+ ACT.38  全てを手に入れた筈の男に与えられた新たな現実 ( 1/2 ) +
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生まれた頃から自分に在ったものは血の繋がった大切な妹唯1人。
自分と妹を少しでも高く売ろうと必死になっていた男と女のことは家族だなんて1度だって思ったことはないのだから。
そんな男と女によって俺達は売られ、俺達の飼い主となった有力者の男に拾われた後には家と金が手に入った。、
だが、結果を出さなければそれらは得られないどころか、絶対にこれだけは手放すまいと誓っていた妹でさえも喪いかねなかった

だからこそ強くなろうと誓った

もう、搾取されるだけの人生なんて耐えられない
搾取される側ではなく、己の望むもの全てを自分の力で得ることの出来る人間になろう
否、絶対になるのだと、俺は誓ったのだ






 ACT.38  全てを手に入れた筈の男に与えられた新たな現実






「それじゃあ瑠架、後のことは任せたよ」
白のスーツの上にシンプルながらも上等な印象を与える白のロングコートを羽織った瑠唯は、彼の部屋に置かれたソファーに腰を下ろし、お気に入りの紅茶を静かに味わっている瑠架に声を掛けた。
彼の口調や表情はとても穏やかで落ち着いていて、満たされたような印象を与えていた。
紅茶を味わっていた瑠架は、そんな兄に対して返事を返すことはなく、一瞥することすらない反応を示した。
だが、そんな彼女の反応を一切気にすることなく、瑠唯は2名の部下と共に部屋を後にした。
彼が部屋を後にすると、瑠架は静かにカップを置き、それまで組んでいた脚を組み直した。
その状態で何をするでもなく1人きりの空間を静かに味わっていた瑠架だったが、不意に響いたノック音が僅かながらにその空気を変えた。
「失礼します」
ノック音の後、少しばかり待った後、女性の声と共にドアが静かに開いた。
「私よ。入るわね」
ドアを開け、室内を見渡した女性はソファーに1人で座っている瑠架を見付けると静かにドアを閉めた。
「定刻の15分前。相変わらずきっちしているね、湊」
瑠架は室内に入ってきた彼女―湊にそう声を掛けた。
「時間は待ってはくれないもの。当然よ」
湊はそう返すと、上等なテーブルを挟んだ向かい側、丁度瑠架の向かいに位置する場所に腰を下ろした。
「それで、彼は何処に出掛けたの?」
テーブルの上に乗っているカップを取り、カップのすぐ近くにあるティーポットから優しい甘さが香る紅茶を注ぎながら湊は問う。
「わかっているのに尋ねるなんて、君は相変わらず意地が悪いな」
暖かい紅茶を注いだカップを静かに引き寄せ、紅茶を味わう湊に瑠架は答えた。
「意地が悪いだなんて心外だわ。最終確認をしているだけ。瑠架の淹れる紅茶はいつも美味しいわね。でもこの紅茶は初めてじゃないかしら」
「君の口に合って良かったよ。それは昨日手に入れた品だからね。私が自分でブレンドした紅茶だから初めて味わうのは当たり前だよ」
適度な距離を保ち、互いに必要以上の干渉はしない。そんな2人の波長は出会った当初から合い、それを彼女達自身も互いに感じていた。
先程兄の存在を無視するような行動を取っていた瑠架も、湊にはきちんと言葉を返していることがその証だ。
「でも朱羅は、彼に離別の言葉を贈ったのでしょう?」
湊はカップを置き、正面にいる瑠架に尋ねた。
「ああ。やっと朱羅も断ち切る決意を固めたようだ」
「それなのに彼を取り戻せると?」
「そう信じている様だけれどね」
「だから貴女も、いよいよ彼を見限るという訳ね」
湊はそう言いながら自分の脇に置いたバッグの中から小型の端末を取り出し、ボタンを押す。
するとその端末から文字の並んだ書類のようなものが淡い光と共に映し出された。
「元々asuraのことは上層部の人間達も目を付けていたから話は早かったわ」
端末を瑠架に手渡し、彼女はそう言った。
「だろうね。助かったよ」
空中に映し出された書類に目を通しながら、瑠架は返答する。
「こんなことを聞くのは野暮なことだと自覚はあるけど、貴女でなくて本当にいいの?」
ソファーの背もたれに軽く体重を預ける湊はそう尋ねた。
「何かに縛られるということは耐えられない性分でね。それに、私は金は勿論、地位にも名誉にも興味はない」
「でしょうね」
予想通りの彼女の返答に、肩を竦ませ、くすりと湊は笑った。
「そんな不確かなものに縛られるくらいなら、いっそ死を選んだ方がマシというものだよ」
書類全てに目を通したのだろう、瑠架は端末に付属しているペンを持ち、書類の最後にサインをした。
「監視者として何かに束縛されることを嫌う貴女でも、やっぱり多少なりとも家族に対する愛情みたいなものはあるのかしら」
サインを確認した湊はボタンを押して画面を消し、端末を再びバッグの中に仕舞う。
「昔は在ったと思っているけれど、今はどうだろうね。愛情とは違うのだろうけれど、身内の起こした不始末は、最低限の責任として唯一生き残っている身内である私が片付けるものだという認識はある」
「貴女が言うと、本当に単なる作業のひとつにしか聞こえないわね」
「彼に対する関心も、今ではもう残ってはいないのだから仕方がないと思うけれどね」
「一昔の彼は多少強引なところはあったけれど、私も経営者として関心する部分があったのに今では見る影もないものね」
再び肩を竦ませた湊だったが、今回は失望したような表情を浮かべていた。
「でも湊、君にだって今回のことは都合が良いのだろう?」
カップにまだ残っていた紅茶を口に含み、堪能した後、瑠架はカップを置きながら彼女に問う。
「そうね、そうなるわね。まぁでもここまで彼が堕ちるだなんて、ちょっと予想外だったけれど」
「それにしても、朱羅がよりによってeraseに入隊することになるとはね」
「それはまだ確定事項ではないわ」
そう答える湊だったが、瑠架はそんな彼女を目を細めながら見つめ、続けた。
「心にもないことを」
ふっと瑠架は笑みを浮かべた。
「今まで勧誘はしてきたけれど、朱羅はそれどころではなかったから相手にされていなかった分、こちらの待ち時間もそろそろ限界なのよ。それに、彼にはもう十分なくらいに時間は与えたもの」
笑う瑠架に対し、湊は肩を竦ませ、嘆息しながらそう答えた。
「お互い、気苦労が耐えないという訳だ」
「あら。貴女は気苦労だなんて感じていないくせに。いつもで監視者、傍観者じゃない」
今度は湊が笑みを浮かべ、瑠架に言う。
「まぁ、否定はしないさ」
肩を竦ませながらそう答えた瑠架の銀糸のような美しい髪が、さらっと彼女の肩から落ちる。
「要件も済んだし貴女の顔も拝みながらの最終確認も済んだことだし、そろそろお暇するわ」
湊はそう言うとスッとその場に立ち上がり、瑠架の方に視線を向ける。
「それじゃあね、瑠架」
「ああ。健闘を祈っているよ、湊」
軽い挨拶を交わし、湊は部屋を後にした。
「…さて…」
テーブルに載せられたティーセットを籠に綺麗に戻すと、瑠架はその場に立ち上がった。
「私もそろそろ動くとするか」
それだけ呟くと、瑠架は脚を進め、ドアノブに手を掛けた。



*



「―斎…」
朱羅はその場に立ち上がった斎の前に立ち、彼を制止する。
「その様子を見ると、朱羅の中に眠る"もう1人の君"はきちんと目覚めたようだね、朱羅。ああ…赤く染まった君もやはり美しく、魅力的だ…」
瑠唯は恍惚な表所を浮かべながら朱羅に声を掛けてきた。
「今回のことは、全て貴方が仕組んだことなんですね…」
朱羅は普段と変わらぬ落ち着いた声で彼に問う。
しかし彼の手は力強く握り締められており、彼の内に瑠唯に対する怒りが宿っていることを示していた。
「仕組んだだなんて人聞きの悪いことを言うね、朱羅。君が素直に私の元に戻ってこないから、こんなことをするしかなかったんじゃないか。私だってどんなに心が痛んだことか」
「よくもまぁ微塵にも思っていない言葉が次々と出てくるもんだな。関心するぜ」
斎は再び悪態をつく。
「微塵にも思っていない?それは酷い物言いだね。本来はとても優秀で賢い私の朱羅が、君達のような低俗な輩に侵食されてしまったことにどれだけ私が心を痛めていると思っているのかな?」
瑠唯は蔑むような瞳で斎や他のホームの少年達を一瞥した。
「彼等は低俗な人間ではありません」
最初に口を開いたのは朱羅だった。
「貴方がどんなに彼等をそう思っていようとも、俺は侵食なんてされていないし、asuraを出て彼等に出逢えて本当に良かったと思っています」
「…朱羅、何度言ったらわかるのかな?昔の君はそんな子ではなかったのに…」
瑠唯は悲しげな表情で眉を顰め、朱羅を見つめながらそう返す。
「俺はもう、貴方の傍にはいられないし、いたいとも思っていないんです、瑠唯さん」
「…………………朱羅、その娘が原因なのかい?」
少しばかりの沈黙の後、静かな声質で問い掛けながら、彼は朱羅と斎の後ろに立っている瑪瑙を、目を細めて見やる。
「アンタは何か問題があれば他人の所為にするような屑な人間なんだな」
「…黙れ低俗。お前には聞いていない」
「やっと本性が出やがったな」
斎の言葉に今まで見せていた笑みが全くない表情を見せた瑠唯は、普段利きなれた透る声ではなく、地を這うような低い声で答えた。
他の少年達はその変わりようと彼の表情とオーラに怯えていたようだが、斎は今まで通りの様子で瑠唯に負けることなく言い返していた。
「…確かに貴方の言う通り、俺は変わったと思います。貴方から見れば良い変化ではないのかもしれない。でも、俺は此処に来て、彼等や瑪瑙に出逢えたことでやっと自分自身の人生を歩み始めることが出来たと感じているんです」
「…私と共に歩む未来はどうなったのかな…?」
コツ…と、瑠唯は1歩脚を進めながら静かに朱羅に問う。
「貴方の隣に俺はいません。俺が変わったように、貴方も変わったから」
「私は何も変わってはいない。寧ろ君を愛する気持ちは昔よりも大きくなっているんだよ」
両手を広げ朱羅を乞うような表情で瑠唯は朱羅を見つめながらまた1歩、更に1歩と朱羅に歩み寄ってくる。
「…全てが貴方の責任とは言いません。俺も、貴方に助けを求めていたのは事実です。でも、それでは駄目だと気が付いたんです」
「君が私に救いを求めることの一体何処に問題があると言うんだい?」
瑠唯が歩み寄ってくることに警戒した斎は片腕を軽く上げ、朱羅を自分の後ろに移動させようとするが朱羅はそれを制止し、自ら1歩、瑠唯に近付いた。
「貴方といると……楽だったんです。貴方が常に俺の前に立ち、俺を連れて歩んでくれることで自分の罪も、これからのことも考えずに済んでいたから。貴方から離れて気が付いたんです」
「………楽……?私の傍にいることが"楽"だった………?」
瑠唯は朱羅の前で脚を止め、朱羅を真っ直ぐ見つめる。
「はい。多分…俺が貴方に抱いていた好意も、本当の意味での好意ではなかっ―」
「朱羅!」
「―っ……」
斎は声を上げ、瑪瑙は声を上げはしなかったが朱羅を案じ、身体を反応させていた。
「…それは偽りだよ、朱羅……」
瑠唯は朱羅の腕を握り締め、彼に言い聞かせるようにゆっくりとそう言うが、斎と瑪瑙は変わらず朱羅を案じている。
「偽りではありません」
斎と瑪瑙を安心させるように朱羅は自分の背後で手を広げ、斎達に見せながら瑠唯に答えた。
「俺は、楽になりたかったんです。そんな時に出逢った貴方は大きくて、俺を救ってくれる気がしていただけなんです」
「…何故、そんな嘘を言うんだい………朱羅っ……」
「―っ……」
朱羅の細い手首を握り締める瑠唯の力が増し、ギリギリと締め付けていた。
「俺と君とは相思相愛……。どんな理由があったにせよ、身体を重ね合い、互いに互いを求め合っていたじゃないか……」
顔を俯けていた瑠唯はゆっくりと視線を上げ、朱羅を見つめながら掴んでいた朱羅の腕を引いて抱きしめようとするが…
「俺が求めていたものは、"愛"ではなく"救済"だったんです」
朱羅は瑠唯の腕を避け、落ち着いた声でそう答えた。

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