えていた。



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