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「君が、葉月瑪瑙さんだね」
突然、瑪瑙は後ろから声を掛けられた。






 ACT.33  説得の依頼






瑪瑙はその日、買出し班の一員だった。
普段、瑪瑙は体調のことや治安のこともあってホーム内、若しくはホームに近い所での仕事が多かったが「たまには外に出てみたい」「変わった街を実際に見てみたい」という彼女自身の申し入れにより、今日はホームから出て、外に買出しに行ける事になった。
そこまで必要な物が多い訳ではなかったが、年の為にと、斎がいつもの薬を彼お手製の可愛らしい巾着袋に入れて持たせてくれた。こういう細やかな気配りが出来る斎のことを、彼女が改めて尊敬し直した瞬間だった。
そして、瑪瑙が斎と共にリストアップし、書き出した買い物メモと財布を持ち、瑪瑙の他に3人のメンバーで買出しに出掛けた。
街の中心地から少々外れた静かな場所にあるホームの周辺は以前とあまり変化がなく、目新たしいものもなかった。だが、ホームから10分程歩き、ホームのある通りから1本中に入ると、瑪瑙は目をぱちくりとさせた。
「わぁ………」
話には聞いていたが、以前とは変わった街を実際に目にしたのは初めてのことで、自然に感嘆の声が出ていた。
「人が沢山いるし、お店も増えてる……!」
放浪者や貧困層の者達が多かったとは言え、今瑪瑙の前に広がる大通りに集う人々の数はそれを容易に超えていた。道も綺麗に舗装され、両脇にはレトロな店や可愛らしい外装の店等、今まで此処では見たことのない店が軒を連ねていた。
「凄いなぁ…。こんなに賑やかになってたんだね…」
瑪瑙はゆっくりと歩きながら周囲をきょろきょろと眺めながらそう言った。
「ほんと、Asuraの支社が出来てからの変わりようが半端無いよな〜」
「そうだねぇ。まさかこんなスラム街が他の大きな街と比べても負けないような立派な街になるなんてねぇ」
瑪瑙の言葉に続き、同じ班の少年達が彼女同様、周囲を見渡しながら感想を述べた。
「…っと、見惚れてばかりいられないね…!お買い物お買い物」
瑪瑙はハッと我に返り、薬の入っている巾着袋から買い物メモを取り出し、広げる。
「あんまり数も多くねぇし、別れてちゃちゃっと買ってこようぜ」
少年が1人、提案する。
「でも瑪瑙を1人にするのは何だか危ないし、2人1組にしようよぅ」
「うん。そっちの方が安全だね。それじゃあそれぞれ分担して買出しに行き、30分後にまた此処で合流しよう」
そうして2人1組のペアになり、瑪瑙は少年と2人買い物を始める。
「えっと、小さめのボウルにお皿が5枚、スプーンとフォークが3本、透明な袋が10枚…だね」
瑪瑙はメモを読みながら今から買う物を再確認する。
「その皿は昨日アンスズとパースの問題児組が割った皿だよね、どう考えても」
少年は瑪瑙の隣を歩き、苦笑しながら言う。
「ふふ。2人も、身体も完全によくなったみたいで安心するよね」
口元に指を軽く添え、瑪瑙は笑みを零しながら答える。
「安心と通り越して迷惑でもあるけどね。―あ!台所用品店発見!あっちだあっち!」
瑪瑙より背の高い少年は前方にある目的の店を一足先に見付けると、瑪瑙を1度見て店の方を指差し、通りにいる人々を上手く避けて先に行ってしまった。
「ルアン君も未だ未だ可愛いな」
成長期の少年―ルアンはここのところぐんぐんと縦に伸び、ホーム内でも上位の長身の持ち主となった。そして変声期も終わり、声変わりをした彼の声は大人っぽいものとなり、仲間達からも驚かれたり茶化されたりしていた。
そんな彼の成長を見ていた瑪瑙だったが、未だ未だ子供らしい一面が残っている姿を見て微笑ましく感じた。
自分の前を駆け足で店に向かうそんな彼の後姿を追っていた瑪瑙は脚を進めていたが、そこで突然、後方から声を掛けられた。

「君が、葉月瑪瑙君だね」

「―え…?」

人が多くざわめきも多い場所だというのに透き通るような、でも微かに感じる翳りのようなものを乗せた声がはっきりと瑪瑙の耳に入り、彼女は後ろを振り返った。
「……貴方は……」
美しい銀色の髪に濃い空色の瞳―
それは見覚えのある姿だったが、以前に見掛けた人物は今目の前に立っている白のスーツを身纏った濃い空色の瞳の青年とは異なり、黒のボディスーツを身に纏い、彼と同じ美しい銀色の長髪に透き通った空色の瞳を持つ女性だった。
「私は皇瑠唯。Asuraの代表だ」
「……貴方が、瑠唯さん…」
彼の名前を聞いた瑪瑙の表情と声色が少々固くなる。
「その様子だと…朱羅から話は聞いているのかな?」
「はい。朱羅君から話は聞いています」
瑪瑙は背筋を伸ばし、目の前に立つ異様とも言える雰囲気を持つ彼の目を真っ直ぐ見つめ、答える。
「とても愛らしい姿なのに凛とした雰囲気も持っているだなんて、君は素晴らしい女性のようだ」
「私に、何か御用事があるのですか?」
「朱羅の知り合いである君に声を掛けてはいけないだなんて法律はないだろう?」
「でも、用事がなければ声を掛けることもないのではないでしょうか」
毅然とした態度で瑪瑙は答える。
「…君も、何処となく朱羅に似ているのかもしれ。―まぁ、確かに君に用があるから声を掛けたのだけれどね」
「朱羅君のお話ですか?」
「ふふ、流石に察しはつくだろうね。君のいう通り朱羅のことで話がしたくて声を掛けたんだ。これから食事でもしながらどうかな?」
"どうかな?"と瑪瑙に問い掛けながらも彼女が自分の誘いを拒むことを許さない威圧感が、彼の声質や雰囲気から十分に感じることが出来る。
「―わかりました。でも、突然いなくなると心配するので友人に一言言ってきます。」
「わかった。それじゃあこの辺りで待っているから」
「はい」
瑪瑙は短くそう返事をするとその場から去り、ルアンを追って店に向かう。
「あ!瑪瑙…!」
店の近くではぐれた瑪瑙を探してうろうろしていたルアンは、こちらに向かってくる瑪瑙を見付けて駆け寄る。
「瑪瑙ごめん。俺、勝手に走って行っちゃって」
ルアンは瑪瑙と合流すると頬を軽く掻きながら謝罪する。
「ううん、大丈夫だよ。お店は私にも見えていたからわかっていたから」
そんなルアンに瑪瑙はふわりと微笑み、答える。
「それじゃあさくっと買って戻ろうか!」
「ルアン君、ごめんなさい。買い物はルアン君に任せてもいいかな…?」
申し訳なさそうに瑪瑙は話を切り出す。
「―え?あ、いや、別に買い物くらいなら1人でも出来るけど、どうかしたの?」
「ちょっと知り合いの人と会って、話でもしようってことになったの」
「瑪瑙の知り合い?昔の知り合い…とか?」
「昔の―という訳ではないけれど…大事なお話なの」
瑪瑙は真っ直ぐルアンを見つめてそう答えた。
「わかった。それじゃあ俺が買い物しておくから、ゆっくり話してくるといいよ!」
「ごめんなさい、ルアン君。ありがとう」
笑顔で瑪瑙のお願いを受け入れたルアンに対し、申し訳なさそうな表情ではあったが瑪瑙は柔和な微笑を見せた。
「帰りはどうする?さっきの待ち合わせ場所で皆で待ってようか?」
「ううん、大丈夫。ホームまでそんなに離れていないし。カミュ君達と合流したら先に戻っていて大丈夫」
「そっか、了解!ま、俺達には斎特製のチョーカーもあるしね!」
「うん」
「それじゃあ瑪瑙、気を付けて!」
「ありがとう、ルアン君。それじゃあ行って来ます」
店の前でルアンと別れ、瑪瑙は再び瑠唯と会った場所に戻ると、瑠唯は近くの店の前で商品を眺めながら待っていた。
「早かったね。それじゃあ行こうか。店までは近いから徒歩で構わないかな?」
「何処のお店でお話をするのですか?」
瑪瑙は瑠唯の元に戻り、問い掛ける。
「君は未だ知らないかな?この近くに洒落たカフェがあってね。飲み物は勿論、食事もなかなかいけるんだ」
「カフェ…」
「他の客も沢山いるから安心していい。可笑しな真似はしないつもりだから」
"つもりだから"と曖昧な答えをする瑠唯に対し、瑪瑙は警戒心を強くした。
「さぁ、行こう」
瑠唯に誘われ、瑪瑙はそのまま彼について歩き出した。
昼が近くなってきたのか、人々が飲食店に入っていく姿も多く見受けられた。以前までは飲食店など殆どなく、酒飲みが集まる古びたバーがある程度だったが、今ではそんな店も増え、夜もそこで過ごす人々が徐々に増えていると要が話していたことを瑪瑙は歩きながら思い出していた。
「この街も以前までとは随分変わっただろう?」
「はい。短い期間で、とても変わったと思います」
「まだ開発が進んでいない場所はあるけれど、この大通りを見れば此処がついこの間までスラム街だったなんて誰が信じるだろう」
瑠唯は周囲を軽く見渡しながら、楽しげにそう話した。
「あ、見えてきた。ほら、あの店だよ」
瑠唯が指を指した方向には瑪瑙が予想いたよりも広く、ナチュラルテイストな店先に並んだ植物達が美しく彩りを添えている温かみのあるカフェだった。
「女性の君なら気に入るんじゃないかと思ってね」
「可愛らしいお店ですね」
店の印象を素直に答える瑪瑙。
「植物は残念ながら自然のものではなく作り物なのだけれどね。それでは瑪瑙君、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
店のドアを開け、瑠唯がエスコートをすると、瑪瑙は店内に入る。
中も外見同様木造で、可愛らしくお洒落な雑貨も所々に配置され、暖かく落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「君の好きな場所で構わないよ」
瑠唯にそう言われた瑪瑙は、店の中央付近の席に脚を進ませた。
「それではこの席がいいです」
「それじゃあこの席にしよう。さぁどうぞ」
瑪瑙の立つ席の椅子を静かに引き、瑠唯は笑顔でエスコートする。
「ありがとうございます」
彼のエスコートを素直に受け取り、瑪瑙は席に腰を下ろした。
「それじゃあ何がいいかな?なんでも好きなものを選んでくれて構わないよ。勿論私が支払うから安心していい」
瑪瑙と瑠唯は4人席で向かい合わせになって腰を下ろしていた。瑪瑙をエスコートした後、彼も腰を降ろし、机の脇に立て掛けてある小さめだが頁数の多いメニュー表を手に取り、瑪瑙に見えるように開いて彼女の前に置いた。
瑪瑙は「ありがとうございます」と答えた後、一通りメニューを確認した。店員の手描きだろうか。飲み物やデザートなどのイラストが丁寧に描かれており、温かみのあるタッチと色合いが店にとてもよく合っていた。全体の割合としては、飲み物やデザートが3分の2で軽食を含めた料理が3分の1といったようだった。
この辺りに住んでいるような貧困層には馴染みのないメニューばかりで、恐らく初めて訪れた時には戸惑うだろうが、元々は裕福な家庭で育った瑪瑙には馴染みがあり、懐かしいメニューが沢山並んでいた。
「それでは……ホットミルクティーでお願いします」
「それだけでいいのかい?甘い物もいいんだよ?」
「いえ、大丈夫です」
「君がそういうならそれでいいよ。サイズはSかな?」
「はい」
瑪瑙の返事を聞くと、瑠唯は注文をしようと店内に視線を送る。するとすぐに小型の端末を持った店員の女性が1人やってきた。
「ご注文でしょうか?」
女性店員は1度2人に一礼すると笑顔でそう尋ねてきた。
「ああ。ホットのミルクティーがひとつと、同じくホットのクィーンアンをひとつ頼む」
「かしこまりました。少々お待ちください」
端末に素早く注文を打ち込むと女性店員は再び一礼し、去って行った。
「―さて……」
女性店員が離れてから、瑠唯はテーブルの上で軽く両手を合わせ、瑪瑙を見つめて話を切り出す。
「朱羅は元気にしているかな?」
「はい。変わりなく」
「そうか。それは良かった」
瑪瑙の答えを聞き、瑠唯は目を細め、ふわりと微笑んだ。
「―それで、君と朱羅との関係を聞いてもいいかな?」
先程の柔和な笑みと変わりない筈の彼の表情だったが、そう尋ねる彼の中には何か深い闇のようなものが感じ取れた。
「私と…朱羅君の関係……?」
「ああ。"ただのお友達"という訳ではないのだろう?」
瑠唯は肘をテーブルの上に立てて両手を組み、その手に顎を乗せ、瑪瑙に問う。
「―私と朱羅君は、深い絆で結ばれた関係だと、私は感じています」
真っ直ぐに瑠唯を見据え、瑪瑙は背筋を伸ばし、凛とした態度でそう答えた。
「…それはつまり、"恋人関係"…と、とっていいということかな?」
「そうとって頂いて構いません」
「君は自分からそういうことを言う人間ではないと思っていたけれど、それだけ自分を想う朱羅のことを信頼している……といったところかな?」
瑠唯は動揺する事もなく、冷静にそう答えた。
「朱羅君から瑠唯さんのお話は窺ってます。朱羅君と貴方が、どういう関係だったのかということも」
瑪瑙は変わらず、彼の目を真っ直ぐ見つめ続けていた。
「君よりも私の方が共に過ごした時間も、共に身体を重ねた時間も長いのだよ、瑪瑙君」
「自分の居場所を見つけ、その場所に留まるのか、それとも離れるのか、それを決めるのは朱羅君自身です。だから、私や貴方がどうこう言えることではないんです」
「………成程ね。確かに朱羅が君に惹かれてしまうのもわからないでもないか……」
頬杖を付き、目を細め、瑪瑙を見ながら瑠唯は続けた。
「―だが、君は彼の中に宿るキリス種族の血が暴走した朱羅の姿も、性欲を発散出来ずに苦しみ耐える朱羅の姿も、見たことがないのだろう?」
「………」
彼のその言葉に、瑪瑙は答えなかった。
「…やはりな。未だ朱羅の本当の姿を君は知らないのだね」
フッと、瑠唯は優越感に浸るような笑みを零した。
「自分の中に宿る血や種族のことやその対応策、その血によって強いられる強い性欲の発散方法も、朱羅に教えたのはこの私なんだよ。そのことについて、朱羅自身を感謝していると言っていた」
「………」
「そう言った意味で、朱羅にとって私は"特別な存在"なのだよ。私がいなければ、朱羅はとっくに血に飲み込まれ、人間ではなくなっていただろうからね」
「私の知っている朱羅君は、確かに瑠唯さんの知っている朱羅君よりもずっとずっと狭いものだと思います。それでも私は、今の朱羅君を愛しています」
今まで口を閉ざしていた瑪瑙だったが、自分の真っ直ぐな気持ちをそのまま瑠唯に伝える。

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