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― 出来ない約束はしない ―

それは 不器用な彼なりの優しさの表れだった






 ACT.43  制御の効かない感情






部屋の中央には来客用の、シンプルながらも上質な者と素人目でもわかるテーブルとソファーが置かれ、その奥にはこの部屋の主が主に書類関係の仕事を行うときに使うデスクと椅子が置いてあった。その他には本棚やちょっとしたアンティーク用品が並べられた棚くらいしかこの部屋にはなかった。それがまた彼女らしい。
女性らしさが少々欠けている室内だと視覚的には感じたが、部屋に入ると僅かにふわりとした柑橘系の香りに気が付いた。きつい香りではなく、空気が動けば僅かに感じる程度の香りで、落ち着きのある上質な雰囲気を作り出している。
「さぁ、2人とも掛けて」
ドアの前に立っていた少年2人―朱羅と斎は部屋の主である彼女―湊に促され、部屋の中央にある来客用のソファーに腰を下ろす。湊はティーセットを奥にあるのであろう簡易キッチンから持ってくるとテーブルに置き、2人の前に紅茶の入ったカップを静かに置くと2人と向かい合う形で腰を下ろした。
「斎君の怪我、無事に治って良かったわ」
「………」
湊の言葉に斎は答えなかった。それどころか彼女の方には視線を向けず、紅茶が注がれたカップの中を見つめているだけだった。
「心の方が、今では重症みたいだけれど」
瑪瑙が目覚めてから3日が経ち、後半の治りが芳しくなかった斎の怪我も漸く治り、湊との約束の期限となった為、2人は彼女の部屋を訪れていた。斎は変わらず口数が少なく食欲もなく、顔色も良くない状態が続いている。早いところ斎の身を案じている瑪瑙に会いに行きたいが、この状態で会っても彼女の心配事を増やすだけだからと、斎は未だに瑪瑙と顔を合わせていなかった。
「それじゃあ本題と行きましょうか」
湊は斎から視線を外し、話の出来る状態である朱羅へと視線を移した。片脚を組み、膝の上に合わせた両手を置くと湊は言葉を続けた。
「御堂朱羅君と千隼斎君。貴方達は我々の組織―ERASEに入隊する意思はありますか?」
真っ直ぐに朱羅の瞳を見つめながらそう問うと、湊は斎にも視線を送った。
「はい。あります」
「………俺達に選択肢なんてないだろ………」
はっきりと答えた朱羅とは異なり、斎の答えは曖昧なもので、その答えは彼女の求めているものではない。
「入隊するのかしないのか、私が聞きたいのはその2択だけよ、斎君」
声質も表情も変えず、湊は冷静な声で再度斎に問い掛けた。
「………」
斎は口を閉ざし、自分を見据える彼女の顔を見ることを嫌うように顔を俯け、答えようとしなかった。そんな斎を朱羅もまた、静かに見つめている。ここで自分が口を挟む行為は何の解決にもならないと考えていたからだ。
斎の言う通り、正直なところ自分達に選択肢はない。2択と言われてはいるが、仲間達の身を1番に考えている2人に与えられているのは実質1択のみ。
だが、それでも自分の意思ではっきりと今後の道を明確化させ、与えられた道だとしても、そこからどう生きるかはある程度ではあろうが、自分達にも決定権はある。それを決めるという意味でも、入隊の有無は朱羅も斎も、自分の意思で考え、選択肢、答えを伝えなければならない。
そのまま暫くの間、沈黙が室内を包み込んだ。
朱羅は勿論湊もまた、急かすことも無理強いすることもなく黙ったまま、彼の応えを待った。
「………入隊、するさ……。…でなきゃ、皆の未来を守れないんだからな………」
静まり返った室内に静かに響く斎の声が、空気を僅かに動かした。
「本当にそれでいいの?」
湊は斎に対し、最終意思確認を行う
「…ああ」
それだけ応えると、斎は再び口を閉ざしてしまった。
「それでは2人には契約書にサインをしてもらうわ」
そう言うと、湊は自分の席の横に用意していた小型の端末を2台取り出し、契約書を表示させると2人に手渡した。
「契約内容を確認したら1番最後にサインをし、私に戻して下さい」
手渡された端末が表示している契約書にはERASEに入隊が認められると戸籍は抹消され、表社会では死亡扱いになることや衣食住が与えられること、体内にマイクロチップを埋め込むことで管理されること等、ERASEに入隊する上での環境等に関する説明が記載されていた。
一通りの内容を確認した上で朱羅、そして朱羅から2、3分程送れて斎がサインをし、湊に端末を返却する。
「サインも大丈夫ね。後はこれを私が管理部に提出し、手続き等が終われば2人は晴れてERASEの隊員となります」
契約書の確認を行い、端末の電源を切った湊は再びそれを脇に置き、2人を見ながら続けた。
「貴方達の場合、仲間の埋葬や彼等の記憶消去等の処理があるから、正式な隊員となるのはまだ少し先になるわ。その間は今まで通り仲間に会いに行ったりするのは問題ないから安心して。後、斎君も退院したから、斎君は今まで朱羅君が仮住まいとしていた部屋で生活してもらうことになったから、私物はそちらに移してね」
湊は事務連絡を簡単に済ませると紅茶を口元に運び、香りを楽しんだ後、口に含んだ。そしてカップをソーサーに戻すと2人に再び視線を移した。
「残り少ない仲間達との時間を有意義に使いなさい」
皮肉でも嫌味でもなく、今のこの言葉は彼女の本心だと感じた。
自分の要望を叶えた彼女ではあったが、朱羅と斎に大切な仲間達との残り僅かとなった時間を有意義に過ごして欲しい。それは当然罪悪感から生まれる気持ちではないが、彼女の願いと言っても良いのかもしれない。
彼女にとって自分自身の名誉は自分の目的を遂行する為の手段であって目的ではない。自分の大切な居場所であるこの場所を護る為、自分が実績を重ね、地位を向上させることで自分の意思がこの巨大な組織の中で潰されぬ強さと力を得るのだと、彼女は自ら経験してきたのであろう。
だからこそ湊は、自分自身が見つけ出した2人の有望な少年達にもまた、それを望んでいるのかもしれない。例えきっかけは強要されたものであっても、組織の駒のひとつに成り下がらずに自分の手で道を切り開き、自分の足で歩んで欲しいのだと。
湊が彼等の希望を奪い、新たな人生への道を強制したことは事実であり、それは彼女自身の望みであり、何者にも変え難い大切なものである。だから彼女は自分の目的を果たす為、彼等を組織に取り込むことにした。それは彼女のエゴであり、組織に自ら取り込んだ張本人が望むことは矛盾が生じるものだということもまた、事実だった。彼等の望むものを奪い、新たな道を強要した自分が、彼等に定められた運命の中でも彼等なりの自由と新たな望みを持って欲しいという彼女の小さな願いはきっと、当の本人である彼等に更に辛い思いをさせるのだろう。そんなことを口に出せば斎から「調子の良いことをぬかすな」と、彼の怒りを買うことになるだろうということは容易に予測がついた。
そんな思いを口にはしないが、静かにこちらを菫の双眼で見つめている朱羅にはきっと、この思いは筒抜けなのだろう。まだ10代半ばでありながらも、その華奢な外見からは想像も付かないであろう残酷で惨たらしい道を歩んできたこの少年にはきっと、自分の何もかもが筒抜けなのだ。此処に集まる者達は皆、多かれ少なかれ"普通の人生"から外れた道を歩んできた者達で、湊自身もその例外ではない。だが、それでも朱羅の歩んできた人生に比べれば未だ生温いものだということは常々感じてきたことだった。彼自身が自分が特別不幸な道を歩んできたという自覚はなく、そんな自分の人生を自慢話にすることは1度もなく、寧ろ自分よりも周囲の人間の方が辛い思いをしてきたのだという思いさえ宿っているほどに、彼は自身に対し厳しく、現状を良しとはしないのだ。
「それじゃあ2人は退室して構わないわ」
湊がそう言うと、最初に席を立ったのは斎で、朱羅がその場に立つ前にドアに向かっていた。続いて朱羅がその場に立ち、湊に一礼するとドアの前で朱羅を待つ斎と共に部屋を後にした。彼等を見送った後、湊は紅茶を静かに楽しんだ後、カップをソーサーの上に置き、鼻から大きく息を吸い、そして吐いた。
「本当に、私は残酷な人間ね」
それだけ言うと、湊は静かに目を閉じた。



*



朱羅の部屋に向かう前に斎の病室へと脚を運び、斎の私物を朱羅の部屋へと運び込んだ。私物と言っても何も持たずにERASEに運び込まれた為、私物と言える物は洗濯された斎の服ぐらいだった。今は支給された焦茶色のシンプルなシャツと黒のパンツを身に着けている斎はベッドの脇にある小さな棚から自分の服を取り出し、手に持った。
「それで全部か?」
念の為朱羅が尋ねると、斎は頷いた。
「部屋はこっちだ」
彼の反応を確認した朱羅はそう言い、現在生活している部屋へと斎を案内した。
多くの白衣や暗部、諜報部の人間と思われる人物を視野に入れながら、2人は一言も会話をせずに部屋に到着する。カードキーでドアを開けると、朱羅が先に室内に入り、斎がそれに続いた。
現在朱羅が生活している部屋には2段ベッドがひとつと、そのベッドの後ろに左右に置かれた机と椅子があるくらいだった。そこまで広くはないが、2人部屋としては狭くもなく何等問題のない部屋だった。
「斎はベッドは上の方が良いか?」
朱羅は後方にいる斎に尋ねる。
「…朱羅が使ってなかった方で良い」
斎は軽く室内を見渡し、ベッドに視線を移した後に答えた。
「それなら上だな」
そう答えると朱羅は下段の自分のベッドに腰を下ろした。そして斎は服をベッドの上に置き、朱羅の隣に腰を下ろした。何か斎が話し出すのかとも考えたが、彼は特に口を開くでもなく無言のまま自分の隣に座っていた。静かに隣に座る斎に視線を移すが、彼は僅かに顔を俯け、ぼんやりと膝の上に組んだ彼自身の手を見つめているだけだった。
「何か飲むか?」
この部屋には簡易キッチンはないが、部屋を出て廊下を進んでいくと休憩所がある。そこにはコーヒーメーカーやポット、カップ等が用意され、自由に飲食をして構わない場所だ。朱羅は何か暖かいものでも斎に用意しようと思ったのだろう。そう尋ねながらその場に立ち上がった。
「………朱羅………」
それまで口を閉ざしていた斎が朱羅の名を静かに呼んだ。か細く、不安で満たされてしまっているかのような弱弱しい声だった。貧しいながらもホームで大切な仲間達と毎日を一生懸命に生活していた頃の彼からは想像の付かない声だった。
「どうした?」
朱羅は斎の隣に再び腰を下ろし、静かに彼の次の言葉を待つ。
「…朱羅は………、俺を独りにしないよな………?」
膝の上で組んでいる彼の手に力が入る。そして朱羅に尋ねる言葉を述べた後、斎は顔を上げ、隣の朱羅を見た。何かに怯え切った彼の瞳には光が朧げにあるだけで、朱羅に縋るような色を乗せていた。
「……斎……」
斎にとって仲間と言う存在がどれだけ大きいのか、理解していたつもりだった。だが、自分が思っていた以上に斎の仲間への想いは強く、彼の自我を形成し、保つ上で重要な要素だと言っても過言ではない程に彼は仲間に依存していたのだと、朱羅は今の彼を見て理解した。
「……俺にはもう……朱羅しかいないんだよ………」
泣きそうに震えた声で縋るようにそう言うと、斎は朱羅の手を引き寄せ、強く抱きしめた。
「っ………ふっ…………」
華奢な朱羅の身体を力一杯抱きしめ、静かに涙を流す斎。大柄な斎に力一杯抱きしめられれば息苦しさを覚えるのも当然だが、今の朱羅に在るのは仲間を失うことに対し、耐え切れずにいる斎を案じる気持ちだった。自分も彼から大切な仲間を奪う原因のひとつとなった朱羅は、静かに小さな自分のこの身体で、彼の中で膨れ上がる怒りや哀しみ、やるせなさを受け入れることしか出来ないのだ。
「……斎……」
朱羅は静かに、そして優しい声色で彼の名を呼び、抱きしめる。それから数分の間は2人共言葉を交わすことなく静かな時間が過ぎる。すると、斎は突然言葉を紡ぐ。
「………朱羅は……俺を独りにしないよな………」
それは、斎が朱羅を抱きしめる前に零した言葉だった。
「……斎……?」
朱羅の返答には、僅かに疑問符が浮かんでいた。先程とは異なる何処か影のある色を、その言葉が纏っていたからだった。
「……しないよな……?」
自分の求める返答がない為か、斎は再び尋ねてきた。その時、顔を上げた彼の表情に、朱羅は僅かに背筋を凍らせた。瞳には光はなく、朱羅の腕を掴む力が増し、朱羅はその痛みによって眉を顰める。
「っ……斎、……」
痛みに強い朱羅でも斎が握り締める力による痛みに苦痛を感じ、その手を離そうとするがびくともしなかった。元々体格差の大きい2人ではあったが、朱羅は自分が抵抗し切れない理由はそれだけではないように感じていた。
「……なぁ……朱羅………答えてくれないのか……?」
朱羅は斎の手を離せないまま後ずさりをするが、背中が壁に当たり、退路を立たれる。背後に視線を向けていた朱羅だったが、すぐに正面―斎の方に視線を戻す。
「………朱羅は、俺を独りにするのか……?」
更に壁に追い詰め、斎は朱羅の両肩を抑えながら顔を近付け、淡々とした口調でそう尋ねる。朱羅はそんな彼を見、思わず目を見開く。悪寒が背筋を一瞬のうちに通り過ぎ、抵抗することを忘れたかのように朱羅は身体の動きを制止させられる。
今、朱羅の目の前にいるのは普段朱羅が知っている彼ではなく、別の彼だった。
尋ねながらも否とは言わせぬ圧を発し、強制的に自分の求める言葉を答えさせようとする彼の姿に、朱羅は言葉を発することが出来なかった。
以前から彼の仲間意識は異常なまでに強いという認識はあった。一見すると明るくて人懐こいムードメーカーな少年だったが、実際はとても繊細で、弱いところを突かれればすぐさま崩れてしまいそうな脆さがあった。それでもそんな彼が仲間達を纏め、笑顔の多い日々を過ごしてこられたのは仲間がいつも近くにいたから、ということに尽きた。そういう面を朱羅も知らなかった訳ではないし、出逢って未だそれ程同じときを過ごして来た訳ではないが、それでも分かるほどに斎にとって共に過ごす仲間の存在意義は彼の存在意義そのものだった。
だが、彼の仲間への依存心がここまで強かったとは、朱羅も予想していなかったのだ。
「……斎……」
無言のまま朱羅の瞳を見つめ続ける彼の名を呼んだ。自分の知っている"彼"ではない、今自分の目の前にいる別の"彼"の名を呼んだ訳ではない。

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