+ ACT.33  説得の依頼 ( 2/2 ) +
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「…それでは、"コレ"を見てもそんなことが言えるかな?」
そう言うと、瑠唯は二つ折りになっている小さな端末を取り出し、テーブルの上に乗せる。そして片面を開き、右端にある小さなボタンを押した。
すると、片面の液晶部分に薄暗い映像が流れ始めた。
「…これは……何の映像ですか…?」
「見ていればすぐに分かるよ」
瑪瑙の目の前で再生を続ける映像の中には、真っ白な空間―恐らく真っ白な室内の壁に飛び散った大量の血が映し出されていた。
真っ赤な絵の具を壁にぶちまけたかのように見える真っ赤な壁からカメラが更に下に移動すると、小柄な少年と思われる人物が映し出された。
「……この人……」
何かを感じ取った瑪瑙は、目の前に映し出されている少年に視線を集中させる。
その少年は俯いていて顔がわからない。
だが、手には真っ赤になった刃渡りが長めのナイフを手にしっかりと持ち、佇んでいる。
数秒間その少年を映し出していたカメラはすぐにパンをした。
そしてそこには、悍ましい光景が広がっていた。
そこに映し出されたのは、何人もの人間の死体。
腹に深々と刻まれた裂傷跡が残る死体や、首から上がなくなっている死体、腕が切り落とされている死体と言った惨たらしい肉塊と化した人間の死体が、周囲にいくつも映し出されていた。
まるで残酷なスプラッタ映画のワンシーンを見せられているような感覚も覚えるが、何故か瑪瑙には目の前の映像が偽物だとは思えなかった。
そうしているうちに、先程僅かに映し出されていた少年に再びカメラが向いた。
死体の中心に立っているその少年に、カメラが少しずつ近付いていく。カメラを回している人間も恐怖に慄いているのか、映し出されている映像がずっとブレており、カメラを回している人物自身もその信じられない惨たらしい現実に震えが止まらなかったのだろう。1歩、また1歩と少年に近付いていく映像に呼吸を忘れてしまいそうになる程に、瑪瑙は視線を外すことが出来なかった。
そうやって近付いていき、まだ俯き、顔が前髪によって隠れてはいるが、漸く彼の顔が認識出来るであろう距離にまで近付くことが出来た。少年の顔には大量の返り血が浴びせられており、髪からも赤い滴がぷたりぽたりと止まずに落ち続けている
「………」
瑪瑙は既にその人物が何者であるのか、理解したようだった。
そんな彼女を、テーブル越しにいる瑠唯は不敵な笑みで見つめていた

「………朱羅君………」
ここで、瑪瑙の中にあった予測は確信へと変わった。

大量の返り血を浴びていて、普段は紫色を宿している彼の瞳が紅色に染まってはいるが瑪瑙には彼が朱羅であることが分かった。
「お待たせ致しました」
2人の間の空気を僅かにでも変えるかのような女性店員の明るい声が瑪瑙を現実に引き戻す。
「ホットのミルクティーとホットのクィーンアンです」
静かにカップを置き、可愛らしくも控えめな飾りが淵を彩るシュガーポットを中央に置き、端末に映し出されている映像には気付かないまま一礼し、女性店員は去って行った。
「それを飲みながら続きを見てもらって構わないよ」
瑠唯は唇を三日月に歪めながらカップを手に取り、紅茶を口にした。
「………これが、貴方の言う"本当の朱羅君"…なんですよね」
瑪瑙は映像から視線を外し、紅茶を嗜む瑠唯に視線を向け、問う。
「ああ、そうだよ。分かっているとは思うけれど、それは作り物ではない。全て本当に起こった出来事を記録した映像だ」
3口程紅茶を口にすると、瑠唯は静かにカップをソーサーに置いた。
「こんな血塗れで血に飢えた獣を内に宿している朱羅を見ても、君は未だ心から彼を"愛している"だなんて言えるのかい?」
今まで見せていた笑みは消え、瑪瑙を問い詰めるような威圧感をぶつけるような口調と表情で、瑠唯は問い質す。
「それでも、私が朱羅君を想う気持ちに変わりはありません」
「…暴走した朱羅を、華奢で健康に問題のある君でも止められるとでも言うつもりかい?」
瑪瑙の変わらぬ芯の強さに、瑠唯は苛立ちを覚え始めているようだった。
「確かに私は、まだ実際にこの目で暴走する朱羅君を見た訳でもなければ、朱羅君の中に流れる私達とは異なる血に苦しむ朱羅君を救い出せるだなんて思ってはいません。―でも、寄り添い、共にその苦しみを分かち合うことは出来ます」
「寄り添い、分かち合う?そんな気安めが、一体朱羅の何になると言うのかな?」
「私には、貴方のように専門の知識もなければ、資金も物資も何もありません。そんな貴方から見れば、私のような弱者が大切な朱羅君の傍にいることは許し難いことなのでしょう」
「君達のような10台の少年少女はまだ現実というものを知らずにいて、ただの理想論しか語れない脆くて弱く、そして愚かな生物だからね。そんな者達ばかりが集まるあの場所に、私の大切な朱羅をいつまでも置いておきたくはないんだよ。人にはそれぞれいるべき場所、持つべき地位、共に在るべき伴侶というものが決まっているんだよ」
「……貴方は、私にどうして欲しいのですか?」
瑪瑙は改めて、彼の目的を尋ねる。
「何、簡単なことさ。君が朱羅に私の元に戻ってくるよう説得してくれればそれでいい」
「説得…?」
「ああ。どうやら朱羅は君に1番惑わされてしまっているようだからね。だからそんな君から朱羅に言えば、彼も素直に私の元に戻ってくると思ってね」
瑠唯は目を細め、瑪瑙を一瞥しながらそう答えた。
「例え私が朱羅君を説得したとしても、朱羅君が貴方の元に戻る保障はどこにもありません」
「だったら君が朱羅に"本当は貴方のことが嫌い"とでも言えばいいんじゃないかな?」
「何故、そういう話になるのですか?」
「朱羅の在るべき場所は私の隣と決まっているんだ。君の隣じゃない。朱羅のことを本当に大切に想っているのなら、嘘を吐いてでも彼を私の元に戻すべきだろう?」
瑠唯の中では、朱羅は自分の元に在るべき存在で、他の場所にいる彼は認めないという一方的で強引な想いしか感じ取る事が出来ず、朱羅を想う気持ちが、本当に彼の中に在るのか、瑪瑙は疑問に感じた。
また、自分の元に在るべき存在だと何度も口にし、瑪瑙やホームに住む者達を劣等種として見下していることが窺え、自分はそんな劣等種よりも優れた存在なのだと思わせるような言葉を口にしながらも、劣等種であるという瑪瑙に朱羅のへの説得を持ちかけている時点で、彼は既に朱羅のこころが自分から離れ切っていることを感じ取っているのだということも分かってしまった。
「その申し出はお断りします。私には出来ません」
「………出来ない?何故だい?」
瑠唯を纏う空気が一気に凍てつく。
「私が朱羅君の傍にいたいと願っているからです。だから、私は朱羅君を説得出来ません」
彼の明らかな怒りを感じながらも、瑪瑙は恐れず、屈せず、自分の素直な気持ちを口にする。
「……君も外見とは違って随分と強情で可愛げのない子供だな……」
眉間に皺を寄せ、低い声で呻くように言う瑠唯。
「それに何より、貴方が本当に朱羅君を大切に想っているのか、私にはどうしてもわかりません」
「私以上に朱羅を愛せる者などいるものか!」
張り裂けるような怒号と共に、瑠唯が強く握り締めた拳でテーブルを叩きつけた衝撃音が静かで落ち着いた店内の空気を一変させる。
「お…お客様……。大きな声を出されては他のお客様のご迷惑に……」
「貴様………私を誰かと知っての言動か?」
瑠唯の行為に対し、すぐに駆けつけた男性店員は注意を促すが、瑠唯は今にも彼を殺してしまいそうなほどの殺気を漂わせながら彼に言葉を吐き捨てた。
「でっ……ですがお客様が一お客様であるように、他のお客様も―」
「―黙れ」
「がっ……!」
自分に逆らうその男性店員に、瑠唯はゆっくりとその場に立ち上がり、彼を正面に捉えた後、大きな手で彼の首を締め付け始めた。
「止めて下さい…!」
瑠唯はその場に立ち上がり、瑪瑙は叫ぶ。
「お前達のような下等生物が私を侮辱するなど何たる愚行…」
「がっ……!!」
ギリギリと締め付けられる男性の顔色はあっという間に青白くなっていき、必死に瑠唯の手を引き剥がそうと両手で彼の手を引っ掻いたり抵抗を見せるが、瑠唯の手はびくともしなかった。
「その人は関係ありません!止めて下さい!」
「小娘は黙ってろ」
「あっ…!」
自分を止める為に駆け寄って来た瑪瑙を、瑠唯は空いているもう片方の手で払い除ける。身軽な瑪瑙は簡単に吹き飛ばされ、隣のテーブルと椅子に頭部や身体をぶつけてしまった。
「お、お客様…お客様…!」
泣きそうに声や身体を震わせながらも別の女性店員がやって来て止める様に言うが、瑠唯の耳には一切その言葉は入っていないようだった。
「お前達のような下等生物は床でも這って惨めに生きていればいいものを……」
「ぐ、ああああ…………!」
少しずつ口から泡が零れ始め、眼球も血走り、そろそろ彼の命が尽きようとしたその時―

「今すぐに手を離して下さい。瑠唯さん」

店内にいる誰もが瑠唯の凶行に怯えきっていた中、凛とした美しくも力強い声がその場に響いた。
「…朱羅……」
その声の主を確認した瑠唯の表情が一気に柔和な笑みに変化し、男性を締め付けていた手の力も抜け、解放された男性はその場に崩れ落ちると共に身体を小さくし、何度も何度も咳き込んでいた。
「ああ……朱羅。まさか君の方から私の元に戻ってきてくれるだなんて……」
瑠唯は目の前に立つ愛しい朱羅に両腕を広げながら向かうが、彼はすぐに瑪瑙の元に駆け寄った。
「瑪瑙…大丈夫か…?」
「………朱羅、君………」
未だ頭部の鈍痛が抜けない瑪瑙だったが、朱羅の優しい手が自分に触れると、自然にその痛みが引いていくようだった。
「………」
瑠唯は2人の前で脚を止め、黙ってその光景を見下ろしている。
「戻ったルアンに話を聞いて、胸騒ぎがして探していたんだ」
「…心配掛けてごめんなさい…」
自分の頬にそっと手を添えて自分を案じる朱羅を見ると、瑪瑙は自責の念に駆られた。
「…彼と1人会うだなんて危険な行為だ」
「…酷い言い方だね、朱羅」
「―実際、貴方は瑪瑙に手を出した」
自分の言葉に反論する瑠唯に、朱羅は瑪瑙を庇う様に彼女の前に身体を移動させ、自分を見下ろす彼を真っ直ぐ見据えた。
「それは、彼女が強情で君を手放したくない等という戯言を口走るからなんだよ、朱羅」
膝を折り、朱羅と視線を同じ位置にした瑠唯はそう言いながら朱羅の頬に手を伸ばすが―
―パンッ…
「っ……!」
朱羅は躊躇なく、その手を払い除けた。
「………朱羅………」
瑠唯は朱羅のその行為に目を見開き、驚いた様子を見せる。
「俺に手を出すのなら構いません。俺はそれだけのことを貴方にしてしまったから。―でも、瑪瑙に手を出したからにはもう、貴方を許すことは出来ません」
そう語る朱羅の菫色の双眼には、大切で愛しい存在である瑪瑙に暴力を振るった彼を、その言葉通り、許せず、静かながらも確かな怒りを感じている紅の色が滲み出ていた。
「…ああ……………朱羅の病気は、私が考えていたより深刻化しているようだね………」
静かに、低い声でそう言うと瑠唯はゆっくりと、そして静かにその場に立ち上がり、凍てついた瞳で朱羅を見下ろした。
「今回は最後のチャンスを与えたつもりだったのだけれどね………。そうか、とても残念だよ。本当に、残念だ…」
変わらずに凍てつき、瞬きすらしない瑠唯の表情は酷く淡白で、彼のこころが完全に壊れてしまったかのようにさえ感じた。
「…例え子供だとしても、自分達の取った行動には責任を負うべきなんだ。賢い君にならわかるね、朱羅……」
「俺はもう、迷いません。貴方に今まで感じてきた負い目も捨て去ります。貴方は今日から俺の敵です」
「………それでもいいよ、私の愛しい愛しい朱羅…。君がそれだけ私を意識してくれているのなら………」
最後にフッと、朱羅に柔和な笑みを向けると、瑠唯は背中を見せ、店の出入り口に向かって行く。
「騒がせてしまって済まなかった。飲食代と店内の修理費だ」
財布から何枚か札を出すと、怯えて距離を取っているレジの店員にそう言い、瑠唯は去って行った。
「…瑪瑙、本当に大丈夫か?」
すると朱羅はすぐに瑪瑙の身を案じた。
「大丈夫。少し頭と背中を打っただけだから。それより店員さんが……」
瑪瑙は朱羅の背後で怯えきっている店員に視線を向けた。
「…大丈夫ですか…?」
朱羅は静かに、そっと声を掛ける。
「さっき…は、き、気付かなかったけど………あの人、もしかしてAsuraの………」
男性は身体をまだ僅かに震わせながら続けた。
「…Asuraの……皇瑠唯…代表じゃ………」
「ええ。そうです」
「きっ…君達は……あ、あの人と知り合い……なのか…?!」
「…ええ、一応は…」
「だっ……だったら頼む!あの方にこの店を潰さない様説得してくれ…!!」
男性は突然、朱羅の両肩を力強く掴み、懇願するかのようにそう言ってきた。
「―え……?」
「わ、私は元々っ……苦労してやっと立ち上げた会社をライバル会社に潰され、たっ…多額の借金を背負ってしまって……妻と子供には逃げられ……次の仕事も見付からないまま各地を転々としながら、こ、此処に辿り着いたんだ……。暫くは此処で惨めな生活をしていたが……やっと…やっと、再出発が出来ることになったんだ!この店の店長として……!」
「………」
「地道にでも金を溜めて妻と子供を養えるようにな…なったら…、2人を迎えに行くって……そう……決めてて…………」
そう語る男性の瞳からは涙が溢れていた。
「だっ………だから、やっと…やっと就けたこの仕事を……失いたくないんだよぉ………」
そして、男性はその場に泣き崩れてしまう。
皮肉にも、自分の首を締め付け、殺そうとした瑠唯に懇願し、頭を下げるような言動を見せるこの男性を見て、朱羅は瑠唯がこの街にもたらした繁栄を実感すると共に、その影に隠れた負の現状も見てしまった。
仕事もなく、資金もなく、家族や恋人達を失ってこの街にやって来た者達にとって、自分達に仕事を与え、衣食住は勿論、再び家族を持つ機会を与えてくれた瑠唯の存在は、とても大きなものだったのだ。
「……きっと大丈夫です」
「……え……?」
朱羅はそっと、その男性の肩に手を添える。
「彼は…このお店を潰したりはしないと思います」
「ほっ……本当……かい…?」
男性は縋るように朱羅の肩に手を乗せ、問う。
「ええ」
「そうか……そうかっ…………良かった……良かった………」
そして再び、男性は泣き崩れた。
朱羅は、瑠唯が小さな店一つに意識を向けることなどないことを知っていた。
だから、例え気に障った店員が1人いようとも、彼にとって"下らない"、"時間と労力の無駄"と取れる行為を嫌う彼が、この小さな店ひとつを潰さないと分かっていたのだ。
「……瑪瑙。俺の所為で危険な目に遭わせてしまって本当に済まない……」
朱羅は再び瑪瑙に身体を向け、彼女に謝罪する。
「朱羅君の所為じゃないよ…?」
瑪瑙は朱羅の頬に手を添え、ふわりと微笑む。
「瑠唯さんの誘いを受け入れたのは他でもない私自身で、話をしようと思ったのも私。…それに、瑠唯さんとは1度、話をしてみたいと思っていたから」
「…瑠唯さんと…?」
「うん。朱羅君が惹かれた人だったから、どんな人だったのか実際に会って、お話をしてみたいと思っていたの」
「………瑪瑙………」
「でも、今回会ってお話して……私、彼に朱羅君を返したくないって……そう…思ったの……」
「…瑪瑙……?」
「…彼がいい人で、朱羅君を私よりもずっとずっと幸せに出来るような人だったら、きっと私は迷った。―でも、瑠唯さんはそういう人ではないと、お話して分かったから…」
「…俺も、瑪瑙の傍にいたい」
「…うん………私も、朱羅君と一緒にいたい……」
そして、朱羅と瑪瑙は互いのぬくもりを共有するかのように抱きしめ合った。



+ ACT.33  説得の依頼 +  Fin ...

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