+ ACT.37  苦渋の決断 ( 2/2 ) +
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「斎…!朱羅……!!」
「?!」

突然、今までこの場にはいなかった少年の声が響いた。
「何やってんだよ2人とも!!」
「お、前達っ……何で来た!ここから離れろ!!」
斎の視線の先にいたのは、恐らく様子を見に来たのであろうホームの仲間達が立っていた。そしてその中には"彼女"も含まれていた。
「早くここから離れろ!!」
斎は必死に忠告するが少年達は動かない。瑪瑙も同じくその場から離れず、黙ってこちらを見つめている。
「なっ……何、何でこんなに血が飛び散ってるの…?」
「そ、それになんで男達がバラバラ……になって、るの………?」
何も知らない少年達は混乱状態に陥っていた。だが、それも無理はない。
周囲には、今まで見たことがないであろう人間のバラバラとなった血肉が転がっている異様な光景が広がっているのだから。
だが、以前に1度、映像でではあったが似たような光景を見た瑪瑙は、驚きはしたが彼等と同様の混乱状態には陥ってはおらず、状況の把握に然程時間は掛かっていないようだった。
「………」
朱羅の視線が、目の前にいる斎から自分の背後にいる少年―否、瑪瑙に向けられた。
「………」
自分を見つめる朱羅を、瑪瑙は黙って見つめ返しているようだった。
「朱羅、止めっ―」
朱羅の次の行動を感じ取った斎は制止しようとするが既に遅く、彼は真っ直ぐ瑪瑙の方へ向かっていた。
「瑪瑙!」
「………」
斎は彼女の名を叫ぶが、彼女は既に自分の周りにいる少年達に自分から離れるように促しており、彼を迎える用意をし終えていたようだった。
「瑪瑙!」
「来ないで!」
視界に入れることが出来ないまま、気が付くと瑪瑙は朱羅に押し倒されていた。
そんな彼女を見た少年達はすぐさま駆けつけようとするが、彼女はそれを制止した。
「………」
「………」
自分を押し倒し、上に乗っている朱羅の手にはナイフがあり、それは今すぐにでも彼女の胸を突き刺すことの出来る状態にあった。だが、瑪瑙自身はそんな彼を一切恐れず、寧ろ彼を優しく見つめていた。
彼を刺激することなく、ただただ黙って彼を優しく暖かな瞳で彼を見つめる。
「……………」
「…大丈夫……大丈夫だよ、朱羅君…」
瑪瑙はそっと、ナイフを持つ彼の手を両手で優しく包み込む。
「貴方は優しくてとても強い人だもの。だから大丈夫。貴方はきっと、自分を取り戻せる」
真っ直ぐ優しい口調でそう語り掛けながらも、彼女の翠色の瞳には強い意志が宿っていた。
「………、のう………。……………め、………のう………」
朱羅の口から彼女の名が発せられた。
「そう。私だよ、瑪瑙だよ、朱羅君…」
ぎゅっと力強く、瑪瑙は彼の手を握り締め、そう呼び掛ける。
「……めのう……………………瑪瑙………」
何度か彼女の名を呼ぶうちに、瑪瑙はあることに気が付いた。
血のように真っ赤に染まった瞳から、次第に見慣れた美しく透き通る菫の瞳へと変わっていたことに。それは、彼が自分の中のもう1人の自分と闘っている証だった。
「…私は、貴方が好き…。どんな貴方でも、私は朱羅君が好き」
「―っ………………」
その時、朱羅の瞳が完全に菫色の瞳へと戻った瞬間を、瑪瑙は見た。
「………瑪瑙………」
「……おかえりなさい、朱羅君……」
瑪瑙はゆっくりと上体を上げ、朱羅を優しく抱きしめながら"彼"の帰りを喜んだ。
「瑪瑙っ………、俺………」
カランッ…と、彼の手から落ちたナイフの音が鳴り響く。
「朱羅君が戻って来てくれた………」
朱羅を抱きしめる瑪瑙の力は更に増し、僅かに震える声は切なげだった。
「………瑪瑙………」
朱羅がキリスの血に飲み込まれていた間の記憶は、途切れ途切れであっても理解するには難しくない程度の空白だった為、朱羅は自分が瑪瑙や斎達に何をしたのか理解しているようだった。そして朱羅は記憶の整理や事の経緯を理解する間、瑪瑙の胸の中で黙っていたが、瑪瑙の腕を優しく解き、顔を上げ、斎を見る。
「……やっと目、覚ましたな。朱羅」
そう呼び掛ける斎の表情は苦笑しながらもとても複雑で、影が落ちていた。
「……斎……!」
朱羅はすぐに斎に駆け寄り、彼の近くで膝を折る。
「っ……………済まない、俺、我を見失っていて……」
「…でも、ちゃんと戻ってこれただろ。瑪瑙に感謝しなきゃな」
「それはそうだが……でも、斎も俺を取り戻そうとしてくれた…」
朱羅は傷だらけになった斎の身体を見て自分のやったことを思い出し、顔を俯け、彼の袖をぎゅっと握りしめる。
「…お前が戻ってきてくれたんなら、俺はなんでもいいさ」
ぽんぽんと斎は優しく朱羅の頭を撫でる。
「……この怪我も……」
朱羅はゆっくりと顔を上げ、斎の額に自分がつけてしまった傷を見る。
「傷は男の勲章さ。気にするな」
額の傷口から流れる血を拭いながらフォローする斎だったが、フッと、彼の表情に再び影が入った。
「…でも俺は、要もツカサも護ってやれなかったけどな………」
「―!」
朱羅は目を丸くする。
「…仲間を2人とも護れなかった…。―否、俺が2人を殺したんだ…」
「……え、あれ……って………ツカサ……と要………?」
「え……嘘、嘘だよね………?」
遠くで斎と朱羅の会話は聞こえていなかったが、普段の斎の雰囲気とは異なる彼に違和感を感じた少年達の視線は動き、瓦礫近くに倒れているツカサと、斎の傍で倒れている要の姿をとらえた。
「2人も…………血………」
「……死んでる………の………?」
「……ツカサ君……と、……要君…………?」
少年達を始め、瑪瑙もやっと状況を把握し始めた。
「…悪い皆。俺が2人を殺した」
斎は声を上げ、少年達にそう告げる。
「嘘……嘘だ!ツカサも要も死んでないもん!!」
少年達は一気に駆け出し、ツカサと要の元へ駆け寄った。
「嘘だよ!嘘、嘘!死んでないっ……死んでなんかっ………」
「要……要ぇ…!!」
少年達は既に息絶えた2人の傍で泣き叫んだ。
そして、身を隠していた薪那達も騒ぎを聞きつけたのか姿を現した。
「え……何?どうしたの…?何があったの…?」
陰に隠れて怯えていた薪那達にとっては到底把握出来ない現状が目の前に広がっていた。
周囲に飛び散った血肉と男達のバラバラ死体、傷付いた斎に何かに駆け寄って泣き叫んでいる仲間達の姿…
そんな状況で、未だ幼い少年達にすぐに理解しろという方が酷だった。
「………要のことは、覚悟を決めて俺自身がとった行動だ。だから、皆に言い訳はしない。ツカサのことも、結局は俺が護れなかったせいで死んでしまったようなものだからな…。本当に済まない………」
「いつきがほんとうに2人をころしたの……?」
幼い少年が涙をいっぱい溜めた瞳で斎を見上げ、問い掛けてくる。
「ああ、そうだ。俺が2人を殺した」
斎は迷うことなくそう答える。
「なんで…いつきが2人をころすの……?」
少年は斎の裾を握り締めて更に問い掛けてくる。
そしてその少年の周囲にいる別の少年達も斎の答えを待っているのだろう、すすり泣く声が聞こえはするが、黙って斎を見つめていた。
「……何でだろうな……」
フッと、斎は自嘲を浮かべながらそう答えた。
「斎、誤解を招くような答えはよせ」
空気を変えたのは朱羅のその言葉だった。
「誤解って…事実だろ」
「それは、結果論であり、お前の自責の念がそう言わせているだけの言葉だ。俺が見た真実はそうじゃない」
「……朱羅君が見た真実……?」
瑪瑙は疑問符を浮かべる。
「俺よりも斎のことを知っている皆ならわかるだろう。斎が故意に…わざと仲間を殺すような真似なんて出来ないと言うことを。斎は負傷したツカサを抱えて護ろうと、身を隠していた男達とたった1人で戦った」
「………」
少年達は黙って朱羅の言葉を聞いていた。
「…要も…………。要のことは、順を追って説明しなければならないが……」
朱羅は少年達にきちんと理解して貰うため、ホームに迷い込んできた赤い目の野良犬のことから順を追って説明した。間間に少年達が理解出来る範囲で自分のこと―キリス種族のことも交えながら、朱羅は事の経緯を説明した。
斎を先に襲ったのは要であり、要を豹変させたのはキリスの血を宿した野良犬だった。そして斎は負傷しながらもそんな彼と交戦し、ホームの今後のことを考えた結果、苦渋の決断をしたのだということを。
「皆が思っている以上に、例え元が普通の人間であっても、"キリスの血"を注がれた者の戦闘能力は高いんだ。だから、負傷した斎が生き残るには………こうするしかなかった……」
朱羅は表情を曇らせ、そう語った。
「………気絶させるだけとか……策はあったんじゃないの……?」
1人の少年が口を開いた。
「そうすればさ、何も要を殺すことはなかったんじゃないの?ツカサのことだって、そうしていればもしかしたら助かったのかもしれないのに…」
「………そうだよ……何も殺すことはなかったじゃん……!斎だったらどうにでも出来たじゃん!」
少年達は斎に対して憤りを感じているようだった。
「…済まない………」
斎はただ、少年達に謝罪することしか出来なかった。
「斎が2人を殺したんだ!殺すことなんてなかったのに!」
「随分と身勝手な言葉だな」
「何だよ!文句あんのか!」
斎に怒りをぶつけた少年は、そんな自分に抗議する言葉を掛けた朱羅に視線を向け、叫んだ。
「普段から斎、斎と頼っておきながら、斎が失敗すればそんな彼を責め立てる。この場で1番皆の身を案じ、実際に行動したのは誰だ?それは斎だろう。恐怖し、動けずにただ泣き叫ぶことしか出来なかったお前達が、そんな斎を責める権利はない」
「なっ…!」
少年の頬が真っ赤に染まる。
「1人で負傷者を抱え、男達に傷付けられ、頼りにしていた要も豹変して敵に回ったこの状態で、斎がどれだけ苦しんでこの決断を選んだと思う」
「っ………う、うるさい!!お前なんてそのっ……キ、キリなんだかってやつになってて斎を殺そうとしたくせに!!」
少年は朱羅の胸倉を掴みながら叫んだ。
「ああそうだ。だから斎に責はない。責めるなら護るどころか我を見失って仲間を殺そうとした俺を責めればいい」
朱羅は冷静な表情と声で静かに答えた。

「……皆、もう止めよう…?」

哀しげな表情と声でそう発した瑪瑙を、全員が口を閉ざし、黙って見つめる。
「…私も……こんな状況、受け入れ切れてないし、受け入れたくない……。そういう時、誰かに責任を押し付けて責めることで人は悲しみや憤りをどうにか処理しようとする…。それが1番早くて楽な方法だから…」
瑪瑙は両手を胸元に添え、ぎゅっと握りしめて続ける。
「…でも、それは正しい解決方法じゃないと私は思うし、そもそも…今回は斎君も朱羅君も、そして皆も悪くないと、私も思う……」
「瑪瑙……」
斎は彼女の名を呼び、彼女の言葉に耳を傾け続ける。
「朱羅君は今までだって自分の中に眠るもう1人の自分にずっと苦しんできた。それでも朱羅君は身を挺して私達を助けてくれたし、今回も冷静に判断して私達の身の安全を第一に考えてくれた。斎君だって、朱羅君の言う通り1番奔走してくれたということ、皆だって本当はちゃんと分かっていると思うの。ホームが襲撃された時だって、冷静に私達を誘導して助けてくれたし、何かあったら真っ先に前に出てくれた。自分の身の危険も顧みずに」
「………」
朱羅の胸倉を掴んでいた少年は瑪瑙の言葉を聞くと静かにその手を離し、自分の服を握り締めた。
「それに……要君もツカサ君も…皆が言い争う姿なんて喜ばないと思うの。もし私が2人だったら、そんなの悲し過ぎるもの………」
「………ごめん、なさい………」
「僕も………斎のこと、責めてごめんなさい……」
「………朱羅、ごめん………」
少年達は瑪瑙の言葉の通り、本当は分かっていたのだ。今回のこの悲劇は斎の所為でも朱羅の所為でもないということに。ただ、1度にあらゆることが次々と起こってしまい、自分の理解出来る範囲を容易に超えてしまったこの憤りや悲しみ、苦しみをどうして良いのかわからなかっただけなのだ。
「俺も、皆を責めるようなことを言ってしまって済まなかった」
朱羅もまた、彼らに謝罪する。
「…それに、斎君…」
「……?」
瑪瑙は静かに斎の前で膝を折り、彼の手を優しく握った。
「斎君も、自分を責めないで…?斎君は、私達を護ってくれたもの。要君のことも、ツカサ君のことも、誰よりも1番にどうにかしようと戦ってくれたひとだから………。私達の方が、本当は斎君に謝らなければならないのに………。ごめんなさい………」
「否、瑪瑙が俺に謝る必要なんてないって……!」
斎は瑪瑙の手を握り締め返す。
「ううん。いつもそうだったけれど、私達はいつだって斎君や要君、そして最近では朱羅君に頼ってばかりで……。3人だってそれぞれ大変なことを抱えているのに甘えてばかり……。本当にごめんなさい」
瑪瑙の言葉を聞いて、周囲の少年達もその言葉の意味を多少なりとも理解したのか、斎や朱羅に対し、謝罪の色を乗せた表情を見せていた。
「…でも、だからこそ、これからは私達も2人に頼り切らないよう強くなる。要君やツカサ君のこともしっかり受け止めて、きっと強くなるから」
瑪瑙は真っ直ぐな瞳で斎、そして朱羅を見つめてそう誓った。
「………瑪瑙………」
「………」
斎と朱羅は彼女を真っ直ぐ見つめ返す。


「感動の演説の中、失礼するよ」

「―!」


漸く周囲の空気が落ち着きを取り戻し始めた矢先、その空気を掻き乱す声が周囲に響いた。
「…全く。よくもまぁここまで台無しにしてくれたものだね」
「………やはり貴方が首謀者だったんですね………」
そう言いながら彼を見つめる朱羅の瞳には、彼にとっては珍しく、明らかな"怒り"が込められていた。
「私の計画では朱羅があの少年を殺し、斎君のことも殺していた筈だったんだ。…それに……」
その男はそこで一旦言葉を噤むと、目を細め、瑪瑙の方を見つめた。
「…何故、朱羅は元に戻っているのかな……?私の救済無しで」
細められた青年の瞳には、嫉妬や妬みが込められていることに、瑪瑙自身も気が付いていた。
「…アンタはとことん性根が腐ってるな………瑠唯さん………」
斎は満身創痍の中、ゆっくりとその場に立ち上がり、その青年―瑠唯の方を睨みつけた。



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