+ ACT.36  内なる獣の目醒め ( 2/2 ) +
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「…朱羅君、ありがとう…」
要の後に拘束を解かれた瑪瑙は、朱羅と共に他の仲間達の拘束を解いた後、感謝の言葉を述べる。
「傍にいられなくて済まない…」
感謝の言葉を述べる彼女に対し、朱羅は眉を顰めながら謝罪の言葉を述べた。
「謝らないで…?朱羅君が助けに来てくれたから、私達はこうして生きてるのだから…」
そう言いながらも、瑪瑙の表情は普段のように暖かく、優しいのもではなかった。
「いいなぁいいなぁ。美人で強くて俺達のオリジナルでありながらもぉ、そぉ〜んな綺麗で可憐な女の子が彼女だなんてぇ」
拘束された状態でも態度が全く変わらないアルトゥルは、朱羅と瑪瑙を見ながら茶化すような言葉を口にしていた。
「何だよコイツ……ふざけやがって………」
自由の身となった少年達がアルトゥルや昏倒しているBHメンバー達を見下ろ瞳には、明らかな憎しみや怒りが込められていた。
「なぁ、朱羅……」
「駄目だ」
少年の言葉を遮る様に、朱羅は有無を言わせない言葉を投げる。
「まだ何も言ってねぇじゃんか!」
「彼等を殺すことはいつでも出来る。だが、その前に確認しておかなければならないことがある」
そう言うと、朱羅は1歩脚を進めてアルトゥルに問う。
「今回の襲撃を命じたのは、皇瑠唯か?」
その名を口にした朱羅を、瑪瑙は案じるように見つめたが、戸惑いも迷いもなくその名を口にし、真っ直ぐにアルトゥルを見据えながら毅然とした態度でそう問う彼の中の迷いは断ち切られていたようだった。
「さぁって〜…どうかなぁ、どうかなぁ?」
「ふざけんな!」
「落ち着いて……!」
アルトゥルのふざけた態度に怒りを抑えることの出来ない少年はまたも彼に食いつこうとする。が、瑪瑙によって止められた。
「例えあの人による直接的な命令でなくても、貴方方が此処に出向いた以上、彼が関わっていることには変わりありません」
朱羅は冷静な口調でそう答えた。
「そんなことよりもさぁ、もっと面白い話、しようぜぇ?」
朱羅を誘うように目を細め、口を笑みで歪めながら彼はそう語り掛けてきた。
「…面白い話?」
「そうそう。あのさぁ、数日前にぃ、此処に迷い犬が来ただろう?」
彼は野良犬が迷い込んできた数日前の話をし始めた。
「何でお前が知ってんだよ…!」
少年が1人、愉しげに話すアルトゥルに噛み付くように問う。
「何で知ってるってぇ?んなの、聞いたからに決まってるだろう?」
「何を聞いた」
朱羅は彼にその先を話すよう促す。
「Asuraで俺達同様、キリス計画で実験体になった1匹の犬をぉ、お前達がいるホーム近くで逃がしてみようって話さぁ」
「故意に犬を放ったと……」
彼の話を鵜呑みには出来ないが、かと言って彼がこの状況でこんな嘘を口にし、例え万が一朱羅達が信用したとしても彼等にとって特に得となり得る理由が見付からない。
「俺達はオリジナルである御堂朱羅の血や匂いに惹き付けられる習性があるって話でさぁ、その犬も君の匂いに惹かれてホームに向かうことは容易に予測が出来るって話だったぜぇ」
「…それで、ホームの仲間達を襲わせるつもりだったのか」
真剣な表情で朱羅はアルトゥルに問う。
「まぁ、そんなことだろうけどぉ………」
そこでアルトゥルは含み笑いを見せる。
「何なんだよ!ハッキリ言え!」
「カカッ!……いやさぁ……その犬に傷付けられた奴がいたら、きっと面白いことになるんだろうなと思ってさぁ……!」
そう答え、高らかに笑い声を上げるアルトゥルに対し、朱羅は目を見開いた状態で黙り込んでいたが、直ぐにホームの方に視線を向けたその時―

―ガウン……!
ホームの方から発砲された銃声が響き渡る。

「なっ…!」
その銃声に、少年達は再び顔色を変えた。
「―っ…!」
歯を噛み締めた朱羅はこの場を離れる為、アルトゥルを昏倒させ、その場に立ち上がった。
「朱羅君…!」
「瑪瑙達は此処で待っていてくれ!」
朱羅はそれだけ残すとその場を離れた。



「斎…!」
負傷したツカサの血を追って駆けつけた朱羅はすぐに斎の名を呼び、ホーム内に駆け込んだ。
「―っ…朱羅っ………」
「!」
中に駆け込んで真っ先に視界に映ったものは、肩を抑えながら半壊した部屋の隅に凭れ掛かる斎と、彼から少し距離を取った場所に立っている要の後姿だった。
恐らく負傷したであろう斎は自分の後ろにツカサを隠し、身を挺して護っていた。
「斎!」
すぐに斎に駆け込もうとした朱羅だったが、銃を持った要がゆっくりと動いた為、脚を止めた。
「………いい、匂いがする………」
ゆらりと動き、朱羅の方へ顔を向けた要の目には光はなく、その色は今となっては見慣れてしまった赤へと変化していた。
それは、アルトゥルが話していたことが現実のものとなってしまったことを表していた。

キリスの種族は元々繁殖力が高く、そんな彼らの中に流れる血もまた、その中に秘められた力は通常の人間のそれとは異なり、その血を体内へと流し込まれればキリスの血が人間の血を喰らってしまうことはAsuraの初期段階の実験で既に証明されていた。
その為、Asuraの実験によってキリスの血を宿す朱羅から得たキリスの血を混入されたアルトゥルやBHメンバー達は獣と化してしまっていたり、自我を失ってしまっていたのだ。
その実験で、人間の血とキリスの血とではあらゆる面でキリスの血の方が勝っていることを裏付けたが、混血であって純血のキリス種族ではない朱羅もまた、本来であればその範疇に留まっているべき存在ではあったのだが、朱羅は未だに自我を失わず、1人の人間である"御堂朱羅"としてその人格を保っている。
だからこそ、彼の存在はとても貴重であると見なされているのだ。

肩を負傷している斎1人なら、キリスの血に飲み込まれてしまった要の注意を自分に向けることで逃がすことは出来る可能性は高い。だが、負傷している上に意識を失ってしまっているツカサも共に…ということを考えると、キリスの血によって身体能力が向上している要との距離が近い現状では、更に2人を危険に晒すことになってしまうことは容易に予測が出来た。
だが、予想以上に要の朱羅への食い付きが良く、彼は朱羅のみを見つめ、こちらに近付いて来ていた。
恐らく彼はアルトゥル同様、オリジナルである自分の血を欲している。
朱羅はそう考え、彼に気付かれないよう斎にアイコンタクトを取り、隙を突いてこの場を離脱するよう促した。幸い、朱羅のことしか意識にない要は変わらず無言のまま、朱羅へと近付いている。斎達との距離を更に広げる為、朱羅も後ずさりをしながら後退し、安全であろうと考える距離まで要を引き付け―

「行け!」

朱羅の合図と同時に歯を食い縛り、斎はツカサを肩に担ぎ上げ、その場を駆け出した。
「!」
動きを察知した要は後方にいる斎に視線を向けるが、すかさず朱羅が彼の足を蹴り飛ばし、その場に転倒させた。
「ガアアアア!」
「っ……要、血に飲み込まれるな……!」
朱羅はうつ伏せの状態で転倒した要の上に乗り、手早く彼の両手を腰の上で押さえつけながら彼の中にまだ残っていると信じる本来の要に呼び掛ける。
「ア"ア"ア"ア"………!」
「くっ……!」
華奢な朱羅にとって、長身で体格の良い要を1人で押さえ込むのには限界があった。それでも朱羅は彼を傷付けることなく戦闘不能にするべく動くが…
「がはっ…!」
「―!」
外から鈍い衝撃音と同時に斎のものと思われる呻き声が聞こえ、木材やドカンが地面に倒れこむ音が周囲に響き渡った。
その音は、何処かに身を潜めていた敵が現れ、斎を襲ったことを示していた。
「いつ、……―!」
一瞬だった。
一瞬、要を押さえ込む力を弱めてしまった朱羅は、身体を素早く起き上がらせる要によって地面に背中を打ち、彼を自由の身にしてしまった。
「くっ…!」
朱羅は要との距離を取ろうと座り込んだ状態で後退するが、それよりも早く要は近くにあったガラスの破片を手に取り、振り被った。
「―っ……!」
朱羅はそのガラス片は自分を攻撃する為の武器と考え、腕の1本くらい犠牲にしても構わないと判断し、左腕を上げ、彼の攻撃を迎えるつもりだったが、彼の取った行動はそんな朱羅の予測とは異なっていた。
「なっ……!」
要がガラス片を突き立てたのは、彼自身の腕だった。
深々と刺さったガラス片の周囲からは赤い血が滴り落ち、床をすぐに赤く染め始めた。
その行動の意味を無意識に考えた朱羅は、彼の中に残っている本来の要が、血に飲まれた自分を内に封じ、再び自分を取り戻す為、自身への痛みという衝撃を与えたものかとも考えたが、それもまた違っていた。
彼はドクドクと脈打ち、流血する自分の腕を眺め、何かを確認すると突き刺したガラス片を抜き、床に投げ捨てる。
そして傷口に唇を当て、自身の血を口に含み始めた。
「っ…!」
その行動で、やっと彼のやろうとしていることを理解した朱羅は、すぐにその場を離れようと立ち上がるが
「痛ぅっ…!」
口元を自身の血で汚した要に突き飛ばされ、後頭部を壁に強打してしまう。
そして意識が朦朧とした次の瞬間、朱羅の唇は要の唇に塞がれていた。
「んぅっ……ん、―っ………んんぅっ………」
必死に抵抗する朱羅だったが、要の片手が朱羅の両手を前方で縛りつけ、空いている片手で朱羅の後頭部をしっかりと押さえつけていた。
彼の口内に含まれた血が、口移しによって朱羅の中へと浸入していく。
1度は開放されたが、彼は再び腕から血を口に含むと、ぐったりし始める朱羅に口付け、彼の身体に自身の血を注ぎ込んだ。
「はっ………は、……はぁっ………」
2度、要の血を口移しされた朱羅の瞳は細められ、どこか恍惚とした表情にも映った。
「―ぁっ……………はっ……、…ああっ………!」
ドクンッ…と朱羅の鼓動が脈打ち、朱羅の目が見開かれる。そして、要はその反応を確認すると朱羅の背を壁に預け、距離を取る。
胸元を力いっぱい握り締め、止まらないどころか激しくなり始める自身の鼓動と明らかな"変化"に朱羅の表情は引き攣り、苦しみ始めていた。



「くそっ……!」
ホームの外に逃げた斎は、突如上方から飛び降りてきた男によって地面に叩きつけられたが、咄嗟に抱えていたツカサを自分の胸元へと移動させ、両腕を地面に付き、身を挺してツカサを護った。
しかし、そのすぐ後にその男に蹴り飛ばされ、更に身体を強打してしまう。
全身に走る衝撃と痛みに斎は身体を丸くし、歯を食い縛る。
「―っ……ツカ、サ……!」
斎の意識はすぐにツカサに向いたが、顔を上げた彼の視界に映ったのは、髪を乱暴に掴み上げられ、その痛みに小さく呻いているツカサの姿だった。
「ツカ――がっ…!」
ツカサを救おうと斎は上体を起こすが、直後に頭部を蹴り飛ばされ、再び頭部や全身に衝撃が走る。
続け様に与えられた衝撃に脳が揺さぶられ、意識も朦朧としていた斎だったが、気が付けば自分を蹴り飛ばした男とツカサを拘束している男、地面に叩き付けられた自分の髪を掴み上げ、強引に身体を起こさせた男……少なくとも3人に増えていた男達。
斎の髪を掴み上げている男は、斎の上体を乱暴に上げさせると、両手を後ろで拘束し、距離を置いた目の前にツカサが映るような状態にさせた。
「く、……そっ………」
自分達を拘束している男に対してというよりも、周囲に気を配ることを怠った自身に悪態をつきながらも、斎はこの状況を打破する策を練り始める。
しかし、ツカサを掴み上げていた男が腰に装着していたホルスターからナイフを手に取り、それを彼の喉元に移動させた瞬間、そんな策は飛び散ってしまった。
「止めろ!!」
目を見開き、斎は必死に叫ぶ。
しかしその叫びは虚しく空を斬るだけで、男の手を止める力はなかった。
ツゥ…とナイフの先がツカサの喉元に傷を付け、血が流れると、斎は再び叫ぶ。
そして―

―ドサッ……

何かが空を斬る音が耳に入った直後、何か鈍い音が辺りに響いた。
自分の目の前で起こったことでありながらも、斎は一瞬、何が起こったのか、自分の瞳に何が映ったのか、それらを理解することが出来なかった。
「ガァッ…!」
他にもいつの間にかわいていた男達数人が"彼"に向かって飛び掛るが、すぐにその意味を失った。
そして何かが宙を舞い、地面に鈍い音を立てながら落ちる様がいくつも目の前に映し出され続ける。
ドサ…と、斎の目の前にそれは落ちた。そして漸く斎はそれが何であるのかを理解する。
「………腕………?
―そう、それは男の腕だった。
肘より下の箇所で切り落とされた男の腕が、自分の目の前に飛び込んできたのだ。
男の腕から視線を移した斎は、周囲に転がる腕や頭、脚等を目にし、言葉を失った。
しかし、本当に彼の言葉を失わせたのは、それらを切り落とした人物が"彼"だったことであった。

「朱羅………」

一瞬の間に男7人の身体を切り落とした人物の名を、斎は独り言のように呼ぶ。
自分に襲い掛かろうとした男達を何の躊躇いもなく、目に留まらぬ速さで片付けた彼―朱羅は、男達の血で汚れたナイフで空を切り、刃に付着した血を振り落とし、斎を見る。



彼の瞳は 周囲に飛び散った男達の血のように

赤く赤く彩られていた



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