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― 俺と共にERASEに入隊して欲しい―
彼は、曇りのない澄んだ菫色の双眼でこちらを真っ直ぐ見つめ、そう言った。






 ACT.41  課す条件と課される条件






治療が終わり、後は傷が塞がるのを待つだけとなった俺は見舞いに来てくれた朱羅に、俺がここに運び込まれ、麻酔によって意識を手放していた間のことを聞いた。
要やツカサの遺体は此処―ERASEに収容されていること。
瑪瑙は未だ治療中ではあるけれど、命に別状はないこと。
ホームの皆は此処で俺達の回復を待っていること。
それらを聞いて複雑な心境にもなったし、自分で覚悟を決めて取った行動とは言え、やはり幼い頃からずっと一緒にいた要を手に掛けたという事実は、今でも未だ完全には吹っ切れずにいる。それでも他の仲間達が無事でいること、特に怪我を負った瑪瑙の命に別状がないということには、素直に安堵感を覚えた。
そんな話を1時間程した後、朱羅は「ここからが本題だ」と今まで見せていた表情を変え、話を切り出した。

「俺と共にERASEに入隊して欲しい」

朱羅の口からはそんな言葉が放たれた。
突然の言葉に、その言葉を租借し、認識するまでに多少時間が掛かった。
目をぱちくりと瞬いている自覚もある。そんな俺を、朱羅は僅かにも変わらない表情で見つめていた。
「………どういうこと?」
朱羅の言葉の意味自体は理解は出来る。ただ、そうなった経緯が分からない。
朱羅だけがERASEに勧誘されるのならまだ分かる。彼の身体能力はとても高く、知識も応用力も優秀だ。
何故俺も、そんな彼と共にERASEに入隊することになるのか。
それより何より、俺と朱羅がERASEに入隊したとして、その後のホームは一体どうなる…?それが斎に1番の不可解さと混乱を与えていた。
「斎の情報収集及び解析能力はとても高い。それに、得た情報を最大限に生かす術も持ち合わせている。だからお前にもERASEの勧誘があった」
朱羅は斎の問いに端的に答える。
「…朱羅に褒めて貰えるなんて素直に嬉しいけど……でも、"俺と共に"…ってことは……、俺と朱羅の2人だけがERASEに入隊するってことだろ?」
「ああ」
「…それじゃあ、ホームの皆はどうなるんだよ……」
斎がこの点に1番引っ掛かりを覚えることは容易に予測が出来た。
何よりも仲間を1番に想う斎にとって、朱羅のこの言葉は、そんな彼の1番大切なものを奪うことに等しい。そのことを十分に理解しておきながら、自分の意思を貫く為に彼から大切なものを奪おうという自分は、彼の目にはどんな風に映っているのだろうか。不可解なことを一切戸惑うことなく発する朱羅に、斎は不可解さと僅かな嫌悪のような感情を露にした表情で見つめていた。その表情は朱羅に対する怒りや嫌悪ではなく、朱羅を信頼しているからこそ湧き上がる"何故、よりによってお前がそんなことを言うんだ"という意味を表していることを、朱羅は汲み取っていた。
「勧誘してきた人物はERASEの上層部に近い地位を持っている。だから、俺達が組織に入ればホームの皆の生活を保障してくれる」
「…んな曖昧で不確かな条件を、よりにもよってお前が飲んだって言うのか?」
朱羅のことを高く評価している斎にとって、本当に朱羅がそのような条件を飲んだのか、確かめずに入られなかった。
「"勧誘"と言う言葉を使ってはいるが、これは"強制"と同意だ。恐らく、俺達が入隊しなければホームの皆の命は保障されない」
「…言うことを聞かなければ皆殺し、ってことかよ……。ひとをモノ扱いしやがって……!」
自分達の命や意思を"モノ"扱いするような大人達のやり方に嫌気が差した斎の声が少しばかり荒れた。貧しいながらも仲間を支え、仲間に支えられながら1日1日を懸命に生きてきた斎にとって、人の命を"モノ"扱いする者達を許すことなど出来はしない。
そんな風に自分の心でしっかりと感じ、表に出すことの出来る彼のことを、朱羅はこの時羨ましいとさえ感じていた。自分にも仲間や想い人を想う気持ちは戻ってきてはいるが、斎に比べればまだまだ現実味が薄く、確実に自分のものに出来たという保障は未だない。そんな朱羅から見れば、仲間に慕われ、仲間を想い、全身であらゆるものを感じ、糧とすることの出来る"斎"という人物は羨望の対象であり、自分の望む姿のひとつでもあった。
「…朱羅は、"脅迫"されたから条件を飲んだ………って訳じゃないんだろ…」
斎はそれまで朱羅に見せていた非難に似た表情を変え、朱羅が見慣れた元の彼の表情に戻っている。だが、今の彼の中に1番にあるのは朱羅の真意を確かめること、それに尽きた。
「確かに勧誘ではなく強制的な条件で、俺に断る権利など始めから与えられていた訳ではないけれど、ERASEの医療技術力も組織力、世界に及ぼす影響力は確かなものだ。だから、その組織の支えがあれば、彼らの生活水準は今までよりも向上される」
「………」
朱羅の言葉を、斎は黙って聞いていた。
斎は今の生活に不満はないし、裕福になろうという気持ちも正直そこまで強くはない。今まで通り、皆が支え合いながら生きて行けることが1番だと思っている。だが、それはあくまで斎1人の考えであってホームの総意ではない。実際、現状の生活水準に不満を漏らしている仲間達も少なくない。特に食べ盛りの幼い少年達には毎日我慢をさせてしまっているという自覚もある。そんな生活に不満を漏らす少年達のことは申し訳ない気持ちを持ちつつも宥めることや自分の食事を分けることも出来る。だが、中には不満を漏らさずに毎日耐えている幼い子供たちもいた。斎にとってそんな彼等の方が心配で、どうにかして僅かでも生活水準を向上させなければならないという責任感や使命感に駆られていた。
そんな少年達のことも気に掛けているが、斎には別の不安要素もあった。
「瑪瑙の病気も、ERASEの医療技術力があれば治療することも容易なんだ」
その言葉が、斎の中に響いた。
彼女は、自分が苦しむ姿を周囲に見せない。だからこそ彼女の病状は進んでいないように見えるが、実際は少しずつ悪化していることを斎は知っていた。
瑪瑙は隠してはいるが、その薬の効きも悪くなってきている為、薬の量も少しずつ増えている。周囲に心配させまいと考える彼女は本当に辛いときには1人先に部屋に戻り、自分の病状の悪化を周囲の仲間達に隠している。
ホームのリーダーであり、人の心境や思考に敏感な斎はすぐにそんな彼女の変化を察知し、そのことを彼女の口から話してもらってもいた。彼女は"誰にも話さない"という条件を斎に提示し、約束を取り付けた上で周囲には隠している自分の容態を明かした。急激に容態が悪化しているということはないけれど、少しずつ悪化しているという実感はあるのだと、彼女は困ったように微笑みながら話していたのを、斎は忘れることが出来ない。
彼女のことを想っている斎は、良い病院に入院して貰いたいという切なる希望を抱き、ホームの皆が寝静まった後、1人バイトのようなことをしていた時期もあったが、夜中に起き出す幼い少年達の世話を、身体を休ませておかなければならない瑪瑙にさせる訳にもいかないし、1度寝たらなかなか起きない上に睡眠時間を奪われることを嫌う要に任せることも難しかった。もう少し大きくなった少年達が相手をすることもあるが、睡魔と闘わせるには可哀想な年齢である彼等に任せるのも忍びない。そうなると自然と斎が夜中に起き出してきてぐずる少年達の相手をするようになり、同時に夜中のバイトを続けることも難しくなっていた。
夜中のバイトもスラム街でのバイトというだけあって低賃金で危険を伴うことも少なくなかったというのが現状で、そんなバイトの為に大切な仲間達を不安なまま放っておくということが斎にとって1番のネックだった。
そんな様々な問題点があり、瑪瑙の入院費用はなかなか得ることが出来ずにいた為、斎も以前から案じていたことだった。
「…でも、一生生活を保障する訳じゃないんだろ。慈善団体じゃないんだからな」
斎は曇らせた表情を見せながら、朱羅に問う。
「そのことについては斎の体調が安定してから、斎がいる場で条件を飲んで貰おうと思っていた」
そう言いながら、朱羅は斎から自分の後方にあるドアに視線を移すと1人の女性が入室してきた。

「お邪魔するわね」
紺色の制服に身を包んだ女性―湊が朱羅達に声を掛けながらドアを閉めた。

「こんにちは。容態はどうかしら、斎君」
斎は、此処に搬送される際に一言二言言葉を交わしたくらいで、こうやってじっくり顔を合わせて話をするのは初めてだった。朱羅の話から察するに、この女性が朱羅と自分を勧誘してきた人物なのだろう。斎は湊に軽く礼をし、彼女を見定めるかのように見つめている。
「貴方の回復力には医者達も驚いていたわ。でも本当、無事で良かった」
にこりと微笑した湊は斎が身体を休めているベッドの足元に移動した。
「貴方が、朱羅と俺を勧誘したんですね」
斎は彼女の僅かな仕草も見逃すまいとしているのか、視線を一切外さずにそう尋ねる。
「ええ、そうよ」
斎の問いに、湊は端的に答える。
斎が自分を見定めていることに気付いている湊もまた、彼のことを自分の目で見定めるように見つめ返していた。
「この際、何で俺まで勧誘したのかなんて聞きません。俺が案じているのは、仲間達の安全だけ」
斎は眉を僅かに歪め、自分達に拒むことの出来ない状況を強要してきた女性とこの組織に対する憤りを見せながらも、どんなに努力をしてもこの先掴むことが難しいであろう仲間達の生活水準の向上に対する僅かな希望を覗かせている。
彼の情報収集及び解析能力の高さは既に見極められているが、彼の人格に対しては情報だけでは確固たるものとするには弱く、実際に対面してみなければならないと思っていた湊にとって、この場は有効な機会と捉えられていた。
仲間を1番に考え、彼らにとって何が最善となるのか、彼はきちんと理解している。自分達から大切なものを奪ったこの組織に対する忠誠心は高くないとしても、共に入隊する朱羅に対しては1番の信頼を置き、彼を護る為、彼と共にいる為にこの少年は自分に課せられた役目を果たす。そしてそれは結果的に組織に貢献することとなる。
彼の発する言葉や雰囲気で、湊はそう読んだ。
まだ若いとは言え、幼少期から様々な人間と関わってきた彼女の持つ人を見る目は確かで、自他共に認めているものだ。そんな自分が、彼なら自分の護りたいこの場所で、自分が期待する活躍をしてくれると確信している。
それに、彼自身の活躍以外にも彼がこの場所に留まる意味がある。
斎の仲間意識が強いことは既に確認出来ているが、朱羅もまた、彼等と出逢ったことで仲間を思いやる気持ちが再び芽生えたことも確認していた。中でもホームのリーダーである斎や、恋人の瑪瑙に対する想いは特別なもので、そんな斎が此処に留まれば朱羅もまた此処に留まる理由となる。
互いに信頼し合う大切な存在であり、瑪瑙の為を思えば、自分が提示した条件は今までになく、そしてこれからもない良い条件であるということを賢い2人はきちんと理解している。2人を共に勧誘する理由はこの点にもあった。
「貴方は俺達の大切な仲間達の生活を保障すると言ったそうですが、その期間はいつですか」
斎は自分を見定めている湊の視線を認識しながら、尚も真っ直ぐに彼女を見つめてそう問う。
「私がこの地位を保持出来ている間よ」
湊はそう答えると、斎から朱羅に視線を移した。今まで黙っていた朱羅は、恐らくこの件について自分に条件を出す為、この場を設けたのだと察していたからだ。
「そんな不確定な条件で、俺達にこの組織に入れと?」
斎もまた、朱羅が先程自分に述べた言葉を思い出し、そう湊に問いながらも意識は朱羅に向けられていた。
「俺も斎と同じ考えです。確かに貴方は優秀な人材で、この組織での地位も高い。でも、貴方がいつ今の地位を失うのか、命を落とすのかなんて誰にも分からない」
2人の予測通り、今まで口を閉ざして斎と湊の会話を聞いていた朱羅が口を開く。
「だから貴方同様、俺がこの組織で実績を重ね、高い地位を得た後、その地位を保持し続けている間は彼等の生活を保障して頂きたい」
朱羅は、自身がこの組織の駒となる上での条件を提示した。
最後まで勧誘を断り、組織の駒となる道を棄てるという選択肢もある。
だが、斎はともかく"生存する貴重なモルモット"である自分を、きっと組織は解放しないだろう。始めから諦めているのかと問われれば否定することは出来ないのかもしれない。だが、解放する可能性が0に近いことは始めから分かっていたし、こちらが拒めば"人質"として此処にいる仲間達の命も危険な目に遭うだろう。
仲間達は斎と瑪瑙、そして朱羅の3人がいないこの状況に不安も覚えつつも、衣食住を提供されたこの場所での一時的な居住はまんざらでもないと感じているだろう。だが、朱羅にはホームの仲間達が、自分達が可笑しな真似をした時や勧誘を断った時の脅迫材料として組織に認識されていることはすぐに分かった。
それに加え、勧誘を拒み続けた上でのこちら側の条件など相手は飲んではくれない。それもまた分かっていたことだった。
それならば、現状で最善とされる策は一体何か。模索した結果が、今朱羅が湊に提示した条件だった。
「そう言うと思って、既に上から許可は得ているわ」
湊は笑みを見せながらそう言うと小型の端末の電源を入れ、それを朱羅に手渡した。
そこには湊が先に述べていた"上から許可"が文面化されたものが表示されていた。数人の上層部の人間と思われる押印もある。自分の思考が湊に読まれていることに驚きは一切なく、逆に彼女の取って来たこの許可に対する信頼度が増したように感じていた。人の思考を読み、如何に自分にとって利益となる道を選び、進むことが出来るか。湊の持つ先読みの能力とその能力を生かす実践力も兼ね備えていることを、朱羅は改めて感じていた。
いくら朱羅がモルモットとして有用であったとしても、この短期間で上層部の承認を得ることの出来た湊のその手腕は確かなものであり、頼もしいものであると同時に、これだけの人物が自分達に時間を掛ける意味を改めて突きつけられ、複雑な心境だった。
「………本気かよ………」
斎もまた状況をきちんと把握したのか、眉を顰めて独り言つ。
「勿論。私は始めから大真面目よ」
そんな斎に、湊は彼の低い言葉のトーンとは正反対の、明るく軽やかな口調でそう言った。当たり前のことを当たり前のように進めただけ、と言わんばかりの雰囲気を纏い、また、自分達に対する期待感や彼女自身が持つ己に対する自信や力を感じ取れるようだった。
何の変哲もない日常会話でしかないというのに、彼女が口にするだけで威圧感にも似た、それでいて感服するような印象が彼女にはある。
「貴方達に与えられた時間は、斎君が退院してから2日間のみ。だからこそ時間は有効に使うべきだし、私も貴方達にはよく考え、答えを出して欲しいと思っているの。だから、無駄な時間を過ごすつもりも過ごさせるつもりもないわ」
何処までも利己的で現実的な人間だというのに、何故嫌悪感を抱かないのか。それこそが彼女の持つ最大の能力であり、彼女が重ねてきた時間と実績が有意義で有用なものであったことを証明していた。
「……2日間って……」
斎は自分達に残された時間を初めて知り、独り言を呟くように彼女の言葉を復唱した。
2日間。
斎は未だ完治していない為、それ以上の時間は与えられてはいるが、彼女の言うようにあまり時間はなかった。だからこそ朱羅は、回復力が高いとは言え全身に傷を負って入院した翌日の彼に面会を申し出たのだ。
始めは自分の身をそこまで案じてくれているのかと嬉しさと共に申し訳なさを感じていた斎だったが、病室に入ってきた彼の顔を見て、そんな悠長なことを考えている場合ではないのだと察した。
元々表情が乏しいとは言え、初めて出逢った頃に比べて朱羅の表情は大分豊かになってきたと感じている。だからこそ彼が普段通りの表情を取り繕うとしているのか、それとも以前に比べて表情が豊かになった結果なのか、何処となく何かに迫られているような色を覗かせながらも、彼は何か大きな決断を下したのだと察することの出来る雰囲気を纏っていた。
自分が治療を受け、意識を失っている間の時間はそれ程長くはない。けれどその時間の中でたった1人で様々なことを考え、悩み、そして決断した朱羅のことを想うと、斎の心は締め付けられるようだった。朱羅に対する信頼感は高い。けれど目を離せば彼が遠くに行ってしまいそうな予感があった。だから斎は意識を手放す前、彼に「絶対に1人で行くな」と自身の切なる願いを彼にぶつけたのだ。

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