+ ACT.35  向後への備え ( 2/2 ) +
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「月城湊。君は以前、目をかけている少年がいると話していたな」
その日、湊はSランクの任務を無事に終えた後、その報告の為、上官の元へやって来ていた。
「はい。彼なら問題なく我々の後を継げると確信してます」
彼女は椅子に腰を掛け、紅茶の入ったカップを静かに下ろす上官を真っ直ぐ見つめ、答える。
「君がそこまで肩入れしているのでから、とても優秀な人物なのだろうな」
脚を組み、両手を組みながら上官はそんな彼女の見る。
「でも君も、残酷なことを彼に強いるのだね」
ふっと上官は目を細める。
「彼は、我々ERASEが絶滅に追いやった『キリス種族』の血を継いでいるのだろう?」
「はい。彼にはキリスの血が流れています」
「自分の祖先を絶滅するまで殺し続けた敵であるERASEの上官候補として、彼を迎え入れるつもりだなんて、流石は湊だな」
「それでも私は、この場所を護りたいのです」
迷うことなく湊は自分の言葉を紡ぐ。
「相変わらず、君のその従順なところは組織に属する人間として鑑となる姿だと感心する」
自分の瞳を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳を、彼もまた見つめ返した。
「だが、君がキリス種族の血を宿す者をここに招こうとしていることは、研究所の人間達も既に知られている。彼の身の安全は保障出来るのか?」
「私が責任を持って、彼を護ります」
彼女の瞳は、先程から一切変わることなく、濁ることなく、ただ真っ直ぐなままであり続けた。
その瞳が、彼女の意思の強さを何よりも体現していた。
「本当に彼が使えるのなら、我々も彼を歓迎しよう。それに、もし万が一君の目測が誤まりだったとしても、キリスの血が流れているのならモルモットとして使えるだろうからな。どちらにせよ、我々には美味しい話だ」
上官のその言葉に、彼女は何も返さなかった。
「諢名保持者である君にはスカウトの権限も与えられているのだから、君の思うようにすればいい」
「ありがとうございます」
湊は上官の言葉に一礼する。
諢名保持者のスカウト権は正式には付与されてはいない。
しかし、実力がある者にはそれ相応の権利が多かれ少なかれ与えられるもので、ERASEも例外ではない。
確かな実力が認められている諢名保持者の御眼鏡に適う者がいれば、当然その者の評価も上がり、それが外部の者であれば、組織の一員として始めからそれなりの地位を与えられた状態で組織の人間となることもある。
「組織には様々なものが渦巻いていて、自分でも気付かぬうちに染められている者が多い。だが君は、此処に来た当初から変わっていない。それが君の強さであり、誇りであり、君自身を確立している核なのだろう。今後も君の活躍に期待している」
「これからも組織の為、この身を捧げる所存です」
そう答えながら、彼女は曇りのない瞳で上官を見、敬礼する。
「下がっていい」
「失礼します」
最後に一礼すると、湊は上官の部屋から退室する。
ドアを閉め、自室へ向かう廊下と脚を向けると、そこには昴が壁に身を預け、両腕を組み、立っていた。
「今夜はお疲れ。Sクラス任務の指揮、疲れたろ」
開口一番に、彼は彼女への労いの言葉を告げる。
「ありがとう。でも、優秀な隊員で編成されていたから、昴が思っているほど疲労はしていないわ」
湊は昴を一瞥すると、そのまま脚を止めずに進み続けた。
「優秀な隊員……ねぇ…」
壁から離れ、昴は湊の隣を歩く。
「ERASEも、この先どうなるんだろうな」
「昴でも先のことを案じることが出来たのね」
「…お前、俺のことどんだけ馬鹿だと思ってるんだよ…」
彼女の返答に昴は眉を顰め、抗議の表情を見せる。
「現時点では優秀な隊員の確保はまだ安定してはいるけれど、この状態がいつまで続くかわからないものね」
「そういうことだよな。狩る側が気が付いたら狩られる側に…なんてことは十分有り得ることだからな」
「だからこそ、今よりももっと優秀な人材を1人でも多く確保しておくべきなのよ」
「それが御堂朱羅、なんだろ?」
「ええ。今の上官達は組織への忠誠心は低い者達ばかりで、自分の昇進や地位、名誉や財産のことを第一に考えているような人間が殆ど。そんな者達が上に立つ組織に未来はないもの」
そう語る湊の表情は今までの彼女の表情とは異なり、曇りがかっていた。
「随分悲観視してるんだな。お前にしては珍しいじゃないか」
「自分の家の中が不穏な状態が続いたら私でも不安になるわ。昴こそ、私のことどれだけ冷徹女だと思っているの?」
湊は目を細め、隣を歩く昴を見やる。
「お前はサバサバしてて優秀で付き合い易いけど、自分の目的の為なら犠牲を厭わないところがあるからな。前だってここに来てからずっと一緒だったニューリアをばっさり切ったじゃないか」
「ニューリアは外に情報を流した裏切り者よ。切られて当然だわ」
「でも、情報を外に流したのもアイツの実の弟さんが人質に取られてて―」
「組織の存続に支障を来たす者は誰であろうと容赦はしないわ。勿論…昴、貴方もね」
そう宣言する湊の目は瞬きひとつせず、昴を貫くかのような鋭さと芯があった。
「お前みたいな奴はホント、組織に属する人間の鑑だよな」
「それは皮肉?」
「皮肉じゃないさ。お前くらいのレベルになると尊敬の念を抱くほどさ」
「そう言うのなら、素直にお褒めの言葉として受け取っておくわ」
「それじゃあお前、もし朱羅って子がERASEに復讐したらどうするんだ?あの子の祖先や姉さんを死に追い遣ったのはERASEなんだろ?」
「勿論、そうなれば彼の命はないわ。でも、彼はそんな愚かな人間ではないもの」
湊ははっきりと断言する。
「断言とは恐れ入った」
迷うことなくそう言い切る湊の自信に、昴は肩を竦ませながらそう言った。
「これでも人を見る目はあると自負しているもの」
彼女はまたもハッキリとそう言い切った。

根拠のない自信ではなく、彼女の実力は組織の中でも知らぬ者はいないほどのもので、既に様々な任務等で証明されていた。そんな彼女が言う言葉だからこそ、周囲も納得し、例え反感を抱く者がいようとも、彼女の実力を見せ付けられればそれ以上の反抗や抵抗等の意味はゼロとなるどころか、その者の汚点や欠点を周囲に曝け出してしまい、自分自身を陥れる自虐行為となってしまうのだった。
結果、彼女の意見に反論する者・出来る者は上層部や彼女の上官くらいしか存在しなくなってしまった。
しかし、当の本人はそんな現状を良しとは思ってはいなかった。
彼女は自分に自信がある。だが、だからと言ってそんな自分の言動全てが正しいとは思ってはいない。だからこそ、他者との議論の意味を、彼女は非常に重要視しているのだ。
それに、他者との議論や会話の中で自分の視野を広げることも出来、新しい視点や見解を獲得することも出来る。彼女は、例え休憩中の雑談であっても無駄なものはないと、そう考えているのだ。
それも全ては此処―ERASEを護る為。

「湊!」
あと少しで湊の自室に到着するところで、後ろから声を掛けられ、湊と昴は脚を止める。
「あ、オルガ」
昴は湊の名を呼んだ赤い淵の眼鏡をかけ、美しいプラチナブロンドの髪を髪留めで留めた長身の女性の名を呼ぶ。
「なんだ。昴もいたんだ」
「何だよそのおまけみたいな言い方」
オルガの言葉に少々不満を抱いた昴は苦笑しながらこちらにやってくる彼女を見た。
「相変わらず仲の宜しいこと」
そんな表情を見せる昴に、オルガは目を細め、にやりとした笑みを見せながら言葉を返した。
「腐れ縁だからな」
「それでオルガ、どうしたの」
昴の言葉を流し、湊はオルガに本題を尋ねる。
「例のAsuraの件だけど、そろそろ嵐が起きそうだよ」
オルガは笑みを見せながらそう言った。
「今までよく大人しくしていられたものよね。もっと早く動くんじゃないかと思っていたのに」
「彼だってあんなんでも大企業の代表だし。いくら代表と言えど自分勝手な行動にだって限界があるんでしょ」
そう答えながらオルガは胸のポケットにしまっていた煙草の箱を取り出す。
「オルガ、禁煙するってこの間話していたのを忘れたの?」
箱の中から1本ほ煙草を取り出す彼女に、湊は両腕を組みながらそう問う
「んー?私、そんなこと言ったっけ?」
軽い口調でそう答えると、オルガは赤い色の乗った唇で煙草をくわえるが…
「禁煙宣言をするのもこれで3度目よ。もっと自分の言葉に責任を持ちなさい」
「相変わらず生真面目ちゃんよねー湊は」
湊にくわえた煙草を素早く奪い取られたオルガは嫌悪感は見せず、寧ろ楽しげに笑いながら言った。
「…でさ、"嵐"ってなんだよ。またあの社長さん、何かしでかすつもりなのか?」
話が脱線しても正そうとしない2人に、今まで黙っていた昴が話題を戻した。
「え、昴。アンタ、あのネチっこい社長があの子をそのままにしておくと思ってるの?」
「本当、おめでたい人よね昴は」
息の合った2人のツッコミに、昴は反論はしなかった。
反論すれば、何倍になって返ってくるかわからないからだ。
「じゃあその社長さんを止めなくていいのか?結構危険な感じなんだろ、あの人」
代わりに昴は少しだけ話題を別な方向に向けた。
「急に私達が出て行っても彼の成長の機会を奪うだけだろうから、今はまだ監視するだけ」
「彼が死なない程度であれば湊にとっては許容範囲だからね」
オルガは腰に手を当てながら湊を見る。
「湊は厳しいんだか優しいんだかわかりにくいな、ホント」
嘆息しながら昴は言った。
「あら。湊は優しいわよ。優しいからこそ目をかけている存在には厳しくなれるんじゃない。昴はホントおこちゃまねー」
「はいはいおこちゃまですよ。おこちゃまでいいですよ」
オルガのいつもの自分に対する言動にとっくに慣れている昴は、肩を竦ませ、ハッと笑いながら流すように言葉を返した。
オルガだけでなく、湊も普段から自分を単細胞生物のような扱いをしている為、彼にとってはこれも日常茶飯事なのだ。いちいち気にしていたらキリがない。
「取り敢えず、これからの監視は今までよりも注意を払って行う必要があるわね」
「何かあったらすぐ連絡するわ」
オルガの所属は諜報部。こういう事に関しては湊よりも彼女の方が専門家だ。
湊は諢名保持者であり統括部所属の為、日々忙しい時間を送っている。その為、彼等の監視を実際に行っているのはオルガだった。勿論湊も仕事の合間にこまめに様子を見に来たり、自分なりに調査を行っていたりはしているが、適材適所を重要と考えている湊は古い友人であり優秀な諜報部隊員であるオルガを信頼し、彼女に監視を依頼していたのだ。
「宜しく」
「了解。それじゃあ私はそろそろ仕事に戻るよ」
手を振りながら去っていくオルガを、湊は軽く手を振り返しながら見送った。
「実際に何か起こったらお前、すぐに掛け付けるつもりなのか?」
小さくなっていくオルガに向けていた視線を湊に戻し、昴は尋ねた。
「タイミングにもよるけれど、可能な限りそう出来るよう、既に動いているわ」
「湊さんは流石だな」
今まで通り、先を読み、起こり得るであろう事柄への対処を怠らない彼女に、昴は改めて感心する。
「嫌味にも聞こえるわね、その言い方だと。まぁ、別にそれでも構わないけれど」
自室の前で脚を止めた彼女は、ドアノブに手を掛けながら流すようにそれだけ言うと、部屋の中へと入って行った。
「アイツがあそこまで肩入れする少年朱羅君か。興味はあるな」
自室へと姿を消した湊を見ながら、昴は1人呟き、その場を後にした。



*



その日は何故か、朝から胸がざわめいていた。
自分でもその原因は分からない。
しかし、それは確かに自分の中に留まり、次第に大きく膨れ上がっていくような感覚を覚えた。

「ほら朱羅、さっさと行くぞー」
朝食を終え、今日の仕事分担が終わってからも胸騒ぎは収まらず、今日の買出し班メンバーの少年に声を掛けられる。
「…ああ、分かった」
思い過ごしではないと考えてはいたが、今日は斎も要もホーム内にいる。例えホームで何かが起きてもきっと大丈夫だろうという結論を出した朱羅は収まらない胸騒ぎを抱えつつ、その場に留めていた脚を動かし、少年の下へ向かう。
「今日は一段と雲が厚いなー」
「いつもより薄暗いしな」
一足先にホームの外へ出た少年達は空を見上げながらそんな話をしていた。
「よーし。全員揃ったな。それじゃあ買出し部隊、しゅっぱーつ!瑪瑙、行って来ます!」
指差し確認しながらメンバー全員がいることを確認したリーダーの少年は、外で洗濯物を干している瑪瑙に元気の良い声で挨拶をする。
「行ってきます!」
「行ってきまーす!」
リーダーに続いて、少年達は皆笑顔で瑪瑙に挨拶をし、ホームを出発して行く。
「皆、気を付けて行ってらっしゃい」
ふわりとした暖かな笑顔で自分にぶんぶんと元気良く手を振る少年達を見送る瑪瑙の視線に、朱羅が映った。
「朱羅君、気を付けて行ってらっしゃい」
彼女の柔和な笑顔が、より一層暖かく、優しく、愛おしい者を想う表情へと自然に変わっていた。
「ありがとう、瑪瑙」
自然と朱羅の表情も彼女につられて柔らかくなる。
そして彼は自然と1歩脚を進め、愛しい彼女の額にキスをする。
「……朱羅君……」
始めこそ驚いて目を丸くしていた瑪瑙だったが、すぐに頬を桃色に色付かせ、彼が見せた優しさが嬉しくて、そして幸せでたまらなくなった。
「それじゃあ行ってきます」
優しい声色で挨拶をすると、朱羅は瑪瑙に背を向ける。
「待って…!」
そんな彼に慌てて瑪瑙は駆け寄り、彼の肩に手を乗せ、少しだけ背伸びをしながら彼の頬にキスをした。
「……瑪瑙…」
朱羅は彼女の唐突な行動に、珍しく目を丸くした。
「ふふ。さっきの御礼」
後ろで両手を組み、肩を少しだけ竦めながら瑪瑙は美しい金髪を揺らし、彼に答える。
「…ありがとう」
朱羅もまた、瑪瑙のその行動が嬉しく感じ、にこりと笑みを零したが、先に行って待っていた少年達からブーイングが飛び始めた。実際にブーブーと唇を尖らせて不満を表す者や、朱羅を茶化すような言葉を発する者、瑪瑙は皆のものだと主張し出す者等、各々が分かり易い態度を取っていた。
ホーム内でいつからか公認と言うべきか、それとも暗黙の了解と言うべきか、そんな風にホームメンバー全員が2人の関係を知った今では2人を引き離すような行動を取る者はいなくなった。だが、それでもやはりホーム内で唯一の少女であり、何より母であり姉であり、憧れの存在である瑪瑙が誰か1人のものになるという現状を素直に受け入れている者は多くはなく、朱羅に敵意を向ける者はいないが、嫉妬する者や羨ましがる者は多かった。
「…今行く」
朱羅は背後でいつまでもブーイングを続ける少年達に嘆息し、1度瑪瑙とアイコンタクトを取った後に彼等の元へ駆け寄った。すると少年達はすぐに朱羅を小突いたり軽く拳をぶつけたりしながらも朱羅を迎え入れていた。
羨ましい存在である朱羅への嫉妬心を一通りぶつけた彼らはこちらを見てくすくすと笑っている瑪瑙に大きく手を振り、改めて買出しへと出発した。
「皆、楽しそうで良かった」
少しずつ遠ざかっていく朱羅達を見送りながらそう呟くと、瑪瑙は洗濯物を再び干し始めた。



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