+ ACT.38  全てを手に入れた筈の男に与えられた新たな現実 ( 2/2 ) +
Back << Story Top >> ACT.39


「俺を救ってくれるのなら誰でも良かったんです。その時偶然出逢ったのが貴方だったというだけ」
「っ………」
残酷なまでに冷静な彼の声が、瑠唯には深く突き刺さっていた。
そんな声で語られてしまったら、それが彼の本心なのだと突きつけられてしまったようなものだから。
「………朱羅は、本当に意地の悪い子だ…」
「―っ…!」
不意に今まで以上の力で腕を引かれ、瑠唯の胸に引き寄せられそうになる朱羅だったが、咄嗟に脚に力を入れて制止したことにより何とか彼の行動を抑制することが出来た。
「そんな心にも想っていないことを言って……私の気を引こうとしているだけなのだろう?私の元に戻るきっかけが欲しいだけなのだろう?」
「―っ!」
細身ではあるが長身でしなやかで良質な筋肉を持っている瑠唯がその気になれば、潜在能力は高くとも華奢な朱羅を思い通りにすることは容易なことだ。
瑠唯は更に力を込め、一瞬の隙を突いて朱羅を引き寄せ、素早く両腕を朱羅の腰に回し、彼を拘束する。
「朱羅!」
「それ以上近付かない方がいい。朱羅を傷付けることはしないが、君達の身の安全などどうでも良いことだからね」
再び不適な笑みを見せた瑠唯が目を細めながら愉しげにそう語ると、周囲を黒のスーツに身を固めた男達が囲っていた。
「止めっ…」
朱羅は斎や瑪瑙や仲間達に迫る危険に対して過敏な反応を示し、自分を拘束している瑠唯から離れようと動く。
「…朱羅…」
「ぁ、っ……」
性感帯である耳元で甘く囁かれた朱羅の身体はビクンと反応し、抵抗する意思と力を削がれてしまう。
「…ふふ、変わらず愛らしい反応だね、朱羅…」
「んっ………、止、めっ……」
更に朱羅の身体を抱き締め、瑠唯は朱羅の耳を甘噛みしながら愛しげに甘く囁く。
身体は素直に反応してはしまうものの、朱羅の頭には斎や瑪瑙達のことしかなく、彼等を囲う男達が皆銃を見せたことにより1度は削がれた抵抗の意思が再び彼の中に目覚めた。
「………仕方がないね。…朱羅、君が私の元に戻り、もう2度と私の元から離れないという意思を私に示せば、彼等は解放してあげよう」
「………」
瑠唯がその言葉を発することを予想していたのか、朱羅は驚く素振りは見せず、静かに彼を見た。
「簡単なことだろう?彼等の身の安全は保障する。私もこんな不毛なことは続けたくないんだよ、朱羅」
朱羅の顎に指を沿え、軽く顔を上げさせながら瑠唯は朱羅の唇と自分の唇が接触するような至近距離で目を細め、静かに言葉を述べた。
「俺の意思は、関係ないんですね」
朱羅は僅かに眉を顰め、瑠唯に問う。
「君の意思は私と共に在るからね。今は少々侵食されているかもしれないけれど大丈夫。私の元に戻ってくれば何もかも元通りになる」
にこりと微笑みながらそう優しく語る瑠唯だったが、その言葉と彼の意識が、朱羅と自分との間の溝を深めているということを彼は気付いてはいないようだった。
「俺は、貴方の元には戻りません」
「……朱羅……、自分が何を言っているのかわかっているのかい?」
朱羅の顎に添えていた瑠唯の手に力が込められ、朱羅に問う瑠唯の声も声量を増していた。
それは以前に朱羅が言った、"相手に有無を言わせない言葉"であることは明らかだった。
「自分の意思に従わない俺が憎いのなら、今すぐ此処で殺してください。俺は、大切な仲間達を危険に晒すことになっても、彼等を免罪符にするようなことはしたくない………自分の言動の責任は全て、自分自身で取りたいんです」
「「………」」
彼のその答えは瑠唯は勿論、斎や瑪瑙達でさえも予想していなかった答えだった。
自分の痛みにはとても強い朱羅だったが、彼の仲間を想う気持ちは彼自身が思っている以上に強いものだと斎や瑪瑙は感じていた。
だから、自分達を人質にされてしまっている今、そんな朱羅に"戻ってくれば彼等を解放する"という条件を提示されてしまっては、優しい彼ならそれを受け入れてしまうと思っていたからだ。
「…私は君の為にこんなことをしていると言うのに…」
「貴方はいつも"朱羅の為"と言って、俺に恩を売ると同時に自分の行動を正当化しているのではないのですか?」
「……何が言いたいんだい?」
瞬きもせず、瑠唯は声を低めにして朱羅に問う。
「俺の中に貴方に対する本当の愛情がないのと同じように、貴方の中にも俺に対する本当の愛情は存在しないのではないのですか?」
「―…っ」
瑠唯は朱羅の口を閉ざそうと己の唇で彼の口を閉ざそうとするが、朱羅は顔を背け、彼の行動を回避する。
「……朱羅……」
「…貴方が強引にそういう行動に出ること自体が証拠なのだと思います。貴方自身も本当は気付いているのでしょう?」
「………もう、限界だ………」
朱羅の言葉を聞いた瑠唯は顔を俯け、独り言のようにそう呟いた。
「………朱羅は思っていた以上に重症なようだ………」
そう語る瑠唯は顔を上げるが、その瞳には憎悪が溢れ出ており、覚悟はしていた朱羅でさえ一瞬身体を凍らせてしまった。
「―っ…」
瑠唯は正面から拘束していた姿勢を変え、朱羅を背後から拘束する形に移動し、朱羅の顎をがっちりと掴み、有無を言わせず斎達の方を向かせる。
朱羅はすぐさま彼の取ったその行動の意味を理解し、抵抗の意思を見せる。

「そいつ等を皆殺しにしろ」

何の感情もそこにはない虚無の声で、瑠唯は黒スーツを着た男達に命じた。
「止めっ……」
朱羅は抵抗するが、瑠唯の力は強く、身体も頭部も全く動かなかった。
彼は目の前で大切な仲間達が殺されていく様を朱羅の目に、脳裏に焼き付けようとしているのだった。
「くそっ…」
斎は傷だらけの自分の身体を使い、瑪瑙や皆を囲い込みながら眉を顰めた。
「殺れ」
凍てついた感情が一切感じられない声質で、瑠唯は朱羅を拘束しながらそう命じ、男達は一斉に銃を構えた。

「止めなさい」

不意に、聞き慣れない―だが、瑠唯や朱羅にとっては聞き慣れた声が周囲に響く。
「君達も、暴走する手の着けようのない落魄れた上司に従わなくていい」
「…月城湊………」
瑠唯は彼女の名前を呼び、眉を顰める。
地面を鳴らすヒール音と響かせながら、熨斗目花色に近い色で染められた制服を身に纏った湊が姿を現した。
「最も、私に従わないのなら、君達の身の安全は保障しない」
周囲を一瞥しながら湊がそう述べると、彼女と同じ色合いの制服を身に纏った男女が、瑠唯の部下達以上の人数で周囲を囲い、銃を構えていた。
「…一体何の真似だ、湊」
瑠唯は朱羅を拘束したまま、静かに問う。
「それはこちらの台詞よ、皇瑠唯」
自分を睨み付けるような目を向けている彼に対し、湊は落ち着いた口調でありながらも威圧感を与えるような強い口調で返した。
「貴方も随分と落魄れたものね」
肩を竦ませ、嘆息しながら湊は続ける。
「こんな貴方に一体誰が好き好んでついて行きたがると思っているのかしら。そうでしょう、朱羅」
「………」
このタイミングで姿を現した彼女に対し、朱羅の中には警戒心が身を潜めている様で、返答はなかった。
「そこまで警戒しなくてもいいのに」
困ったような笑みを浮かべながら彼女は言う。
「…今すぐこの場を去れ…さもなければ…」
「たった1人で何が出来るのかしら」
「…………お前達…………」
瑠唯の部下達は次々に武器を下ろし、床に放り投げると両手を頭の後ろで組み、湊の部下達によって拘束されていた。
その様子を見た瑠唯は更に表情を歪め、怒りを露にしていた。
「皇瑠唯。その子を―朱羅を解放しなさい。貴方にはもう、何も残ってはいないのだから」
「私には地位も名誉も金もある。それに何より、相思相愛の恋人がここにいる…」
「っ……」
瑠唯は目を細めながら湊に答えると、拘束したままの朱羅の白い首筋を強く噛むように口付ける。
「聞こえなかったのかしら。貴方にはもう、"asuraの最高責任者"という地位も名誉も金もないのよ。ましてや恋人だなんてとっくの昔に失っているじゃない」
「………お前………一体何をした………」
彼女が2度口にした言葉を漸く耳に聞き入れたのか、瑠唯は低い声でそう尋ねた。
「本日の午後15時を以って、asuraはeraseの管轄下に置かれることに決定したのよ」
「…そんな出鱈目を鵜呑みにするとでも?」
瑠唯はハッと嘲笑するような笑みを浮かべ、言った。
「確認は後でいくらでも出来るけれどそうね、手っ取り早く確認したいのならこれを見るといいわ」
そう言うと湊は小型の端末を瑠唯に投げ渡す。
それを手に取った瑠唯は片手で朱羅を拘束しながら、空いたもう片方の手で端末を起動させ、画面に映し出された書類を読み進めた。
「………これは何の真似だ…?」
瑠唯は静かに問う。
「見ての通りよ。臨時総会時に取った決と各部門の代表者達の直筆のサイン、それに、もう1人の責任者である皇瑠架のサインもそこにあるでしょう」
「………私を解任し、asuraをeraseの管轄下に置く……だと………」
「ええ、そうよ。それが、今の貴方に対する周囲の評価よ」
「………」
朱羅もまた、口数の少ない瑠唯を無言ながらも見つめていた。
「昔の貴方には確かにあった上に立つ者の手腕とカリスマを、今の貴方には全く感じられない。そう感じている者達が下した貴方への結論よ。素直に受け入れなさい」
湊は冷たく言い放った。
「………私が……この私が………一般人と同レベルにまで降格だと……………?」
瑠唯の身体はカタカタと震え始める。
「リーダーを決め、そのリーダーを元に互いに助け合い、尊重し合って生きている彼等よりも、今の貴方はとても惨めだわ」
湊は部下達に命じ、斎や瑪瑙達を解放し、怪我をしている者の手当てを行わせており、そんな彼等を見ながらそう言った。
「………ああ、でも私には朱羅が―」
「―っ!」
何の前触れもなく訪れた信じ難い現実に狼狽する瑠唯の隙を突くことは容易だった。
朱羅は一瞬のうちに彼の拘束から逃れ、距離を取っていた。
「…朱羅………朱羅………」
両手を伸ばし、朱羅を求めておぼつかない足取りで近付いてくる瑠唯の姿は、今までの彼の姿を見てきた朱羅にとっても初めて見る姿だった。
常に自分に対する自信と、それを確立する確かな能力を持ち、強引な部分は在りながらもasuraを成長させてきた1番の功績者は間違いなく瑠唯だった。
野心を持ち、常に最高責任者として1人の男・人間としてとても魅力的だった彼が、今ではその全てを失い、溢れていた自信を感じるどころか誰もが惨めに感じる程狼狽し、落魄れたその姿を晒している。
こんな姿に陥ることを、朱羅もまた、予想していなかったのだ。
「君だけでも私の傍にいてくれ………君だけでもいいんだ………。……ほら……地位も名誉も失っても君を愛するこの私の愛情は本物だろう…?そうだろう……朱羅………朱羅………」
「…もう、止めてください…」
それでも尚自分を求める瑠唯に、朱羅は静かにそう言った。
「俺は君だけでいいんだ………他には何も要らないんだよ、朱羅………。本当に私は……心から君のことを―」

あと1歩で朱羅の腕を掴むところまでゆっくりと歩み寄ってきた瑠唯だったが、
彼に手が届く前に、空を切るような、破裂するような音が周囲に響き渡った。



+ ACT.38  全てを手に入れた筈の男に与えられた新たな現実 +  fin ...

[ ↑ ]

Back << Story Top >> ACT.39