+ ACT.40  提案と言う名の拘束 ( 2/2 ) +
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「僕の名前は善珠。で、こっちのでっかいのが石動。所属は、いっすんはERASE暗部の正規部隊員で、僕はERASE処理班だよ!」
善珠と名乗った女性は赤の眼鏡を掛け、癖っ毛の黒髪をポニーテールでまとめ上げた白衣を纏った女性だった。
「いやーすまんねぇ朱羅君。僕、小さい頃からキリス種族に憧れてて、ERASEで研究員になったのもいつか本物のキリス種族に会うことが目標だったからさぁ……興奮しちゃって!」
「………」
無邪気な笑顔でにっこりと微笑んでくるテンションの高い善珠に、朱羅は少々押されてしまった。
「キリス種族とは言え、やっぱり人間とのハーフだと白髪じゃないんだね!でもすっごくサラサラで綺麗な髪…!」
善珠はそう言いながら朱羅の髪に触れ始める。
「……………」
「悪いな御堂。善珠にも悪気はないんだ」
「………はぁ………」
悪気がないことは見ていればすぐに分かる。彼女は純粋に夢を叶えたこの瞬間を堪能するかのように目を輝かせまるで幼い子供のように楽しんでいる。本当に、彼女は長年の夢が叶って嬉しいだけなのだろう。
「うーん…お肌も白くて肌触りもいいしいい匂い〜」
「っ……あの、……」
朱羅の腰に手を添えて引き寄せると、善珠は再び頬擦りをし、朱羅の首筋の匂いを嗅ぎ始めた。
「善珠はあらゆる物の匂いを嗅ぐのが趣味でな……」
石動にとってはきっと見慣れた光景なのだろう。そう言いながら、呆れながらも止めはせずにいる。
「うう〜…ホントにいい匂い〜〜〜」
「ぁ、の、…ちょっ………」
首筋の匂いを嗅ぎながら堪能していた善珠は、次第にその位置を上に変え、朱羅の性感帯である耳付近にまで移動してきた為、朱羅は慌てて彼女を制止しようとするが、自分より年上とは言え相手は女性。抵抗らしい抵抗が出来ずにいた。
「あむ」
「んっ……!」
善珠が悪戯心で朱羅の耳を甘噛みすると、ビクンと朱羅の身体が跳ね、か細い嬌声が響く。
「………」
「………」
その反応に、石動と善珠は動きを止める。
「っ……………止めて下さい………」
顔を僅かに朱色に染め、甘い声で弱弱しく言葉を発する朱羅に善珠にやりと笑みを浮かべた。
「え〜〜何ぃ〜〜〜朱羅君って耳が性感帯なの〜〜〜?」
にやにやとした笑みを見せながらそう言った善珠は、朱羅を更に抱きしめながら耳を甘噛みし始めた。
「ぁっ………や、めっ………!」
そのまま引き寄せられ、何度も甘噛みされ、舐め取られ、息を吹き掛けられる朱羅の身体はその快楽に抗えず、素直に反応を示してしまう。まだ出会ったばかりだが、噂通りの知的で落ち着いた少年が見せるそのギャップに善珠は更に面白さを覚え、彼に対する悪戯の勢いが増していく。
「いい加減にしろ」
「あいだっ!!」
「っ………」
悪戯を止めないどころか過激にしていく善珠に石動も流石に呆れ返ったのだろう。彼女の頭を拳で叩き、止めさせる。
「前からお前のセクハラには呆れていたが、会って数秒の少年にこんなセクハラをするだなんてどうかしてるぞ」
目を細め、両腕を組みながら石動は大きく嘆息し、善珠を見下ろす。
「うう………だってぇ…クールで美人な朱羅君の反応が思っていた以上に可愛くて愛しくてつい………」
朱羅を解放した善珠は叩かれた箇所を摩りながらそう答えた。
「御堂、済まんな」
「っ………………」
乱れた衣服を直しながら、朱羅は石動の言葉には返答しなかった。
「…まぁあれだ。こうなることもあるから気を付けろ、ということだな」
石動は上手くまとめようとしているようだが、当の本人である朱羅にとっては余計なお世話ともとれるようなことだった。まさか会って間もない人間にこんなセクハラを受けるだなんて。……まぁ、過去になかった訳でもないのだが。
「騒がしいと思ったらお前等かよ」
「昴!こんちゃ!」
廊下の向こうから声を掛けてきた青年―昴の名を呼びながら善珠はぴょんと1度跳ね、彼に手を振る。
「相変わらず元気だねぇ善珠はー……って、お?」
ゆっくりと歩み寄ってきた昴は善珠の頭を軽く撫でると、その後ろにいる朱羅の存在に気が付く。
「御堂朱羅だ」
「ああ、君があの御堂家の」
「………」
石動の紹介で昴は目をパッと見開き、今目の前に立つ以前からよく聞かされていた朱羅を見、そんな昴を朱羅は黙って見つめる。
「ほうほう。湊が随分入れ込んでると思ったらアイツ、こういう趣味だったのか」
顎に手を当てながらふんふんと朱羅の顔を見つめながら頷いている。
「えー!湊ってショタコンだったの!?」
「ショタコンってお前……」
善珠が目を輝かせて昴に抱き付きながら嬉しそうに尋ねてくるが、石動はそんな彼女に嘆息を漏らす。
「湊からは随分話は聞いてたけど本当に君、美人だな〜。それに何より賢そうだし肝も据わってそうだ」
人懐こそうな笑顔を見せ、昴は善珠の頭を撫でながらそう声を掛けてくる。
「………」
小さい頃、御堂家に出入りしていた時に見ていたERASEの人間達はこんな風に人懐こい部分は見せてはいなかった。朱羅としても以前見ていた彼等の方が"暗殺組織"という組織のイメージに近く、今目の前にいる彼等の方がイメージには遠い。
それでもまだ朱羅にはこの組織の顔は見えてはおらず、どちらが本当の顔なのか、それともその両方なのか、まだ見極めるには情報が少な過ぎる。
「こんな人間が暗部の人間だって知って意外か?」
まるで朱羅の心を読んでいるかのような問いを、昴は不意に投げ掛けてきた。
「…確かに、予想とは違いました」
「言っておくが、善珠は異例中の異例だからな」
「なにおーう!僕は普通だもん!変人なんてもっといるもん!」
善珠は口を尖らせて石動に抗議をしている。
「まぁ、善珠の言う通り、組織が組織だけに変わり者も少なくないが、実力主義的な面も確かにあるし、だからこそ君のような子供でもその実力を示せばすぐに上に行けるさ」
「湊だって若干18歳で諢名保持者になったしな」
昴に続き、石動もそんな風に言葉を続けた。
「強引な人間に見えるだろうけど、あいつにも大切で護りたいものがあって、それを護る為なら犠牲も厭わない真っ直ぐな人間なんだ」
「…それは知っています」
昴の言葉に朱羅はそう答える。
朱羅から見ても、彼女が単なる自分の地位や名誉を高める為だけに他人を蹴落とすような人間には到底見えないし、そんな人間からの要請であれば、朱羅はその場ですぐに断った。
彼女が真っ直ぐで自分の地位や名誉を高めることを目的とせず、護りたいものを護る為に生きている人間だからこそ厄介で、しかしそれでいてどこか惹かれるような、自分と似ている部分を感じ取ることも出来る。
「こんな風にあいつのことを擁護するようなこと言ってからだと何だと思うかもしれないけど、結局選ぶのは君だ。君の自由にすればいい」
昴はそう言うと、ぽんぽんと朱羅の頭を撫でた。
「昴はホントにいいひとだよねぇ〜」
そんな彼を見ていた善珠はにこにこしながら更に続ける。
「だからぁ〜"いいひと"止まりで彼女もいないんだよねぇ〜」
「余計なお世話だよ!」
にやにやしながら昴に近寄り、身体を摺り寄せながら善珠はからかった。
「確かにお前は人が良過ぎるかもしれんな」
「お前までそういうこと言う?!」
善珠の言葉に頷きながら更に追い討ちを掛ける石動に、昴はツッコミを入れずにいられなかったようだ。
「………」
彼等を見ていると益々この組織が"暗殺組織"であることを忘れてしまいそうになる。
様々な人間がいるとは言え、こんなにも緊張感のない人間達も少なくないのだろうか…そんなことが脳裏を過ぎる。
「ここに入るにせよは入らないにせよ、数日間はここにいるんだろ?」
石動と善珠に対する抗議を終えた昴は、再び朱羅に視線を向け、そう尋ねてくる。
「はい」
「だったら時間があるときに案内でも―」
「お前達。ここは病棟だぞ。私語は慎め」
昴の言葉を遮って、低音の声が廊下の向こうから聞こえてきた。
「エドゥアルト先生」
昴は廊下の向こうからこちらに向かって歩いてくる男性の名を呼ぶ。
「話なら談話室なりなんなり場所はいくらでもあるだろう」
エドゥアルトと呼ばれたその人は、白衣を身に付けた金髪碧眼の細身の初老の男性だった。
「済みません。気が付いたらちょっと話が長くなってしまっていて」
「全くお前達は……と、おや。久しぶりだな」
エドゥアルトは昴達から視線を外すと、朱羅を見てそう声を掛けてきた。
「…久し振り?2人はお知り合い?」
善珠は頭を傾げながら疑問符を浮かべる。
「………お会いしたこと、ありましたか…?」
朱羅にも身に覚えはないらしく、エドゥアルトに尋ねる。
「まぁ、私はあの時1度限りの執刀医だったからな。覚えていないのも無理はない」
エドゥアルトはそう言うと脚を進め、病棟のドアを明け、直ぐ近くにある簡易休憩所に場所を移動した。
「執刀医……?………もしかして………」
彼の後を追って出てきた朱羅は、珈琲を淹れるエドゥアルトの後ろでそう呟いた。
「君は昔、腕を斬り落とされただろう?その怪我を治したメンバーの1人が私だったんだよ」
保温されていた珈琲をカップに淹れ、エドゥアルトはいくつか設置されているテーブルの上にカップを置き、椅子に腰掛ける。
「腕を斬り落とされたって何それぇ…」
同様に後をついてきた善珠は、エドゥアルトの隣に腰を掛け、興味津々に話の続きを伺っている。
「昔斬り落とされた君の腕は、何の違和感もなく今も尚君の左腕として機能しているだろう?」
「……はい」
「ああ…確か朱羅君は実のお兄さんに腕を斬り落とされたんだったっけか…」
昴は思い出したようにそう語る。
「とんでもねぇ兄貴だな」
少々ショッキングな事件ではあるが、暗部所属の人間からすればショッキングでも何でもないのだろう。昴の言葉を聞いても石動は特別驚いた表情は見せなかったし、善珠は興味ありげに頷くだけだった。
「通常の病院であれば斬り落とされた当人の腕を今まで通り付け直すことなんて不可能だっただろうが、君は運が良かったな」
珈琲を一口味わい、エドゥアルトは朱羅を見てそう言った。
「………」
朱羅は自分の左腕の上部―切断された箇所を握り締める。
「…おや。もしかして我々に治療されたことを知らなかったのか?」
エドゥアルトは朱羅の反応を見、そう尋ねてきた。
彼の言う通り、朱羅は自分の腕がERASEの医師達によって治療されたことを知らなかった。
狂い切った兄に刀で左腕を斬り落とされた時の記憶は大きなショックを受けた為に曖昧だったこともあるし、入院していた間も未だ10代前半の子供だった朱羅にとって、実の兄に腕を斬り落とされたという事実を受け入れることは非常に難しく、自分の腕が再び自分の腕として治っていたことを意識する余裕はなかった。
退院した後も兄同様精神を病んだ姉に肉体関係を強要され続けた朱羅にとって、救わずにあのまま死なせてくれれば良かったのに…と思っていたこともあり、自分が誰に命を救ってもらったのかということは些細なことでしかなく、自然と記憶の片隅に放置されるようになっていた。
だからこそ、自分を治療したのがERASEの医療技術だったことなど知ろうともしなかったし、知らないままでも何の問題もなかった。実直な朱羅にとってこのタイミングで命を救ったのがERASEだったという事実を知らされることは寧ろ、朱羅にとって凝りのひとつと認識されるだろう。
以前までの朱羅であればそんな事実を知らされても何も感じなかっただろうが、今の朱羅は自分の意思で生きる道を見つけ、生きる意志を抱いている。だからこそ自分を救ってくれたERASEに対する感謝の気持ちを抱くことは必然的なことなのだ。
「我々としてもキリスの血を宿す若い君は貴重な存在だったからな。あそこで君を失う訳にはいかなかったというだけだ」
エドゥアルトは朱羅を僅かに見た後カップに視線を移し、1口2口珈琲を味わった。
恐らく、朱羅を何よりも大事にしていた姉のことだ、ERASEも欲していた自分の血―キリスの血と引き換えに朱羅を救って欲しいと懇願したのだろう。
だからこそ朱羅は、片腕のみの身体になることもERASEのモルモットとなることもなく今まで生きてこられたのだろう。そうでなければ善意のみで子供の命を救うような慈善的な組織ではないERASEが自分を救い、その後もモルモットとすることなく活かし続けるということは考えられなかった。
もっとも、御堂家を出た後も自分のことを追跡していたということも考えられることではあるが。
「…その節は、ありがとうございました」
朱羅はエドゥアルトに一礼する。
「礼を言われるようなことは何もしていない。我々は我々自身の為に君を生かしただけにすぎんからな」
頭を下げる朱羅に、エドゥアルトはそう返した。
「義腕の人生にならなくて良かったね!」
朱羅の方を見つめながら善珠は言った。彼女には一切悪気はないのだろうが、朱羅にとって深い傷となっている事柄に対し、彼女の明るく軽いノリは少なからず不快な感情を与えているようだった。
「ERASEに来る人間は皆何かかしら闇を抱えていたり酷い経験をしてきたもんだけど、君の実体験はレベル高いな」
善珠に比べれば、今のその言葉は恐らく昴の本心なのだろう。少々複雑そうな表情で朱羅に声を掛けていた。
「命が続いて良かったな」
前の2人の後、石動も朱羅にそう声を掛けてきた。
「…おい。お前達は未だ仕事が残ってるのだろう。さっさと戻れ」
エドゥアルトは珈琲を楽しみながら昴達に仕事に戻るよう促した。
「そうだった!これから新薬の治験だったんだ!んじゃ!」
彼のその言葉にハッとした善珠は元気良くそう叫ぶとあっという間にその場から立ち去った。
「それじゃあ戻るかな。それじゃあな、御堂」
「俺も。それじゃあな、朱羅君。先生もそれじゃあ」
石動と昴も時計を確認するとそれぞれ声を掛け、その場を後にした。
「………」
朱羅は左腕を握り締めていた手を放す。
「御堂家とERASEは君が生まれてくる以前から関わりがあったからな。色々因縁もあるようだしよく考えることだ」
珈琲を飲み切ったエドゥアルトはそう言いながらその場に立ち、カップを流しに置いて病棟へ続くドアに向かっていく。そして朱羅に言葉を交わすことなくそのまま病棟へと姿を消した。
「………」
朱羅はエドゥアルトが去った後も数分間その場に残っていたが、その後、用意された自室へと向かう為、脚を向けた。



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