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確かに胸騒ぎはあった。
だが、斎や要達がいれば大丈夫だと、2人を信頼していた。

―だが
それでもこの悪夢は、そんな朱羅自信の彼等への厚い信頼をも超え、
目の前に現実を突きつけていた。






 ACT.36  内なる獣の目醒め






朱羅は同じ班のメンバーと目的の店へと向かい、今回は要の書いたメモを片手に買い物を済ませていた。
時折、少年達は目的の店以外の店に目移りし、ちょろちょろと気になった店に寄り道をしていた為、それを止める時間も加算されてしまい、結果、買出し完了予定時刻時刻を1時間30分程オーバーしてしまった。
そんな買い物中も、朱羅の中の胸騒ぎは収まるどころか少しずつ膨れ上がり、いつになく無言のまま、難しい顔をしている朱羅に対し、少年達は心配したり茶化したりしていた。

ホームは街の外れにあり、周囲にも人気はあまりない場所だった。
陽も傾き始め、朱羅達は足早にホームへと向かっていた。帰路では少年達は自分達の買出しが遅くなったことに対し、先ずは要の喝が入り、それを瑪瑙が宥め、そして斎が呆れながらも笑って迎えてくれるのだと楽しげに話をしていた。
しかし、朱羅はホームが近付くにつれ、表情は険しくなり、歩く速度も増していった。そんな朱羅に声を掛ける少年達だったが、遂に朱羅はホームへと駆け出していた。
そして―

「っ………」
朱羅は目の前に広がった光景に目を疑い、脚を止めた。

急に駆け出した朱羅を反射的に追掛ける為、同様に駆けてきた少年達は前方で脚を止めたまま立ち尽くしている朱羅に声を掛けようとするが、すぐにそれが出来なくなってしまった。
「………何………これ………」
朱羅同様、遅れてきた少年達も目を見開き、か細く力のない声を発するだけで精一杯だった。

その原因は
ホームが半壊していたからだった。

「待って……待ってよ……だって、ホームの中には皆だっていたのに……」
呆然と立ち尽くした1人の少年はそうぼやき、脚を、身体を震わせていた。
「皆!!」
「待て!」
別の少年が思わず駆け出そうとしたが、朱羅がそれを制止する。
「何だよ朱羅!!何で邪魔すんだよ!!」
少年は皆の安全を確かめに行こうとする自分を止めた朱羅に怒号をあげるが、朱羅は両手で少年を必死に止める。
「…まだこの近くにホームを破壊した者が潜んでいるかもしれない。だから、先ずは俺が探ってくる」
朱羅は怒りに満ちた少年の視線に合わせて屈み、真っ直ぐにその瞳を見つめながら言い聞かせる。
少年はたったひとつしかない自分の家がこんな無残な状態になっていること、それ以上に大切な家族が、こんなホームの中にいるかもしれないと思うと込み上げてくる怒りに身を委ねていた。だが、この状況でも普段通り―否、普段以上に落ち着いている朱羅を目の前にし、彼に従った方が賢い選択だと本能的に感じ取っていた。
「……わかった……」
「ありがとう。皆も、俺が戻ってくるまで隠れていて欲しい。そして、俺が戻ってくるまでは絶対にここを離れるな」
「………うん………」
「………」
素直に返事をする者もいれば、眉を顰め、返事をしない者もいたが、それでも少年達は朱羅の言うことを聞き、ホームから少し離れた場所にある廃材置き場に身を隠してくれた。
朱羅は少年達が外から見えないことを確認すると背を僅かに低くし、足音と気配を消し、半壊したホームの方へと向かって行った。

ホームに近付くと、砕けた壁があちこちに飛び散り、ホームの骨組みが露出されている部分もあった。
僅かに火薬の匂いが鼻を刺激するが、爆発の規模はそこまで大規模なものではなかったようで、軽く確認しただけではあったが、2箇所が小規模の爆破があったようだった。
そんな爆破の起こった箇所付近の床や壁には血がこびり付いている部分もあり、朱羅の表情は更に険しくなる。


―瞬間 空気が動いた


「―っ!」
空気が動くよりも前に、その気配を察知していた朱羅はその場を飛び退き、距離を取っていた為、朱羅が先程まで経っていた場所にナイフを突き立てていた1人の男の姿を難なく確認することが出来た。
「ヴヴヴヴヴ………」
その男は上半身を曲げ、床にナイフを突き立てていたが、獲物を逃がしたことに気が付くと、低い呻り声をあげながらゆっくりと屈めていた身体を起こし、朱羅へと視線を移した。
「……bhのメンバーか………」
獲物に飢え、血走った獣の目を宿し、猫背のままナイフを持った両腕をだらりと下げた姿勢で呻っているその男を見て、朱羅は以前に見たbhの男を重ねていた。
「この状態では話を聞くことも出来ないな……」
朱羅は彼から視線を外す時間を極僅かなものにしながら、足元に落ちていた鉄の棒を手に取り、体重を脚の指先に移動させ数秒間その姿勢を保っていた。
そして男が動いた刹那、朱羅は前方に込めていたバネを利用して男よりも速く間合いを詰め、男が持つナイフを手刀によって落とし、もう片方の手に持った鉄の棒で男の膝を力を込めて強打したことにより、男は大きな呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
続いて2つの影が朱羅の背後に突如現れ、朱羅は目視するより先に気配のする背後に身体を回し、敵の確認及びその出方を瞬時に計算する。
2人のうち、1人は武器を両手には持ってはおらず、もう1人は銃を所持していた。
朱羅は前方にいた素手の男を盾にしながら上体を屈め、男が朱羅に殴りかかろうと動いたと同時に1歩脚を踏み込ませ、男の顎を拳で強打させ、脳を揺さぶり、昏倒させる。
自分の盾となっていたその男が斜めに崩れ始めると同時に、朱羅は銃を持つもう1人の男を視界に収めるが、男はすぐさま朱羅に対し3発発砲してきた。2発は朱羅の肩と首筋付近の空を切るだけだったが、1発は僅かに朱羅の頬をかすめた為、彼の頬からは僅かに出血するが、朱羅は微塵にも動じることなく男との間合いを詰め、鉄の棒で男の手首を強打し、男の手から銃を叩き落とすと、そのまま低姿勢を取って男の足に回し蹴りを喰らわせ、床に身体を叩き付ける。すぐさま朱羅は銃を奪い取り、男の太ももを撃ち抜いた。
撃ち抜かれた男は激痛による悲鳴ではなく、自信を焚きつけるような咆哮をあげると、朱羅を殺そうと身体を起こす。
朱羅は獣と化したその男を見ると躊躇することなく素早く残弾数を確認し、もう片方の脚を2発撃ち、男を戦闘不能に追い込んだ。
「………」
朱羅は呼吸を乱すことなく男達が戦闘不能状態であることを再度確認すると、脚を撃ちぬいた男の腰のポーチに残されていた弾倉2つを確保し、男が装着していたホルスターを自分の腰に装着した後、周辺を見渡して他の敵の気配がないことを確認する。
「…斎のセキュリティは高度なものだった筈なのに何故……」
つい先日もこの目でホームのセキュリティシステムのチェック及び改善作業には朱羅自信も参加し、この目で確認も行っていた。
そのシステムはホーム周辺に取り付けた超小型の策敵装置により、ホームから半径5km程の範囲内に侵入者が現れれば警報が鳴り、ホーム内全てのドアや窓には鉄製の防護壁が自動で下り、敵の侵入を阻止するシステムも備わっていた。
だが、破壊されたホームの窓枠の破片を見ると、防護壁が下りた際僅かに残る摩擦跡はなく、それはつまり、ホームのセキュリティシステムがきちんと作動しなかったことを裏付けていた。
音を可能な限り経てずに事の経緯を探っていた朱羅の耳に、別の場所から1発の銃撃音が響いた。
「!」
朱羅はすぐにその音の鳴った場所へと移動し、近くの瓦礫の傍に身を潜め、状況を探った。
その場所は朱羅が先程までいた場所から少々離れた場所にあり、そこにはロープで拘束されたホームメンバー達と、そんな彼らの視線の先には銃を持ったアルトゥルの姿があった。
「撃つなら俺を撃てばいいだろう!」
その怒号は、地面に突っ伏している少年の前で身を挺して彼のこれ以上の負傷を止めようとする斎によるものだった。
「お前はここのリーダーなんだからぁ、そう簡単にぃ、殺しはしないんだよぉ」
手に持った銃を肩にトントンと当て、アルトゥルは自分に怒りをぶつける斎を、厭らしい目で見下していた。
「あああああああ」
「ツカサ君…!」
「ツカサァ…!ツカサァァァ!」
「やだぁ……やだぁぁぁぁ」
脚を銃で撃たれ、斎の背後でもがく少年と、そんな少年に寄り添い身を案じる瑪瑙、そして、ぼろぼろと泣きはらした目で見つめ、ただ泣き叫ぶことしか出来ない少年達。
「ぎゃんぎゃんうるせぇガキ共だなぁ」
アルトゥルは泣き喚く少年達を苛立ったような目つきで見下ろし、低い声で呻くようにそう言った。
「…アンタ等、asuraで行われているキリス計画の被験者なんだろ…」
斎はアルトゥルの意識を少しでも瑪瑙や少年達から逸らす為、別の話題を切り出す。
「おやぁ……よーっく知ってたなぁ」
にやりと彼は不敵な笑みを浮かべ、三日月に歪めた口を見せる。
「俺の場合ぃ……最初はちょーっとキリスの血の濃度が高過ぎてぇ…その血に飲まれていたらしいんだけどぉ……その後の更なる実験でさぁ、自我を保ったままキリスの能力を発揮出来るまでになったって訳なんだよぉ…」
愉しげにそう語るアルトゥルの瞳は、真っ赤に染まりきっていた。
「お前等……あんな怪しげな実験ばっかやってるブラック企業にその魂をも売ったって訳か」
斎の右後方にいた要が、眉を顰めながらそう言った。
「別になんだっていいんだよぉ………力が手に入るならなぁ」
アルトゥルの目と口は、更に愉しげに歪んでいた。
瓦礫の傍で、傷付けられた仲間達や拘束された仲間達をすぐに救出したい気持ちを抑えたまま、朱羅は冷静に自分が今しなければならないことを再度確認する。
先程からずっと斎達と話をしているアルトゥルの他に、ナイフや銃を持ったbhメンバー(こちらも目が赤いことから実験の被験者と考えられる)が5人。
当然、拘束されている仲間達には援護を要請出来る筈もなく、下手に飛び出しても同時に蹴散らすことが出来る人数は2、3人が限度である。そうなると残されたbhメンバー達によって、拘束されている仲間達の身に危険が及ぶことは必至だ。
朱羅は今後の自分の行動を思案しながら周囲を再度注意深く確認すると、以前要が行き付けの店の主人に貰ったと言っていた発煙筒が3本転がっていた。貰った本人である要はこんな物は必要ないと判断し、捨てようとしたそうだが、何かに使えるかもしれないと言う斎によって小さな箱に仕舞われていた物だ。
素早くその発炎筒3本を手に取り、キャップを取って中身を確認すると、点火部分にも擦り板部分にも特に異常は見受けられず、使用可能であると朱羅は判断した。そして、先程の男から奪った弾倉を取り出して交換し、銃をホスルターに仕舞った後、キャップを全て外した発炎筒1本を手に持ち、残った発炎筒はすぐに点火出来るよう手元に置き、bhメンバーの動きを確認する。
幸い、まだ彼らに自分の存在は知られていないようで、アルトゥルを始めとしたbhメンバー達はホームの仲間達をいいように弄んでいた。
「―…っ!」
意を決して発炎筒の点火部分をキャップに付属されている擦り板に擦り当てて点火すると、それをbhメンバー達の立っている場所に投げつけた。
「何だぁ?」
突如瓦礫の山から放られた発炎筒の存在に、アルトゥルを始めとした男達は空を見上げ、隙が出来た。
その間に残された発炎筒2本も点火した後に放り上げ、煙に巻かれ、視界を奪った状態で朱羅は高い視力を持つ己の目を信じ、敵陣に飛び込む。男達は状況を把握出来ないまま煙に巻かれており、難なく昏倒することが出来た。男達が地面に叩きつけられる音がする度に、少年達は怯え、声を上げたが、すぐに状況を把握した斎によって励まされ、宥められ、身を低くした状態で静まるのを待った。
bhメンバーのリーダーであろうアルトゥルは昏倒させず、意識を保たせたまま拘束し、武器を全て奪う。そうしているうちに煙幕が晴れ、周囲を見渡せるようになった。
「げほげほっ……」
「ごほっ……」
少年達は煙幕を多少吸い込んでしまったようで咳き込んでいた。呼吸器官に障害のある瑪瑙は、すぐに要が上に覆い被さって護った為、煙を殆ど吸わずに済んでいたようだった。
瑪瑙の呼吸器官に障害があることは当然朱羅は知っていたし、そんな彼女がいる場所に発炎筒を放ることに躊躇はあったが、この状況ではいつ全員殺されてしまうかわからなかったし、瑪瑙の傍にいる要ならすぐに状況を理解し、彼女を護ってくれると朱羅は信じていたのだ。
「はっ………はぁ………朱羅っ………!」
多少荒れた呼吸を整えた後、斎は顔を上げると、視線の先にはアルトゥルを近くにあったロープで縛っている朱羅の姿があった。
「朱羅ぁ!」
「助けに来てくれたんだな…!」
今まで恐怖に怯え切っていた少年達の表情に光が灯る。
「他に敵は確認出来るか?」
朱羅は気を緩めることなくすぐにそう問い掛ける。
「此処にいる他に周囲を確認しに行った奴等が3人いたが…」
「そいつ達は俺が眠らせておいた」
斎の情報に、朱羅はすぐに返答する。
「それなら恐らく、もういない筈だ」
「そうか。でも警戒は解かないほうがいい」
そう答えると、朱羅は駆け寄り、昏倒している男から奪ったナイフで斎の拘束を解き、続いて脚を撃たれたツカサの拘束を解く。
「ツカサ…!」
「ぅっ………」
「傷口は手で押さえ込んではいたんだけどっ……」
瑪瑙は既に叫ぶ力のないツカサの傷口を押さえたまま、悲痛な表情で話した。
「まだ息はあるが、すぐに手当てをしないと…!」
自分の服を噛み千切り、止血処理をした後、斎は彼を抱き抱えてその場に立ち上がりながら拘束を解かれた要を見る。
「まだその辺に敵がいるかもしれねぇからな。俺が護衛する」
要がそう言うと朱羅にアイコンタクトを取り、それに応えるように朱羅は男の銃を手にとってから彼に投げ渡す。
「朱羅!悪いが一先ず此処を頼む!」
「わかった。後、ホームの廃材置き場に薪那達が隠れているから呼び戻して欲しい」
「わかった!」
「任せておけ」
朱羅は仲間達の拘束を解きながら2人を見上げてそう言うと、彼等は駆け出しながら返事をし、半壊しているホームへと走り去って行った。

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