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今日の朱羅の仕事は、斎がここ1週間程でチェック・改修を施したホーム内の警備システムの最終確認作業だった。
斎に「筋が良さそうだから」と言われ、急遽彼が確認作業班の一員となったのだ。
斎の再起動完了の知らせを聞いた朱羅は、同じ確認作業班員である要と2人組となり、ひとつひとつの動作確認を開始した。






 ACT.35  向後への備え






「斎から聞いた。数日前、犬に噛まれたと」
朱羅は、斎が作成し、要がチェックを入れた確認表が入った小型端末を手にし、前方で膝を折ってシステムチェックをしている要に話しかける。「お前から話し掛けてくるなんて珍しいな、朱羅」
要はチラッと後方に立っている朱羅を見ると直ぐに視線を前方に戻し、そう答える。
「怪我は大丈夫なのか?」
「お前までんなこと聞くのかよ」
「心配だから」
「………」
朱羅の口から発せられた言葉に驚いた要の手が思わず止まる。そしてそのまま後ろを振り返る。
「要も大切な仲間だと思っている。だから身を案じている」
「…ったく。素で、しかも真顔でんな事言うんだからな、お前って奴は」
要は真っ直ぐに澄んだ菫で見つめてくる朱羅から視線を外し、頭を乱雑に掻きながら少々気恥ずかしそうな色を声に乗せる。
「傷は大したことねぇよ。心配すんな」
要はその場に腰を下ろし、朱羅を見上げながら答える。
「それなら安心した。要は人に弱い自分を見せないような人間だから、無理してるんじゃないかと思ったんだ」
朱羅も要同様その場に腰を下ろし、彼の隣に座った。
「それはお前も同じだろ」
「………否、多分………、今の俺は昔に比べて弱みを人に見せられるようになったと……思う」
「…へぇ?何でそう思うんだ?」
要は興味深げに朱羅を見つめる。
「…斎や瑪瑙に、みっともない姿を見せてしまったんだ。昔のままの俺ならきっと、そんな自分を見られてしまったら、此処にいられなくなってとっくに出て行っていると思うから…」
体育座りをし、目を細め、身体を小さくしながらそう語る朱羅の声や表情は、とても柔らかいものだった。
そんな彼から、要は感じたのだ。
「弱い自分を見せてしまったとしても、お前はそんな自分を受け入れられるようになったんだな」
「…そういうことなのだと思う」
「良かったじゃねーか。それってあれだろ。弱い自分を切るんじゃなく、弱い自分を受け入れてもっと強くなるってことだろ?すげーじゃん」
要は後頭部で両手を組み、朱羅にニッと笑いかけながらそう言った。
「………」
「…って、何だよ急に黙りこくって………」
大きく、色鮮やかでありつつも深く落ち着いた色が乗る朱羅の瞳で黙って見つめられた要は心がドキリとしたのを感じた。
「…否、要はやはりいいひとだと思って」
「………っだよそれ。やめろ」
ふわりと微笑んだ朱羅の表情に要は目を丸くし、心拍が上がる自分に驚き、朱羅に抗議する。
「要はいいひとだ。誤解され易いだろうけれど、とても仲間想いで、俺はそんな要が好きだ」
「―っ………」
とどめの一言を言われてしまった要は、それ以上朱羅に食い掛かることを止めた。
無駄だと思ったのだ。
何の羞恥心もなく、素直にそう言えてしまう彼にこれ以上抗議の言葉をぶつけても、きっと全て倍以上になって自分に帰ってくるのだと悟ったのだ。
「お前のそういう素直なとこ、敵わねーわ………」
はぁ…と大きく嘆息しながら、要は額に手を当て、続ける。
「お前みたいな綺麗な野郎が素でんな事言うと、色々誤解されるぞ」
「誤解?」
朱羅は要の言葉に対し、きょとんとした表情を見せる。
「…あと、そういう表情もギャップがあってだな………否、なんでもねぇ」
嘆息し、呆れた表情を見せながら、要は更に大きな溜息をつく。
「何だ。言いたいことがあるのならハッキリと言え」
珍しく朱羅が僅かに身を乗り出し、要に詰め寄ってくる。
「…俺はそっちの気はねぇが、お前はもっと自覚しろって。お前みたいな奴を天然たらしっつーんじゃねーの?」
項垂れていた身体を起こし、要は腰を下ろしたまま肩膝を立て、その膝に方杖をつきながら目を細めると、朱羅を見ながらそう答えた。
「…天然たらし……?」
本当にその言葉を聞いたことがないようで、朱羅はいぶかしげな表情を返してくる。
「んな可愛いことしてっと襲われるって意味だよ。お前、ホントそういうことは鈍いんだな」
要は呆れながら朱羅に理解させようと彼の顎に手を沿え、くいっと上に上げ、朱羅の瞳を覗き込むように少しだけ距離を詰め、目を細めながらそう告げた。
「―っ……」
自分の顎に添えられた彼の手を、朱羅は両手で握り締めながら身体を強張らせる。
「お前、客観的に見れば美人だし色気もあるし、何処か無意識のうちに惹き込まれるところがあるからな。そんなお前を見て、思わず勃っちまう奴もいるんじゃねーの?」
要を目を細めながらそう言うとすぐに手を離し、朱羅と距離を置いた。
「……………」
朱羅はやっと要が自分に言おうとしていたことを理解し、下を向いたまま黙りこくってしまった。
「安心しろ、少なくとも俺はそっちじゃねー。でもお前、今までもそういうことあったんだろ」
要は再び後頭部で両手を組むと、嘆息しながら朱羅に話し掛ける。
「…俺の無自覚が、原因だったのだろうか…」
ぽつりと朱羅は呟きを落とす。
「無自覚の方がそそる奴は多いだろうからな。そうかもしれねーな?」
真面目に、深刻そうな朱羅とは異なり、要は軽い口調でそう返した。
「…そうか………」
朱羅は身体を小さくし、顔を軽く埋める。
「確かに無自覚なのも罪だとは思うが、相手にだって非はあるんだろうから、お前がそこまで深刻に自分を責める必要もねーんじゃね?」
生真面目な朱羅が自分を責め始めたことを直ぐに察した要は、軽くフォローする。
「そういう自分も、お前なら受け入れて強くなれんだろ。あんま気にすんな。禿げるぞ」
わしゃわしゃと要は朱羅の柔らかい髪の毛を乱雑に撫で回した。
「………要はやっぱりいいひとだ」
「はいはい。有難くそのお言葉頂戴しますよ」
要は静かにそう話す朱羅を軽くあしらいながら、わしゃわしゃと彼の頭を撫で続けた。
「おーおー随分仲良くなったみたいでいいですねー」
「仲良くなってっつか、俺がコイツを慰めてただけだがな」
「…斎」
2人でそんなことをしていると、ひょっこりと斎が何処からともなくやって来て、声を掛けてきた。
「でも要ー。こんな人気のないとこで朱羅を襲おうとしてただろ」
「出歯亀か?お前」
要は特に動揺することなく、自分を茶化してくる斎を軽くあしらう
「さっきのは、要が俺に忠告してくれていただけだ。他意はない」
朱羅がまたも生真面目な解答を返してくる。
「へいへーい。ちぇー何だよお前らー。もっと赤面するとか慌てふためくとかしろよーつまんねーなー」
2人の返しに不満のある斎は抗議をしながらその場に腰を下ろした。
「つーか、覗きとか悪趣味過ぎんだろ」
「覗きじゃありませーん。確認作業のチェックに来たら要が朱羅を襲おうとしていた現場を見掛け、そのままやっちゃうのかどうか気になっただけでーす」
「黙って見てたんじゃねーか。この変体覗き魔が。それに、俺はそっちの気はねーっつの」
「斎は変態だな」
要と朱羅は軽蔑の目で斎を見た。
「息の合った俺への批判のお言葉、今後の人生の参考にさせて頂きまーす」
棒読み状態でそう言うと、斎は持っていた薄手の端末のスリープ状態を解除する。
スリープを解除すると、少し前に皆でホーム前に集合して撮った写真が壁紙として設定され、アイコンが3つ程置かれた画面が映し出された。
そして直ぐに黒い画面をいくつか立ち上げ、斎は慣れた手付きでコードを打っていく。
「何だよ。完成したんじゃねーの?」
システムコードを打ち始めた斎に、要は問い掛ける。
「んー…。もうちょっとコードを整えられると思って」
「斎は几帳面だな」
朱羅はその画面を見ながら言う。
斎のコードを打つ速さや正確さは勿論、実際に使用した時のバグの少なさはこの辺りは勿論、今ではネットの世界でも斎のコードネームは有名なのだと、朱羅は瑪瑙や要や他の仲間達から話を聞いていた。
その話も、実際に彼の仕事を見れば直ぐに納得がいった。朱羅もプログラミング等の知識や技術は平均以上の実力はあったが、斎のそれは自分を大きく上回っていることが容易に理解出来た。
「もし俺に何かあっても、要や朱羅とかでも扱えるようにもしておこうと思ってさ。念には念を、ってやつ」
「お前らしいな」
「あ、朱羅。ここのコード、分かる?」
「どれだ?」
斎は画面を指差し、朱羅に話し掛ける。
「この間斎に教わったコードだな。データベースへの接続時間を短縮する為にここのデータ取得コードも外部アクセス部に巧くまとめて汎用性を向上させて……」
「じゃあこの続き、組めるか?」
「やってみる」
斎はにこりと笑いかけながら朱羅に端末を手渡し、斎は自分が打ったコードの続きを打つよう促す。
朱羅は画面を真っ直ぐ見つめ、瞬きすることも忘れたように一心にコードを打ち続ける。
「朱羅って実際どんなもんなんだ?俺、直接見てねーからわかんねーんだけど」
「いやー筋が良くって俺も吃驚だよ。しかも自己流で、まだプログラミングとか始めて1年経ってないって言うんだからな」
飲み込みが早く、且つ、教わったことをそのまま使用するだけではなく、自分なりに組み直したり改善するといった応用力も高い朱羅に、斎は期待をしているようだった。
「お前がそこまで言うんだから確かなんだろうな」
「先輩である俺もお前もうかうかしてられないぞー」
そんな話をしていると、朱羅の手が止まった。
「出来た」
「お、早いな!どれどれ…」
予想より早く完成の声をあげた朱羅に近付き、端末を受け取ると、斎は朱羅が組んだコードを確認し始めた。
「ふんふん………おお!確かにここはこういう組み方もあるな!」
斎は目を輝かせてコードを素早く、しかし確実に確認していく。
「朱羅!良く出来ました!」
端末を膝に置きながら、斎はわしゃわしゃと何度も朱羅の頭を撫でる。
「………撫で過ぎだっ………」
朱羅は普段より激しい撫で方に対して眉をしかめ、斎の手を掴んで離した。
「いやー短時間でここまで正確に組めたら上出来も上出来!俺も勉強になるよ!」
目を輝かせ、少々興奮気味にそう語る斎を見て、朱羅は斎が機械弄りが本当に好きなのだと再確認した。
「俺も、もっと斎に教わりたい」
「おーおー嬉しいこと言ってくれちゃってー。勿論、これからも色々教えるからなー」
にこにこと嬉しそうに微笑みながら斎は朱羅に答える。
「そんじゃ俺は他のとこの確認に行って来るわ」
「あ、俺も行く。それじゃあ斎、ありがとう」
「応さ!」
要が小型端末を持って一足先にその場を去ると、朱羅は斎に礼を言い、彼について行った。

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