+ ACT.39  提案と言う名の拘束 ( 2/2 ) +
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ERASEに到着すると朱羅はそのまま湊の執務室に通され、シャワーを浴び、用意されていた替えの服に着替え、湊に促されるまま執務室のソファーに腰を下ろした。
「これでも飲んで、少しは落ち着くと良いのだけれど」
テーブル越しの向かいに腰を掛けている湊はそう言って、紅茶を注いだカップを朱羅の前にそっと置いた。
そのカップからは以前、瑠架の部屋で出された紅茶と同じ香りがした。
「…瑪瑙と斎の容態はどうなんですか」
朱羅はカップを1度だけ見るとすぐに視線を湊に向け、1番案じていることを問う。
「斎君は怪我の箇所は多いけれど元々頑丈みたいだからね、命に別状はないよ。瑪瑙ちゃんも貴方の応急処置が良かったこともあって、命に別状はないから安心して」
優しい笑みを見せながら、湊は無意識に険しい表情を覗かせている朱羅の心配を払拭するように答える。
「……ツカサと……要…は………」
朱羅は途中で両手を握り締め、顔を俯け、最後まで言葉にすることはなかった。
「2人の遺体は安置室に保管してるわ。斎君達が完治してから皆で埋葬してあげたいでしょうから」
「っ………」
握り締められた朱羅の両手には更に力が込められ、言葉に出来ない想いが朱羅の中を駆け巡っていた。
「…御堂家を出てからの貴方のことは気になっていながらもきちんと調査してはいなかったけれど、少なくとも、Asuraにいた頃の貴方と今の貴方とでは別人のようね」
自分で淹れた紅茶を一口味わうと、湊はカップを置き、両手を組んで続けた。
「貴方、とても人間らしくなったわ」
にこりと優しい笑みを見せる湊に対し、朱羅は怪訝な表情を見せながら顔を上げていた。
「Asuraにいた頃の貴方のこと、実は定期的に監視していたのだけれど、あの頃の貴方は見ていてとても痛々しくて、まるで人形のようだったもの」
「………」
「まさか皇瑠唯の恋人にまでなるだなんて予想もしていなかったしね。きちんと仕事をこなしていた時の彼にはカリスマ性も確かにあったし、魅力的に見ている人間も多かったのは事実だけれど」
「…彼を、結果的に死に追い遣ったのも、俺の責任です」
「確かに貴方にも原因はあるわね。貴方は人に優しくされることに慣れていないから、彼に優しくされてどうすれば良いのかわからないうちに彼に惚れられ、いつの間にか恋人関係になっていた。…と、私にはそう映っていたけれどね」
「………済みません。俺個人の問題で本題に移れずに、時間を無駄にしてしまいました」
朱羅はそう言うと再び顔を上げ、湊を見る。
「貴方は相変わらず大人との付き合いに関しての理解力が高くて助かるわ。幼少期の経験が物を言っているのでしょうね」
ふっと笑みを見せた湊だったが、その言葉を述べ終わると、彼女を纏う雰囲気が変わった。
「以前から貴方に伝えているように、貴方には此処―ERASEでその腕を揮って欲しいの」
「勧誘…ということですよね」
「勧誘と言っても貴方も分かっている通り、半ば強制ととってもらって構わないわ。始めからその辺りを誤魔化しても意味はないし、無駄な時間を過ごすだけだから」
「始めからそう言って頂けると俺も助かります」
「彼は―皇瑠唯は、貴方から大切なものを奪う形で貴方を強制的に束縛しようとしたけれど、少なくとも私はそれとは逆で、貴方がERASEの隊員となる見返りに、貴方の大切なものを護るという道を提示するわ」
「…大切なものを護る…?」
湊の提案を予想していなかった朱羅は、その言葉に怪訝な表情を覗かせた。
「―あ、ひとつ言い忘れていたことがあったけれど、貴方の他に斎君もERASEに勧誘することになっているの。彼の情報分野におけるスキルは、あの年齢の少年が持つものとは思えない程レベルが高いからね。諜報部の知り合いにちょっと話しただけでも、彼等はとても興味を持っているの」
「斎も……って、それでは―」
「そう。だから私は貴方達に前向きな検討を望んでいるの。貴方と斎君が我々の元に来るというのであれば、ホームにいる仲間達の最低限の生活は保障するし、瑪瑙ちゃんの病気だって治療することも出来るわ」
「っ………」
朱羅は改めて、この女性の残酷さを痛感していた。
痛みや苦痛に慣れている朱羅にとって、瑠唯のように暴力的な意味での強制力の方が経験も豊富で違和感もない。だが、彼女のように仲間達を生かす道を与えるという譲歩的な意味での強制力は経験がなく、戸惑いを隠せない。
それは、彼女が朱羅の本質的な部分を的確に見定め、そこを突く事で朱羅が勧誘を断れない状況を作り出しているということでもあった。
「悪い条件ではないと思うわ。…ああ、でもひとつだけ付け足すことがあるわ。先程述べたホームの仲間達の身の安全の保障は、あくまで私がこの地位を得ている場合にのみ試行される条件であって、もしこの先私がこの地位を失った場合、その保障は失われることになるわ」
ここまで包み隠さずに提示されると、下手に拘束的意味を成す道を提示されるよりも余程性質が悪い。
瑠唯よりも彼女の方が人を正しく見る目を持ち、どうすれば相手を自分の思う通りに行動させることが出来るのか、それさえも難なくこなしてしまう。
そんな彼女に対して苦手意識を持ちつつも、どこか惹かれるような部分があると、朱羅は感じていた。
「これで私が貴方に伝えるべきことを全て伝えたわ。後は貴方と斎君が決めること」
「………斎は、どのくらいで完治するのですか」
「彼の元々備わっている治癒力の高さと頑丈さを踏まえると、1週間も掛からずに退院出来ると思うわ。ERASE医療班もついていることだしね」
「…そうですか…」
「瑪瑙ちゃんはもう少し掛かるわね。彼女の呼吸器官の障害もそのまま治療することも出来るのだけれど」
「……斎の答えは、分かりませんから」
「………」
その言葉を聞き、湊は口を一瞬閉ざすが、すぐに続けた。
「貴方と斎君、2人揃ってERASEに来ることを決めなければ、先程の提案はなかったことになるから気を付けて。それと、貴方達が結果を出すまでには斎君の退院後2日間は待ってあげるから、その間は此処にいてもいいし、仲間達の元に戻ってもいいわ」
「皆は、何処にいるんですか」
「ホームも半壊し、要君を失い、斎君も貴方もいない状況で彼らが戻る場所なんてないものね」
「………」
朱羅はそう語る彼女を僅かに睨む。
「安心して。取り合えず貴方達が結論を出すまではERASE管轄下にある寮に住まわせることになったから。勿論、食事も用意するわ」
「……これほどまでに大きな組織が、たかが子供2人を引き入れる為にそこまでする理由は何なんですか」
彼女の真意を探るように、朱羅は真っ直ぐ彼女の瞳を見入る。
「それが貴方達の存在価値であり、私の存在価値でもあるから。…とだけ言っておくわ」
「………」
「その辺りは未だ変わっていないところみたいね、朱羅」
―自分の存在価値―
瑪瑙や斎達と出逢い、昔に比べれば自分の望みに素直になることに対して抵抗は薄れてきたと感じているし、自分の存在を認め、共に歩いてくれる人との出逢いによって自分も彼女と共に歩みたい、自分も彼女と同じ景色を見て、同じものを感じ、同じときを共に過ごしたいと思えるようになった。
だがそれは、あくまで自分と彼女の価値観が一致し、共に相手を敬い、求め合った上で成り立つものであり、未だに一方的に高評価を与えられることに対して、朱羅は免疫が備わっていない。
「今日は1度に様々なことが起こって、流石の貴方も整理し切れていないでしょうから、ゆっくり休むといいわ。貴方部屋は個室で用意してあるから」
そう言うと湊は薄いカード状のキーを朱羅の目の前に差し出した。
「良い返事が聞けることを心から願ってるわ」
そう語る湊の視線には、瑠唯が見せていたような裏のあるものは一切感じられず、ただ彼女も自分の大切なものを護る為に必死になっているのだということを感じさせるような、真っ直ぐで強い眼差しだった。
どんな理由であっても自分の信念を貫く人間に、朱羅は何処か自分がそんな者達に対して抱いている親近感のような尊敬の念のようなものは幼少期から自然に生まれていた。
だからこそ朱羅は彼女のことが苦手であり、同時に、そう簡単に視界から消すことの出来ない存在だったのだ。
「………」
朱羅は1度も口にしていない紅茶の入ったカップに映り込む自分を黙って見つめていた。
「その紅茶、良かったら部屋に用意するわよ?」
先程までの口調より柔和になった声で、湊はそう尋ねてきた。
「いえ、結構です」
そう答えた朱羅はキーを手に取り、その場に立ち、ドアに向かう。
「部屋まで案内するわ。後、もし必要だったら部下に管内を案内させることも出来るわよ?」
「ありがとうございます。でも問題はありません。今日はもう休みます」
「そう。わかったわ。ゆっくり休んで」
朱羅に断られた湊は特に表情を変えることなくそう返事をすると、部屋を出る朱羅を見つめていた。
湊の執務室は管内でも静かな区画に在り、恐らくこの区画は彼女同様『諢名保持者』と呼ばれるERASE暗部でも特に優秀な者達の執務室が用意されているのだろう。此処まで来るまでに横目で見てきたような人通りの多い場所ではなかったし、実際に朱羅が廊下に出た今でも朱羅以外の人物はなかった。
静かな廊下で僅かに朱羅の足音が響く中、彼は無言で用意された個室へと向かっていた。
ERASEに来たことは初めての筈だったのだが、何故か既視感を覚えていた。自分の個室の場所も、その僅かな既視感と湊の部屋に向かう途中で見てきた景色を元に、大体の場所には見当が付いていた。
それに、万が一迷ったとしても廊下等に案内図があり、方向感覚が優れ、1度通った場所を忘れない朱羅にとって目的にに着くことは難しいことではなかった。
何より、今は1人になりたかった。
1人になって、整理がしたかった。

結果として自分が斎や要、瑪瑙の命を奪うことにはならなかったが、それは全て斎や瑪瑙がいてくれたからであって、自分は自分自身を抑えることが出来なかった。
それが原因で、斎に親友であった要を殺させてしまうことになってしまった。
既に起きてしまったことを悔やんでいても仕方がないと、頭では理解していた。
だが、どうしても罪悪感は拭い切れない。
自分があの時、血に飲み込まれることがなければ、もしかしたら要は死なずに、そして斎は要を殺さずに済んだのかもしれない。
そればかりが脳裏に過ぎる。
自分を責めることで自分の罪を正当化し、自衛しているのだという意識もある。
自分ではどうしようもない相手を責めるよりも、自分自身を責めた方が余程楽だから。
そうやって自分は楽な方に逃げているだけなのだと、頭の中ではそういう意識も働いている。
だが、今の朱羅は昔の彼とは少し違っていた。
確かに自分の罪の意識は拭い切れずに残っているが、それは自分を蔑み、楽を望むからではない。
次に進む為の糧として生かす為であると、今の朱羅はそう、考えられるようにもなっていた。
今の自分に出来る最善の策は一体何なのか。
朱羅にとって、今1番重要で最優先されることはそれに尽きた。

そして、朱羅の意は既に決まっていた。
後は斎の意思を確認するだけ。
斎が自分と同じ道を選んでも、選ばなくとも、朱羅の決意は変わらない。

湊に言われた言葉が、ふっと朱羅の頭に響く

―貴方 とても人間らしくなったわ―

言われた時には何処か納得が出来ずにいたけれど、今思えば確かに彼女の言う通りなのかもしれない。
少なくとも、1人の人間に自分を預けてしまっていたあの頃の自分に比べれば、こうやって悩み、苦しみ、自分の意思で道を選ぶことが出来るようになった自分は、確かに人間らしくなったのかもしれない。

そう考えながら、朱羅は廊下の奥へと消えて行った。



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