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「いい加減にしたらどうかな、皇瑠唯 」
「瑠架…」
朱羅の元におぼつかない足取りで近付いていた瑠唯だったが、その足元に1発の弾丸が打ち込まれ、制止させられた彼は、ゆっくりと顔を上げ、朱羅の背後に立ち、こちらに銃を向けている自分の妹―瑠架を見た。






 ACT.39  提案と言う名の拘束






「これでも血の繋がった者として情けを掛け、殺さずにおいていたというのに…」
目を細め、淡々とした口調でそう語りながら歩み寄ってきた瑠架は朱羅を後ろに退け、瑠唯の頭に銃を突きつける。
「それ以上見っとも無い姿を晒し続けることは、流石の私も黙って見ている訳にはいかないからね」
「…この私を、裏切ると……?」
そう問う瑠唯の表情からは何の感情も読み取れなかった。
憎しみも怒りも悲しみも、そして全てを失った虚無感も、何もかもが彼の表情から読み取ることは出来なかった。
「貴方を裏切ったのは貴方自身だろう」
瑠架もまた、自分と血の繋がった目の前に生気なく立ち尽くす彼に対し、何の感情も抱いていないかのような表情で、変わらず淡々とそう述べるだけだった。
「…よりにもよって、お前に裏切られることになるとはな……」
瑠唯は自嘲を浮かべながら顔を俯け、独り言のようにそう呟いた。
「確かに昔の貴方に対しては尊敬の念を抱いていたけれど、今の貴方にはそれが微塵も感じられない程に酷く惨めで愚かだ。そして、そんな貴方にはもう、再起の力は残されていない。このまま独りで朽ち果てるんだ」
目を細め、感情の色の乗らない言葉をそのまま言い放ち、瑠架は銃を下ろした。
周囲は静まり返り、一切動かず、言葉を発さない瑠唯の姿が、いっそ不気味に感じられるほどだった。
「………」
朱羅は口を閉ざし、顔を俯けたまま力なく立ち尽くすそんな彼の姿を見つめていた。
大切な仲間達を危険に晒した彼の行動には、確かに怒りを覚えた。しかしそれには自分にも責任があると感じていた朱羅は、完全に彼のことを憎み、恨むことなど出来なかった。
彼に対して抱いていた感情は愛情ではなかったのだと、瑪瑙に出逢って感じたことだったが、それでも彼に対して恩義を感じていることは確かで、そういった意味で今でも彼が自分にとって特別な存在であることに変わりはない。
勿論、今の朱羅にとって大切な存在は瑪瑙であることに違いはない。だが、どんなに周囲から責められようとも、それだけは朱羅自身の中で残っていた感情だった。
そんな自分の優柔不断さが、彼を堕落させる一因になっていたのだろうと、朱羅は考えていたのだった。
「朱羅君っ……」
ぼんやりと彼を見つめ、いつの間にか過去の鎖に繋がれていた朱羅を現実に呼び戻したのは、こちらに掛けて来る瑪瑙の声だった。
「…瑪瑙…」
「…大丈夫……?」
朱羅の前で脚を止めた瑪瑙は、朱羅を案じる言葉をそっと紡ぐ。
「…問題ない。怪我は、していないから」
瑠唯に噛まれるような口付けをされたことをふっと思い出し、その箇所を隠すように手で覆いながら朱羅は答えた。
「…怪我………も、そうだけど……」
瑪瑙はそこで一旦言葉を濁すと、視線を朱羅から瑠唯に変えた。
「……俺にはもう、何も出来ない……」
彼女と同じく、未だ動かずにいる瑠唯を見つめながら朱羅はそう言い、その場から離れるよう促すように瑪瑙の腰にそっと手を添え、彼に背を向け、脚を斎達の元に向けた。
「斎の方はどうなんだ…?」
そう瑪瑙に問い掛けながら視線を向けると、頑丈な斎も流石に全身に怪我を負っている為その場に座り込み、湊の部下達に一時的な処置を受けているところだった。
「…怪我の箇所は多いけれど、幸い致命傷に至るような怪我はしてないみたい」
それは確かに不幸中の幸いではあったが、やはり瑪瑙の表情は優れなかった。
この数時間で様々なことが起こり過ぎたのだから無理はない。
ホームの仲間達の多くが怪我をし、そして何よりも、その仲間達の中の2人が命を落としてしまったのだ。心を痛めずにはいられない状況だった。
仲間が仲間を襲い、怪我を負わせ、そして結果的にその命を奪うことになってしまったという辛い現実が多くの仲間達に深々と刻まれたその傷は、きっと一生癒えることはないのだろう。
「朱羅」
ふと、いつの間にか隣を歩いていた瑠架に声を掛けられる。
「彼との関係が終わっても、甘い君はそれを"自由"だと感じていないのだろうが、それとはまた別な意味での束縛が、君を待っている」
「……束縛……?」
「………」
瑠架のその言葉を聞き、瑪瑙は小首を僅かに傾げていたが、朱羅にはその言葉の意味が理解出来ているのだろう、疑問符を浮かべることも怪訝な表情を見せることもなく、朱羅は黙って歩き続けていた。
「本当に、君は周囲から放っておかれることのない人間だね。それだけ魅力的と言えば聞こえはいいのだろうけれど」
瑠架は朱羅から前方に視線を向け、そう語った。
「……その為に、彼女がこの場を鎮めたのでしょう」
朱羅もまた前方に視線を向け、斎の傍で肩膝を付いていたがこちらの視線を感じてその場に立ち、自分を真っ直ぐ見つめている湊の姿を視線に入れた。

―と、そのとき―



ガウンッ………

1発の銃声が空を切った。



「っ……!」
その銃声を聞き、すぐに銃声のした方向―後方を振り返った朱羅だったが、その途中、隣でぐらりと動く影が視線の端に映りこむ。
「え、……」
1度後ろを振り返ろうとした朱羅の視線の端に映ったのは、その場に倒れこむように傾いた瑪瑙の柔らかな髪の毛だった。
「め、のう………瑪瑙!」
朱羅は咄嗟に彼女の身体を支え、一体何が起こったのかを確認する為膝を折り、彼女を支えたまま楽な体勢にした。
「はっ……はっ………っ……」
「一体何がっ……」
片腕で彼女の後頭部を支え、脚全体を使って全身を支えるような体制を取りながら空いた片手で確認をしようとした朱羅だったが、すぐに彼女に何があったのかを理解した。
彼女の肩から赤い血が流れ出ていたのだ。
「っ……」
彼女の名を叫ぶことなく朱羅は傷口に弾丸が残されていないかを確認し、湊を呼んだ。
幸い弾丸は貫通していた為、朱羅は自分の服を千切り、手早く止血処理を施した。
「…最後までみっともない姿を晒して…」
そう呟いたのは、傷を負って苦しむ瑪瑙と、そんな彼女に必死に今出来ることを行っている朱羅を見下ろした後、銃をこちらに向けてゆらりと立っている瑠唯を見つめる瑠架だった。
「そう簡単に……終わってたまるかっ………」
不気味なほどに深く刻み込まれた三日月を口に浮かべ、光のない瞳で前方を視野に入れながらそう呟く彼は、完全に我を見失っているようだった。
「…どこまで私を失望させれば気が済むのか…」
静かに瑠架は銃を取り、前方に立っている瑠唯に向ける。
「そこをどけ……。あの小娘を始末し、朱羅を殺して俺も死ぬ…」
完全な闇に飲み込まれ、自我を失い、今となっては全く自分を見ていない愛しいのかどうかも分からなくなった恋人を見つめながら、それでも瑠唯はその場に立っていた。
「貴方の時代は終わったんだよ、皇瑠唯」
そう言って瑠架は己の責任を果たすべく、引き金に指を掛ける。
「……俺しか理解者のいないあの子を独り、置いてはおけない………あの子には私が、私だけが必要なんだ………」
瑠唯もまた、引き金に指を掛け、自分の前に立ち塞がる妹に銃をしっかりと向ける。
「私達は本当の愛が一体何なのか知らずに育った。そんな私達に本当の恋人など、出来はしない」
「俺とお前は違う………俺はやっと見つけたんだ………。あの子は……朱羅は、私が愛した最初で最後の存在なのだから…」
どこかいとおしげに、でも寂しげにそうにそう呟くと、瑠唯は引き金を引いた。
―が、彼が引き金を引いた瞬間、その身体に衝撃が走り、そのまま地面に倒れ込んだ。
銃は彼の手を離れ、地面には彼の身体から流れ出る赤い血がみるみるうちに広がり、鉄臭い匂いが周囲を纏い始めた。
彼の視線は空へと向けられ、か細い呼吸音だけが僅かに聞こえるだけで身動きひとつない。否、出来なかったのだ。
全身の力が抜け、まるで生気が身体から漏れ出しているかのような感覚だけが、今の彼を現の世に留まらせていた。だが、みるみるうちにその感覚さえも薄く、鈍くなり、次第に何も感じられなくなってきた。
そんな彼の視界の端に、1人の足が映り込んだ。
「……ハッ……ハ、…………………ッ………」
不規則に荒れる呼吸を強いられながら既に閉じ始めているその視界には、確かに彼女が映っていた。
憎しみも呆れも悲しみさえも微塵に感じ取ることの出来ない、彼が見慣れた彼女の姿が。
「…ハッ………………ハ、………ァ、………………………………」
そのまま彼は僅かに笑みを見せ、瞼を閉じることなく息絶えた。

「なんて可哀想なひと」
目を細め、目の前で命を落とした兄に対してそれだけ告げると、彼女は彼の瞼を閉じることなくその場を離れ、朱羅達の方へ向かった。

彼女が着く頃には既に、負傷した斎や瑪瑙は湊の部下達によってERASE管轄の病院へ運ばれた後だったようで、朱羅と湊がその場に残り、他の部下達は周囲の後始末をしている状況だった。
「湊。皇瑠唯は始末した。後で処理をしておいて欲しい」
やって来た瑠架があまりに自然なことのように淡々と話した為、一瞬、朱羅は彼女が何を言っているのかすら理解出来なかった。
「………え………?」
その為、朱羅は再度瑠架に確認するよう疑問符を浮かべ、彼女を見た。
「皇瑠唯は死んだ。正確に言えば私が殺した。それだけのことだよ」
「っ………」
朱羅は思わず瑠架から視線を外し、彼女が来た方向を見つめた。此処からでは顔は確認出来ないが、確かに見慣れたスーツを身に着けた人物が地面に横になり、周囲には赤黒い液体が広がっていた。
「……瑠唯……、さん……」
冗談など言わない瑠架のその言葉はそのままの意味を表し、朱羅は本当に彼が死んだのだと理解した。
真っ先に朱羅の中に感じ取れた感情は、今まで感情を積極的に理解しようとしてこなかった彼には、その全てを咀嚼し、飲み込み、理解することは難しかった。
言葉に出来ない靄のかかったものは確かに自分の中に在るのに、自分にはそれを理解することが出来ない。
瑪瑙や斎達と出逢って"感情"というものを再度認識し始めていた朱羅だったが、自衛の為に1度は捨てた感情を、再度自分のものとすることが出来るまでの時間を、彼はまだ過ごしていなかったのだ。
「わかったわ。きちんと処理しておく」
瑠唯がどんな行動に出て、瑠架がそれに対してどんな行動を取るのか、それを予測していた湊には驚きはなかった。
結果、彼女が思っていた通りの結果となったのだから。
「朱羅はあの子について行かなかったのかい?」
瑠架は複雑な表情で黙っている朱羅に問う。
「………」
「私が止めたの。彼女達の命は必ず救うと約束したし、何よりも、朱羅には大切な話があるからね」
湊は落ち着いた声で朱羅の代わりに答えを述べた。
「ああ、例の件か。そうだったね」
湊の"大切な話"を理解しているのか、瑠架は納得した様子だった。
「朱羅、色々混乱している時に申し訳ないけれど、組織の駒でしかない私にも色々込み入った事情があるの」
「………ERASEに来いと、そう言うのでしょう」
朱羅は静かに呟きいて顔を上げ、真っ直ぐな菫の双眼で湊の中を探るように真っ直ぐ見据えてきた。
「流石に分かっていたようね」
肩を僅かに竦め、片手を腰に当てた姿勢で湊は言った。
「……このタイミングで貴女が現れれば、否でも分かります」
「勘違いしないで欲しいのだけど、私は貴方に恩を着せようとした訳じゃないわ」
自分を見つめる朱羅の目を、湊もまた真っ直ぐに見返して続けた。
「貴方にはそう映ってしまうのは仕方のないことだけれど、正直、彼は我々にとっても邪魔な存在になってしまっていたし、何より私は貴方を失う訳にはいかなかったの。だから、今回のことは全て私自身の利益の為。貴方が気に病む必要は微塵もないわ」
「………湊さん……、貴女は昔からそうでしたね………」
「…え?」
予想外の朱羅の返しに、湊は疑問符を浮かべる。
「厳しいように見えて優しい。でも、優しいようでいて、酷く残酷な人…」
そう言うと朱羅は彼女から視線を外し、口を閉ざした。
幼い頃の朱羅を知る数少ない人物である湊は、幼いながらも知的で子供とは思えない冷静さを持っていた彼を知っている。
それでも歳相応の好奇心の強さや愛くるしさも確かに持っていた朱羅が、沢山の苦難にぶつかり、傷付き、犠牲にしてきたものの大きさを物語るように、今、自分の前に立つ彼からは愛くるしかった頃の彼が、本当にあの子なのかと疑う程変わってしまっていた。
まだ10代だというのに、朱羅は自分の未来を悲観するでもなく、贖罪の人生を歩んできた彼のことも、湊は知っている。"死"という道さえも己の逃げる道とし、自ら命を絶つことを許さずにこれまで生きてきた彼が自分に向けた言葉は、自分よりも若い目の前に立つこの少年から発せられたものだとは思えない程の重みを持っていた。
「……それじゃあ案内するわ」
湊は数秒間、そんな彼を見つめ、黙っていたが、彼に抵抗の意思がないことを確認すると、朱羅の背中に手を沿え、移動するよう促した。
「それじゃあね、瑠架」
それだけ瑠架に告げると、瑠架はその場を離れて行った。
声を掛けられた当人は、特に瑠架に言葉を返すことはなく、そのまま彼女と彼を見送った。
「皇瑠架氏」
黒のスーツを身に纏った青年が1人、彼女の元にやって来た。
「皇瑠唯氏の葬儀の件ですが…」
「それは貴方達やAsuraの幹部達に一任するよ。私は既にAsuraに用意されていた席を立ったのだから」
「え、ですが…」
青年は瑠架の返事に困惑し、言葉を続けようとした。
「だから組織は嫌いなんだ。そんなものに私はもう2度と縛られたくないんだよ」
青年の言葉を遮ってそう言うと、瑠架は細く美しい銀糸の髪を風に靡かせ、姿を消した。

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