+ ACT.34  覚醒と変化 ( 2/2 ) +
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朱羅は不器用で言葉足らずで誤解を受けるような言動が目に付いたが、それは本当の彼の本質ではないと、瑪瑙は始めから感じていた。本当は相手のことを考えて、本当の意味での"優しさ"を見せることの出来る人なのだと。
だが彼は、自分の存在自体に罪悪感のようなものを抱いているのか、最初に出てくる言葉が謝罪の言葉であることが殆どだった。それは彼らしいと言えば彼らしいのかもしれないが、瑪瑙にとって彼のその根本にある辛い出来事は勿論、彼が重く錆び付いた鎖に繋がれたまま、自分の存在に疑問を感じ続けてきたであろう人生に対し、悲しみや寂しさを感じずにいられなかった。
例えエゴと言われても、彼女は彼に、自分の存在を受け入れ、愛して欲しいと感じていた。
例え彼自身がそれを望まなくても、瑪瑙は彼に幸せになって欲しい。そして、自分もそんな彼の傍にいたいと、いつしか願うようになっていた。
「…瑪瑙?」
朱羅はきょとんと瑪瑙を見つめ、疑問符を浮かべる。
「…え、あ、どうしたの?」
急に現実世界に戻って来た…と言うより、今まで自分の意識が別の場所にあったことを自覚していなかた瑪瑙は、朱羅に呼び掛けられ、問いに問いを返してしまっていた。
「黙って俺の方を見ているから、何か言いたいのかと思っていたのだが…」
「…え、あ……!ごめんなさい…!ちょっとぼぅっとしていたみたい…」
カァッと透き通る程の美しい彼女の頬がほんのり朱色に染まる。
「俺も、瑪瑙の気持ちは分かるけどなぁ」
「何の話だ?」
瑪瑙のその反応を見た斎は両手を頭の後ろに組み、目を細めて朱羅を見下ろしながら言葉を発していた。
「今までは"済まない"ばっか口にしてたお前の口からさ、最近は"有難う"って感謝の言葉が自然に出てくるようになっただろ?まぁお前自身は無自覚だろうけど。でも、無自覚だからこそ余計に嬉しいんだよ。お前が自然に俺達に対して変な自責の念なんかが薄れてきて、"御堂朱羅"っていういち個人がやっと表に出て来た感じがしてさ」
「……有難う………?」
朱羅は自分の口から発せられるには稀なその言葉を復唱する。
「やっぱ無自覚だったみたいだな。さっきだって俺に"有難う"って言っただろ?もう忘れたのか?」
「…あ……確かに言っていたな」
自分がつい先程斎に伝えた言葉を、朱羅はやっと自覚したようだった。
「ふふ」
瑪瑙も隣で柔和に微笑んでいた。
「……いつの間にか、感謝の言葉を伝えられるようになっていたんだな……」
自分自身の変化に、それまで気付いていなかった朱羅は驚いていた。
自分に自信がある訳ではないが、かと言ってない訳ではない。
…と言うより、朱羅は自分の存在自体に罪悪感を持っていた。
大切な人も場所も壊すことしか出来ない自分を恨む一方で、その命を絶つ勇気も覚悟もない自分に苛立ちのようなものさえ感じると共に、罪深い自分は簡単に死を選んではいけないと、自分自身に言い聞かせてもいた。
そういった自責の念が、朱羅が謝罪の言葉を多く発するようになっていた原因だったのだろう。
だが、そんな感情はホームに来て瑪瑙や斎や仲間達と共に過ごす中で、そんな自分を切り捨てる訳ではなく、少しずつ嫌悪感を抱く自分自身を受け入れ、頑なだった心が、朱羅自身が気付かぬうちに優しく、そして暖かくとかされていていたのだ。
「…そう言えば、最近は睡魔に襲われることもなくなっていたな…」
ふと、朱羅はそんなことを思い出し、呟いていた。
「キリス種族の血がお前を取り込もうとする為に襲われていたあの睡魔だよな?…そう言えば確かに最近のお前、眠そうにしていないもんな」
「朱羅君、此処に来た頃は時々物凄く眠たそうにしていたこともあったもんね」
斎も瑪瑙もそう言えば…と、昔の朱羅を思い出していた。
「そういう変化も、瑪瑙や斎や皆のお陰だな」
朱羅は僅かににこりと柔和な笑みを見せた。
「おお……」
「………」
「……ん……?」
朱羅の珍しい表情を見ることが出来た2人は、思わず言葉を噤み、魅入ってしまっていた。
「…お前、ホント美人だよな……。瑪瑙もめっちゃ美人で可愛いけどさ…瑪瑙のそれとはまた違う美しさが………」
「…斎…」
朱羅は真顔でそう語る斎をじっとりとした瞳で見据えるが…
「…朱羅君の笑顔は………反則だと思うな………」
瑪瑙は美しい朱羅の笑顔に驚き、見惚れてしまったのか、彼から視線を外し、頬を朱色に染めながら小声でそう呟いた。
「反則って…どういうことだ?」
「うう……」
自分から視線を外す瑪瑙の顔を真っ直ぐ見ようと動く朱羅に、瑪瑙は益々頬を染めながら視線を外していた。
「普段表情の乏しい朱羅の綺麗で愛らしい笑顔なんて見せられたら、そりゃあ反則だって思うだろ!」
斎は何故か朱羅の両肩をがっちり掴み、自分の方を向けさせながら熱弁していた。
「……意味が分からない……」
それでも朱羅にはよくわからないようだった。
「…その辺は変わってないってことか…」
「ふふ。でも朱羅君らしいよね」
苦笑する斎と楽しげな笑みを見せる瑪瑙に、朱羅はきょとんとした表情を見せるだけだった。
「取り敢えず、瑪瑙は数日はゆっくり休んでいて」
「え、でも…」
「瑪瑙が出来ると思ったら、ご飯当番くらいは任せるよ」
瑪瑙が言わんとしたことを斎は理解していたようで、斎は軽くウインクしながら彼女の希望を叶える。
「流石は斎君だね。有難う」
瑪瑙は斎の優しさに嬉しくなり、にっこり微笑みながらそう言った。



*



それから数日後、斎は部屋でホーム内の警備システムのメンテナンスをしていた時、突然呼び出された。
「一体どうしたんだ?」
ホームの食堂まで連れて来られた斎はメンバー数人が何かを囲って見ている姿を見付け、その輪の中心に移動する。
「あ、斎!このちっさな犬、すっげー凶暴なんだよ!」
「見てよあの牙!こえー!」
斎の存在に気が付いた少年達は斎を通すように避け、騒ぎの現況である対象を彼に見せる。
「おお…随分荒れてんなぁ」
中に通された斎が見たものは、汚れ、痩せ気味の中型犬だった。
その犬は壁際で牙を剥き出しにし、唸り声をあげながらこちらを警戒していた。
「この辺じゃ見掛けない犬だな」
いつ襲い掛かってきても可笑しくない犬を刺激しないよう、斎は少年達を犬から離す。
「外にゴミ捨てに出る時、ドアを開けたら急に入ってきたんだ」
「それからずーっとこんな感じー」
少年達は状況を説明する。
「下手に噛まれたら危険だから、皆は此処から離れてろ」
スラム街にいる野良犬となれば病原体を持っている可能性は高い。今までも野良犬には気を付けるよう皆には何度も話をしてきたが、この犬は今までの野良犬達とは雰囲気が違っていた。
人間不信に陥っている為にこれほど警戒心を剥き出しにしていると言われればそうかもしれないが、斎にはそうは感じられなかった。
「ったく。何騒いでんのかと思えばただの野良犬1匹じゃねーか」
「要だ!」
広くはないホーム内で話を聞いたのか自分で気が付いたのか、要がやって来た。
「おい要!不用意に近付くな…!」
「お前も大声上げんなよ、斎」
要は唸り声を増す犬を警戒することなく近付き、斎はそんな要を止めようと声を上げるが、当の本人は自分の身を案じる彼に対して言葉を返す。
「こんな犬、ちょっとビビらせればさっさと出て行くだろ」
「要…!」
要は犬の前に立ち、見下ろしながら嘆息気味にそう言うと、足で犬の体を軽く蹴った。

―ガウゥ!!

「―ってぇなテメェ!」
「要、離れろ!」
要の行動に、今まで次の行動を止めていた犬が口を開き、要に襲い掛かってきた。
瞬時に身を返した為、まともに噛み付かれることはなかったが、爪が彼の脚を掠り、ズボンの生地が裂け、彼の肉を軽く裂く。
「あ!出てった!」
「追うな!」
条件反射でホームを去る犬を追いかけ様と数人の少年達が駆け出そうとするが、斎はすぐにそれを制した。
「救急箱を持ってきてくれ!すぐにだ!」
「わ、わかった…!」
斎はすぐさま近くにいた少年に救急箱を持ってくるよう言うと、要をその場に座らせてズボンを裂き、怪我の具合を確認する。
「…大袈裟過ぎんだろ…」
要は黙って斎の好きなようにさせるが、呆れた表情で自分の怪我を真剣に確認する斎を見る。
「可笑しな病気でも持っていたら大袈裟じゃなくなるだろ」
当の本人は怪我のことなど一切案じてはいないが、斎は真剣な表情と声色でそう答えた。
「斎、はい!」
「さんきゅ」
救急箱を持って駆け付けた少年に斎は礼を言い、すぐに中から消毒液と脱脂綿を取り、慣れた手付きで手当てを始めた。
「ったく。斎は心配性だな」
変わらず要は他人事のような言葉を口にしつつ、自分の手当てをする斎を止めはしなかった。
「……っと、取り敢えず手当てはこんな感じでいいとは思うが…」
手早く手当てを終えた斎はそこで一旦言葉を区切ると、顔を上げ、要の目を見て言葉を続ける。
「診療所に行って、ちゃんと診てもらってきた方が良い」
「ただの掠り傷だ。問題ない」
「だから―」
「皆が不安がってんだろ」
要は冷静に周囲を見渡し、自分達のやり取りに不安な表情を見せている仲間達を案じる。
「………」
彼の言葉には一理あった。
仲間の怪我を心配するのはリーダーとして当然のことではあったが、過度な言動は周囲を不安にさせてしまう。斎は要の言葉を耳にし、そのことを思い出す。
「…少しでも何か変化があれば、すぐに報告しろよ」
弱みを見せず、いつでも強くあろうとする要のことを斎はよく知っていた。だからこそ彼の身を余計に案じていた訳だが、彼のことを信用していない訳でもない。だから斎は要自身に任せることにした。
「わーったよ」
2人は互いに譲歩すると、斎は救急箱の蓋を閉め、その場に立ち上がると要に手を差し出す。
「だから掠り傷だっての」
手を差し出されて嘆息しながらそう答える要だったが、素直に斎の手を取り、素早くその場に立ち上がった。
「ほら、皆もそれぞれの持ち場に戻って。後、何度も言ってるけど、皆も野良犬等にはくれぐれも気を付けるように!」
斎はまだ周りに残っている少年達に仕事に戻るよう促すと、救急箱を片付けに歩き出した。
「あのわんこ、すっげー迫力だったなー」
「ああ。凄く怒っていた」
斎が脚を進ませている中、持ち場に戻る少年達が先程の事件のことを話していた。
「何か妙に威嚇してたもんね」
「人間が嫌いなんじゃねーのー?」
他愛のないそんな話の中で、斎自身も気に掛けていたことを口にする少年がいた。

「あの犬の目、赤かったよな」

その言葉に、斎は表情を僅かに曇らせた。
―斎自身が とある時に"彼"を見た時と同じ色

「え、赤かったっけ?」
「気付かなかったー。あの牙の方が怖かったもん」
「っつか、赤い目の犬なんていんのかよ」
「でもほんとに赤かったんだ!お前らの目が節穴なんだよ!」
「何だとー!」
そこで軽くじゃれ合いになっていたが、斎は気にせず足早に通り過ぎた。



+ ACT.34  覚醒と変化 +  Fin ...

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